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    ジロー

    @jirow_fukuyoka

    流浪の民

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    ジロー

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    シーンメモ

    #シアオク
    sheaOk

    接地点今日日、この惑星は豪雨に見舞われていた。テクノロジーが行き届いた世界の隅々まで、雨は降る。この調子であれば、道に水溜りができて街の灯りが反射してキラキラと美しく夜を飾るのだろう。ハッとして少し早足で脱衣所へ向かい、何枚かのバスタオルを持つ。その次はクローゼットで彼のパジャマを手にし、2階の寝室に持っていく。窓の鍵を外し、時間が来るのを待った。衛星が空の真ん中を過ぎたあたり、ホットミルクを作っていた頃、カタン、と2階で音がする。雨足が強く、霞む程度だが、慌てて2階に駆け上がる。寝室の窓の外には、シルバがいた。
    (特に強い雨の日、4回目ですか)
    私は簡単な統計をとり、仮説を立てた。たったの4回だが、彼が私を求めて遥々やってくる4回は貴重な事である。彼は雨の日に深く酔い潰れ、私の家に流れ込こむ。人肌を求めて私の家に辿り着く。
    「シルバ」
    窓を開け、声を掛ける。窓を叩こうとしている腕を上げたまま、首はぐったり項垂れている。意識はすでにないのかもしれない。ぐらぐらと揺れる隙間に、ぴくりと体勢を立て直す仕草も見られる。泥酔しているのだろう。
    「シルバ、こちらへどうぞ」
    とはいえ、動かない。そのうち、ずぶ濡れの体が冷えてしまっては風邪を引くだろうと、バスタオルで彼を捉えなるべく窓側へ引く。
    「許可はとりましたよ」
    されるがままの彼は何も言わずただ身体を預けている。その身体を引っ掴み、力を込める。優秀な女神が整えた義足は、なんと軽くなんと丈夫か。彼女に心から感謝なさいね、と心の中で説く。

    なんの前触れもなく、パッと目が覚める。目だけをキョロキョロと動かして場所を確かめる。ここはどこだろう。ここは…………多分4回目の場所だ。多分、オビさんの家だ。だってこの天井とインテリアを見たのは4回目だからな。そして隣には、クッションに背中を預けたオビさんが本を読んでいるんだ。これも、4回目だ。
    「オビさん」
    「目覚めました?」
    「ああ。はっきりとな」
    「雨、止みそうにないですね」
    「馬鹿でかいストームが来てんだ。3日は続くだろうよ」
    「走りに行かないんですか。足は洗っておきましたよ」
    「…そうか、わりぃな」
    なぜ、驚きもしないか。4回目ともなれば俺だってわかる。ひたすら強い酒を浴びた俺はここを巣だと思って帰ってくる。巣にオビさんがいたって気にしちゃいない。オビさんは俺を追い出さないからな。ため息つきながら俺の世話をして、寝かせてくれる。そう、俺はさっきまで眠れなかった。眠れないから、強い酒を死ぬほど飲んで、ハイになってきたら今度は眠るのが面倒になって、アッパー系を飲み込み、興奮剤を打った。クラブでどうにかなるのはとにかく楽しくて、あとは巣があるから安心もできた。1人でいろんな惑星に行って探検してるうち、馴染みの店もできるし気の合う仲間もできる。だからどこの惑星に行っても安心できる。オビさんもその1人だ。気難しいくせに優しいところは育ちが良いんだろう。とにかく、俺は4回世話になっているわけだ。瞬間、強烈な頭痛が襲ってきた。解脱作用かもしれない。割れそうな頭を両手で抱えて、顔を歪める。そういえばゴーグルは外さないでくれたんだな。
    「あ〜〜〜………いっっっ…………てぇ………」
    「果物を食べましょうか」
    そう言ってようやく俺のことを見下ろして、本をサイドテーブルに預けた。そのあとは俺の頭を少し撫でて、ベッドを抜け出した。シルクのパジャマを着ていたんだろうか。柔らかい生地がオビさんの体にまとわりついて、シルエットを作っていた。オビさんの手はあったかくて、落ち着いた。

