春の宵は貴方と 花見をしよう、と修二に誘われた。時刻は夜の九時。
「こんな時間からか?」
「夜桜っていうのも風流でええやん。昼間は混んでるしな」
「まあ、確かに」
コンビニで適当につまみでも買っていこうや、なんて言って。二人で暮らすアパートを出ると、街灯の明かりの先に月がぼんやりと浮かんでいた。
角を曲がったところにあるたい焼き屋は、夜遅くまで営業している。顔を合わせると、今日も買っていくかい、と言われたから、せっかくならといつものヤツを二つ買った。
「たい焼きなら、ビール合わへんなあ。熱いお茶でも買っとく?」
「つーか、出来立てだし公園行く前に食うわ」
「それ正解⭐︎」
食べ歩きなんて行儀が悪いとは思いつつも、誰もいない夜道だからたまには良いだろうと誰も聞いていない言い訳を心の中で独り言ちた。紙袋から取り出した一つを修二に手渡し、もう一つのたい焼きを早速味わう。外はさくさく、中はふわっとした丁度良い甘さの生地に、ずっしりとした餡子は安定の美味さだ。
「あっふ」
「火傷すんなよ」
「ん、ふふ」
何故か笑いながらたい焼きを頬張る横顔に、ついこちらも笑みが溢れる。
「着いた」
「マジで、誰もいねえし」
「やったあ、貸し切りやあ」
昼間は子どもたちが遊び回っている公園も、こう人がいないと別の場所のように感じる。濃紺の空気を纏う広場も、二人きりなら悪くない。
「んじゃ、乾杯!」
「おう」
大きな桜の木の下に腰を下ろし、ちょっとした宴会の始まりだ。缶ビールを開けると、泡が弾ける小気味良い音がした。
それから他愛ない話をしつつ酒を楽しんでいると、ふと肩に重みがかかる。
「どうした」
「んー、うん……幸せやなあって」
ふわふわの綿毛のような髪に、ひらりと薄紅色の花びらが舞い落ちる。見上げれば、夜空を覆うかのごとく満開の桜が咲き誇っていた。
「何だよ、酔っ払ってんのか?」
「……竜次は、どう思う?」
花びらと似たような色をした目許は、ゆるりと弧を描く。
「……しゃーねーな」
肩を抱き寄せると、吐息で笑う気配がした。春の夜は、柔らかく熱を帯びていく。
End.