2021長政誕「なにか欲しいものはありませんか」
七緒の酌で酒を受けながら向けられたその問いに、見上げてくる七緒の視線から真意を探るようにジッと見つめ、長政は酒を煽った。
薫る酒精を味わいながら、長政は空いた杯を掲げれば、七緒は心得たように酌をして杯を満たす。
「なんだ、今年はさぷらいずで貰えぬのか」
茶化すように肩を竦めて笑ってみれば、七緒は僅かに頬を膨らませた。
「サプライズで、と言ってもどうしても長政さんの耳には入るでしょうし…。私が隠し事上手じゃないことは自覚してます」
徳川の養女として長政へと輿入れしてきた七緒が自由にできる事はあまりにも少ない。一人で城下へ買い物に行くことすら許されていない。
龍神の神子として、八葉として旅していた頃であれば不自由ながらも自由はあった。爛漫な七緒にとってここでの生活は些か堅苦しいものであろうが、離す気は毛頭ありはしない。
七緒が退屈しないようにと、家臣や女中には七緒の望むことを出来る限り叶えるようにと言いつけてはいるが、肝心の七緒が己の立場を分かっている為、わがままを言う事はない。
長政は満たされた手元の杯に視線を落とし、ゆらりと揺らしてみる。
「…ふむ」
ひとつ思い当たった願いに長政は、隣に座る七緒へと視線を向けた。
「何か思い当たりましたか?」
こてりと首を傾げた七緒のその言葉に長政は頷く。
「そうだな。欲しい物はいくつかあるが、それにはお前の協力が不可欠だな…と、思ってな」
「いくつもあるんですか? 私が用意できるものであれば協力は惜しみませんよ」
ムン、と力こぶを作るような仕草をする七緒に長政は頬を緩めて笑う。
杯を一息に煽り酒に濡れた薄く形のいい唇から「ほう」と感嘆の声が漏れ、七緒がはたりと長政の目元へと視線をやれば、男性の割に濃い睫毛に彩られる切れ長の瞳の奥にある怜悧な視線とぶつかった。
先ほどの威勢は見る間に萎んでいき、七緒はヒクリと頬を引き攣らせる。
「──あ、の。でも、私、長政さんが思っているより」
協力できないかも、と続けようとした言葉は長政の唇によって阻まれた。
唇を合わせた瞬間に薫ってきた酒精に七緒はくらりと眩暈を覚える。
元の世では未成年で、酒は厳禁であったが、今の世は戦国。郷に入っては郷に従え、と少しずつではあるが酒も嗜むようにはなったけれど、このきつい酒精にはとうてい慣れることができない。
長政から移された酒精を逃がそうと唇を開けば長政はその機を逃さず、薄く開いた唇の間から舌を差し入れてきて、七緒の舌を絡め取った。
唇を合わせた時よりも濃くなった酒精の香りと、長政の熱い舌に翻弄されるままに七緒の耳は唇と舌を吸われる粘着質な音を否応なく拾った。
常であればこのまま情事に雪崩れ込むように執拗に続くはずの口付けは終わり、長政はあっさりと七緒の唇を開放する。
「ン、ぁ…」
若干の物足りなさから七緒の口から疑問とも非難ともとれる吐息が漏れた。
いつの間にか長政の両手は七緒の耳の下へと這わされていて、七緒の薄く敏感な肌は長政の掌にある剣ダコの感触を拾い、いつも七緒を翻弄する形のいい指先が、すり、と七緒の耳朶を撫でると全身が粟立ち下腹部に熱が籠り始める。
そんな七緒の様子を堪能するように長政は七緒の唇へと指を伸ばし、先ほどの口付けで濡れた唇を拭うと、正面から七緒と視線を合わせた。
「万徳丸も手がかからなくなってきておるだろう」
この雰囲気の中で突然告げられた息子の名に、七緒はぱちりと目を瞬かせたが、素直に頷けば長政は満足そうに笑みを作った。
「いつの世も子は宝だ。──大名である我らが体現していかねばならぬ」
一族を率いる者らしく力強く惹き付けられるような言葉に、同意の言葉を発そうと口を開いたところで七緒ははたりと気付く。
不器用な笑顔のまま固まった七緒の顔を覗き込み、長政は満足そうに目元を細めて笑う。
「子が多い事に越したことはないな」
不敵な笑みを浮かべて長政は七緒の腰を引き寄せる。
表立っては嫌と言わない七緒だが内心は酷く慌てふためいていることが読み取れて長政は声を上げて笑うと、いつか天野家で見た書物の一文をふと思い出した。
「子は、俺たちの愛の結晶なのだろう」
言葉の意味を理解して耳まで赤くなった七緒の表情に破顔し、長政は愛しさを込めて七緒の唇を覆った。