    1度目が覚めて頭痛に苦しんでいたので、ぶどうを一粒毟って、彼の口に含ませた。皮から中身を押し出してあげたら「ガキじゃねえ」と私の指につままれた皮をバクッと食べた。指の関節に歯が当たって、咄嗟の痛みに声を荒げた。
    「いったい!」
    彼は私の指を咥えたまま離さない。口角を上げて、私を小馬鹿にしていた。
    「シルバ!」
    頭に血が上り、左手に持っていたぶどうの房を彼の顔に押し付けた。潰れるぶどうで彼のゴーグルが汚れた。甘い香りがまとわりつく。手は、ベタついている。指がパッと離れたあと、彼はぶどうを押しつぶした左手を掴み、彼の口まで持っていく。そして、舐める。心臓が破れそうだった。

    オビさんはもっと自分が野蛮だってことを自覚したほうがいい。今だって俺を全身で逃さないようにして、ベッドの中へ中へと沈めようとする。マットレスは後で捨てなきゃなんないほど、俺がいっぱい汚していた。呼吸がしにくい。必死に首を曲げて息をしても、オビさんの口を被せてくる。長い舌で、俺の舌を絡め取っていく。震える身体を、オビさんが抱きしめる。どこにも逃げられないし、何もできなかった。挿入されてる穴はすっかり伸びきって、最初に感じた痛みがなかった。ローションをたくさん使ったらしい。空っぽの容器がベッド下に落ちているのを想像した。頭がぼーっとする。開きっぱなしの口から涎が出ていたし、そのうち鼻血も出てきた。あつい、気持ちいい。
    「シルバ」
    「っ…あ、ぅ」
    「シルバ…」
    オビさんがより一層力を込める。下半身が熱かった。義足でオビさんの腰を引き寄せる。オビさんから出る何もかもは、俺が全部受け止めたかった。

    「オビさんの家でセックスするのが4回目なのはわかったぜ。でも1回目が覚えてなくてな」
    「1回目は、まさかと思いましたよ。不埒な輩だと思ったら、あなたでしたし。目立つから2階に来てくださいよって伝えたら、次からは2階にくるようになりましたからね」
    「はーん。俺様は酩酊状態だったにしろ、ちゃあんと理解できたんだな。流石だぜ」
    「ふむ…あなた、1回じゃ懲りなかったんですか」
    「はあ?」
    「1回目のあなた、今日なんかよりもずっとずっと…」
    そこまでにして、こちらを見つめる彼を見つめ返す。私からの言葉を待っている。本当に覚えていないのだろう。1回目のセックスの、私の形を覚えていない、狭くて薬くさくて、他人の性液が残ってるような、人を試す穴。いたずら心が優って、この男に私を刻むべく抱き潰した、1回目のセックス。
    「なんだよ」
    「いいえ、なんでもありません。また、良かったら来てくださいね」
    「今のストームが止んだら俺は出るぜ。そのあとは知らねえな、ははっ。もし来るとしたら、お土産持ってくるぜ」
    「期待しておきます」
    こちらに背を向けて寝る姿勢をとる彼をしばらくみていた。そのうち一緒にベッドに潜り込み、彼とは反対方向を向いて目を閉じた。強風が吹き荒れ、家鳴りがひびく。耳障りな音が次第にぼやけていき、黒い眠りへついた。

    「オビさん、どこいったんだよ」
    翌日はよくも晴れていた。風が強いだけで、雨なんかさっぱり消えていた。大きな水たまりがそこらじゅうにあるのがストームの証拠だ。さて、オビさんが風に攫われてから何時間が経っているのか、朝目が覚めたら隣は空っぽ。家の中も空っぽ。朝食の食べかけのパンが綺麗な皿に乗っていただけで、風呂場にもトイレにも書斎にもウォークインクローゼットにも居なかった。忽然と姿が消えたのだ。そんなに強い風じゃなかったけどな、と朝方電話をかけてきたシェに話していた。あんまり興味なさそうに、美しいもの見つけたんじゃないの?と返された。美しいものなんて、こんな街にあるもんか。俺が思いつくのは…いや、思いつかない。思い立ってボレアスに帰ったとか?両親が急に危篤になったのかも知れない。昔の友人が危ないのかも知れない。
    「この世界に満足したのかもしれない」
    ふと、口からこぼれたのと同時に、1回目の夜を思い出した。あの時はハイな薬も飲んでいて、オビさんにむちゃくちゃにされて、どっちが上か下かわからないくらい頭が回っていたけど、俺を犯すオビさんの表情がとても良くて、腹の底から満たされてんだと思った。その時に、もう十分です、と言われた気もした。気がするだけで、ただの妄想かもしれないが、普段から死が美しいだの運命だの呪いだの、ややこしいこだわりがあるオビさんのことだ。思い立つこともあるだろう。多分、ボレアスにかえって贖罪しに行くんだ。そうだ、ボレアスの命は日々削られている。オビさんの呪いで絶望を抱いている人がいる。親父のせいで報われなかったこともある。オビさんは昨日、本当は、気分が暗かったのかもな。
    「なんで、今日、天気いいのに」
    俺は簡単な服装で走り出して、ボレアスに向かって出発した。

