冒頭→カイル→セリオス→ルキアver.「ご決断を、老師」
会議室にフランシスの声が響く。
ロマノフは瞑っていた目を開き、フランシスを睨めつけた。
「急くでない。まったく……お主のそういったところは学生の頃から変わらんな」
「今は──」
フランシスはロマノフの声を遮るように声を荒げた。
「時が惜しいのです、老師」
二人の間に空気が凝縮していく。ほかの教師はその光景を無言で見守っていた。
「他に意見はないか」
「はいはーい」
その問いに、場違いとも思える舌足らずな少女の声が応えた。
少女は手にした装飾過剰なステッキを振りながら、ロマノフとフランシスの間に入っていく。
「その役目、一人じゃきついと思うのだ」
少女──マロンはそう言いながら、ちらりとフランシスの顔を見上げた。
フランシスはやれやれと言わんばかりに顔をしかめたが、彼女の視線に気付くと一変して笑顔を浮かべ、優雅に会釈した。
「でしたら──」
やわらかな声に全員が振り向く。
「私を含めて、ロマノフ先生、マロン先生、そして、フランシス先生の四人でひとりずつ選びましょう」
声の持ち主であるリディアが、そう言って微笑んだ。
「判りました」
フランシスは肩を竦めた。
「決まりじゃな。ではひとりずつ、四人でことに当たって貰うとするかの」
ロマノフがにやりと笑った。
「仕方ありませんね。年長者の意見には従いましょう……あ」
そこまで言って、自分が失言をしたことに気付いたフランシスが、恐る恐る女性陣の顔色を窺うように見下ろす。学生時代、彼が失態をした時によくやっていた仕草だ。
もっとも、彼は既に成人しており、背丈も彼女たちを追い越してしまったのだけれど。
その頃を思い出したのか、マロンとリディアは顔を見合わせてくすりと笑った。
こうして、四人が選ばれたのである。
【カイルver.】
疾走する身体に感じられるのは、額を流れる汗と荒々しい息遣い。活路を求めて視線を彷徨わせた。
刹那、螺旋を描いて襲いかかる炎を、身を翻して避けつつ、詠唱を始めた。
隙を突くかのように、炎は続けざまに襲い掛かる。間一髪で、彼の身体の周りに巡らされた、見えない壁が爆炎を防ぐ。
だが、その予想以上の威力に、彼──カイルは、絶望を感じ始めていた。
「……という訳なんだ。一緒に行ってくんねーかな、カイル」
レオンの説明に、カイルは一瞬考えこむような仕草を見せたが、やがてすぐに肯き返した。
「わかりました。光栄です」
穏和ながらも力強い声に、三人が顔を見合わせて喜んだのは言うまでもない。
「随分登ったね……」
「そうですね、ちょっと休みましょうか?」
アロエの顔に浮かんだ疲労をいち早く見て取り、カイルはその旨を、先行のレオンとサンダースに告げた。
確かに、幼く体力的に劣るアロエには、この山道はかなり厳しい。
休憩と聞いて、思わず路傍に座り込む彼女に水筒を差し出しながら、カイルは穏やかに微笑みかけた。
「疲れましたか?頑張りましょうね」
「うん!わたし頑張るからねっ」
しかし、サンダースが引き返してくるのに対し、レオンはそのまま山道を登っていってしまった。
「おや、レオン君は?」
「先の様子を見てくるそうだ。全く、あきれた体力だな」
「まだ、遠いんですか?」
「目的地まではもう少しだ」
それを聞いて、カイルとアロエは微笑みあった。
「たとえ日暮れ前に着けなくとも、夜間訓練と思えばどうという事はないがな」
だが、サンダースの言葉にその笑顔が凍りつく。
三人は休憩がてらレオンが戻るのを待っていたのだが、暫く経っても彼は戻ってこなかった。
「……レオンちゃん遅いね」
「行きましょうか。先に進み過ぎて待ってるのかもしれませんし」
再び荷物を背負い、三人は山道を登り始めた。
「あ、レオンちゃんだ」
遥か先にレオンの姿を見つけたアロエが声を弾ませる。なにやら鬱蒼とした森の木々を見上げている様だった。
「おーい!レオンちゃーん!」
アロエが無邪気に手を振るが、反応はない。
「あれ、きこえないのかな?おーい!」
何度も声をかけてみたが、やはりレオンは微動だにしない。
近づくにつれ、まるで泣いているかの様に、その背中が微かに震えているのが見えた。
「どうしたのレオンちゃん。ないてるの?どっか、いたいの?」
アロエが心配そうに問いかける。やはりレオンは反応を示さなかったが、身体の震えはますます強まっていく。
「おい、レオン」
異常を察知し、アロエとサンダースがその肩に手をかけた瞬間──
「ぐおっ!」
「きゃあぁっ!」
迸る白光と悲鳴。手から伝わる凄まじい衝撃に弾き飛ばされ、もんどりうった二人の身体は、路を外れて崖下に飲み込まれていった。
「アロエ!サンダース!!」
半ば身を乗り出すようにして、カイルは眼下に広がる闇に向かって叫ぶ。
