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    tennin5sui

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    果物版ワンドロワンライ:お題「ハロウィン」

    ラブストーリーっぽい話になっちゃったけどラブストーリー書くのすごく苦手だということに気づいた

    #ゆるゆる果物版ドロライ
    looseFruitVersionOfDololai
    #マリビ
    malibi
    #ハロウィン
    halloween

    第三話 よく通っている喫茶店の店員のことが、最近気になっている。気になる人がいるのだ、友人に言ってみたところ、ドラマかよ、と笑われ、突然真顔になったかと思えば「ショートカットだろ?」と問いただされた。
    「たしかにショートカットだ」
    と、頭にその子の姿を思い浮かべながら答える。根本が黒くなっている脱色した明るい短髪は刈り上げに近く、いつも似たような白いトレーナー身につけ、その上に喫茶店のエプロンを掛けていて、細身のパンツがよく似合っていた。
     だろうな、と分かったような顔で笑われたので、つい言い返したくなる。
    「あのな、初恋否定論者の俺がこんなこと言ってるんだぞ。もっと驚くべきじゃないのか」
    「初恋否定論者はえてして初恋にころっといかれるもんだろ。それにな、飯塚。おまえは初恋否定派という以上に短髪が好きだ。自覚してなかったのか」
     心外である。
     日頃から初恋や運命に慎重になっている身からすれば、幾度か見かけた程度の相手が気になる、などという事態は青天の霹靂であって、慎ましやかなやりとりからデートを重ねて恋人同士になるのだと心に誓い、真っ当に純情街道を歩いてきたこれまでの道程に、文字通り雷が落ち、地が割れ、初恋にうつつを抜かし地獄に落ちた連中がその地面の隙間から指差して笑ってきているのに等しい状態である。
    「別に、短髪を好んでいるから好きになったわけじゃない。品が良くて好きなんだ」
    「品の良さと脱色した髪は両立するのか」
    友人は目を見開いて、驚く。重大な事実を公開した身としては、恋心を打ち明けた時にその顔を見たかった。

     その子の出勤日を把握しているわけでは断じてない。たまたま友人に打ち明け話をした後、喫茶店に行ってみたらいらっしゃいませと出迎えられたのだ。もっとも、出迎えられた、と表現できるほど愛想がいいわけではない。おそらく笑っているのだろうと察せられる程度には頬を引き攣らせる、瑣末な愛想で喫茶店の店員という繊細な接客業を勤め上げている。その絶妙な匙加減で店長に叱責を受けているところを見たことがないのだから、なかなかの力量ではないだろうか。
     そうして失礼にならない程度に横目で接客ぶりを観察していると、無礼にも隣の席の男が話しかけてきた。喫茶店で一人静かにコーヒーを飲んでいる人間に話しかける輩はわずかな段差につまづいて転べばいいと常々主張しているところなのだが、中々はっきりとした絵になる顔立ちをしているせいで、ついまじまじと観察してしまう。はっきりとした目元だが、片目はガーゼの眼帯で隠れており、意志の強そうな顔立ちをしているだけに、不自由そうに感じられた。反応が薄いのを焦ったく思ったのか、男はぐいとシャツの襟元を掴み
    「すみれの匂いがするんだよ」
    と罵倒した。言葉そのものは少女漫画の一文かと思うほど可愛らしいものだが、鋭い口調は罵倒以外の何ものでもない。
    「香水なんて使ってませんよ」
    「香水じゃない。目に何か軟膏でも塗ってるだろ」
    身に覚えがない。すると、男と相席をしていた、これまた不機嫌そうな顔つきの男が
    「寝てる間にでも塗られたんだろ」
    と助け舟なんだか、放埒な野次なのか、判別の付かない横槍を入れてくる。けれど男には思い当たる節でもあったようで、ああ、と忌々しそうに顔を歪めた。そして、ポケットから小さなピルケースのようなものを取り出すと、突然俺の瞼に塗りたくった。びっくりして、そして目には入っていないはずなのになんだか沁みて痛むような感覚があって、思わず目を瞑る。
    「いったい何を」「うるさい。ほら、あの店員を見てみろ」
    男が無理やり顔をつかみ、視線をあの子に向ける。
     目に映ったあの子は、なんだか貧相に見えた。
    「あの店員に惚れてたんだろ。そういう薬だからな。治ってよかったじゃねえか」
    男の向かいに座っていた、不機嫌そうな男がコップの氷をぐるぐると回しながらそう言う。
    「匂いがキツくてかなわなかった。おい、檸檬。店を変えよう。ここでもあいつらの影がチラつく」
    「まだ入って十分もしてねえだろ。気が短かすぎやしねえか」
    二人の不審者はブツクサ言いながら支払いを済ませ、慌ただしく店を出て行った。
     あの子は二人の会計中も、必要最低限の愛想で済ませていた。いつ誰がクレームを入れても驚きはしない、そういう態度だった。少し前までは、そんな様子が堪らなく可愛らしく見えていた。不思議なことに、今はそんな愛しい気持ちは湧いてこない。
     あの子が空いたコップに水を注ぎに来る。ぶっきらぼうに「水は」とだけ言う。
     お願いします、とコップを差し出すと、いっぱいまで水を注いでくれた。ふと、その髪型似合いますね、と褒めた。やっぱり不器用そうに、片頬を引き攣らせた。
     目に留め始めてからの、あの眩い様子は決してない。けれど、そのぶっきらぼうな態度がやっぱり少しだけ面白くて、仲良くなりたいな、と思った。
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