義父母の突撃おやつ時間二人が住む新居は元公爵家の別宅。最新技術で作られた家には他では珍しい電話が設置してある。滅多に鳴ることのないそれの音が屋敷中に響いたのが今回の事のはじまりだった。
「はい…はい…二人とも避暑でいなかったでしょう…は?駅?どこの?は?ちょっと待っ…!」
受話器を取った七海の焦りの滲む声に心配になって様子を伺う。彼は受話器を置いてため息を吐いた後、視線に気付いたのかこちらを振り返った。
「旦那様?」
無言でこちらを見る七海に声をかけると、こちらに歩いてきて力強く両肩を掴んできた。
「灰原!」
「はいっ!?」
「隠れてください!いや、なんならどこか旅にでも…」
「建人くーん!」
七海の声を遮るように玄関が開く音と女性の声が響いた。
「くっ、遅かった…」
「おじゃましまーす」
急いで玄関へ向かうと満月の夜の七海が性転換して順当に年を重ねたような女性がそこにいた。
「母上!」
「女性の七海だ!」
「はじめまして、建人くんのお母さんです。あなたがお嫁さんね?」
「そうです!灰原雄と申します!よろしくお願いします」
お互いに頭を下げる。顔を上げると笑顔のまま両手で頬を包み込んできた。
「『絶対結婚なんてするもんですか』とまで言ってた建人くんが強引に娶るなんてどんな傾国かと思ったら、随分と可愛らしい男嫁ちゃんで安心したわ」
「は、はい…?」
「私のことは『おかあさん』か『ママ』って呼んでね。『モア』でもいいわよ」
「もあ…?」
「灰原に祖父様の国の言葉を仕込まないでください。赤子の母親でもないんですから」
二人の間に七海が入り灰原は解放される。七海の母は息子の不愉快そうな顔も特に気にならないらしく態度を変えることはない。
「相変わらず頭硬いわねえ。せっかく新居とやらまで来てあげたのに」
「まだ住所教えてないのにどうやって…。いや、聞くのが怖いので止めておきます。とりあえず屋敷を案内しますので、こちらへどうぞ」
「はーい」
七海に促されて母は屋敷の中へと歩を進める。灰原はというと玄関の方を気にしていた。
「今日はお義母さんお一人ですか?お供の方は?」
「お供はいないけど、あの人はお買い物してから来るそうよ」
「あの人?」
「父上ですね。一応伊地知くんに玄関に待機してもらいますから、まずは客間にご案内します」
「よろしくね~」
「は、はい」
母の来訪に気づかなかったことを土下座せんばかりの勢いで謝る伊地知を宥め、三人は並んで廊下を歩き出した。
***
帝都内でも有数の坪数を誇る七海家。本館から別宅をまわり庭に到着する頃には結構な時間が経っていた。
「最後に、ここが僕の家庭菜園…あれ?」
縁側に見知らぬ女性が佇んでいる。日本人形が歳を重ねたような姿の彼女は某店名物の菓子を食べてくつろいでいた。
「どちらさま…?」
「父上…!」
「お父様!?」
驚く灰原を他所に七海は縁側の女性の元へと駆け出す。一瞬見えた横顔には怒りが滲んでいた。
「あれ?お客様が来たら伊地知くんが教えてくれるはずじゃ…?」
「ちゃんと玄関から入ってくるようにといつも言ってるじゃないですか!」
どこから入ってきたんですか!?と問いただす七海に日本人形風の女性は「あのへんから」と庭の端を指差した。
「防犯が全然できてないじゃないか。この家、侵入し放題だよ」
「不法侵入してくるのはあなただけです」
「そうでもないんじゃない?いるかもよ、そこにいる可愛いお嫁さん目当てに来る輩が」
ねえ、とこちらに流し目をしてくる様はそういうことに疎い灰原でもドキッとしてしまうほどだった。
「…侵入経路を案内してもらえますか」
「あとで家令に伝えておこう。そんなことより紹介してくれないか?きみの花嫁を」
「……」
「まあ、紹介してくれないならボクから行くまでだけど」
羽根のように軽い動作で立ち上がったその人は瞬く間に灰原の正面に立った。
「はじめまして、建人くんの父です」
「は、はじめまして。灰原雄です」
「そして!ボクは旦那様の男嫁でもある!」
「…はい?」
「どうだい?金糸の髪に翡翠の瞳を持つ旦那様に負けず劣らずの美人だろう!」
「え、ええ」
胸を張り声高々に宣言する様に圧倒される。だが七海家の面々は驚くことなく、母は笑い息子は呆れていた。
「息子の嫁と張り合うのはやめてください」
「今日も素敵よ、あなた」
「旦那様…!」
二人は手を握り頬を寄せる。義父母たちの並ぶ様子はまさに女の園であった。
「お父様があんな美女だとは…」
「元々父は旅芸人だったらしく、女装はお手のものだったみたいです」
「そうなの!?」
「ええ。結婚を機に母は出仕し父は家庭に入ったのですが、父が母に間違われることも多かったみたいですよ」
「へえ…」
「まあ、私が成人した途端『建人くんあとはよろしくね』と言ってとっとと仕事辞めて二人で隠居したことに比べたら些細なことです」
「うわあ」
***
「これ美味しいですね!外側がパリパリです!」
「アップルパイっていうんだ。気に入ってもらえたならよかった」
客間へ移動した四人は父が持参した菓子を囲んで談笑していた。口いっぱい菓子を頬張る嫁たちを旦那衆は愛おしそうに眺めている。
「「やっぱり嫁は可愛い(です)ね」」
二人の声が重なり思わず顔を見合わせる。
「いや、すみません気にしないでください…」
「建人くんから惚け話が聞けるなんてお母さん嬉しいわ」
「忘れてください」
「『私は誰も好きにならないし結婚なんてもっての外です!』なんて言ってたのに、無茶をしてでも娶りたい人ができたのは素敵なことよ」
「…そうですか」
「二人ともお幸せにね」
「もちろんです」
「旦那様」
菓子を食べ終えた父がいつのまにか母の横に座っていた。肩にもたれかかり上目遣いで母に話しかける。
「建人くんばっかり構ってないでボクのことも見てください」
「あら、やきもち?」
「勿論」
「ふふ、私にはあなただけですよ」
「旦那様…!」
こうなるともう二人の世界である。七海はそっと父が先程まで座っていた灰原の隣の席に腰掛けた。
「ご両親、仲睦まじいね」
「ええ、お恥ずかしいですが」
「そんなことないよ!仲良きことは美しきかなってね」
「…確かに、灰原のご両親も仲睦まじかったですね」
「縁談の取り決めの時に会ったんだっけ?」
「はい。鬼と呼ばれる私にも気さくで優しい方々でした」
全国をまわり伝統芸能を教える母と付き添いの父。縁談のために無理を言って会いに行った七海を暖かく迎え入れてくれた彼らは、お互いもまた優しい眼差しで見つめ合う関係だった。
「二人とも家にあんまり帰ってこないから、僕たち兄妹はあんまり顔を合わせてないんだ」
元気そうならよかった、と灰原は胸を撫で下ろしながら七海の腕に自分のそれを絡める。
「僕たちは移動の心配はないから、この家でゆっくり愛を育んでいこう?」
「はい…!」
両親に当てられたのか、全力でデレてくる嫁に全身赤くなる息子。そんな二人を微笑ましいと見守る父と居た堪れなくなって父を張り倒す母であった。