一鋼くんみんなから下の名前で呼ばれてるのなんでだろうなあとずっと思ってたんですよね。もちろん苗字で呼ぶ隊員もいるけど、わかりやすい例で言うと、諏訪さんとか米屋って「荒船/荒船さん」で「鋼/鋼さん」じゃん。荒船さんと鋼くん同じ歳なのにこの差よ。
で、色々理由考えたうちの一つを今回書いたつもりだったんですが……。
気づいたら某「米屋陽介というA級の戦闘狂が『すごい』とか『やばい』とか『強い』とかじゃなくて『怖い』と表現する村上鋼、ここの二人に一体何があったんだ」のやつに繋がり、実は鋼くんにとって米屋は最初の光(=一番星)だったという、鋼くんの中で米屋の存在がめちゃくちゃ大きいことが判明してまじで死ぬ。死んだ。どういうことなんですか本当に。
え?書いたの私? それは、そうなんですが……。
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「鋼、まじですげーんだって」
出た、「コウ」。
最近の荒船さんは「コウ」さんの話ばかりする。みんなも「また始まったな……」って目で荒船さんを見ている。
「コウ」さんは、最近スカウト経由でボーダーに入ったC級隊員。新設された鈴鳴支部への配属が既に決まっている。荒船さんと歳が同じで、ポジションは攻撃手。……らしい。
らしい、というのは、全て荒船さんから聞いた話だからだ。オレを含めてほとんどの人が、まだコウさんに会ったことがない。慣れるまで、荒船さんが教育係となって色々教えているんだそうだ。
「将来有望すぎるぜ」
「俺のこともすぐに追い越しちまうかもな」
「早くおまえらと戦わせてーよ」
「あいつなら俺の野望を……」
もーずっとこんな感じで弟子自慢がすごい。なに「俺の野望」って。怖いんですけど。
てかそんなにすごいんなら、入隊式の時にもっと話題になるんじゃねーの?まだC級ってことは、木虎とは違って加点ポイントもなかったんだろ。入隊してからメキメキ頭角を現したってやつ?でもそれならそもそもスカウトされねーか。
スカウトされて、でも入隊時には話題にならなくて、マスタークラス目前※目前か確認※の荒船さんが「すごい」とか「将来有望」とか評価するコウさん。すげー気になる。
「鋼が個人戦デビューしたら、米屋も相手してやってくれよ。戦うの結構好きみたいだし、良い対戦相手になると思うぜ」
「それは楽しみすね!」
……なんて会話をした数日後。いつものようにブースに籠ってたら、人が切れたタイミングで荒船さんから通信が入った。
『米屋だな?お前、今から十本いけるか』
「よゆーっすよ!」
『よし、じゃあ今から言う設定で頼む。ブースナンバー〇九七の弧月、十本勝負だが五本終わったところで十五分の休憩を入れてくれ』
「おっけーおっけー」
〇九七、〇九七……あれ、荒船さんの弧月ポイントこんな低いっけ?マスタークラス目前ってことは八千※この辺変える?※近くあるはずでしょ。まぁいいや。休憩とか使ったことねーけど、そういやそういうこともできるんだったな。慣れない設定に戸惑いつつも完了すると、転送までのカウントダウンが始まる。
「あれ?」
転送先に立っていたのは、荒船さんではなかった。誰だこいつ。初めて見る。C級の隊服で……あっ!
「もしかして『コウ』さん?」
「あぁ。村上鋼だ、よろしく。えっと、お前は……」
「米屋って言います!よねやよーすけ」
「米屋か。すまない、荒船が何も教えてくれなくて、ただ『行ってこい』とだけ……」「あっはは、いーっすよ!」
すげー穏やかそうだし、礼儀正しいし、なんか眠そう、ってのが第一印象。そんなにやばい人には見えない。いやこういうのは見た目で決めるもんじゃねーけど。
とか考えてるうちに一本取られた。胴体真っ二つ。くそっ、油断したとかじゃねーからな!
「オレ考え事してたんすけど!」
「そうだったのか、それはすまない」
その後は順調にオレが四本取って、休憩に入る。正直に言うと、五本やって、え、こんなもん?って感じ。別にやばさもすごさも感じない。あ、一本目はノーカンね。辻とか熊谷の方が確実に強い。荒船さんが過大評価しすぎてたんじゃね?ただ、入ったばかりにしては戦闘慣れしてる気がする。ここに来る前は武士だったとか?なんちゃって。
まぁこれなら、残りの五本も普通にいけるっしょ。
なんて思ってたオレのバカ。よく考えてみろ、あの荒船さんが過大評価とかするかよ。
休憩後にオレを待っていたのは、目つきが変わった鋼さんだった。
攻撃してもほとんど対応される。え、何これオレの動き読まれてる?もしかして迅さんと同じ?とも思ったけど、攻撃が当たらないわけじゃないから未来を読んでるのとはまたちょっと違う感じ。でも首狙いなのは完全にバレてる。
光のない瞳も、何考えてんのかわかんねー。オレもよく言われるけどなるほど、こういうことか。
感じたのは、恐怖だ。初めて太刀川さんや迅さんと戦った時とか、初めて出水の合成弾を受けた時とかも、同じ気持ちになった気がする。
この人本当に、十五分前にオレと戦ってた人と同一人物?