    彼は目の前に立っていた。鼻がいいのか、勘が冴えているのか、ボレアスの人に聞いて回ったのか。彼の後ろの青い蛾をみて、ため息を吐く。
    「俺さ、ボレアスなんか来ようと思ってなかったぜ」
    「来ないと思っていたから、来たんですよ。ようこそ、私の故郷へ。お茶なんか出せませんが」
    彼はズカズカと歩み寄り、目の前に仁王立ちした。彼の表情は相変わらずマスクの向こう側であり、なんとなく、呆れてきたのだろうと推測する。
    ボレアスに立ち寄ったのは、昨晩のストームで夢を見たからだ。夢というのは、ボレアスの人々から処刑される夢だった。縛り上げ吊るされている足元から、火をつけられた。燃えているのは私であるのに、火に飛び込むのはボレアスの人々だった。罵詈雑言を私に聞かせながら、絶叫し、炭になっていった。燃えている私は熱いことを認知できず、そのうち目が覚めて、嫌な脂汗が滲んでいたのだ。日の出前、ボレアスに呼ばれていると思い、少しだけパンを齧ってふらふらとやってきた。滅亡していく故郷の中の山間にはお気に入りの小屋があった。一脚だけの椅子を引っ張り出して、窓枠からぼーっと外を眺めていた。今日は、これで1日が終わると思っていた。今日が終わって明日になったら、別の惑星に飛んで行こうと思っていた。彼…いいかげんオクタンと呼ぶが、オクタンのことはどうせ流離の男であるから、放っておけばいいと思っていた。雨の日の規則性も判明したし、私を求める夜はしばらく来ないのだから。
    「それでいいならいいけどよ、俺がさ、昨日のオビさんの指齧ったの、意味をさ、アンタ分かってんの?」
    何を突然言い出すかと思えば。あんなのただのいたずら心で、意味なんかない。私がこうやって落ち込んでいるから、さも意味があるかのように、つまりオクタンが私に随分気があるかのように話しているのだ。面白くなって、ついつい吹き出した。オクタンはひとつも揺れずに、分かってんの?と繰り返す。
    「分かりませんよ。あなたの心は読めませんからね」
    「じゃあさ、俺がオビさんのこと超〜好き〜って言ったら、受け止めてくれないわけ?」
    「うーん、どうでしょうね。超好きなら受け止めますが、あなた、私のこと超好きじゃないでしょう。軽過ぎますから。きっと私には敵いませんよ、オクタン」
    「はあ?」
    オクタンはようやく首を傾げる。ストレートに言わないと伝わらないのだろう。わかるはずもない。オクタンへの気持ちはずっとひた隠しにして、丁寧に摘んできた。今更『超好き』と言われたところで、眉の一つ動かすことはなかった。当たり前だとすら思う。私がこれだけ好いた男に、好きじゃないと言われたら壊れてしまう。
    「オクタン、私は悪夢を見て非常に気分が悪くなり、ボレアスに償うためここにきました。こんな姿あなたには見せたくなかったですよ。でもあなたは来た。私を探しに来たんです。その事実は間違い無いですね?」
    「口説いな。何が言いたいんだよ」
    「では遠慮なく私の気持ちを伝えますが…心から喜んでいます。他でもない、あなたが来てくれたのです、オクタン。想像するに、私がいないベッドを2回は探したでしょう。家中の部屋を確認して、どこかの隙間に私が挟まっていないか確認した。それでも見つからない私を思い、あなたはこう考えた。『オビさんはなにかよからぬことを考えている』とね。少し焦りますよね。思いつくのは、ボレアス、私の故郷です。私は呪われていますから、きっと身一つでボレアスの住人に身を投げるんじゃないかと思いましたか?それで暴力に襲われて、街の隅で雑巾のように倒れているかもって?思ってくれました?ねえ、オクタン。私は、あなたが1秒でも私のことを思っていることに、とても優越感を感じています。それはどうしてでしょう。オクタン。あなたの『超好き』なんかよりもずっと『愛している』からですよ。重さが違います。一緒にしないでください」
    捲し立てるように彼へ詰めた。いつの間にか椅子から立ち上がり、彼の両腕をしっかり捕まえて、壁際まで追い詰めていた。たじろぐオクタンは、ゴーグルの向こう側の目をまんまるくさせた。ほら、思っても見なかったのだ。ぶどうに紛れて、人を小馬鹿にするだけある。
    「さあ、理解していただけました?」
    「俺を試したってのか」
    「試してなんかいません。傷心していたところに勝手に手を差し伸べたのはあなたです。勝手に、私のことを超好きになり、私の前に現れたのはあなたです。あなたが随分私のことを気に入っているということを自覚してください。でも、私の方があなたのこと愛していますからね」
    「ややこしいな!」
    結局オビさんは、と言いかけたオクタンの口を塞ぐ。カサカサの唇を舐め上げ、舌と舌を絡める。咄嗟に動きかけたオクタンの腕は、そのうちされるがままに力を抜いた。体を引き寄せ、なるべく一つになるように抱きしめる。
    「ッフ、ぅ」
    息継ぎで漏れ出た声ごと再び口内へ閉じ込めた。オクタンが私の故郷で私に支配されている。その事実だけがあれば、あとはどうでもよかった。

