一番星と、共に 告白は鋼さんからだった。もう冬だなぁと思うくらい朝晩は寒くて、でもよく晴れた日だった。たまたま学校の玄関で一緒になって、校門までの長くない道のりを二人で喋りながら歩いて、別れ際に「米屋のことが、好きなんだ」と言われた。
急な告白にも驚いたけど、今まで好きになった相手はみんな女の子だったし同性との恋愛なんて考えたこともなかったのに、初めての同性からの告白も、鋼さんからそういう目で見られていたことに対しても、嫌だとか気持ち悪いとかそういう否定的な感情を抱かなかった自分に一番びっくりした。鋼さんだって多分付き合うつもりで告白したわけじゃないだろうに、焦って「ちょっと考えさせてください」なんて返してしまった。
どう返事すべきかとか、自分の恋愛感についてとか、こんなに頭使ったことないんじゃないかってくらい悩んで悩んで数日悩みまくって、あまりにも様子がおかしかったからか出水に真面目に心配された。もうオレも一人では抱えきれなかったからそのまま話を聞いてもらった結果、「異性だろうが同性だろうが、嫌じゃないならとりあえず付き合ってみれば?」なんて言われて、それもそうか、って思った。弾バカのくせにまともなこと言えるんだな。……ってそのまま本人に言ったらぶん殴られたけど。
そうと決めたら後は本人に伝えるだけなのに、内容が内容だからなかなか言い出せなくて、いつ言うべきかまた数日悩んでいたある日、鋼さんの方から呼び出しがあった。告白された日からちょうど一週間が経っていた。
昼休みの終わりがけに急に「今から屋上に来れないか」ってメッセージが届いたから、きっとどこかでオレの誕生日だって聞いて慌てて連絡してきたのだろう。急いで階段を一段飛ばしで駆け上がったけど屋上に着いたときにはもう昼休み終了のチャイムが鳴る寸前で、鋼さん以外の生徒はいなかった。
「何も用意できなかったから、せめて直接おめでとうを言いたくて」と申し訳なさそうな顔をするから、オレの気が済むまで個人戦に付き合ってもらう約束をした。これを言うとたいていの奴らは苦い顔をするのに、鋼さんは「それはオレも嬉しい」と喜んで引き受けてくれた。初めて会ったときも五十戦くらい相手してくれたし、そのあとも誘えば乗ってくれて、向こうから声掛けてくれることも多くて、そういう意味では、鋼さんは嫌がらずにオレとサシで戦ってくれる貴重な存在だったな。鋼さんがどういう気持ちでオレと戦ってくれていたのかを知るのはもう少し後だ。
で、ちょうど屋上には自分達だけだし、今言うしかない、と思ったのだ。
「オレも、鋼さんに言いたいことがあって」と切り出せば、鋼さんも察したのか嬉しそうな顔から一転、口を引き締めて少し不安そうな顔でオレと目を合わせてくる。季節外れの汗で湿った自分の手を握りしめながら、鋼さんをそういう目で見たことがなかったこと、これまでの恋愛対象が女性だということ、でも鋼さんからの告白に嫌悪感はなかったこと、を正直に伝えた。それでも良ければ付き合ってみてもいいすよ、なんて、今思えば告白の返事にこんな上から目線で偉そうな態度とか無いなってだいぶ後悔してるけど、このときはこれが精いっぱいだったのだ。
それなのに、そんなオレの最低な返事を聞いた鋼さんは「ありがとう」ってめちゃくちゃ幸せそうな笑顔になって、あぁ、この人は本気でオレのことが好きで告白してきたんだ、って自覚したというか、告白が冗談だと思ったわけじゃないけど、本当にオレなんだ、って。オレとお揃いのハイライトのない黒目が潤んでいて、太陽の光が反射してキラキラしていたのがものすごく綺麗だった。ちなみにこの日からしばらくはそのキラキラした顔が頭から離れず、常に鋼さんのことを考えるようになり、愛用しているヘッドホンからはひたすらラブソングが流れ、寝ても覚めても鋼さんでいっぱいになってだいぶ大変だった。
十六歳になった十一月二十九日に、「鋼さんと付き合い始めた日」という肩書きが増えた。
一緒に住まないか、と提案してきたのも鋼さんだ。某カフェで、バレンタイン限定のチョコレートドリンクを飲んでいたときだった。
