「……ねぇ、トウマ。そんなにスマホ見て何かあった?」
「へっ!?な、なんでですか?」
「だって、5分に1回はスマホの画面見てるし……」
「そ、そんなに……?」
「……トウマ、本当に大丈夫?」
「……?大丈夫ですよ?」
無意識の内に何度もスマホを見ていたトウマにの様子に悠は呆れていたが、それよりも数日前は上の空だったのが、今はスマホの画面を見ては置いてを繰り返し、メールか着信があるとパッと笑顔でスマホを取るが、連絡を待つ相手ではないのか目に見えて落胆している様子に本当に心配になる。
きっとこの間トウマが助けてくれたと言っていた男がトウマに何かしたのではないかと悠は思った。
トウマのバイト先のコンビニがある場所は今、八乙女組と百瀬組というヤクザの抗争が激化している地域なのだと同じバンドの三月から聞いていた悠。
八乙女組に所属する知り合いがいるという三月に(三月はおっさんと呼んでいたが)、驚いたのも悠には懐かしい話だった。
そんな場所でヤクザ相手に喧嘩を売れるのは同じヤクザしかいない、ならばトウマを助けた男もまたヤクザなのだろうと悠は分かっていた。
今時珍しいくらいのお人好しで人を疑わない可愛い後輩が、悪い男に騙されないか不安しかなく、どうやってこの恋する乙女の様なトウマから男を引き剥がすか悠は頭を悩ませた。
悠がそんな事を考えている事を知らないトウマは、虎於からの連絡を待っていた。
3日前に会ったきりまた虎於はコンビニには来なく、連絡もなくやっぱり俺……迷惑だったのかな?とトウマは思っていた。
トウマがそう思っているとスマホに着信が入り、虎於さんからかなと思ってスマホを見ると、トウマが住んでいるアパートの大家からだった。
『もしもし、大家さん?』
『もしもし。トウマくん?ごめんなさいね急に』
『大家さんから電話なんて珍しいですね?どうかしました?』
『……トウマくん本当に申し訳ないんだけど、今週中に出て行ってくれないかしら?』
『えっ!?そんな急に言われても――』
『私も今日急に言われちゃったのよ……』
大家からの電話は今週中に出て言ってくれとの催促の電話だった。
詳しいことを聞くと今日急にアパートを買い取りたいと言う男が現れ、今週末迄にアパートを明け渡すならアパートが建っている地価の倍額を支払うと言われ二つ返事で応じてしまったとの事。
なんだそれ!!とトウマは大家に怒りたかったが、所詮自分はアパートの契約者なだけでアパートの経営者である大家の言うことには従わなければならなかった。
そういう事だからごめんなさいね?と、言いながらも思いもよらない収穫に大家の声は弾んでいた。
電話が終わりどうしよう、どうしようとトウマが焦っているとまたスマホに着信が入った。
大家からの電話の内容に焦っていたトウマは電話の相手が誰かを確認せずに出てしまった。
『もしもし……』
『もしもし、トウマ?』
『……!?あ、虎於さん!?』
『トウマこの間の約束、覚えてるか?』
『もちろんですっ!!』
『っ……なら今日の夜どうだ?』
『今日で、すか?』
『無理ならまた日を改め――』
『今日の夜なら空いてます!!』
『ははっ!!そんなに楽しみにしてくれてたのか?だったらもっと早く誘ってやれば良かったな』
『あ……っ、どこに行けばいいですか?』
『俺がトウマの家まで迎えに行くから、いい子で待ってろよ?』
『……え?』
じゃあ、後でな?と虎於に電話を切られトウマは首を傾げる。
俺、家の場所教えたかな?と思ったが、それよりも早く次の住居を探さないと……とそれに気を取られたトウマにはその小さな疑問は直ぐに頭から抜け落ちた。
トウマの今迄のやり取りを見ていた悠はまた頭を抱えた。
確実に悪い男に目を付けられている事は明白で、でも本人は全く気付いていない。
トウマは絶対俺が守る!!と決意を固めた悠と、虎於さんはどんな服好きかな……と頬を染めたトウマの二人は、自分達の講義が始まっている事に気付いたのはそれから10分も経った後だった。
部屋で座っては立ち上がり、鏡で変な所がないか確認したり、スマホを見たりとトウマはソワソワと忙しなく虎於からの連絡を待っていた。
虎於さんいつ来るかな?とトウマがスマホを眺めていると、玄関のドアがノックされた。
両親のいないトウマを訪ねてくるのは悠かバンドのメンバーくらいで、そのバンドメンバーは最近連絡すら来なくなり悠も今日はバンドメンバーと打合せだと言っていた。
