恋の不満と恋の模様⑥▼夢越し
バーソロミュー は深層心理の中に閉じこもり、夢を見ているような状態。それは聞いたわね?
その深層心理の世界が特異点の魔術とまじってやっかいなものになってるの。
そうね、世界五分前仮説は知っているかしら?
人も物も全て世界は五分前に生成されており、過去という事象を説明する知識や記憶も作られているものだから、それを否定できないというものよ。
例えとして提示しただけだから、知識とはいったいなんなのか? 過去を証明するには? なんて議論するつもりはないわ。
バーソロミューの夢の世界はそうなってるの。しかも五分ではなく、一秒単位。
一瞬で世界が構築されて、中に入ったらそこで暮らす登場人物としてすえられ、並の魔術師なら気づきもしないんじゃないかしら?
外からの干渉も難しくて……事実、アナタ、私が干渉するまで幸せそうに同棲生活おくってわよ?
…………しょうがないから私が手を貸してあげるわ。
▼おとぎばなしみたい
ストームボーダーは基本、禁煙だ。
火を警戒して、煙が臭いが副流煙がと理由はあるものの、そんなものは知るかとところかまわず吸う者もいる。
だが多くのサーヴァントや職員は喫煙室を利用しており、ロビンフッドは基本的に喫煙室で吸う派だった。
絶対にコレという銘柄はなく、入手できたのを吸う感じだが、好みとしてはメンソールよりキック感の強いレギュラーだった。その中でも香りが上品で後味が良いものでなく、渋みがあり喉にからんでくるようなコクがあるもの。それが吸っている感じがして好きなのだが、需要が少なく、そうすると供給も少なくなる為、出回りが多い無難なタバコを吸っていた。
今、手元にあるのは出回りが多い中でもクセがなく軽いタバコで、ロビンフッドからするとものたりなかった。なので吸う回数も増え、必然的に喫煙室に足を向ける回数が増えた。
そのタバコも後、五本。次は重いのが入手できればいいんだが、と思いながら開けた喫煙室のドア。
鼻腔をついたタバコが鼻から吸い込んだだけだというのに渋くクセがあり、重いと分かるほどで、思わず喫煙室の中を見渡す。
紫煙の奥、目が合ったのはランサーのクー・フーリンだった。
ん? どうかしたか? とタバコをくわえたまま目線で聞くクー・フーリンに、ロビンフッドは隠す事でもないかと軽いタバコが入った箱を懐から取り出して見せる。
あ〜〜とクー・フーリンは納得したように煙を吐き出してから、いるかと持っていた箱ごとロビンフッドに投げる。
ロビンフッドは受け取りつつ、んーと苦悩の表情を浮かべた。
「対価はなんです?」
「それ、キャスターの奴がタバコ作りにハマって作りすぎたやつでな。重いタバコの需要はそんなねぇし、余ってんだ。正直、やってもいいんだが、タダより怖いもんはないっていうなら、あの二人がやるはずだった資材集めとか、キッチンとか、気にかけといてくれや」
あの二人と言われ、ある恋人達の顔が浮かぶ。片方が厄介な呪いにかかり目覚めなくなり、騎士の恋人が助けようとしている、そんなお伽話のような話だ。
そういえばキャスターの方の光の神子は眠り姫の海賊と仲が良かったか。
マスターに召喚されたサーヴァントは生前の縁だけでなく、カルデアでの繋がりも発生し、千年時代が違うものが酒を飲み交わす仲でも不思議ではない。
特に初期、焼失した地球で資材もサーヴァントも何もかも足りず、つい数ヶ月前まで普通の子供だったマスターの元で戦い抜いた、その最初期のメンバーは表立って仲良くしてなくても、不思議な絆があり、え? そこ仲いいの? と驚かされる事もしばしばだ。
