恋の不満と恋の模様⑤▼とるにたりない
「よぉーし! 勝った! 勝ったぞぉー! 負けるわけがねぇ! 新生アルゴノーツ出航だぁー!」
はーはっはっはっ
と帆船の上で高笑いしているのはアルゴー号の船長イアソンだ。
その左後ろには半神半人の英雄ヘラクレスが立っていた。
そして少し距離を置き、一応、声を少しひそめ、ヒソヒソという雰囲気を装って話し合う二騎のサーヴァントが。
「オジサンはどちらかっていうと海より陸でね。最大にして最後の海賊のおんぶに抱っこさせてもらいますよ。で、どういう風向きになると思う?」
「トロイアの第一王子にして兜輝くヘクトールに頼りにされるなんて重圧に船が沈みそうだ。……まぁ、あのとおり船長が調子にのりまくってるので、一回はどん底までピンチになってから復活の流れだろうね」
「だよね〜。クジでヘラクレス引き当ててめっちゃ調子のってるもんねー。泥舟とまでは言わないが、一回は沈みかけるよね、こっち」
「確実に」
ハハハと笑い合う二騎。
声を抑えてはいるが、二騎とも戦場で大将を務めていた者と、大人数の海賊をたばねていた者である。発声はよく、声はよく通り、つまり数メートルしか離れていないサーヴァントの耳に届かぬはずがない。
「聞こえてんだよ! 大砲に括り付けて斬り込み隊として敵船に飛ばしてやろうか!」
唾を飛ばして怒るイアソンにヘラリとヘクトールは笑い、
「お。いいね。じゃあちょっとその作戦、やってみますか」
なんて言うものだから、怒っていたイアソンも勢いを削がれて、はぁ? と不思議そうな顔をした。
「なんで拙者ー!? ここは船長を決める簡易戦闘が発生! で、勝ったオデュッセウスが船長になる流れだろーがよ!? 遊撃隊とかちょっとやってみたかったのに!」
イアソン達の乗る船から少し離れた場所に浮かぶ船の上、黒髭が青空に向かって叫んでいた。
「俺が推薦した。カリブ海を支配下に置いたという貴殿の手腕を是非、間近で見てみたくてな」
青い空の下、キラリと歯をみせて言ったのはアカイアの名将オデュッセウス。
黒髭は眩しそうというよりもげんなりとしたように目を細めた。
「トロイの木馬の知将がなんかいってるでござる」
呆れたように言う黒髭の前、綺麗な藤色の髪を潮風に靡かせた女性が敵船を見つめていた。
「……帰ってもいいかしら?」
「いてくれや! あんたも戦力として勘定してるんだからよ!」
黒髭の叫びに、女性は敵船を見つめたまま顔にかかった髪を手ではらう。
「私の用事はほぼ終わったのよね。強化の魔術はかけてあげるわ。後は適当に戦って勝ちなさい。間違ってもあんなロクデナシに負けるんじゃないわよ」
「強化モリモリでお願いします!!」
そして鳴った戦闘開始の合図。
同時にヘラクレスによってイアソンが黒髭の船に投げ込まれ、「船長の俺がなんでー!?」と半泣きになりながらも宝具を展開。
が、オデュッセウスが黒髭以外にターゲット集中を付与し、自身に向かった宝具を鎧によって阻んだ。
その隙にヘクトールもヘラクレスによって投げ入れられ、ひらりとメディアの横に降り立つ。
「……頼まれごとは終わったかい?」
先ほどバーソロミューと話していた時よりも小さな声での問い。
メディアは軽く頷くと、「ほぼね。もう少し詳しくみたいわ。彼に宝具を使用させてくれる?」
「あぁそれならもうすぐ打つ作戦になってるよ」
その言葉の直後、バーソロミューの高らかな声が海に響き、幾多もの砲弾が黒髭の船に浴びせられた。
海上をシミュレーションした模擬戦を終え、藤色の髪の女性は技術顧問の部屋を訪れる。
出迎えてくれた少女と挨拶を交わし、すぐに本題にはいった。
「魔力の流れが澱んで、霊基が軋んでいるけれど、すぐにどうこうというものではないわ。余程の外部的要因がない限りね」
みてくれてありがとうと礼を言う少女に、女性は髪と同じ色の瞳を少し伏せる。
「……どうするのかしら? それともどうもしないのかしら? カルデアは多くのサーヴァントをゆうしており、その中には彼よりよっぽど危険で緊急性が高い事情を抱えている者もいるわ。だからマスターの旅が終わるまでもつ者の悩みなんて、とるにたりない些細な問題として放置されて微小特異点につれていかれるのかしら?」
