Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    tennin5sui

    @tennin5sui

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🎂 🍣 🍋 🍊
    POIPOI 43

    tennin5sui

    ☆quiet follow

    ゆるゆる果物版ドロライ:お題「寄り道」

    #マリビ
    malibi
    #ゆるゆる果物版ドロライ
    looseFruitVersionOfDololai

    おでんを食べに行こう! 檸檬が待ち合わせ場所の公園にたどり着くと、すでに蜜柑はずっとこうしていました、というような様子でベンチに腰掛けていた。背もたれにわずかに掛かった上体が、時間の経過を思わせる。よお、と声を掛けると、蜜柑は腕時計に目をやり、公園の薄ぼんやりとした明かりの中で文字盤など読めなかったのだろう、ポケットから取り出した携帯端末で時刻を確認する。時間丁度だ。
    「俺が遅刻なんてするわけないだろうが。常にぴったり時間だろ」
    「少し早く着いておかないと、何かあった時に間に合わない、という可能性について考えたことはないのか」
    「事故が起こった時に求められるのは、丁度よく現れることじゃなくて落ち込まないことだぞ」
    と、そう教えてやる。今、間に合ったんなら良かった、と返事とも嘆息ともつかない言葉を漏らし「じゃあおでん屋さんまで行くぞ」とベンチから立ち上がる。
     蜜柑と連れ立って向かうのは、駅前近くの公園のおでん屋さんだ。店舗があるわけではなく、屋台で販売している。店主の親父がリヤカーで店ごと引っ張って歩き、長椅子が置かれるので、客はそれに座って食べる。立ち食いよりは幾分か親切な経営をしている。冬場にしか姿を見せないので、夏場はまた別の渡世をしているのだろう。寒空の下で食べる食事など、寒くて仕方ないだろうと思うのだが、大抵一人、二人は店先の長椅子を温めている。

     今日もやはりスーツ姿の男が寒そうに背中を丸めていたが、折よく食べ終わったところらしく、二人の目の前でさっさと支払いを済ませると駅に向かう人の中に紛れていった。人の温みの残った椅子は、蜜柑にはやはり不快らしく、代わりに檸檬がその場所を陣取る。
    「たまご。あと大根。でかいやつがいいな」
    「たこと、しらたき」
    学生さんか、もっと精のつくもの食いなよ、と親父が小言を言う。あるいは、あと一本だけ残った牛すじを売り切ってしまいたいのかもしれない。
     少なくとも学生には見えない年頃の二人だが、平日の夜から気楽な服装でうろつく二人組というものは、親父の常識の中では学生以外にあり得ないのだろう。単なる太鼓持ちの可能性もあるが、親父の雑な性格を鑑みるに、大した意図のない発言である可能性が高い。
     どれほど雑な性格をしているかと言えば、テーブルの端に貼ってあるプリクラの一枚や二枚、気にせず放置する程度には雑だ。その代わり、行き場をなくしたマメさはどういうわけか時間厳守という形で現れており、常に夜の18時にはこの場所を陣取っており、具材が底を尽きるまで出店している。
     寒空の下とはいえ、鍋の前の暖かい出汁と暖簾との間には一定の温度が滞留しており、時たま鋭い寒風が暖気を吹き散らすものの、穏やかな熱を感じることができる。蜜柑もその温もりのためか、嵌めていた革手袋を外し、机の端のプリクラの四隅を爪で引っ掻いている。
     ふと、おでんというものは、いわゆる家庭料理なのではないだろうか、と考える。まずもって家で料理などしないのだが、おでんを食べるのは大抵この屋台の座席で、たまにコンビニのレジ前に目移りすることもあるが、どちらにしても既製品だ。もっとも、誰かが作っているという点では料理はすべからく手料理と言えるのかもしれないが、完成品、という顔で供されることが家庭料理との分水嶺と言える。
     目の前に置かれた大ぶりな大根に箸を入れ、たまごの黄身と一緒に口に入れる。じわじわと頬と指先が温まる気がして、なんだか美味しいように思える。蜜柑が一口で食べ切ったたこにも、つい横恋慕する。次はたこにしてみるか、とも考えるけれど、蜜柑と同じものを注文するのは、なんとなくもったいないような気がした。

     バラバラと小銭をテーブルの上に残して席を立つ。誰も長居をしないので、客の回転がいいのだ。帰りがけ、街灯の下に差し掛かった時に、蜜柑の指先に張り付いた写真を覗き込む。フチのよれたプリクラは、視認性が著しく低い。
    「これが次の標的か。よくこんなおっさん、プリクラ機の中に入ったな」
    「年頃の女と一緒だと、気が大きくなるんじゃないのか」
    「年頃ね。年頃、って言うと、こう、四十代くらいのセクシーな姉ちゃん想像しないか?」
    「一瞬だけ待ってくれ、っていうのと一緒か。一瞬の長さは人によってだいぶ違う、という」
    そうかもな、と檸檬は笑う。やっぱ蜜柑ってたまに変なこと言うよな、と改めて思う。
     二人が入った時には、おでん鍋の中はほとんど空に近かったから、そろそろ親父も引き上げている頃かもしれない。時間厳守、大雑把。業界の人間が何気ない風を装う時の連絡手段に使う、何も知らない親父の引っ張るリヤカーは、敬意を込めて二人は「おでん屋さん」と呼んでいた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺☺☺❤❤❤👏👏👏🍢🍢👴👍💕💕😆😆
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works