なら、誰だろう?とトウマは思ったが、とりあえず玄関に向かいドアを開くと真っ赤な薔薇の花束が目の前に現れた。
えっ!?何?とトウマが固まっていると、その花束の横から虎於が顔を覗かせた。
待たせたか?と笑いながら慣れた手つきで、トウマに花束を手渡す虎於。
あ、ありがとうございます……と花束を受け取るが、花瓶なんてお洒落な物はないとトウマがどうしようかと思っていると、虎於は後で活けておくから気にするなとトウマの肩を抱き寄せる。
トウマがコクン……と頷くと、そろそろ行くか?と虎於に耳元で言われひゃ、ひゃい……と真っ赤になる。
それを見て満足そうに笑う虎於。
虎於に言われトウマは肩を抱き寄せられたまま靴を履き玄関を出た。
あ、鍵を閉めないと、とトウマが言うよりも先に虎於が鍵を閉めていた。
あれ?何で虎於さん俺の家の鍵を?とトウマが思って虎於に聞こうとしたが、トウマ行くぞと促されてしまい聞くことが出来なかった。
全身ハイブランドで着飾った虎於は古いアパートには不釣り合いで、トウマはどこか夢心地だった。
アパートの階段を下りると前に見たことのある黒塗りの車が泊まっていた。
虎於は車の前に着くとトウマの肩から手を離し、後部座席の扉を開けトウマに手を差し出す。
「乗れよ」
「は、はいっ」
「緊張してるのか?そんなに緊張しなくとも取って食いやしないさ……今は(ボソッ)」
「へ……?」
「いや、何でもない。行こうか」
虎於にエスコートされ車に乗り込み続いて隣に虎於が乗り込んだ。
運転席を見ると虎於程ではないがそこそこ見目のいい若い男が座っており、緊張しているのな手が白くなる程ハンドルを握りしめ、汗をかいていた。
その尋常じゃない様子に大丈夫ですか?とトウマが声をかけると、大丈夫ですから!!俺なんか空気だと思ってください!!と言われてしまった。
俺、悪いことしたかな?とトウマがしゅんとしていると虎於はトウマ大丈夫だ、あいつは気にするなと優しい声でトウマに言うと男に早く出せ、いいか?少しでもあぶない運転したら分かってるな?と冷たい声で命令する。
はっ、はいっ!!と男は裏返った声で返事をして車はゆったと動き出した。
どこに行くんだろうと外を見ようとしたトウマだったが、両面スモークガラスになっているのか外は見えなかった。
そして訪れる沈黙にトウマは何を話そうかと思案していると先に虎於から声がかけられた。
「そういえば、電話した時元気が無かったがどうかしたのか?」
「え?」
「俺の気の所為ならいいんだが、トウマが落ち込んでいるのを見るのは何か嫌だ」
「虎於さん…………。あの、実は今住んでるアパートを今週中に出ていかなきゃいけなくて。でも俺両親もいないですし、ハル先輩の家に住むのも……」
「……だったら俺の家に住むか?」
「虎於さんの、家……?」
「あぁ。どうせ男の一人暮らしだしな。トウマ家事は出来るか?」
「ずっと一人暮らしだったから一応……」
「なら、毎日俺を起こすのと食事を作ってくれないか?その代わり家賃はいらない」
どうだ?と聞いてくる虎於にトウマは真剣に考えた。
悠の家にお世話になるのは申し訳ないが、虎於の家ならば虎於を起こすのと食事を作れば家賃はタダ。
何より好きな人と一緒に住めるという破格の待遇にトウマは揺れ動く。
トウマが考え込んでいるのを見て虎於はトウマにバレないように笑う。
煙草が切れるとたまに立ち寄るコンビニで絡まれているトウマを見た時、虎於は最初助ける気は無かった。
ここら辺の事を知っているのだから関わらなければいいのに馬鹿な奴だな、とそう思って違うコンビニで煙草を買うかとその場を後にしようと思った。
しかし頭から酒をぶちまけられ男がヤクザだと分かっているはずなのに、睨み付けるトウマの顔見て虎於は気が変わりトウマを助けた。
逃げるように出て行った男達は最近八乙女組が傘下に入れたとこの奴だと虎於は気付き、めんどくさいなと思いつつも目の前で酒塗れになってしまったトウマに持っていたハンカチで拭いてやった。
睨み付けてい時は荒々しいと思ったが存外綺麗な顔立ちをしているな、と虎於は思ったがそれ以上特に何も無く煙草を買って迷惑料だとトウマに金を握らせもう会うことは無いだろうな、と思っていた。
だが、偶然は重なるもので煙草が切れてしまい買いに行こうと車を停めさせると、あのコンビニだった。