愛媛県でスカウトされてボーダーに入隊した鋼さんは、高校在学中は鈴鳴支部に住んでいたけど、大学進学を機に一人暮らしを始めた。自分で選んだというアパートはボーダー本部と鈴鳴支部の間くらいに建っていて、鋼さん一人で住むにはちょっと広い……というか部屋が一つ余っていた。あまり物を持たないタイプの鋼さんには必要ないんじゃないかと疑問に思ったけど、そのときはトレーニングルーム的なのを作りたいのかも、くらいにしか考えなかった。
鋼さんが作った飯を食ったりオレが持ち込んだゲームをやったり、お泊まりもしちゃったり、それまでは人目のない場所が限られていたから、二人きりになれるのが嬉しくてかなりの頻度で遊びに行ってたな。
で、その余ってた一部屋がオレ用だったと知ったのは同棲の提案をされたときだ。一年前のアパート選びの段階でオレと一緒に住むことを想定してたのは流石に気が早すぎる。オレが断ったり、そもそも別れてたらどうするつもりだったんだろうか。まぁ実際はまだ付き合ってるしオレも断るわけがないんだけど。
高校を卒業した翌日に実家を出た。人の家が自分の帰る場所になった。「お邪魔します」が「ただいま」になり、「お邪魔しました」が「行ってきます」に変わった。
鈴鳴支部に所属したまま大学に通ってる鋼さんと、進学せずボーダーに就職したオレとじゃ、生活リズムが合わなくてすれ違うことも多い。でも、鋼さんと同じ家に帰ってきて、鋼さんと同じせっけんを使って、鋼さんと同じベッドで寝て、鋼さんと同じ家から出掛けて、っていう当たり前の事が幸せだと思うのは、二人で暮らして二年以上経った今でも変わらない。鋼さんと会えない日が続くとちょっと寂しかったりもするけど、整頓された部屋とか自分の趣味ではない家具とか冷蔵庫に入ってる作り置きのおかずが自分以外の存在を強調してくれているから、不安になることはない。
唯一申し訳ないと思っているのは、家事の面だ。料理とか掃除は鋼さんのほうが圧倒的にできるから、ほとんど任せっぱなしになっている。代わりに、今のところオレのほうが収入が多いから生活費は多めに出してる。でも鋼さんも大学卒業したら働くようになるし、家帰ってきたら好きな人の手料理が用意されてるのはやっぱ嬉しいし、休みの日に一緒にキッチンに立って鋼さんを手伝うことはこれまでにもあったけど、一人でもちゃんとした料理作れるようになるべきだよな。鋼さんに習おうかな、うん。
初めてのキスも、エッチのお誘いも、鋼さんからだった。鋼さん家にお邪魔してたときだったから、なんと付き合って一年半くらい経ってたことになる。オレたち、一年半も清いお付き合いを続けてたのやばくね?
え?オレから誘えばよかったじゃんって?それはほら……この頃にはもうそういう欲があったとはいえ、実際に男とするのは初めてだし、手を出す勇気が……。告白の返事をした時点ではまだ鋼さんのことをそういう意味で好いてはいなかったし鋼さんもそれを知っていたから、関係を進めるのにだいぶ慎重になった結果このタイミングになったんだろう。
詳しい状況は覚えてなくて、多分そういう雰囲気になったからだと思うんだけど、「キスしてもいいか」って言われて、「付き合ってんだから許可なんかいらないすよ」っていうオレの言葉を聞いた鋼さんが泣きそうな顔になって。頬にそっと手を添えられて、泣きそうなままの鋼さんの顔がおそるおそるといった感じで近づいてきて。目を閉じる鋼さんにつられて目を閉じて、唇に一瞬触れるだけのキスをされた。本当に一瞬だったけど思った以上に嬉しくて照れくさくて、でも顔を離した鋼さんが本格的に泣き出したもんだからそれどころじゃなかった。