気づいたら五本取られて、ブースのマットに沈んでいた。
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「よし、そろそろ俺ら以外のやつとも戦ってみるか」
荒船が師匠となって数週間。同級生のカゲにも相手してもらってだいぶ戦い慣れてきたところで、荒船からそう言われた。「個人戦デビュー」ってやつらしい。
個人戦のブースに連れて行かれて、利用方法やパネルの操作方法を一通り聞いたところで、「試しに適当に戦ってみろ」と言われる。
そんなこと言われたって、これだけ表示されてる中から適当に選ぶのは逆に難しくないか……?と思いながらも対戦相手の一覧を見ていると、「お、いいのが居んじゃねーか」と荒船が一人を差した。
「弧月(槍)」って人だ。
オレも荒船も弧月は刀のような形だけど、槍っていうのもあるのか。でもスコーピオンは形を変えれるけど、弧月は不可能だって聞いた気が……なんて考えている間に、荒船が槍の人に話しかけていた。
「米屋だな?お前、今から十本いけるか」
『よゆーっすよ!』
「よし、じゃあ今から言う設定で頼む。ブースナンバー〇九七の弧月、十本勝負だが五本終わったところで十五分の休憩を入れてくれ」
『おっけーおっけー』
「よし、鋼、行ってこい」
「え、」
何がなんだかわからないまま、転送された。
■
どうしよう。
とんでもない人に勝ってしまったのかもしれない。
だいぶ余裕が出てきた十本目、米屋を斬った直後に視界に入った彼の左胸。エンブレムに「A」と書いてあった。米屋はA級隊員だったのか。そもそも隊固有のエンブレムはA級にならないと作れないと聞いている。そういえばポイントも自分の倍以上あったし、かなりの腕のやつなんじゃないか。
過去の記憶がフラッシュバックする。
みんなに色々教えてもらって、オレが楽しくなってきた頃に、オレのせいでみんなが辞めていく。
「大した努力もしてないくせに」
「おまえのせいで心折れたわ」
「おまえ、なんかおかしいよ」
何度も言われた。
ボーダーに入って、それがオレの「サイドエフェクト」のせいなんだと知った。「強化睡眠記憶」なんて大層な名前がついた。カゲは自分のサイドエフェクトのことを「クソ能力」とよく言うけど、オレのだってクソ能力だ。みんなの努力を盗んで得る楽しさなんて全然嬉しくない。まさしく人生における「副作用」だと思った。
荒船はオレのサイドエフェクトの話を聞いて、「ちょうどいいな、オレの理論を叩き込んでやるよ」と言った。何がちょうどいいのかわからないけど、こんな能力でも荒船の……人の役に立てるなら、と弟子になった。他の同級生もすんなり受け入れてくれたし、この能力があってもカゲには全然勝てないから、自己鍛錬が楽しかった。
でも米屋は、昔のみんなと同じかもしれない。A級が、入隊して数週間しか経っていないC級にいきなり負けて、どういう気持ちになるかなんて、そんなの……。
「鋼?どうしたぼーっとして。米屋からいきなり半分以上取れるなんて流石じゃねーか。俺のおかげだな」
「あ、荒船、オレ……」
「鋼さん怖ぇ~~!何すかあれ!オレ後半勝てなかったんすけど!!」
バンッ、とブースの扉を開けて米屋が飛び込んできた。
「だから言ったろ?鋼はすげーやつだって」
「いやすげーしやべーし、前半と後半の動き違いすぎでしょ!めっちゃ怖い!ちょ、もう十本いいすか?!」
「だってよ、鋼。……鋼?さっきからどうした、大丈夫か?」
「っ、あぁ、すまない。大丈夫だ。よ、米屋が良ければ……」
「もちろんすよ!勢いでこっち来ちゃったけどすぐ戻るんで!すぐやりましょ!」
「確かにおまえ、それ言うだけなら通信で良かったじゃねーか」
「いやなんか興奮しちゃってつい!」
この後「もう十本!」「もう十本!」と言う米屋に付き合って、多分五十本はやった。十五分休憩の設定は気づいたら無くなってて、荒船も用事があるとか何とかで途中退室して行った。最後は米屋に自隊の隊長から連絡が入ったらしく、「やべっ、防衛任務あんの忘れてた!鋼さん、また絶対やりましょーね!」と言って慌ただしく去って行って、終わった。
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初めて、だったんだ。
今までずっと、「楽しい」と感じた後は必ず独りになった。
荒船達には先にサイドエフェクトの話をしていたから、オレの学習が早くても気味悪がって離れて行ったりはしなかったけど。
あのとき、米屋には自身について何も伝えていなかったはずだ。
にも関わらず、オレに負け続けても嫌な顔一つせず、それどころか「またやろう」って言ってくれた。
「怖い」とは言われたけど、それもネガティブな意味じゃないってわかる。
飛び込んできた顔が、目が、ずっとキラキラしていたから。
初めて逢ったあの日からずっと、オレにとっての一番星は、米屋なんだ。