狐の嫁と天気雨 狐を保護した。
怪我をして苦しそうだったオスの狐は、野生ではなく近所の神社で飼われていた個体だ。頬にハートの模様がある。どうやら、何者かに襲われたようだ。その者は、狐を無理矢理飼おうとしたのかもしれない。首輪は外され、無惨な姿になっていた。
「大丈夫か、ちび。もう少し頑張れよ」
そう声をかけると、耳が僅かに動く。うるうるとした瞳でこちらを見る狐は何かを訴えているかのようで、思わず頭を撫でた。
***
動物病院で手当てをしてもらい、再び神社へと向かう。事態を知った神主が慌ててこちらに来て、狐の様子を伺ってきたため、重症ではないことを伝える。彼は安堵の表情を浮かべ、何度も礼を言ってくる。
それに対し「大丈夫ですよ。また会わせて下さいね」と答え、また狐を撫でる。気持ちよさそうに目を細めるもふもふに心癒されながら、俺は神社を後にする。
それが、二週間前のことだった。
「おんがえし、させて下さい!」
「…………はい?」
天気雨が降る中、インターホンが鳴ったかと思うと、突然そう言われた。ピンと立った耳、頬にハートの模様。しかし顔は人間のそれで、これは夢なのではないかと頬を抓る。しかし、目の前のケモ耳青年が尻尾を振るものだから、俺はいよいよ諦めた。
「おれ、あけび、言います! 二週間まえ、けが、助けてもらった。なゆたさん、おんがえし、する!」
「ええ…………」
「およめさん、なる!」
たぶん、というか、絶対。彼はあのときの狐なのだろう。けれど、こんな現実があってたまるか。どうして俺の名前を知っているのかとか、どうして人間の姿なのかとか、どうして恩返しが嫁になることなのかとか、聞きたいことはたくさんある。それでも俺は、尋ねずにはいられなかった。
「なあ、耳、本物?」
「ほんもの! なゆたさん、さわる?」
「ん、触る」
もふもふ、もふもふ。現実逃避にあけびの耳を触りながら、俺は天気雨の別名を思い出す。
狐の嫁入り。確か、そんな名前だったような気がする。