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    yoshida0144

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    yoshida0144

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    はるけい
    付き合いはじめたはるけいを智将が嗜めます

    ヒナギク「要くんさ、清峰くんと付き合ってるって、ほんと?」

     教室のど真ん中で、三限と四限の間の短い休み時間で、トイレのためにたまたま空いてる席に座って尋ねることではない。デリカシー以前に常識の問題ですね、と一列挟んだ自席から千早は思った。尋ねられた当人は冷や汗を垂らして半笑いのまま狼狽えている。助け舟を出そうか。窓際にもたれかかる藤堂に視線を投げれば難しい表情でうーんと唸った。そこでタイミングよく次の授業のチャイムが鳴り、また後でね要くん、と言い残して女生徒は自分のクラスに戻っていった。短いスカートを翻しながら。しかし圭は教師に指摘されるまでずっと固まったままだった。


    「だから!なんでそこ言っちゃうの!」

     のんきにクソデカおにぎりを頬張る幼馴染兼彼氏に圭は憤慨した表情で詰め寄った。圭の様子に反して葉流火はようやくきた秋の訪れのように晴れ晴れした表情でもぐもぐ咀嚼している。

    「告白されたから『圭と付き合ってる』って言っただけ」
    「いやダメでしょ!普通言わないでしょ!」
    「なんで?」
    「なんでって……くっ、この宇宙人め!」
     ダメだ話が通じない。ガックリ肩を落とした圭の肩に最後の一口を食べ終えた宇宙人が顎を置く。散々拒んだが力負けしたため、さっきからバックハグされた状態であった。体格差が悲しい。
     圭と葉流火はつい先週の日曜からオツキアイを始めた。葉流火に告白されて頭も心もいっぱいになった圭は、2人の交際は内緒にすることをうっかり伝え忘れてしまったのだ。あの葉流火に限ってひけらかしはしないだろうとタカを括っていた。しかしまさかこうも早く口外されるとは。
    「誰かに見られたらどうするの!ん〜もう離れろ!」
    「おひさまの匂いがする……」
    「ちょっと!もうすぐヤマちゃんたち来るのにぃ!」
    「もういますけど」
     声のするほうに視線を向ければ千早たちがすでに弁当を広げていた。いつの間にいたの?声かけてよ。てか見た?聞いてた?聞きたいことは何一つ出てこず、圭は宇宙猫の表情で固まった。
    「要くんたちおめでと」
    「今更だけどな」
    「令和の時代に男同士がどうとか言いませんよ」
     改めて言われると照れくさい。もともと彼らにだけは2人のオツキアイのことを伝えようと思っていた。しかしどう伝えたらよいか。眠れないほど考えていたのこうもあっさり解決するとは。悩んでいたことは解決して、また一つ悩みが追加される。生きるって難しいな。顔だけ智将ヅラしながら圭は秋の空を見上げた。

     風呂上がり。ほかほかの身体でベットにダイブする。練習前にまたも女生徒に詰め寄られ、適当に誤魔化した後ハードな練習もこなした一日はいつも以上に疲れてひどく眠かった。
    『ほらみろ。考えなしに行動するからだ』
     寝ようとしてるのにコイツは……。目を閉じた先に見えたのは呆れ顔の智将のすがたで、いつになく気だるい様子で顎に手をついてこちらを見ていた。
    『今からでも遅くない。別れろ。恋人としての要圭は葉流火のためにならない』
    『……智将だって好きなくせに』
    『未来の葉流火の隣にいるのは俺じゃない。野菜ソムリエの資格をわざわざ取ってくれる、語学堪能な有名私立大学卒のアナウンサーだ』
    『なにそれこの昭和脳!ジャンプ190円!』
     葉流火に告白されて思わず頷いてしまったが、智将であるもう一人の自分は頑なに反対していた。断れ。別れろ。いっそその辺の適当な女と付き合え。まるで嫁いできた嫁を追い出す鬼姑である。
     とはいえ圭自身も雰囲気に流された自覚はあった。秘めた想いを持っていた葉流火のあの綺麗な顔が近づいてきた瞬間、理性なんてフェンスよりずっと遠くに飛んでいってしまい、気づけばうんと頷いていた。嬉しかった。
     でも。
     葉流火はやがて世界も狙える選手になるだろう。自分の使命は葉流火をその入り口に連れていくこと。よく考えれば自分の想いにのまれていいはずがなかったのに。頭が急激に冷えていく。
    『ほんと、そうかも』
    『…………』
    『智将の言うとおり流されたオレが悪い。明日葉流ちゃんと話すよ』
     この気持ちだって自分の中では世界で一番大事だけど。せめて今夜だけはあのとき背中に感じたぬくもりを思い出しながら眠りたい。いいかな、と智将を見れば寂しそうな笑顔で圭と一緒に目を閉じた。

