部室の鍵を締めて、帰路に着く。
「日向、喉痛めてたんじゃなかったか?マスク付けないのか」
「マスクなぁ…あったけーところに入ると眼鏡曇るからあんま付けたくねーんだよな…」
「難儀だな」
そういう木吉もマスクをしていたが、常から穏やかに細めらている目元のせいか、マスク越しでもいつも笑っているように見える。年齢の割に随分老いた目元だ。そちらの方が難儀だと日向は思った。
「笑ってんじゃねぇよ」
「?笑ってねぇよ」
ついつい、笑ってないことが分かっていても、悪態づいてしまう。
「………」
「?」
不思議そうに首を傾げる木吉の顔を見て、また舌打ちをしそうになる。
どうして自分はこんなにもイラついているんだろう。
チームメイトとして、今まで過ごしてきた時間はそれなりに長いはずなのに、知らないことが多すぎる気がする。
たとえば、この男について。
「日向は、やっぱまだ俺のこと嫌いなのか?」
「あ"!?なんでそうなるんだよ!」
突然言われた言葉に驚いてしまう。
「だってお前、俺と喋ってると怒ってばっかだし」
「それはテメェが余計なこと言うからだろ!!」
「えぇ~?」
自覚がないらしい。木吉は困ったように眉を下げていた。
そんな顔をされたところで、こっちは被害者なのだから謝りようもないのだが。
それにしても、なぜ今になって急にこんなことを言い出したのか。
確かに、少し前までは毎日のように喧嘩ばかりしていたし、今も口が悪いのは治らないが、それはもう終わったことだと思っていた。
あの日、木吉が入院したときから、ずっと心の奥底では考えていたことだった。
木吉は、自分に何をしてほしかったのだろう。
自分はどうしたらよかったのだろうと。
答はとっくに出ているようで、だけどそれが本当に正解だったのかは、ずっと分からないままだった。
「……別に、嫌いじゃねぇよ」
「そっか!良かった!」
木吉は嬉しそうに微笑んでいた。
その笑顔に胸がざわついた。
「…………」
「ん?どうした?」
「なんでもねぇよ!!オラさっさと帰るぞ!」
「おう」
嫌味なくらい眩しい笑顔を見て、日向は少しだけ泣きそうになった。