ぼろぼろ涙を流しながら「夢みたいだ」なんて言うから、「夢じゃないすよ!?」って慌てて抱きしめる。オレの肩に顔を埋めながら「オレとキスするの、嫌じゃなかったか?」って聞かれて、「好きな人とのキスが嫌なわけないじゃないすか」って返したら、唸りながらぎゅうぎゅう抱きしめ返されて、それがすごい可愛くて。そのまま鋼さんが泣き止むまで、背中をさすっていた。だんだん湿っていく肩が愛おしかった。それまでは正直「自分が鋼さんに向けるこの気持ちは本当に鋼さんと同じ『好き』なのか」って悩む日もあったけど、鋼さんのことすげー可愛いし愛おしいし、キスも嬉しかったし、オレちゃんと鋼さんのこと好きだな、って自信をもって思えるようになった。
それからは、ふとしたときにキスするようになって、そのうち舌を絡め合うようになって、ある日その流れで鋼さんに押し倒された。
オレに馬乗りになって見下ろしてくる鋼さんの目が据わっていて、息が荒くて、開いた口から覗く舌がすげーエロくて、あ、喰われる、って思ったのに。そのまま倒れこんできて、オレの耳に顔を寄せて震える声で「抱いてほしい」って言いながら下半身を擦りつけてくるもんだからもーあとはお察しよ。ていうかこれで耐えられるオトコはいねーだろ。
初めてだから時間をかけてゆっくりやるつもりが、案の定鋼さんは「米屋の手を煩わせたくなくて」って先に自分で後ろ慣らしてました。はい。
……いやわかってる、鋼さんの性格的にそうすることはわかってたけどやっぱ自分がイチからやりたかったなーって思っちゃうよな。ていうかオレになんも相談せず勝手に上下決められてたし。まあこの件に関しては早く手を出さなかったオレも悪いので、鋼さんが知らなかった性感帯の開発とかアレとかコレとかは今日までにオレが一通り仕込んでおいた。もちろん、オレ以外の相手に披露させるつもりは一生ない。
……で、結局何が言いたいかというと、告白やらキスやらエッチなことやら同棲やら、オレたち二人に関係する大事なことはどれも鋼さんから言ってきてくれたことばかりってこと。「言ってきてくれた」と言うと聞こえはいいけど、「言わせた」のほうが正しい。オレがチキって受け身になっている中、毎回向こうから一歩踏み込んできてくれたのだ。オレが、鋼さんが家にいなくても安心できていたのは、目に見える形で愛情をたくさん受け取っていたからだ。
じゃあ、鋼さんのほうはどうだっただろうか、と。オレは、鋼さんからもらっているのと同じくらいの愛を鋼さんに返せているだろうか、と。
一緒に暮らすようになってオレが家にいない間、鋼さんは不安になっていなかっただろうか。元々嬉しくても悲しくてもよく泣く人だけど、オレが泣かせてしまったことも多かった気がする。初めてキスしたときも、夢だと思わせてしまうほどだったし。
流石に今はもうオレの気持ちを疑ってはいないと思うけど、鋼さんのことだ。「もしかしたらこのまま帰って来ないかもしれない」とか「いつか米屋に振られる日が来るかもしれない」と思いながら日々を過ごしていてもおかしくない。エッチもしてるしオレと一緒に住むつもりで家まで決めたのに、それでもそういうことを考えてしまうのが鋼さんだ。
だから、今日まで自分なりに色々考えて、準備してきたのだ。
この機会を逃すと、また鋼さんに言わせてしまう可能性が十分にあるから。
人生の中で最大級のイベントで、オレたち二人に関係する大事なことの中でもさらに重要で特別なこと。
これからもずっと一緒にいたいから、この言葉は今日、オレから言わせてほしい。
☆
「ただいま」
カチャ、と鍵を開ける音に続いてドアに取り付けてあるベルがチリンチリンと鳴り、大好きな声が部屋に響く。
「おかえりなさい。随分早いすね」
「早く帰ってやれって追い出されたんだ。米屋、あいつらに何か言ったか?」
「あー、こないだ荒船さんに会った時に『酔っぱらう前に帰してください』って言っといたから、それでかも」
解散予定時間の十九時までまだ一時間以上ある。今日鋼さんが会っているメンバーだと予定より遅くなるのが当たり前で、早まることは滅多にない。
今日、六月十五日は鋼さんの二十二歳の誕生日で、同級生との誕生日パーティーに参加していた。主催者は穂刈先輩らしい。確かに、祭り好きの穂刈先輩が自分の誕生日に何もしないわけがなく、同じ日に生まれた同級生の鋼さんが巻き込まれないわけがない。毎年六月十五日前後でなるべく同級生みんなの都合がつく日に開催していて、今年はたまたま当日だったというわけだ。
