「あれ、先生。一人?」
「……あァ、公子殿か」
三杯酢前。まだ講談師による公演は始まっておらず、人々の雑踏を観察しながら、紳士は茶碗を口元に運んでいた。
そんな男の傍に、気安い口調で近づいた青年が一人。
鍾離の向かいの席に勝手に座ったタルタリヤは、店員に注文を申しつけてから、相席する人物へ視線を投げた。
「おかしいな。今日は先客があるって言うから、俺は茶会を振られたと思うんだけど?」
「まァそう怒らないでくれ。今し方、向こうから、断りの連絡があったんだ。体調を崩してしまったと」
「体調を?自己管理のなってない奴だね。人と約束しといて、体調不良で反故にするなんて考えられない」
「……あァ、俺も驚いている。今までに一度も、約束を違えたことは無い娘でな。彼女のガイド役も、何やら焦っている様子だったから、少々心配なんだ。この後、見舞いにでもいこうと思っている」
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