     瞼の外が明るい。こんなにも朝が来なければいいのにと願った日はない。ゆっくり時間をかけて目を開けた。
    「は、葉流ちゃん!?」
    「おはよう、圭。迎えに来た」
     ベッドの傍らにはしゃがんでこちらをのぞく葉流火の顔があった。ちらりと見えた時計の針は朝の4時半を指している。そういえば母親が合鍵を渡していたことを思い出したが時間が時間である。歴とした不法侵入ではないかと尋ねれば「朝のトレーニングのお誘いに来た」とこれまたいけしゃあしゃあと答えた。
    「い、いつからいたの?」
    「30分くらい前かな」
    「そんなに?起こしてくれたらよかったのに」
     なんだか気恥ずかしくてたまらない。思わず布団に顔を埋めた。
    「うん、でも、圭の寝顔も見たかったから」
    「……ん!」
     どこのスパダリだよ!自分を見る視線に今まで見たことないような甘さを感じる。いつも一緒にいたのに、これも恋人になったからなのか。今日の葉流火はひどく輝いて見えた。
    (葉流火のためにならない)
    「あ」
     たまらない羞恥と幸福感の狭間で昨夜の智将の声が響く。今日は終わりの朝なのだ。先週の日曜から始まった、たった2日間だけの恋人。これからこの2日間の思い出を一生抱いていく始まりの朝でもある。圭は一瞬歪んだ視界をぎゅっと閉じて、布団から顔を出した。
    「葉流ちゃん、俺たち別れよ?」
    「え、圭、なんで」
    「んー……別に恋人じゃなくてもずっと一緒にいたんだし。あ、野球はもこれからも一緒にやるよ?だからつきあうとかじゃなくてもいいかなって……」
    「ヤダ」
     泣きたいのを必死に堪えて告げた別れは一際大きい葉流火の声に遮られた。やわらかな秋の早朝にはそぐわない鋭さを秘めながら。
    「野球だけなんてヤダ」
    「葉流ちゃん、俺は」
    「圭も俺と一緒にいたいって言った。すごく嬉しかった、から……」
     告白が初めてなら別れ話も当然初めてなわけで。圭は重苦しい雰囲気と罪悪感に押しつぶされそうだった。自分だって本当は恋人でいたい。千早が言っていた通り、令和の時代に同性愛をどう考えるのもナンセンスな気がする。
     ただ。葉流火は違う。いつか世界で活躍する選手になる葉流火の遺伝子を残さない選択は誰の幸せにもならない。そして葉流火を万全の状態で未来に送り届けるためだけに存在する智将の願いは、当然圭の願いでもあった。
    「……ない」
    「え?」
     圭の想いを聞いた葉流火は布団の上に置かれたその手を自分の両手で包み込んだ。
    「結婚しないしプロにもならない」
    「は、はぁ!?何言ってんの!?」
    「俺はただ圭といたいだけ。圭と野球したい。アナウンサーとか全然興味ないし、プロになって圭といられないならプロになんてならない。野球はプロじゃなくてもできる」
    「は……そんなの、おかしい……」
    「おかしくない!今だって圭がまた俺の球をとってくれるようになってすごく嬉しい。ほかに誰もいらない。うちは兄ちゃんもいるから遺伝はなんとかなる」
     確かにあのお兄様なら葉流火の遺伝子をより強固なものにして継いでいきそうな気もした。しかしそれで良いわけがない。葉流火の未来はプロもしくは穀潰しであり、それならどう考えてもプロになってもらわなければ困るし何より類稀なる才能を潰したりしたくない。全ては葉流火のため、大好きで仕方がない大切な幼馴染のためにも。圭は心がぐちゃぐちゃに握りしめられる感覚を覚えた。
    「そんなの……っ、俺もうわかんねえよ」
    「圭は?俺と離れたいのか?」
     そんなはずあるわけない。人格を変え、最後に記憶を失っても側にいることを選んだのに。ついに我慢できず泣きながら首を振った。
    「じゃあ一緒に考えよう。一緒にいられる方法を俺もいっぱい考えるから」
    「葉流ちゃん……」
    「圭が好き。ほんとに、また一緒に野球できて嬉しい。どうかもう、離れないで」
    「……わかった」
    「圭は?本当のこと言って欲しい」
    「俺……も。俺も葉流ちゃんが……好き、だよ」
     真っ赤に充血した目を閉じたら唇に柔らかいものが触れた。葉流ちゃん、いつ起きたんだろう。ひどく冷たかったそれはそのうち息が上がるほど熱くなった。

    ◆◆◆
     
    『なんにも解決してねえのに……』
    深い心の奥で智将もまた自分の唇に触れた。
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