誕生日当日の時間の大半をオレ――恋人から奪ってしまうということについてゾエ先輩に「米屋くんはそれでいいの?」って心配されたけど、オレも鋼さんもイベントごとはみんなでわいわい騒ぐのが好きなタイプだし、自分の誕生日も似たような感じだし、お互いそれはわかってるから気にしないでください、って言ってある。せっかくこっちには鋼さんのことを祝いたいと思ってくれてる人がたくさんいるのだから、鋼さんには楽しく過ごしてもらいたい。
ただ、今年はいつもよりちょっと時間がほしくて事前に荒船さんに声を掛けておいただけで……こんなに早く帰ってくるとは。というか先輩達もこんなに早く帰らせてくれるとは。色々察されてる気がする。
「何言ってんだ。オレがほとんど酔わないの知ってるだろ」
「まぁそうすけど、何が起こるかわかんねーじゃん?それより、どうでした?今年の誕生日会は」
「今回はカゲの分も一緒にやったから色々豪華だったけど、相変わらず今が作ったケーキのインパクトがすごくて」
「さっすが今先輩。今年はどんなんだったんです?」
「三人分の誕生日だからだいぶ気合い入ってたな。ウエディングケーキみたいな」
「ウエディングケーキみたいな!?」
「とにかく大きくて、なんか色々乗ってて……オレたちよりも女子のテンションがやばかったぞ」
「年々えぐいことになってきてんじゃん。写真めっちゃ見たい、あ、でも先に風呂入ってきます?雨やばかったっしょ」
「そうだな、そうするよ」
「お湯張ってあるんで、ゆっくり温まってきてください」
「準備しておいてくれたんだな。ありがとう」
鋼さんを風呂場に押し込んでから、今夜必要なものと、あと鋼さんが持ち帰ってきた誕プレとかを全部まとめて自分の部屋に持ち込む。普段は鋼さんの部屋で一緒に寝てるけど、今夜はオレの部屋から出させないつもりだから、こっちで開封式とかすればいいと思って。
ちなみにうちには、片方ダメにしても大丈夫なように、成人男性が二人寝れるサイズのベッドがオレの部屋と鋼さんの部屋にそれぞれ置いてある。ここで言う「ダメにしても」ってのは、夜に全部剥いで洗濯することになったとしてもって意味だ。同棲始めた頃は鋼さんのベッドだけで問題なかったのに、今ではヤるたびにぐしょぐしょにしちゃうもんな。
……なんて、だいぶエッチに育ってくれた鋼さんのことを思い出しつつリビングの電気を落とす。こうしておけば、風呂から上がった鋼さんがリビングでひたすらオレを待つなんてことにはならない。
鋼さんの誕生日を祝うための服に着替えて自室で待機していれば、案の定、部屋の前を何往復かする音が聞こえてからドアが数回ノックされる。こういう律儀なところが鋼さんらしい。
「すまない、待たせた……え、なんでスーツなんか着てるんだ」
「誕生日プレゼントのひとつ的な?オレのスーツ姿、久しぶりに見るっしょ」
「久しぶりどころか、買った時以来じゃないか?おまえ、本部にいるときも基本ずっと隊服だろ」
「確かにそうすね!で、どう?惚れ直した?顔真っ赤っすよ」
「わ、わかってるなら突っ込まないでくれ……。で、なんでスーツなんだ」
「んー、普通の安物のスーツすけど、なんかもうそれっぽく見えればいーかなって」
「それっぽく……?ていうかこれ、オレも着替えた方がいいやつか?」
「え?いや、鋼さんはそのままでいいすよ。オレがカッコつけたいだけなんで」
「でも寝る用のTシャツだし、雰囲気合わせた方が」
「いーっていーって。ほら、ここからが本番すから。座っててください」
おろおろしてる鋼さんをベッドに腰掛けさせて、クローゼットからプレゼントを取り出した。
「じゃーん!鋼さん、誕生日おめでとうございます!」
「あ、ありがとう……バラ?」
「そー、バラ」
「米屋が、スーツで、赤いバラの花束……?っふ」
「なんすかその反応。言いたいことがあるなら言っていーんすよ」
