神父と淫魔 №10――失敗した――
扶揺は自分の身体を抱きしめるように手を回した。
慕情から精気を分けてもらって一週間。そろそろ補給しなくてはいけないのだが慕情は夕べから外出していなかった。
そんなときに南風に街外れの庭園へ行かないかと誘われた。
本当なら断って家で大人しくしているべきだったのだけど、まだ精気が残っているし体調も悪く無いからと家を出た。
南風とたわいもない話しながらた歩くのがとても心地がよかった。
辿り着いた庭園は本当に美しく見事だった。
色とりどりの花がかなりの広範囲に広がっている。元は自然のものだったらしいが、あまりの美しさに人々が見に来るのでいくつか四阿を建てて憩いの場になっている。
南風と二人。丁度よく人が居なくて二人っきりで花の景色を楽しむ事が出来た。
南風が作ってきたサンドイッチを食べて、今度は扶揺が作ったクッキーを食べようという段になって、唐突に目の前が暗くなった。
やっぱり家を出るべきじゃ無かったと思っても、もう後の祭りだ。
「扶揺!」
倒れてしまう前に南風が扶揺を抱き留めた。
このまま自分は死んでしまうのかと覚悟した扶揺だったが、南風の腕の中、精気が僅かに流れ込んでくるのを感じた。
南風の精気は普通の人間より濃く上質だ。だから服越しでもここまで近づくと精気を得る事ができた。
それでも全然たりない。
「具合が悪かったのか」
南風の心配そうな声に扶揺は首を振った。
「大丈夫だから」
「大丈夫って……」
南風は眉根を寄せる。扶揺の顔色はとても悪く、随分苦しそうに見える。このまま放っておくことは出来ない。誰かを呼んできた方がいいのか。しかしそうすると扶揺を一人ここに置いていなければならなくなる。
いつもは誰かしらいるのに、こんな時に限って自分たち二人しか居ないなんて。
「南風」
扶揺が南風の腕を掴む。
「扶揺?」
「このまま、しばらくこのままでいて欲しい」
どうせ死ぬのなら最後は南風の側が良い。
扶揺の様子にひどく不安になった南風が扶揺を強く抱きしめた。
――随分温かいな……――
南風の精気が飢えた扶揺の身体に染み渡る。
それが至上ものであれば、もっとと望んでしまうのは当然のことだった。
「南風……」
吐息混じりの声、濡れた瞳に南風が思わず腕の力を緩めると扶揺は顔を上げて南風に口づけた。
驚いて開きかけたその口へ舌を差し込んで南風の唾液を啜る。
あっという間に身体に精気が満ちて、いっそ快楽を感じる。
「んんっ」
南風は扶揺の突然の口づけに驚きはしたが、直前までの具合の悪そうな様子を思って突き放せずにいた。
十分精気を取り込んだところで、苦しそうな南風の声に扶揺は我に返り慌てて南風の胸を押しのけた。
「あっ……」
間近にひどく戸惑っている南風の顔がある。
やってしまったと扶揺は体が冷たくなるのを感じた。
「扶揺……」
扶揺の取り乱した様子に心配した南風が頬に触れようとしたその時、扶揺は、
「ごめん」
と言って南風に背を向けて走り出した。
「扶揺!」
全てが突然で状況について行けない南風は手を伸ばしたまま動けずに、扶揺の背を見送った。
――やってしまった――
扶揺は自室の扉に背を預けきつく自身を抱きしめてから、ずるずると座り込んだ。
南風が扶揺の正体に気付くことはないだろうけど、きっとふしだらな人間だと思われたに違いない。
南風を喰らいたくないと思っていたのに、死に直面してたとはいえいとも簡単に理性を手放してしまった。
自分の浅ましさに、南風を喰らおうとした自分に絶望しそうだ。
両膝を抱え俯く。
「もう、南風と会えないな……」
自分でも驚くほど弱々しく悲しげな声に扶揺の瞳から一粒涙がこぼれた。