しかし、返ってくるのは木霊ばかり。
応えは、無かった。
「何をするんですかっ!?」
普段なら絶対に耳にする事のない、カイルの鋭い声。だが、レオンはそれに怯む様子もなく、芝居がかった動作でゆっくりと振り向いた。
漸く見せたその顔に浮かぶのは…笑み。
しかし、いつもの人懐っこいそれとは全く無縁の、能面のような無機質な笑顔。
そして、その目を見た瞬間、カイルは息を呑んだ。
不吉に輝く、琥珀の瞳。
「レオン……君?」
カイルは逡巡した。確かに、そこにいるのはレオンである。しかしその目は、カイルの知っている紅髪の少年のものではない。
カイルは、自分でも信じがたい、だがただ一つの可能性を口にした。
「……あなたは、誰なんです?」
レオンは──否、姿かたちはレオンであるものは、ほう、という顔でカイルの顔を見返した。その冷ややかな表情に、カイルは自分の直感が正しい事を確信する。
「お前の仲間の身体は、中々に居心地がいい」
レオンの声で返される、だが紛れもない別人の応え。
カイルの背に冷たい汗が伝った。
「一体、レオン君に何をしたんですか!」
激しい口調で問い詰めながら、カイルはじりじりと位置を入れ替えていく。背後に崖を背負った状態では、不利は否めない。
「そんな事より、自分の事を心配したらどうだ?」
レオンの身体を借りた何者かが、冷たく言い放つ。カイルの狙いを見透かしたかのように、行く手に立ちはだかった。
動きを止める二人。互いの胸中を探るべく、交錯する視線。
風が梢を揺らす。
それが合図であるかの様に、二人の魔術士の唇から詠唱が流れた。
【セリオスver.】
セリオスは、音楽室のドアを後ろ手に閉めた。
そして、先ほどまでの演奏の余韻を楽しむかのように目を閉じる。シャロンとのアンサンブルは、なかなかに刺激的であった。
「あぁ、こんな処にいたのか」
背後からのレオンの声に、振り返る。
「……何か用か?」
「──という訳なんだよ」
レオンの説明を歩きながら受ける。セリオスは少し考えた後に言った。
「わかった。行こう」
「よかったぁ」
アロエが手を叩く。
「お前達だけじゃ心配だから、お目付け役が必要ってことだろう?」
セリオスは微かに、シニカルな笑みを浮かべた。
汽車での長い移動が終わる。ホームに降り立ち、レオンがううんと伸びをした。潮風が鼻腔をくすぐり、海が近いことを教えてくれる。
「随分のどかな町だなぁ」
レオンが辺りを見廻して呟く。
「……」
サンダースは無言で改札に向かう。効率を求める彼にとって、雑談は非効率的なもののひとつだからだ。
「おなかすいたぁ」
アロエが音をあげるのをなだめながら、セリオスも続いた。
「ようこそ!マジックアカデミーの皆さん!!」
クラッカーが派手な音を立てて鳴り響く。呆気にとられる四人を、二十人程の人々が囲んでいた。
人混みを掻き分けるように一人の中年の男が進み出て、サンダースの手を握った。
「私がこの町の町長です。ようこそいらっしゃいました」
「……うむ」
「いやあ、生徒さんだけと聞いていましたが、まさか先生までお越しくださるとは!」
ひきつった顔で町長を睨み付けるサンダースに、レオンとセリオスは互いを肘でつつきながら笑いを噛み殺した。
「実は、お願いがありまして」
豪勢な食事の後で町長は言った。
「……何でしょう?」
セリオスは居住まいを正し、町長に向き直る。
「いえ、その……この町にはちょっとばかり、やっかい事がありましてね」
レオンは「そらきた」とばかりにセリオスに目配せした。
「やっかい事、ですか?それはどのような?」
セリオスはレオンを無視して町長に尋ねる。
「あの灯台なんですが...」
町長は窓から、岬の灯台を指差した。夜だというのに灯りはともっていない。微かに見えるそのシルエットが、ひどく不吉な物にアロエには見えた。
「数ヶ月前から、あそこに住み着いている魔法使いがいるのですよ」
軽く咳払いをする。
「そのこと自体は構わんのですが、明かりを灯す為に近づこうとすると、魔法で追い払われてしまうのです」
ほとほと困った、という顔でため息をつきながら
「夜の航海の安全の為にも、何とか交渉してもらえないでしょうか」
町長はそう言って、セリオスの顔色を伺う様に汗を拭った。
四人は顔を見合わせた。
とりあえず旅の疲れを癒して欲しい、との町長の有難い言葉により、早々に寝室に案内される事になった。もちろんアロエだけは別室である。
「さて」
セリオスがレオンとサンダースの顔を見廻す。
「どうする?」
「皆困ってんだろ、やろうぜ」
「──気に入らん。何か裏がありそうだ」
レオンの言葉にサンダースが異を唱える。
「裏ぁ?」
「数ヶ月前から魔法使いが住み着いていると町長は言ったな」