今回もバーソロミューが眠りに落ちた事であいたライダーの穴はメデューサが淡々と埋めており、初期メンバーの繋がりを知らないサーヴァントが不思議がっていた。
ロビンフッドは貰ったタバコに火をつけ、煙を喉を通して肺に流し込み、待ち望んだ重さに口角の端を上げて、ふぅーと紫煙を吐きだす。
「ま、それぐらいなら引き受けるとしましょうか」
「おう、頼むわ」
それで他の話題に変えてもよかったのだが、そういや詳しく知らないなとなんとなくで話を続ける。
「今どうなってるです?」
「ん? おー、どこまで知ってんだ?」
「騎士の最愛が荊の棘で眠り姫になって、騎士様が王女の手をかりて夢の中に助けに行ってる最中ってところぐらい」
「そっから変わりねぇよ。あ、いや、変わりはあるな。攻略は順調。少しずつ目を覚ましかけている」
「なるほど。なら、つっこんで聞かなくてもよさそうっすね」
もし手を貸さなければならない可能性があるのなら、少しでも情報を入れておくかと聞いておくところだが、騎士が窮地に陥った恋人を救ってめでたしめでたしの物語になりそうだ。
自分のようなものが出る幕はないだろう。
ロビンフッドは一本目のタバコを灰皿に押し付けて消すと、久々の重いのは美味いともう一本に火をつけた。
▼芽生えたもの
多くのサーヴァントは二千年育ちのマスターの価値観に合わせているとはいえ、それはあくまでマスターの為に合わせているだけだ。
納得しているかと言われれば微妙な者は多く、そしてマスターの目が届かない場所ではハメを外すサーヴァントも多い。
「ってわけで、賭場を開こうとしたんだけどネェ」
黒と青のバーテンダーの服に身を包み、グラスを磨きながらため息をつく。
仲間、同僚、同士、どれでもいいが、そんなサーヴァントの窮地を賭けの対象にする。不謹慎だと憤る者もいるだろうが、そんなものは少数で受け入れなくても見て見ぬふりをするか、そんなものとして無視するかで、大多数の支持を受けて賭場は開かれようとした。
「元締めとしてオッズの予想はしなきゃだから、事前にそれとなーく調べたら、偏りが酷くてね。賭けにならないってやめたんだよネー」
磨き終わったグラスを棚に戻すと、もう一脚、手にとって磨きはじめる。
「あの円卓の騎士と海賊ならばっていうのもあるんだろうけど、結局、賭ける側がどこまでいっても英霊だからネ。自分が助ける為に手を貸していたり、助けるのもやぶさかじゃない事柄に対して、失敗するなんて方に賭けないんだろうネ」
みんな手をかしている、もしくはかす気なんだから心配いらないヨ。
そんな言葉が聞こえた気がして、オレンジジュースを飲み干し、ありがとうごちそうさまと礼を言って椅子から降りた。
廊下に出て、はぁーとため息をつく。
今回の件、マスターとしてできる事は少なく、もどかしく思っていた。それを察してドリンクとお菓子をご馳走してくれたのだろう。
気をつかわせてしまったと、マスターがそんなんでどうするとパンと軽く頬を叩く。
きっと大丈夫。
だってバーソロミューはあの特異点で、不満を話して晴れやかな表情になる人達を見ていたのだ。
彼が何を考えているか読み取る事はできなかったが、バーソロミューは確かにじっと、彼にしては長く見つめていたのだ。
羨ましいと、もしくは自分も不満を話してもいいのでは? と思ってくれたらいいなと考えながら、マスターは顔を上げて歩きだした。
▼惑星間のロマンス
昔、人の移動が足で、超高速直進も時空間円曲もワームホールの移動もできなかった時代。
人と人との距離は遠く、惑星の中のみで人と人との関わりは完結し、その中でも海に隔たれただけで一生会えず言葉をかわせないなんて事もあったそうだ。
