今度こそ一緒に生きてほしい「ここで七海とはお別れか。寂しいね」
未来を望んでいなくてもその日はやってくる。空港の出発口に向かいながら灰原は寂しさを吐露した。
「来世で会えるのでは?」
「無理だよ」
「何故」
「僕たちには『縁』が足りないからね」
「縁?」
聞き慣れない単語が灰原の口から発せられる。
「なんて言ったらいいのかな…家族とか恋人とか…そうでなくも伏黒くんのお父さんを通じての五条さんと伏黒くんの繋がりとか、そういうの」
「私たちだってあるじゃないか」
二人は唯一の同級生。灰原が亡くなるまではあの箱庭の中でずっと一緒だったのに。
「高専に通う同級生。いくら思い入れが強くても、十七年の、二十八年のうちの一年半なんてほんの少しだ」
「…なら、灰原は誰との縁ならあるんだ?」
「家族と、あとは…高専でいうなら夏油さんかな」
「は!?」
「『お土産を持って帰る』という約束を果たしてないからね」
「…でも…夏油さんは…」
「重ねた罪が多いから、生まれ変わるのは僕たちよりずっと後だろうね」
それまでに美味しいしょっぱいものを探しておかないと、などと呑気なことを言う。
「私だって、君が死ぬ前に託された!」
「遺言は一方的に伝えるものだからノーカンだよ」
「…そんな顔しないでよ。僕だって辛い。だけど、僕はここに長くいすぎたせいで今の記憶を来世に持っていけないし、諦めるしかないんだ」
「…!?」
はじめて知る事実に驚き声が出ない。沈黙が二人の間に流れた。
***
「あーあ、こんなことなら七海が好きだって告白しておけばよかった」
重い空気を打ち消すように灰原が口を開いた。
「え…?」
「恋人だったらさ、来世への縁も少しは繋げたんじゃないかって」
「それは…」
生前から夢にまで願ったこと。まさか死後にその言葉を聞けるとは思っていなかった。
「七海も僕のこと好きでしょ?」
「え!?」
「違った?」
「…違わない…けど」
こんな時まで言葉にできない自分に腹が立つ。勘違いじゃなくてよかったーと胸を撫で下ろす灰原の横で、七海はないはずの心臓の音が跳ねるのを聞いた。
「お互いが好きで大事に思っている。あの穏やかな空気で満足していた僕の負け。悔しいけどね」
そうこうしているうちに、旅立ちの時間になってしまった。
「それじゃあ七海、お幸せにね」
こんなに呪い合っているのにここで終わりだなんて、そんなの、絶対におかしい。
七海は一人、神に反抗する決心を固めた。
***
「桜がきれいだね」
「そうだね」
桜舞い散る四月。私は灰原に手を引かれ近所の公園を歩いていた。
前世の贖罪に時間がかかると自他共に思っていたのだが、悟が徳を分けてくれたおかげで大分早く生まれてくることができた。といっても、今年高校生になる灰原に対して私はまだ四歳。結果としては遅れをとった形になる。余談だが、物心がついて前世を思い出したのはつい先日のことだ。
生まれ変わったとて、私の罪は消えない。物心がつき前世を思い出した私は、前世であれだけ憎んだ猿としてこの世界を生きていかなければならない。
「…傑くん?桜、つまんない?」
「え?そんなことないよ」
「ならいいけど…」
年上になった灰原はお兄ちゃんのようにこちらを気にかけてくれる。まあ、従兄弟だからお兄ちゃんといってもきっと差支えはないのだろうが。
「雄くん、スマホ貸して」
「いいよ、写真撮る?」
手渡されたスマホは小さい身体には重たい。両手で持ちSNSに下記の事項を書き込んだ。
『悟へ ○○市××公園にて待つ 傑 P.S.灰原もいるよ』
桜の写真を添えて投稿し、スマホを灰原に返した。
「ありがとう。雄くんはスマホを写真か通話でしか使ってないんだっけ?」
「そうだよ。SNSって、何を書いていいかわからなくて」
それならバレて削除されることはないだろう。思い出してからというもの、悟も勿論、灰原の隣にいる七海を見たくなってしまったのだ。記憶があるのだから、これくらいのズルは許してほしい。
数日後、息を切らした悟と七海が現れた。
「」