    晴れてお互いが両思いだと分かったが、急に関係が深まるわけでもなく浅くなるわけでもなく、つまりはさっきの言い合いからなにも変わらないまま、寂しそうな食いかけのパンが待つ家へ戻った。今夜のストームはおとなしそうだ。風ばかりが吹いて、雨模様はどこにも感じられない。
    「パンは食べなかったのですか」
    「食べる余裕なかったよ。オビさん、アンタのケツを追っかけ回したからな」
    「どんな時であれ、エネルギー補給はすべきですよ、オクタン」
    オビさんは俺がどう喋っても勝ち誇ったように言葉を被せてくる。今更どうも思わないが、揶揄われているのだとしたらどうにかして鼻を明かしたかった。とはいえ、思いつくことなんか家の中ででかい花火を上げることしか思いつかないが。
    「さあ、天気は晴れましたよ。あなた、別の惑星に行くのではないですか」
    「なんのことだ?俺は俺が居たいだけ居座るんだよ。少なくともこの家のゲージュツヒンとやらを一つ一つ燃やしてから出ていくぜ」
    「燃やしたらあなたの父上に報告しますからね」
    「したきゃすればいい。相手になんねーよ」
    ふむ、とオビさんは考える仕草をした。親父のことなんか一つも怖くない。あいつのことを星屑にできるなら人生賭けてもいい。そして俺は退屈を忘れるんだ。
    なんだかんだ話しながら、結局は寝室に舞い戻ってきた。はだけたケットがそのままで、間違いなく今朝までここに居たことを証明していた。導かれるようにベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。眠い眠い。薬が欲しい。眠い。オビさんなんかと話していないで、イマジナリーフレンドとショットグラスを空けたい気分だ。ふと、背中に跨ったであろうオビさんが、俺の背筋に指を這わせる。上から下、下から上、上から、尻まで。
    「おい」
    「そうですね今日は・・・ピザでも食べながら、しましょうか」
    ありえないほど下品な行動を、まさかオビさんが提案するとは。セックスのためのエネルギーをピザで補給しながら、一生懸命セックスするんだと思うと、馬鹿馬鹿しくて吹き出した。
    「いいなっ、それ!」
    「いいでしょう。やりましょうよ」
    「へへ。今日のオビさん、いいな」
    「おや、嬉しいこと言いますね」
    「いい。オビさん、俺さ、今日は薬いらないかもな。だって、オビさんがこんなに壊れちまったんだからさ。薬漬けの俺と一緒にもっと壊れたら、さすがに可哀想だ」
    「ご自愛なさい、オクタン。私も愛してあげますからね」
    「重てえなー、ははっ」
    にこにこと上機嫌なオビさんは、そのうち俺の尻に指をかけた。

    ストームが穏やかに過ぎていくうち、オビさんと溶け合って混ざってひとつになって、最後は家に火をつけて、ふたりで愛し合った証拠を全部燃やし尽くした。
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