今は惑星が一、二個離れていたぐらいでは数時間、下手すると数十分の距離であるし、電子文を送れば一秒もかからず言葉を届けられる。
良い時代になったものだとパソコンの3Dディスプレイに浮かんだ彼からのメール文を読む。
窓辺の椅子に座りながらメールを確認していれば、「ワン?」ふくらはぎに毛を擦り付けられる感覚が。
「ん? パーシィ、パーシヴァルがもうすぐ帰ってくるって。もう港にはついたそうだよ」
かまってほしいのかと頭を撫でる。
「この星では対流園を飛べる小型宇宙船でも、一旦、宇宙港に寄って申請をしなくてはいけないからね。申請が終わったって」
そのまま背を撫でてやれば、尻尾をパタパタさせて期待の目で見上げてくる。
あ、そうかと合点がいって、バーソロミューは微笑んだ。
「もちろんバートを連れてね」
「わん!!」
「わっ、こら!」
よほど嬉しかったのだろう、尻尾をぶんぶんと振って足元を走り回るものだから、蹴ってしまわないかバランスを崩して踏んでしまわないか心配になる。
注意すると、パーシィは足元から離れ、白く大きな身体で部屋の中へと駆けていった。
駆け回る音を聴きつつ、「パーシィはバートが大好きだねぇ」とクスクス笑う。
まぁおかげで飼い主のバーソロミューはパーシヴァルと出会え、惑星に二人と二匹の家を買えたのだけれど。
バーソロミューがパーシヴァルに出会ったのは、近場に惑星がなく、宇宙港の役割を主とするスペースコロニーだった。
狭い船の中ばかりでストレスが溜まっただろう。ドッグランはないが、散歩ならと、ペット可の区画を歩こうとした時、パーシィがいきなり走りだした。
利口なパーシィの予想外の行動に反応が遅れたが、万が一でもはぐれて迷子になってはいけないと、バーソロミューは手綱を手首に巻いていた。
だがリードとパーシィの首輪を繋いでいる部分の金具が無情にも壊れ、みるみるまにパーシィが人混みの間をぬって走り、曲がり角を曲がって見えなくなる。
「パーシィ!!」
待てと命令するが、いつも一言でお手もお座りもステイもハウスもするパーシィがとまる気配はない。
全力で名を呼びながらコロニー内を走り、曲がって飛んで、下って登って、そしてある角で同じく全力疾走してきたであろう男性とぶつかった。
曲がり角を曲がる前から気配に気づいていたが、互いに勢いを殺すことができず、回避しようとしたがそれもできず、抱き合う形でぶつかり、このままだとどちらかかわ倒れるとくるくると回って、互いの勢いが消えたところで止まる。
白銀の髪に大気がある惑星の空を彷彿とする瞳。甘さや若さは残るが精悍な顔立ちで、鍛えられた身体もあいまってさぞかしモテるだろう。
回っている時から顔も身体も良い男だなと思っていたが、止まってしげしげ見るとさらに良い男だった。
男もバーソロミューを瞬きすら忘れたかというほど凝視しており、そんな二人が視線を外すきっかけを作ったのは、愛犬と愛猫の鳴き声だった。
「ワン!」
「にゃ〜ん」
「パーシィ!?」
「バート!?」
互いに名を呼びつつ横を向けば、建物と建物の間のスペースにパーシィが腹を出して寝転んでいた。走り回ったせいか腹が黒くなっており、と思ったが違った。毛並みが似ているので気づかなかったが、腹の上に黒猫が乗っている。
色々叱りたいが、ひとまず無事で良かったと息を吐いて肩から力を抜いて脱力すれば、ぶっかった男も同じだったらしい。同じようには〜と息を吐いて身体の力を抜く。
その様子を見てバーソロミューはクスリと笑い、「あの黒猫さんは君の子かな?」と尋ねた。
「えぇ。あの白犬さんは貴方の?」
「あぁ。急に走りだしたので慌てて追いかけてね。普段、そんな事をする子じゃなくて」