そしてガラス越しに見える臙脂色の髪に思わずため息をついてしまった。
しかし煙草が無い事の方が大事だと虎於はコンビニに入ると、虎於と目が合ったトウマが破顔した。
それは、それは嬉しそうに破顔するトウマに虎於は雷に打たれたような衝撃が走った。
なんだ、これ?と虎於は感じた事のないこの感情に戸惑いつつも、いつものように煙草を買ってお金を払おうとすると重なるトウマの手に大袈裟に反応してしまった。
お金を返すと言うトウマに虎於が要らないと言うと、何故かご飯に行かないかと誘ってくるトウマに虎於はトウマを怪しんだ。
自分がヤクザだと分かっていての発言……もしかして先週のあれはアイツらと組んでいたのか?と。
しかしそんな考えとは裏腹に真っ赤な顔で虎於を見ているトウマを押し倒し組み敷きたいと、考えている自分に気付き慌てていいぜ?と連絡先を交換しコンビニを出た。
なんだ、なんであいつを見ていると……いやでもあいつはもしかしたら八乙女組の手先かもと虎於は車に乗り込みながら自分に言い聞かせていたが、運転席にいた舎弟にどうしたんですか?と声をかけられても虎於は一人、答えのない問答をしていた。
そして虎於はトウマに連絡を入れる迄の数日間トウマの事を調べていた。
両親はトウマが高校生に上がる前に事故で他界、両親が残した遺産は叔父に盗られ高校からアルバイトで生計を立てている事、今の大学には奨学金制度を使い入学、高校生の時に組んだバンドメンバーと折り合いが悪い事、今住んでいるアパートから追い出されそうな事、そして八乙女組と関係があるか否か。
結局虎於が調べて分かったのは苦労しながらも自分の夢に真っ直ぐな愛情に疎い一人の青年だった。
調べていくうちにトウマは何をしてやれば喜ぶだろう、何が好きだろうと考えていた。
そんな様子を見ていた虎於の事を可愛がってくれている若頭にはえ?虎於もしかして恋?恋しちゃった?とからかわれてしまったが、それを言われて虎於はようやく自分がトウマに惚れてしまった事に気付いた。
虎於は今まで誰かを好きになった事はない。
女を抱くのは性欲処理か情報収集、人脈作りの為でそこに恋心や愛などそんな可愛いものはなかった。
初めての恋が同性、ましてや自分とは違う表の世界で光り輝く為に頑張っている年下の男。
どうすれば自分のモノに出来るのか、とりあえず外堀を埋めていけばいいか?と虎於は考え、そして手始めにトウマのアパートを買い取った。
今週中に出ていかなければいけないのなら、選択肢は少ない。
その中でも自分を助けてくれた年上の男が破格の条件で、住む場所を提供すれば人の良いトウマの事だから最終敵には頷く事を見越していた。
虎於はこういった裏で色々とする事には慣れていたが、いざトウマを口説こうとすると言葉が出てこなかった。
7本の真っ赤な薔薇の花束を渡す時も、虎於は内心受け取って貰えないのでは?とドキドキしていた。
顔を見ているだけで胸は高鳴り、虎於のことを呼ぶ薄い唇を見るとその唇に噛み付きたくなり、組み敷いて喘がせればどんな顔を見せてくれるのか、自分にしか見せないトウマが欲しいと虎於は思った。
だからこの提案に頷いてくれと虎於は柄にもなく祈った。
考えこむトウマをチラリと見ると、バッ!と頭を上げたトウマの顔が思ったより近くて虎於は自分の耳が熱くなるのが分かった。
「虎於さん、俺……虎於さんの所にお世話になってもいいですか?」
「っ、もちろんいいさ。明日トウマが大学に行ってる時にでも部下に荷物を運ばせておく」
「えっ、そこまでしてもらうのは悪いですよ?」
「お、俺がそうしたいんだが……ダメか?」
「ダメ、じゃないです……」
「いい子だ。……店に着いたみたいだな。……ほら、トウマ」
顔を覗き込み首を傾げ上目遣いでダメか虎於が聞けば、トウマは赤くなりダメじゃないと言う。
その言葉に虎於は運転席にいる男にミラー越しに目配せした。
運転席にいた男も虎於の目配せの意味に頷いた。
男が頷き虎於はドライブレコーダーを見て、言質は取ったぜ、トウマ?と嬉しそうに笑いながら店の前に停車した車から降りトウマをエスコートする為に手を差し出すと、トウマはもう虎於の手を掴む事に抵抗が無いのか信頼しきった表情で虎於の手を取った。
さて、これからどうやってトウマを口説くか……と虎於は鼻歌でも歌いそうな気分でトウマとの食事を楽しんだ。