無防備なきみに恋をするシリーズ1・2「無防備なきみに恋をする」シリーズ
1.誰にでもスキだらけ
第一印象は最悪だった。
冷静に話し合うといった雰囲気は微塵もなかった。
にらみ合いが続き、一触即発の空気が漂って。
出会って数秒で、互いを敵とみなした。
もう少し違った出会い方をしていたら
素直に『スキ』と言えただろうか。
気持ちを洗いざらいぶちまけて
抱き締めることができたなら
楽になれるのだろうか。
決着はまだ、つきそうにない。
「無防備なきみに恋をする」シリーズ
2.眠るきみに秘密の愛を
その日、アルベルト・コーレインは疲弊していた。
掛け持ちで所属している第三部隊の仕事で、徹夜で魔物退治をしていたのだ。
そういう依頼の場合は、いつもなら友人で同僚──今は一応『上司』でもあるが──のシオンと一緒にこなすのだが、今回は生憎と別の依頼が重なってしまい、仕方なくアルベルトひとりで受けることにしたのだ。
かなり手こずったが、それでも依頼を成功させたアルベルトは、今度は睡魔という魔物と戦いながら家路を急いでいた。
季節は春。暖かい日差しが降り注ぎ、その陽気に思わず立ち止まる。
「いい天気だなあ……」
ぼそりと呟いて、空を見上げる。寝不足でしぱしぱする目に太陽がまぶしい。
慌てて視線を地上に戻すと、土手が目に入った。
「ちょっと、休憩するか」
誰に言うでもなくそう言って、アルベルトは愛用の長槍を傍らに置くと、ごろりと土手に寝転がった。
「あー、気持ちいー……」
ぽかぽか。ぽかぽか。
芽吹いたばかりの若草はとてもやわらかく、アルベルトの身体をやさしく受け止めてくれる。
目を閉じたアルベルトから、安らかな寝息が聞こえてくるまで、さほど時間はかからなかった。
「何やってんだ、あいつ」
アルベルトが夢の世界に入って暫く経ったころ、朝一番の仕事を終えてジョートショップへ戻ろうとしていたシアン・ローズが通りかかった。
長槍を抱き枕よろしく抱えて眠るアルベルトに興味を惹かれ、彼を起こさないようにそうっと近づいてみる。
すると、遠目からは判らなかった、顔やむき出しの腕に所々出来た擦過傷が目に留まった。
よく見ると、自警団の制服である青い衣は埃にまみれ、鎧には魔物の爪痕と思わしき傷が深々と刻まれている。
察するに、魔物討伐か何かの任務についていたのだろう。
古巣の第一部隊と、友に乞われて助太刀に入った第三部隊。二足のわらじを履いて奔走する姿を、シアンは幾度となく目撃している。
「よく身体が保つもんだ……感心するぜ」
呆れたように呟いて、シアンはアルベルトの顔を覗き込んだ。
顔を合わせる度に喧嘩になるので、こんな至近距離でまじまじと彼を見るのは初めてだ。
日に灼けた肌に乗せられた化粧は、汗と埃でまだらになっているものの、それでもその整った容貌は変わらない。
いつもは強気な光を宿している瞳が閉じられているせいか、ほんの少しだけ表情がやわらかいように思えた。
視線を少し下ろすと、皮手袋に包まれた長い手指が目に入った。日頃武器を扱っている者特有の手。関節に出来た胼胝がそれを物語っている。
少し屈んで手を重ねてみると、一回りほど差があった。そのことに軽い苛立ちを覚える。
数年前、問答無用で盗難事件の容疑をかけられた時は、遮二無二突っかかるこの自警団員が大嫌いだった。
けれど容疑が晴れ、以前ほど険悪な雰囲気での喧嘩をしなくなってからは、アルベルトに対する見方も随分変わり、今では時折、自警団事務所で茶を飲むくらいの仲にはなった。
友人、といっても差し支えはないのかもしれない。
おそらく、端から見ればそうなのだろう。
けれども。
共に過ごす時間が増えるたび、胸の奥でじわりと湧き上がる熱。
その正体に、シアンは薄々気付き始めている。
「……アル……」
小さく呟いて膝を折ると、そっとアルベルトの耳に唇を寄せた。
「 」
それは、声と判別できるかどうかの音として、アルベルトの耳に吸い込まれた。
但し、当の本人は未だ夢の中であるため、それを意味ある言葉として聞き取ることは不可能だった。
言ったシアン本人も、自分の声を認識できないくらい。
それくらい、かすかなものだった。
眠るきみに そっとささやく秘密のことば。
それは、紛うことなき『アイノコトダマ』