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    ジロー

    @jirow_fukuyoka

    流浪の民

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    ジロー

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    シーンメモ
    自信がないオビ

    #シアオク
    sheaOk

    浸透香を炊く。むせるくらいの煙を部屋から廊下、ひいては玄関まで届くように、火を絶やさずに居間を燻す。壁に香りが染みて、買い物から帰るたびにくん、と鼻を通る。部屋の中でもマスクをしない限り、この香りは心を安らぎへ導くことだろう。鼻から通った香りで、きっと気分は色付くことだろう。
    「マスクを外せばですけどね」
    そう独りごちたあと、早速オクタビオを呼びつける。可能性は低くとも、マスクを外してくるように伝えた。バカ言うなと軽口を叩いたあと、あと3枚写真を撮ったらこちらへ向かうそうだ。あと3枚も待たなくてはならないが、電話を切った私は少し気分が高揚した。廊下に花なんかも散らしたら、オクタビオは呆れるだろう。しかしそれでも、彼がベッドまで歩む道を飾らずにはいられなかった。

    「また変なことしてるのか」
    「変ですか?」
    「変だろ。ドアを開けたら薔薇の道ができてるんだからな」
    オビさんは俺が歩く道を薔薇で飾っていた。生花を千切って、わざわざ廊下に散らしていた。ロマンス野郎とかつては陰口を叩いたもんだが、これは面と向かって言ってもお釣りが来る。ロマンス野郎のオビさんはにこにこ嬉しそうに俺を出迎えた。
    「マスク外してきてくださいって言いましたよね」
    「勘弁してくれよ」
    「素顔を見せてくださらないのですか」
    「マスクが落ち着くんだ」
    オビさんは少し食い下がったあと、諦めたのか手を差し出してきた。この手を取れば、どこかの部屋に案内されるんだろう。美味い飯なのか、浴槽の淵までギリギリに溜められた風呂なのか…まあきっと、シルクのベッドなのかもな。最近のオビさんの仕草を浴びてたら分かる。でもあいにく、今日はそういう気分ではない。写真撮ってる時の親父の顔が思い浮かんでむしゃくしゃしているからだ。そいつが邪魔して、全然、オビさんに集中できないからだ。手を取ろうとしない俺を訝しみ、そのうち、ただ近づいてきた。やや俯く俺の前に立ち、きっと俺を見下ろして、肩に手を置こうとするのだろう。そうしたらなんと反応しようか。少し考えてみた。しかしオビさんは一向に肩に手を置かず、多分ずっと見下ろしていた。何も言わずに、ずっとずっと見下ろしていた。沈黙が怖くなって、ゆっくり顔を上げようとした。でも、オビさんの手が頭に置かれて、ようやく言葉を聞いた。
    「下を向いたまま、来てください」
    なんとなく、手に力が込められているような気がした。怒ってるのかもな。そりゃそうだ、オビさんは『その気』でいたに決まってる。ときめくわけがない薔薇なんか散らして、気分は相当高まってたはずだ。それなのに、俺は悪いことをしてる。頭に残っていた手は俺の耳あたりに降りてきて、さりげなくマスクを外した。その手つきが滑らかで、少し背筋が粟立った。行きますよ、とオビさんは俺の返事を待たずに手を引いて家の中に招いた。胸が苦しくて息を吸うと、肺いっぱいに魔術じみた香りが入り込んだ。むせる。薬とは違って、脳にガツンと来るような、その奥には快楽があるような、不思議な香りだった。玄関だけのフレグランスではなくて、この家の中全部が魔術に包まれていた。頭の隅っこでは、逃げられなそうだと覚悟を決めていた。

    オクタビオは沈んでいるようだった。部屋に染み込ませた香りなんかよりもずっと深く落ち込んでいるように見えた。リビングまで手を引き、私が先にソファにかけた後、彼をその上に乗せた。頭を撫でると、ゆっくりこちらを見る。まるでイタズラを仕掛けて叱られた犬のようだった。その様子が愛しくて、彼をもっと引き寄せた。
    「何か嫌なことでも?」
    ミスターシルバに何をされたのか見当もつかないが、最近のオクタビオはどうも傷つきやすい。感情がむき出しで、敏感になっている。彼らしくもないと思っている。
    「そうだ、シルバ、あなたに感想を聞きたいのですが、手伝ってもらっても良いですか?」
    「…ああ、良いぜ」
    「では、私に捕まってください」
    オクタビオの額を撫でてから反応を確かめる。彼の義足を取り外してみても、特に嫌がることもなく、私の首に腕を回してきたので、彼の腰をなぞってから抱え上げた。
    「いちいちそんな仕草するなよ」
    「可愛いちょっかいですよ。分かってください」
    ふん、鼻を鳴らしてからと私の首に顔を埋めた。彼の鼻はよっぽどこの部屋の匂いで溢れているのだろう。脳の表面を揉まれるような、甘い魅惑の香り。肌が心なしか柔らかくなるような、しっとりとした、香り。私の家の香りが、彼の目を回して気分を高揚させていることだろう。そう思うと気分が良い。担ぎ上げたまま、寝室へ入った。オクタビオをベッドに座らせ、その向かいにある棚から何本かのフレグランスボトルを取り出した。手に取った瓶と不安そうに見上げるオクタビオを見比べて、今日の纏いを選ぶ。
    「これ、ですかね」
    深く光るパープルのボトルを見繕った。これが、今日の彼に効果覿面だろう。彼をゆっくり押し倒し、その上に跨ぐ。オクタビオの目は、キラキラと潤んでいた。泣きそうな顔でもあった。これからどうなるか、想像ができたのだろうか。