伏せていた瞳を上げれば、女性は少女を見て困ったように微笑する。
「少し意地悪な言い方になったわ。責めるつもりはないの。組織として重要度が高い問題を優先する事は当然よ。ただ、同じカルデアの古参組で、親しく話すとまではいかないけれど、あの騎士との様子を微笑ましく思ってはいたの。だから彼の事は任せて……とまでは言わないけれど、ときおり、すれ違った時にみる程度には気にはかけておくわ」
それじゃあね。
そう挨拶をして、女性は部屋を出ていった。
▼未練
102歳。
少しずつ人間としての機能を失っていく身体。
病院のベッドの上で老衰として死ぬとしても、大往生といわれるものだろう。
それは死にゆく本人にもわかっていた。
全員ではないが、子や孫、ひ孫や玄孫にまで看取ってもらえるのだ。
幸せな死に方だ。
そんな事は本人にもわかっていた。
だが、死の間際、走馬灯のように流れる記憶。
その中に落ちないシミのようにこべりついた若い頃の未練。
それはここにいる子や孫も知らない若い恋の記憶。
好きで好きでたまらなかった恋人。
自分を良いように見せたくて、恋人に嫌われたくなくて、我慢して結果、すれ違って別れてしまった恋人。
死の間際の燃えかすのような後悔と未練。
命と共に消えていくはずだったソレはなぜか聖杯に拾われてしまい、微小特異点を形成した。
▼不可避
バーソロミューが微小特異点から帰還してから、約一週間。
友の帰還を祝おうとするも予定が合わず、というよりも微妙に避けられていたので、カルナは廊下で見かけたバーソロミューの腕を掴み、食堂に引きずっていくという強引さでもって友との時間を得た。
「逃げられると思うな。話せ」
バーソロミューは肩を竦め、微小特異点の事を話しだす。
人々が発熱や吐き気、悪寒や関節痛、その他様々な症状に襲われていた。
治療方法は一つ、後悔や未練を吐きだせば吐きだすというもの。
マスター達は患者達の後悔や未練を聞いて治しつつ、微小特異点の解決の為に奔走した。
そんな特異点の出来事を面白おかしく、臨場感たっぷりに巧みに話すバーソロミュー。
カルナに口を挟ませないとばかりに一方的に話していたが、カルナがそれならばとただじっと一時間近くも友の顔を直視していれば、ふいにふつっとバーソロミューの言葉が途切れる。
「……バーソロミュー」
名を呼べば、決まりが悪そうにバーソロミューは顔を逸らした。
「…………これ以外には、なにも話す事はないよ」
「お前は何も学ばない愚者か?」
「……確かに特異点では不満をみな口にして解決していた。だが、私は……」
バーソロミュー何かを言いかけ、口を閉ざし、また開いたが結局、口を噤む。
バーソロミューは首を振り、立ち上がった。
逃げ去ろうとしていると気がつき、手首を掴もうとして目の前で傾いていく身体。
何が起こっているか理解する前に床に崩れ落ちていく友を両腕で抱き止める。
バーソロミューの身体には完全に力が入っておらず、意識を失っていた。
▼果実
白い大きなキッチンに、大きな冷蔵庫。食器棚は二人用としては大きく、和洋中に合わせた皿が収納されている。
そんな空間に立ちつつ、パーシヴァルはリンゴやバナナ、パイナップルにマンゴー、オレンジやももやなしやゆずといった、様々な果実の皮を剥いては切って皿に飾りつけていた。
「バーソロミュー、追加ももうすぐできるからね」
ニコニコと顔を上げれば、カウンター越しにテーブルに座ってバーソロミューが見える。
彼はすでにパーシヴァルが切って盛り付けた果物を一皿食べている。
たくさん食べてもらわねば。
会社に行く前、朝から腹一杯食べないと元気になれないだろう。
あ、そういえばスイカが野菜室にと果物を切る手を止め、冷蔵庫に振り返る。
一番下の野菜室を引き出し、大きなスイカを取りだすとまた振り返り、まな板が置いてあるワークトップにスイカを置き——
「……?」
カウンターの向こうはこのような風景だったろうか?