「すまん、ふふ、いや、嬉しいけど、らしくないというか、随分キザなことするなぁって」
「やっぱ?いやー、オレも何やってんだ自分って思ってるんすよ。それ、何本あると思います?」
「え?えっと、一、二、……」
「こないだテレビでバラの本数の意味やってたのあったじゃん?オレが興味示したから、鋼さん覚えてますよね?」
「じ、じゅうにほん……ッ米屋!?なにして、」
オレが少しでも気になる素振りを見せたらすぐ覚えようとする鋼さん、ほんとオレのこと好きだよなぁ。
数え終わってバラから顔を上げた鋼さんの前に跪いて、ポケットに隠し持っていた小箱を右手で開けて、中身が鋼さんから見えるようにする。
「鋼さん、オレと、結婚してください」
スーツとかバラとか指輪とか、跪いてとか、ガラじゃないけど、そうしてでも伝えたかった。あなたのためならガラじゃないこともできるんだって、伝わってほしかった。
そのくらい、オレも鋼さんのことを愛してる、って。
「ま、今の日本じゃ結婚はできねーけど。前に鋼さんが言ってたパートナーシップ制度とかさ。そのうち宣誓してーなって思って。どう?」
完全に固まってしまった鋼さんに話しかければ、「す、する……!」って言って目からぶわりと水を溢れさせて、あぁ、やっぱり泣かせてしまった。けど全然悪い気分じゃない。むしろ愛おしい。指で涙を拭っても拭っても後からどんどん溢れてくるから思わず笑っちゃう。泣き止まない鋼さんの左手を取って、薬指に指輪を嵌めていく。
「鋼さん」
「……ッ、ふ、ぅ」
「鋼さん、泣き過ぎですって。まだ受け取ってほしいもんあるのに」
「こ、これ以上っ、もらうものなんて」
「オレの全部をもらってほしいんすよ。だから、」
鋼さんの膝に乗り上げて、濡れた頬に手を添える。
「オレのこと、抱いてください」
オレの言葉に驚いて目を見開いたのに合わせて涙がぼたぼたと落ちた。
「……は?」
「あ、泣き止んだ」
「は…………、え?」
「オレのこと抱くの、嫌?」
「い、嫌じゃない!けど……、ほ、ほんとに、いい、のか?」
「前から言ってたじゃないすか、そのうちオレのことも抱いてくださいねって」
「別に、無理しなくても」
「無理なんかしてませんて。オレが鋼さんに抱かれてーの」
「そ、うか、でもおまえわかってるのか、抱かれる側ってことはその」
「わーってますってば。だから、ね?スーツのオレのこと、めちゃくちゃにしてよ」
「ッ~~、初めてなのにそういうことを言うな……!」
なんて真っ赤な顔で言いつつちゃっかりネクタイに指を掛けてる素直な鋼さんのことが、本当に好きだ。噛み付くようにキスを仕掛けるとすぐに舌を絡め取られて、キスに夢中になってるうちにネクタイを引き抜かれ、背中を支えられてベッドに横たえられる。
「っ……、なるべく、優しく、する……ように努力する、……から」
「ふはっ!自信なさすぎじゃん。鋼さんになら痛くされてもいーぜ」
「だから煽るのはやめてくれ……!」
「ひひっ。……んっ」
さっきまであんなに泣いてたのに、オトコの顔になった鋼さん。喋るなとでも言うように口を塞がれて、それから。
☆
『鋼さんて、いつからオレのこと好きだったんすか』
『どうしたんだ急に』
『いや、オレのこと好きな理由とかもちゃんと聞いてなかったなって思って』
『そういえば言ってなかったか。……米屋は、初めてオレと逢った日のこと、覚えてるか?』
『鋼さんと初めて会った日?……あ、あれすね、個人戦!』
『そう、それ』
『荒船さんに急に声掛けられて戦ったやつっしょ。え?そん時から?』
『ほぼ一目惚れみたいなもんだな』
『まじすか。え、何?戦うオレがかっこよかったとか?』
『いや、そうではないけど』
『違ったかー』
『でも、今は戦うおまえのことかっこいいって思ってるぞ』
『自分で言っといてなんですけど、そういうことサラッと言うのやめません?恥ずっ』
『ははっ。……あのとき、入隊してばかりのオレがA級のおまえに勝ってしまったから、これは気味悪がられると思って』
『あぁ……』
