ひめぎんゲーセンデート(仮)「ねぇ……姫芽、今度の休み空いてたりする?」
お昼休み、吟子ちゃんと一緒にお昼ご飯を食堂で食べている最中のことだった。
食堂名物のカツカレーに舌鼓を打つアタシの横で吟子ちゃんはと言うとあまりカレーには手を付けずスプーンでつついたり、時折アタシをちらちらと盗み見てくるばかり。
食欲が無いのか、はたまたアタシに何かお話したいことがあるのか、気になりつつもカレーを食べていると、意を決した吟子ちゃんがアタシの瞳をまっすぐに見据えて訊ねてきた。
「うん、空いてるよぉ」
「そっか、良かった……」
アタシが快く返事して見せると安堵した表情を見せる吟子ちゃん。
胸を撫でおろしてからようやく目の前のカレーに手を付け始めた。
吟子ちゃん曰く、吟子ちゃんはこれまであんまり同年代のお友達がいなかったらしい。だからなのかはわからないけれど、こうして友達のアタシに休日のお誘い一つするのにもこうして清水の舞台から飛び降りる覚悟……は言いすぎかな? まぁそれくらいの勇気を振り絞って声をかけてくれたらしい。
もっと気軽に接してくれていいんだけどなぁ~とは思いつつ……こうして吟子ちゃんの方から声をかけてくれたのが思ってた以上に嬉しくて、アタシはお誘いの内容を聞く前から既に快諾ムード、ちょっと浮かれちゃっていた。
こほん、とりあえず話を聞いてみなきゃだよね。
「ひょっとしてデートのお誘いだったりしますかにゃ~?」
「デ……ま、まぁそんなところ、かな」
おや? いつもの吟子ちゃんならここでデートなんて揶揄えば、顔をほんのり赤くさせてながら「だら」なんて可愛らしい反応を見せてくれるとばかり思っていたけれど。
今日の吟子ちゃんはちょっとだけ恥ずかしそうにしながらも、いつもよりかは反応あっさりめ。今日はつよつよ吟子ちゃんみたいだ。
それとも、割と真面目な話だったりするかな~? これ。
「吟子ちゃんとデートなんてぜひ喜んで~」
「うん、ちょっと姫芽に案内してほしいところがあって」
「ほほう? 任せてよ、アタシが吟子ちゃんのことエスコートしてあげるからさ」
真面目な顔をしてお話する吟子ちゃんにはどうやら行きたいところがあるみたい。
ふむふむ、アタシで良ければどこにだって案内しちゃうよ~?
「ゲームセンターに、行きたくて」
「ゲームセンター?」
思わず聞き返してしまった。
実際吟子ちゃんが行くには珍しい場所、あんまり行ったことないんじゃないかな吟子ちゃん。なるほどそれならアタシのエスコートをご所望するわけだ。
「うん、ちょっとクレーンゲームで欲しい景品があって、姫芽にコツとか教えてもらえないかなって」
おおう責任重大だぁアタシ、別にアタシゲームならなんでも得意ってわけじゃないんだけどなぁ……でもまぁ、ほとんどやったことのなさそうな吟子ちゃんよりかは少しは慣れているほうかも? エスコートして見せると言った手前、カッコいいところ見せられるようにしなきゃなぁアタシ。
「任せて吟子ちゃん、それで欲しい景品があるって、どんなのなの?」
アタシが訊ねると少し言葉に詰まる吟子ちゃん。
ちょっとだけ視線をさまよわせて、観念したかのようにスマホを操作してアタシに画面を見せてくる。表示されているのは……アタシたち蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブのぬいぐるみ。所謂寝そべりってやつだった。
真ん丸な瞳とむっくりとした体形が可愛らしい寝そべりぬいぐるみ。夏服を着ていて今となっては少し肌寒そうな一生を受ける。