    「オ、オビ…!オビさん、やめてくれ」
    震える声で懇願したところで、俺の足は生えてこないしオビさんの力は弱まることはないし、明日は試合が控えているし、俺の尻に埋まったオビさんのペニスは小さくなることはない。スローピストンでじっくりと俺をいたぶる。こういう動画、なかったか?なんかこう、無料で、ストリーミング再生ができて、変な広告がたまに挟まって。やっすいアマチュアポルノみたいな気分だ。無限に炊かれるお香と、オビさんが選んだ香水が混ざって細い針になって、そのうち皮膚に染み込む。心なしかちくちく痛むし、洗っても取れなそうだ。オビさんが選んだ香水は、とても濃い香りがする。
    「オクタン」
    また、オビさんの大きな手で顔を覆われた。グッと口を塞がれると鼻でしか息ができないようになる。人間の仕組みは単純であり、それによって俺は汗が混じった重いムスクを自然と取り込むことになる。咽せるほど、オビさんの香りは濃い。クラクラとして、息を吸い込みたくても絶対にそこに香りがついていた。手で払いたくても、後ろ手に縛られてしまって、抵抗なんか一つもできないでいた。
    「んんっ、…むぐ、ぐ」
    「さあ、吸い込んで。あなたを切り分けた時に芳醇に香るくらいまで、この香りを染み込ませてください。そして刻むのです。私のかけらを、私との行為を」
    オビさんは突っ込んでいる場所が抜けないように俺の位置を片腕で直した。前立腺にあたって、仰け反るなどして、そのせいでまたたくさん息を吸い込むことになった。もう嫌だ、この匂いが俺をダメにする。オビさんはようやく口から手を離して、今度は俺の勃ちあがったペニスをにぎり、可哀想にと呟いた。
    「さあ、この香りで癖になってしまいますね、オクタン」
    「っはあ、はあ…!ーっ!!!くそっ!」
    「感想を聞かせてください」
    「触んなっ!」
    俺にはお構いなしに、先をジクジクと弄り始めた。喉が引っ付きそうなくらいゾッとして、びくびくと体が震えた。
    「あっ」
    「腫れてるのが可哀想ですね。苦しいですね。前と後ろで気持ちよくなりましょう。大丈夫ですよオクタン。私が最後までエスコートしてあげます」
    「いやだっ!お前なんか!畜生!!!」
    「暴れないで。私がついています。安心なさい」
    「うう゛っ…!くそっ、くそっ…!」
    身体中の筋肉が緊張して、背筋が強張った。下半身が全部熱くて、汗が一気に噴き出てる気分だ。オビさんの手はじっくり俺のペニスを擦り、尻でぎゅうっと締め上げられたオビさんのペニスは大人しく中で果てた。精液がどんどん出されているのがわかる。こういうとき、相手の排泄を手伝ってるようで、気分は最悪になる。あまり中出しは好きじゃない。
    「はあ、っくそ…!」
    吐精の波が終わる最後の一滴まで絞り上げてから、オビさんは手にまとわりついた液体をそのまま俺の腹に塗り込んできた。今なら俺の顔は汗と鼻水でぐちゃぐちゃだし、今更、顔に精液を塗られても気にしないのに、オビさんは気にする。こんなところも、変なやつだ。頭でぐるぐる考えて息を整えている俺の胸に口付けを落として、さりげなく後ろ手を解いた。オビさんはゆっくりと俺から引き抜いて、手早くガウンを羽織ってから、ウェットティッシュで手を拭いていた。そのあとはサイドテーブルに置いたフレグランスボトルを手にして、俺に目掛けて吹きかけた。俺は2度と嗅ぎたくなくて、咄嗟に顔を逸らした。
    「今日の香りです。いかがでした?」
    「最悪」
    「そうですか…」
    「家中の煙も最悪。火事の方がマシ」
    「火事ですか。そういう、虚しい匂いがお好みなんですね。分かりましたよ」
    「俺さ、今日はセックスしたくなかったんだ」
    「そうでしたか」
    「したくなかったけど、オビさんがしたそうだったから、俺は諦めた。諦めたけど、やっぱりムカついた。変な匂いのせいで、オビさんがこう、すっげえエロくてさあ。アンタが手で俺の口を塞いだとき、支配感あったろ。マジでムカついたけど、でも、目がギラギラしてたし、そういう演出好きなんだなって思ったよ。どこまでも変態くさいんだよな、アンタのプレイ」
    「よくもまあ次から次へと。あなたこそ、何に怯えちゃっていたのか、目がうるうるキラキラして可哀想でしたよ。そもそも手を引かれた時に断らないのが悪いですからね。私はこの先一生あなたに、あなたのいう変な匂いを擦り付けていきますよ。この艶やかな香りは、そうですねえ、私の名刺みたいなものです」
    「じゃあさ、俺の腕にタトゥーでも彫るか?長いポエムでも彫って、俺に近づく男や女、モンスターにまで威嚇してればいいさ。彫る時は配信もしてやる。俺は俺のアミーゴたちにちゃんと説明するから、安心しろ」
    汚い顔で笑いかけると、オビさんは下がり眉で力無く微笑むだけだった。

