神父と淫魔 №4「扶揺」
呼ばれて横になっていた扶揺は億劫そうに上体を起こした。
「受け取れ」
そう言って、慕情は扶揺に何かを投げた。
扶揺は思わず受け取ってからそれを見る。
少し大きめな、吸い込まれるような闇色の石が着いたペンダントだった。
「これは?」
「神気を中和する石だ」
弾かれるように顔を上げた扶揺に慕情は小さく息をつく。
「それを持っていれば、完全にとは行かないがあの教会に行っても動けなくなることはない」
言われてみれば身体が随分楽になっている。
「兄さんは平気なのか?」
「ああ、神気に近いといっても、あれは所詮純度が高い精気なだけだからな。私には何でも無い。まぁ小さな羽虫が這うぐらいの不愉快さはあるが」
「…………地味に嫌だ」
「……そうだな」
「南風の兄さん?」
「会ってないから断定はできないがおそらく」
黙って俯いている扶揺の様子を見ながら慕情は腕を組んだ。
「分かっているだろうが、これ以上南風に関わるのは危険だ」
扶揺は無意識にペンダントを強く握る。
何も言おうとしない扶揺に慕情は小さく息をつく。
「まだ南風から手を退く気はない……か」
「…………」
「まぁいい。兄の方は私がなんとかする」
「えっ」
予想外の言葉に扶揺は弾かれるように顔をあげた。
「あれだけの精気だ。相当旨いだろうからな」
「悪食……」
「どちらかというと美食だ」
淫魔……悪魔を苦しめる神気に近い精気を喰らおうなんてとんでもないと扶揺は思うが、自分より遙かに強力な兄が言うのだからそう言うものかもしれないとも思う。
「私が気を逸らしている間に南風をさっさと喰ってしまえ」
「…………」
「正体を知られないように気を付けろ。お前程度、抗うどころか一瞬で消される」
「わかった」
慕情にここまで言われても扶揺は南風を諦めきれない。
どんなに誘惑しても通じない。執着するのが馬鹿馬鹿しくなるほど。
それでも、次こそはと南風に会いたくなる。
淫魔としての矜持を守るためここで引き下がるなんて出来ないと自分に言い聞かせて、微かに心の隅にあるよく分からない感情を押しつぶす。
――明日、南風に謝りに行こう。南風なら笑って許してくれるはず。それともひどい態度に怒っているかもしれない――
南風の事で頭がいっぱいになっている扶揺を慕情は半眼見ていた。