第八話 人気がなくなったはずの廃墟は、最初に訪れた時と変わらない雰囲気を保っていた。
庭に飛んでいた虫が一匹居なくなったからといって、人間の目には何も変わらないように見えるのと同じで、すぐ目の前にいた少女が消えたというのに、この庭は淡白な静かさに覆われている。
二人は唾を吐きかけられた目を擦りながら周囲を見回した。改めて見れば、廃墟は和風と洋風の過渡期に建てられたかのような様相をしていた。当時から見れば最先端、今眺めてみると中途半端の古臭い家で、その上誰も住みたがらないであろう田舎にあるのならば、打ち捨てらるのも頷ける。
「ハロウィンが何だか知らねえけど、随分好き勝手遊んでいきやがったな、あいつ」
檸檬が先ほどまで少女が座っていた辺りをスニーカーの爪先で突きながら言う。
「こんなとこまでわざわざ来て」
「今のご時世、妖精なんかに構ってるやつも少ないんだろ。娯楽の少ない田舎の子どもじゃなきゃ、遊んでもらえなくて、つまらなかったんだろうさ」
ここには、目を治してもらいに来たのだ。それが存外簡単に終わってしまい、拍子抜けをして、なんとはなしに家の周囲をぐるりと巡る。それほど庭は広くないのだが、塀がところどころ崩れているせいで、野山と地続きになっているかのような開放感があった。足元に生えてきている草花は飼育されているものではなく、塀の向こうの草地とほとんど同じものが顔を出していた。
「都会の人間は遊び甲斐がないって、じゃあなんで俺たちにちょっかいかけて、あんな目玉にしたんだよ。仕事終わりに帰れなくなって、土手で寝てただけの働き者だぞ」
「土手でビニールシートを被って寝てるようなやつは、野山で遊ぶ子どもと大差ないってことなんだろ」
蜜柑は自嘲気味に答える。そして、檸檬の顔を見て眉をひそめた。
「おい、その前髪。すぐに床屋に行って切ったほうがいい」
「え。そんなに酷いのかよ」
檸檬は引っ張っても伸びるはずのない前髪をしきりに摘んではくしゃくしゃに丸め、誤魔化せないか試すと、投げやりに放置した。
このあたりで廃墟を一周し終わって、元いた場所に戻ってくると、先ほど身を隠したはずの少女が、同じ枯れた池の中から、鼻の上あたりまでを出して二人を見つめていた。
「あなたの髪、本当の金色じゃあないのね。せっかく手綱を新調しようと思ったのに」
と、それだけ言い捨てると今度こそ本当に姿を消した。
またしても池を覗き込んだがやはり枯れ果てたままで、けれどふと思い至って、落ち葉をどけて見ると小さなカビのようなものが円形に生えていた。キノコだった。