    火事の香りが良いらしい。資産を全て燃やした香りが、彼の胸に突き刺さるのだろうか。残念ながら燃やしても良い家を持ち合わせていないから、それは叶わないが、どうしたものかとぼんやり考えていた。
    「よう、オビ」
    「はい、ラムヤ。今日も麗しいですね」
    今日のデュオ戦のパートナーはラムヤだった。ドロップシップの出発を待っている間、彼女との歓談を楽しんでいた。目の端には、オクタビオが映る。誰と組むのだろうか、フィールドで会うのが楽しみだった。ふとラムヤは私の首元に顔を近づけてきて、すんすんと鼻を鳴らした。
    「オビの匂い、エロいな〜。まあ、あたしは靡かないけど」
    「それは残念です。ラムヤが靡いて下さらないなら、失敗ですね。誰でも私に跪くようにしたいのですが」
    「なーに言ってんのさ!あははっ」
    軽快に笑い飛ばす彼女は、ここぞとばかりの話題に各レジェンドの匂いについてさまざま話し始めた。あいつはさっぱり、あいつは果物、あいつは花、あいつはバニラ、あいつは…。どんどん出てくる評価をなんとなく手元のタブレットにメモしていた。黙々と書いていると、独特の足音が近付いてくるのがわかった。顔を上げないように意識して、彼を見つけたラムヤの口が噤むまで耳を傾けていた。
    「よっオクタン!今日は楽しもうな〜」
    「よおラムヤ!俺様は、オビの精液のニオイってメモしとけってエロい相棒さんに言っとけよ」
    ドキリと胸が弾けた。ペンを走らせる手が止まる。今なにを、言われたのだろう。恐る恐る顔を挙げると、マスクとゴーグルで表情はわからないものの、きっとニヤついて、笑っているのだ。この男は、心底腹立たしい。
    「あなたねえ」
    「ラムヤ、こいつに近づくと色んなもの吸われるし出されるからなっ!気を付けろよっ!ハハッ」
    「センシティブな話なら、アタシはごめんだよ」
    「ラムヤ、違うんですよ。この男は私の動揺を狙って、こうしてわざわざ話し掛けてくれたのです。ご苦労様ですね、オクタン」
    「そうなのか?お前狡いんだよ〜。でも、うちのオビはそういうの効かないから帰んな帰んな」
    「へっ!俺様は忠告したからなっ!」
    2人分指差して、オクタビオはさっさと立ち去った。立ち去るのを追いかけたかったが、ここは戦場まであとわずかのところであり、雑念を振り払った。ドロップシップへ搭乗できるアナウンスが鳴り、ラムヤに振り向いて手を差し伸べた。恥ずかしいって〜、と言いながらも、きちんと手を添えてくれた。彼女は良い人である。私達が席についてからは瞬く間にドロップシップ内はレジェンドで溢れてしまった。撃ち合いをする相手を見ても気分が上がらないので、タブレットを取り出して先ほどの匂いのメモの横に落書きをした。次の衣装のイメージラフを描いていき、ラムヤはその絵に夢中で、どんどんタブレットに寄る。次は何を描こうかとふと周りを見ると、緑色のゴーグルと目線がかち合った(ように感じた)。オクタンは煽るように首を傾げ、いつものポーズを見せつけるなり、もうこちらを見ることはなかった。昨晩のことが余程響いているのか、そっけない態度も子供じみていていじらしい。首を振って視線を落とすと、その様子を見ていたようなラムