流れるように人が詰めかけてくる。
　その人数は、道を歩く人々が片端からこの小さな部屋に雪崩れ込んできているんじゃないか、と真剣に考えてしまうほどだ。やってくる女性たちは、わざわざ着替える必要はないのではないか、というくらい華やかな色合いの外行きの服を身につけている。それでも、彼女たちは嬉々として見た目に涼しげな、薄手の布地を緩く纏わせて、観光地へ繰り出して行く。
　もっとも、蜜柑も檸檬も着替えの手伝いをするわけにもいかず、裏方で、二人には用途の分からない大量の布やら紐やらの入った段ボール箱の運搬をして、表の華やかさとは真反対の汗臭いTシャツで顔を拭っていた。

　古刹が道なりに並ぶ、風光明媚な観光地は夏休みに合わせたかき入れ時で、この着物店の着付けの予約はスケジュール帳一杯に詰まっていた。来る客、来る客に手際良く浴衣を当てがい、帯を締め、会計を済ませる様は夏祭りの屋台を思わせる。今日の二人は、その戦場に物資を届ける補給係という役回りだった。すなわち、単純な力仕事である。
　裏方も表方も、どちらも変わりない忙しさではあったが、表方の方が華のある分、見目に飽きは来なかった。似たような段ボールをいくつ運んだのか分からなくなった頃、こんなものバイトに任せておけ、と舌打ちが出そうになる。そして、その当のバイトにうっかり怪我を負わせて使い物にならなくして、穴埋めをせざるを得ない現状を思い出して、行き場のない疲労を覚える。

　用もないのに、見ず知らずのバイトを意図的にはねる訳はない。バイトが突然道に飛び出してくるのが悪いのだ。バイトは華麗に空中に飛び上がった。彼は何か心得があったのか、受け身を取ってアスファルトに転がった。受け身を取れなかったのは段ボール箱である。中身の布地が一体何キログラムになるのかは知らないが、段ボール箱に梱包された大量の浴衣がバイトの上に降り注いだ。
　そのまま捨て置いても良かったのだが、あまりの光景につい車から降りて駆け寄ってしまったのが運の尽きで、息も絶え絶えという顔をしながらバイトの言う通りに店まで運んだところ、なんてことを責任を取ってもらう、という一方的な悲鳴を浴びせられ、繁忙期の店舗に物品を運ぶという重労働を任されてしまった。
　なまじ体力に自信があったのがいけなかった。気づけば傾いた日の中で、最後の客を見送る羽目に陥っていた。

「意外と根性あるじゃないの。うちの大事なバイトを轢いておいて、平然とその店まで連れてくるだけあるね」
女主人といった鋭い雰囲気のある店長が、従業員に指示を出しながら、バイト代を封筒に入れて寄越す。
「轢いたなんて、人聞きが悪い。あいつが勝手に飛び出してきて、飛んだだけだ」
「そうだぜ。もっと言えばな、あいつにとどめを刺したのはこの店の段ボールだぞ」
バイトなんていつ振りにしただろうか。中身は当然、仕事の時ほど入っているわけもなく、受け取ったのはジーンズのポケットに入ってしまうほどの薄い封筒だ。
「ご苦労様、って言ってるのよ。これでも感謝はしてるんだからね。何なら、今から浴衣着付けてやってもいいのよ」

　無論、断った。浴衣よりも一日汗に耐え忍んだTシャツを労りたい気分だった。