サンダースの言葉に頷くレオン。
「何の為に?」
「は?」
サンダースの言葉の意味を掴み損ねたレオンだったが、セリオスはサンダースの問いを正しく理解したらしい。なるほどと肯けば、サンダースも首肯で応える。
「オイ、なに二人だけで判りあってんだよ!オレにも判るように言えっての!」
「お前は灯台に住みたいと思うか?しかも数日ではない。数ヶ月だぞ。とても快適だとは思えんが」
「……あ」
セリオスの説明に、レオンが漸く理解を示す。
「そうするだけの理由がある、という事だ」
セリオスの言葉に、うむ、とサンダースが続ける。
「それも、私達には言いたくない理由が、な」
その時、コンコン、とドアをノックする音がした。
「……はい」
三人の顔に緊張が走る。セリオスが扉の外に向かって返事をすると、微かに軋んだ音がして、ドアが開いた。
現れたのは、寝間着姿で枕を抱えたアロエだった。
「……アロエか。どうしたんだ?」
「えっと、あのね、わたし、独りじゃさみしくって……それで……」
照れた様に笑うアロエに、セリオスの顔が引き攣った。助けを求めるように振り返ると、レオンとサンダースは既にベッドの中に潜り込んでいた。
ご丁寧に、わざとらしくいびきをかいている。
「お、お前らっ!」
こんな時だけ察しがいいのかお前は!とレオンに怒鳴るが、ぎゅ、と服の裾をアロエに握られてしまう。
もはや手遅れだった。
「ごめんね、ベッド取っちゃって……」
「気にするな」
アロエに自分のベッドを明け渡したセリオスは、ひとりソファに寝転んで天井を見上げている。
おやすみなさい、とアロエの声がする。ああ、と短く返して暫く経つと、三人分の安らかな寝息がきこえてきた。
さて自分も寝てしまうか、と横になってはみたが、アカデミーのものとは違う、ごつごつとしたソファの感触辟易する。
溜息を吐いて、セリオスは眠るのをあきらめた。バルコニーに通じる窓を開け、外に出る。
微かに聞こえる波の音、満天に広がる星空に身を委ねるのは、悪い気分ではなかった。
「……ん?」
ふと違和感を覚え、その表情が曇る。件の灯台を見やると、いつからだろう、ぼうっと灯が燈っていた。慌てて目を凝らすと、人らしき姿がその灯に浮かび上がるのが見える。ふわりと旋律のようなものがセリオスの耳に届いた。
「──」
「レオンちゃん!起きてっ!」
緊迫した声のアロエに揺り動かされ、レオンは目を覚ました。
「な、なんだっ!?」
「どうしたっ!」
サンダースも跳ね起きる。夜は未だ明けていない。
「セリオスが……セリオスがどこにもいないのっ!」
レオンとサンダースが顔を見合わせる。
開け放たれたままの窓から吹き込む風が、カーテンを揺らしていた。
(To be continued.)
【ルキアver.】
「へ?アタシ?」
ルキアは目を丸くして自分を指差した。
「うんっ」
その問いに、アロエが嬉々として肯く。
「レオンちゃんも、ルキアちゃんに来て欲しいって」
「お、おい!誰がそんな事言ったよ!」
レオンが慌てて突っ込みを入れるが、ルキアはそれには応えず、うん、いいよーとアロエに笑いかけた。
「やったぁ。ルキアちゃんと一緒だぁ」
「てか行くって何処に?しかも何をしに行くワケ?」
「……行き先は隊長に訊いてくれよ」
皆に無視された形になったことに渋面をつくりながら、レオンが諦めたように言った。
「隊長?」
ルキアが訝しげに尋ねる。
「そ。あいつ」
そう言ってレオンの指差した先には、サンダースが居た。
「我々の目的地はここだ」
サンダースは机上に広げた地図を指差す。
「ん?ここって港町じゃない」
地図を見るなり地名を言い当てるルキア。
「そうだ。今回の作戦の地になる場所である」
「うわ、何だこれ」
海岸を見たレオンが、げんなりとした顔で言った。
「これは酷いわね……」
「海、汚れちゃってるよう」
ルキアとアロエも顔を曇らせる。海岸には、見渡す限りのゴミの山。海にも幾らか漂流してしまっているようだ。鉛色をした濁った水底には、生き物の気配はないように思えた。
「なあ、ルキア」
レオンが海をみながら言った。
「ん?何?」
「魔法って便利だけどさ。こういう事に使うのって、なんつーか、その」
「うん。自分たちの力でやらなくっちゃ意味がない、ってことでしょ?」
「そう、そうだよ!それが言いたかったんだ!」
「隊長はこれ持って」
アロエがにっこりと微笑みながらサンダースにプラカードを渡す。
そこには、
「ゴミを捨てる者は、即刻立ち去り給え!」
と書かれていた。
四人の活動により美しい砂浜が帰ってきた。そんなある日
砂浜に打ち上げられた一頭のイルカ
四人のにわかへっぽこ獣医とイルカのひと夏のお話……になる予定だったんだよ、ほんとはな。