もちろん画面にはアタシの敬愛する先輩方、めぐちゃんせんぱいとるりちゃんせんぱいのお二人の分のぬいぐるみもちゃんとあったけど……きっと吟子ちゃんのお目当ては……いいや、言わないでおこう。きっと吟子ちゃん顔を真っ赤にして否定してくるだろうから。
「あっ、姫芽は知ってたかな、このぬいぐるみが出ていたの」
「そうだねぇ~みらくらぱーく!ファンとしてはマストバイなアイテムですから!」
「よかった、それなら話が早いかも」
「うんうん、吟子ちゃんも欲しいぬいぐるみがあるんだよねぇ、わかるよぉ~」
少しわざとらしくアタシが頷いても吟子ちゃんは睫毛の長い瞼をぱちくりと瞬かせて、ふにゃりと柔らかく笑った。
「良かった。じゃあ姫芽今度のお休みの日よろしくね 」
「了解~」
***
かくして、アタシと吟子ちゃんのゲームセンターデートが決行されることになった。
蓮ノ空女学院からバスで移動して市街のゲームセンターに入ると隣を歩く吟子ちゃんは目を丸くして驚いている。ちなみに本日の吟子ちゃんファッションはこの間スリーズブーケの三人でお出かけしたときの服装らしい。バスで移動中水族館で撮った写真を見えてくれながら嬉しそうに語る吟子ちゃん、可愛かったですなぁ……
……と、吟子ちゃんひょっとしてやっぱりゲームセンターに来るの初めてだったかな、大丈夫かな?
「あ、ごめん、すごい賑やかなんだね、店内って」
「そうだねぇ、ゲームのBGMとか効果音とか……お客さんの声で賑わうから」
「え、ごめん姫芽なんて言ったん?」
ありゃ、吟子ちゃんには聞こえていなかったみたいだ。
仕方ないので耳元を拝借して……
アタシが吟子ちゃんの耳元にそっと手を伸ばして黒くて綺麗で、さらさらの髪をかき分けて手で壁を作る。普段髪で隠れた吟子ちゃんの小さくて可愛らしい耳が顔を覗かせ、吟子ちゃんの肩がふるりと小さく震えた。
……おおう、なんだかイケないコトしている気分だ。これ、あんまりたくさんやらない方がいいかも。とはいえ初めてしまったものは仕方ない。驚かせないようにさっきよりはっ小さな声で……
「吟子ちゃん可愛いねって言ったんだよ」
「なっ……絶対嘘やろ、それ」
「あはは~」
耳元を押さえながら顔を赤くして呆れたような目をしてくる吟子ちゃんが河合らs久手、アタシはやっぱり少し浮足立ってしまうのであった。
吟子ちゃんの耳も慣れてきたみたいで店内入口のクレーンゲームの筐体が並ぶエリアを二人で歩く。やっぱり吟子ちゃんは来たことが無かったのか物珍しそうに目を見開いて視線があっちにいったりこっちにいったり。お客さんもいっぱいいてちょっとだけ危なっかしいからアタシから手を繋ぐと気恥ずかしそうにした吟子ちゃんがほんのり顔を赤らめながらお礼を告げてきた。
役得ってこういうことを言うのかな~? なんて。
吟子姫をエスコートしながらゲームセンターの中を歩き回ればお目当ての台が見つかった。アタシたち蓮ノ空女学院のみんなでガラスケースの中でこちらをじっと見つめるようにして並んでいる。可愛い。
吟子ちゃんが両替機でお札を硬貨と交換してきて、やる気十分と言った表情。
吟子ちゃんのお目当てはやっぱり──と思ったらまっすぐにアタシたち一年生三人が並ぶ台にお金をいれ、腰を落としてスタンバイ。
あ、あれぇ~~~?
「かほせんぱいのぬいぐるみじゃないの?」
「え、違うけど……?」
「てっきりかほせんぱいのぬいぐるみが欲しくてここに来たんだと思ってたよ」