「私もです。脱走や隠れんぼはよくするのですが、ちゃんと前もって伝えてくれるというのに、今日は突然で」
なんだ前もって伝えるって、と、そこでもこの猫と飼い主に興味を持った。
「良かったらペット同伴可のカフェでお茶をしないかい?」
「はい! 喜んで!」
ニコニコと笑顔で元気よく返事をする男に、「じゃあとりあえず、抱きしめている手を離してもらえるかな?」と伝えれば、「すまない!!」と壁にのりこまん勢いで飛び退いてくれた。
それから話をして、数ヶ月前、予防接種やその他の検診の為に寄った動物病院でパーシィとバートが顔を合わせていたであろう事が分かった。
そこから話が弾み、連絡先を交換し、互いの生まれや育ちで悩み、小さな衝突は繰り返したが、海と空が綺麗な惑星に二人と二匹用の家を買う程度には仲良くなれた。
だが後一歩、親密になりきれていない。
バーソロミューが彼のような生まれも育ちも綺麗な人に嫌われたくなくて不満を押し込めガチなのもおるが、パーシヴァルもだ。
彼もどこか遠慮があるし、芯の部分となる自分の意思は梃子でも曲げないが、それ以外の譲れる範囲のものはパーシヴァルに合わせようとする。
そうではなく、譲れる部分も、自分にとってはどうでもいい部分だって、二人の間にあるものなら譲ったり譲り合ったりしていきたいのだ。一方的に譲られるのではなく。
今までは不満に思っても、内に封じ込めてきた。
だが今日は、伝えようかなと思えてくる。
先ほどまでみていたドラマの影響かもしれない。十代後半の若者が癖が強いが頼りになる者達と協力して、困っている人達の不満を吐露させるというドラマだった。
不満を伝えて全てがうまくいったわけではない。中にはよけい拗れたものもあった。
やっぱり言わない方が良いと納得し、次の話でやっぱり言うべきかなんて悩んだ。
結局、恋人同士、不満は言ったほうがいいのか言わないほうがいいのか結論は出ていない。だが言う気になっているのは、不満を伝えればパーシヴァルが喜ぶと確信しているからだ。
きっと、よく言ってくれたや、気づかなくてすまないや、話し合っていこうとか返事をして、笑ったり微笑むまではいかなくとも、嬉しそうに目を細めるのだ。
しかも今回は水を向けられる事なく、始めて自分から言うのだから、泣いてしまうかもしれないな。
なんて考えが頭をよぎり、バーソロミューは彼に不満を言った事はないはずなのにと首を傾げる。
さらに深く考える前に、パーシィが弾丸のように外に飛び出していった。
きっと犬の耳が聴き慣れたエンジン音をひろったのだろう。バーソロミューは椅子から立ち上がると、はやる気持ちを抑えて、歩きだした。
▼騎士と海賊
目覚めた海賊がまずおこなった事は、謝罪や感謝ではなく、逃亡だった。
その良く回る頭と高い状況把握能力により、いやでも現状を理解した海賊は、マスターに迷惑をかけた、恋人に情けないところをみせた、その他もろもろの羞恥心や色々なものが押し寄せ、キャパオーバーし、そして逃げた。
霊体化である。
だが気配遮断ができないライダーが霊体化したところで魔力は感知される。魔術に造詣が浅い人間なら逃げられただろうが、相手は円卓の騎士。
腕に魔力を帯びさせて捕まえようとしてくる。
しかも部屋にいたのはキャスターの中でも最高位の技術を持つメディア。
数秒で魔力を注ぎ込まれて強制的に現界させられる。
「少なくとも一日は霊体化できなくしておいたから、現実でもきっちり話し合……」
ならばとバーソロミューはドアを開けて逃亡。
パーシヴァルは「メディア! 感謝を!」とバーソロミューを追いかける。
残されたメディアはまったく、と呆れたように言うも、どこか嬉しそうに微笑んでいた。