『今までそれでオレの周りから人がいなくなっていったから、またそうなるんだ、って思ったんだ。それなのにおまえは、嫌な顔しないどころか、すごいやばい怖いって言ってきて』
『怖い、なんて言われたら普通悪口だと思いません?』
『あんなキラキラな顔で言ってきた言葉が悪口なわけないだろ。で、もっとやりたいからってずっと戦ってくれて』
『オレが防衛任務忘れてて、秀次に怒られたんすよねー』
『勝とうが負けようがずっと楽しそうに相手してくれるおまえに、救われたんだ。大袈裟なって思うかもしれないけど、オレはそれが本当に嬉しくて。それで、米屋は一番星だなって思った』
『一番星!?そんなこと言われたの初めてすね。太陽みたいだってのはたまに言われるけど。"陽"って付くし』
『太陽なのもわかるけどな。でも、太陽っていうのはひとつしかなくて、みんなのことを平等に照らしてるだろ。それに対して一番星は、特定の星を指しているわけじゃない。その日最初に見つけた星がその人にとっての一番星で、それはその人だけのものなんだ』
『だから、初めて逢ったあの日からずっと、米屋はオレにとっての一番星なんだ』
ふ、と意識が浮上してゆっくり目を開けると、オレの横に座って、左手薬指に嵌まった指輪を幸せそうに見つめている鋼さんがいた。
梅雨の晴れ間って言うんだっけ。カーテンの隙間から差し込んでいる朝日のキラキラとした光が、鋼さんの裸体を照らしていた。ホント良い身体してるよなこの人。身長はオレの方が高いのに、鋼さんの方が身体の厚みがあって重いのはやっぱ鍛えてるからだよな。昨夜自分が付けた……と思われる色んな跡のせいで、色気がすごいことになってる。そのまま見とれていれば、オレの視線に気づいてふわりと笑って頭を撫でてくるから、その手に擦り寄った。
「おはよう」
「ん、はよ」
「身体、大丈夫か」
「すげーだるい」
「今日は一日休みなんだろ。無理はするなよ」
「あと、まだ鋼さんのでけーのが入ってる気がする」
自分の腹をさすりながらそう言えば、鋼さんはボンッ!と顔を真っ赤にして気まずそうにオレから目を逸らした。この人、ちんこでけーこと気にしてるっぽいんだよな。
「わ、悪い……」
「いや、鋼さんのがでけーのはわかってたし、でけーのは鋼さんのせいじゃないすから。ていうかこの会話、オレが初めてフェ」
「言わなくていいから……!」
しばらくあーとかうーとか唸りながら頭を抱えていた鋼さんだったけど、ふと指輪に目をやって微笑んだ。
「やられたな。オレからプロポーズするつもりだったのに」
「やっぱり?そんな気してました。だから先手を打とうと思って。オレもちゃんと鋼さんのこと愛してるよって、目に見える形で伝えたくて。今までもらってばかりだったから、これだけは譲りたくなかったんすよ」
「なるほど。オレからしたら、おまえにもらってばかりなんだが……。これ、おまえの分はないのか」
「ありますよー。クローゼット開けて右下の……」
鋼さんに指示を出しながら、ゆっくりと身体を起こす。これか、と言って紙袋を手に戻ってきた鋼さんはベッドに腰掛け、慎重に中の箱を取り出して中身を確認してからオレと向き合った。
「米屋。……いや、陽介」
「っは、い」
鋼さんに名前で呼ばれたのは初めてで、目の奥がじわりと熱くなる。好きな人からの呼び方が変わるの、こんなにも特別感があって嬉しいのか。
「初めて逢ったあの日、オレはおまえに救われたんだ。今オレがここにいるのは、陽介がいてくれたおかげだ。これからもずっと、オレのそばにいてほしい」
こく、と頷けば左手を取られ、薬指にそっと指輪が嵌められる。今鋼さんの左手薬指に嵌まっているのとお揃いの指輪。オレが選んだ、シンプルなシルバーの指輪。実は内側に二人のイニシャルと星の刻印が入っていることに、鋼さんはまだ気づいていないだろう。
鋼さんの顔が近づいてきて、唇に触れるだけのキスをする。それからほんの数秒お互いを見つめ、額をこつんと合わせてくすくすと笑い合う。
あまりにも幸せで、オレの頬を一筋の涙が伝っていった。