【迅嵐】恋心なんて知らない おれの通う学校には、美しい少女がいる。
彼女の向ける笑顔は太陽のように眩く、背筋をピンと伸ばして、常に明るく振る舞う彼女の言動は、その一つ一つが誰をも惹き付けた。
花に例えるなら、生まれた季節に相応しく、ひまわりのような女だった。
彼女の名は嵐山准。初めての出会いは保育園。家が近所だったこともあり、小学校、中学校、気付けば高校と実に十年以上の付き合いだ。
妥当な学力で今の高校へ入学したおれと違って、幼い頃から勉強もスポーツも抜群にできた成績優秀な彼女が何故おれと同じ学校に通っているのかと言えば、本人曰く「家から近かったから」である。
県内どころか県外の優秀な学校にだって難なく合格できただろう嵐山の進路について教師たちは卒業間際まで嘆いていたが、その気持ちは分からないでもなかった。
「高校の決め方、適当すぎじゃない?」
考え直すなら今しかないよ、と白紙の願書を前にボールペンを握る嵐山へ忠告する。
「良いんだ、これで」
嵐山はおれを一瞥してそう言うと、淀みなく手を動かして空欄を埋めていく。バランスの良い美しい字だ。
「あーあ。お前大学まで行くつもりだろ? こんな底辺校じゃ大学受験のときに苦労するよ」
「勉強なんてどこに行ってても出来るさ。それなら家から近いところが良い。楽だし」
「うわ、頭良いやつのセリフだ」
「あと、妹や弟と一緒に居られる時間が長い方が良いし」
「そっちが本音だな」
「はは、バレたか」
「ホントに弟妹ちゃんたちが好きね、お前」
「うん。……それに、迅と同じ学校に行けるのは高校までだろう?」
「……そだね」
おれには学費を免除してもらえるほどの優秀さもなく、親も身寄りも居ない。嵐山の言う通り、高校を卒業するまでが精々だった。
「だから、これで良いんだ」
「そ、か……」
それ以降は進路について互いに何か話すこともなく、春になって、二人一緒に高校へと進学した。
高校生になって、嵐山は日増しに美しくなっていった。
モテる。とにかくモテる。同級生、上級生、時たま他校生。告白されっぱなしだった。電車やバスを活用して行くような少し離れた高校に行っていたら、もっと声をかけられていたに違いない。もしかしたら嵐山はそれを予見して近所の高校に進学したんじゃなかろうかと勘ぐってしまう。
対して自分はと言うと、虐められるほど陰気でもないが、話題の中心になれるほどの陽気さや積極性は持ち合わせておらず、これと言った取り柄もなかった。どこにでもいるような、至って平凡で、地味な男だった。件の美少女──嵐山准と幼馴染であることを除けば。
とは言っても、何か特別なことがあるわけでもない。互いの家が近いだけ。
けれども、そんなおれにも一つだけ、ささやかな自慢があった。
あの『嵐山准』と近しい関係であることだった。別に恋人などではない。言ってしまえばただの幼馴染みだが、保育園から始まり高校生の今に至るまで、嵐山のそばに居続けたのはこの世でただ一人、おれしかいない。
この事実が自分のなかに確固としてある誇りであり、自慢であり、他者と一線を画す優越感をもたらした。おれは、有象無象のお前たちとは違うのだと思えた。