確かバーソロミューと同居するリビングで、違う、何を言っている。ここはパーシヴァルが店主をつとめる喫茶店で、恋人のバーソロミューはモーニングを食べに出社前に寄ってくれているんだろう。
彼の出勤時間になってしまう。早くスイカを切らなければ。
包丁を握り、スイカを切ろうとした時、「パーシヴァル・ド・ゲール」と女性の声で名を呼ばれた。
ホールを見ているが、お客様の中に女性はいるものの、誰も顔をあげていない。
空耳かとまたスイカを切ろうとして、「聞こえているわね? パーシヴァル・ド・ゲール」と声がした。
パッと顔を上げれば、カウンターの向こうは見慣れたストームボーダーの食堂。
美味しい果実が大量に入手できた為、是非バーソロミューに食べて欲しいと切っていたのだ——
「いい加減にしないと愛想尽かされるわよ? あぁもう尽かされているのかしら? バーソロミューに」
「なにをっ!」
聞き捨てならないと声の方向を見れば、いつの間にか厨房内にコルキスの王女メディアが佇んでいた。
彼女は目が合うと、藤色に色づいた唇から小さくため息をついた。
「夢の中で夢から覚められたかしら?」
「……メディア、ここは……私は、そうだっ! バーソロミューッ!」
バーソロミューは微小特異点から帰還後、倒れ、意識が戻らなかった。
微小特異点での呪いが霊基に絡みつき、育ち、剥がれなくなっているのだという。
解除方法は特異点と同じ。
不満を吐露すれば。
だがバーソロミューは眠っている。ならばとバーソロミューの精神世界に入る事となり、そのメンバーにパーシヴァルは立候補した。
メディアはそのメンバーにいなかったはずだが。
今はそんな事は後回しにだ。バーソロミューに話を聞いて、こうなってしまってはやむえまい。多少強引に聞きださなければ。
「バ、」
「待ちなさい」
駆け出そうとしたパーシヴァルをメディアが止める。
「助言をあげる。バーソロミューの為ではないし、もちろん貴方の為でもない。心配してオロオロしているマスターの為だから、余計な感謝はいらないわ」
全く、貴方が外見だけのイケメンだったら放置できたというのに。と、ため息混じりにいってから、パーシヴァルを藤色の瞳で見据える。
「いい事? バーソロミューはそれはもうとにかく面倒くさいの」
「?? 面倒くさい……?」
「そこに異論を挟まないで話が進まないから。そこも可愛いのにとか反論しないで胸焼けするから。そこが彼の良さでしょうとか語らないで惚気に興味はないの。伊達男なのに三枚目の行動もしてのけて、悪党なのに規則は守る、普段は話し合いで解決しそうな雰囲気だして情に厚そうなくせして切り捨てる時は一瞬よ。でも貴方の場合、切り捨てられるのは貴方かしらね? それともバーソロミュー? そのくせ超絶頑固なの。貴方に迷惑なんてかけたくない。不満に思っている事を貴方が気づいているなんて許せない。でも不満なの。どうようもないの。ならば彼は彼らしく自分の手で引導を渡すわ」
つまりよ、と、メディアはパーシヴァルのフルネームを呼ぶ。
「パーシヴァル・ド・ゲール。不満の内容に気付いても直接は問いたださないで、バーソロミュー・ロバーツに自分から言わせなさい。じゃないとら拗ねてますます精神の奥底にこもってしまうわよ」
本当にどうしてこう、顔の良い男って揃いも揃って面倒なのかしら。
メディアはぼやくようにそう締めくくれば、この世界の説明は夢から覚めてからするわ、貴方は聞きだしなさいとパーシヴァルを厨房から追いだした。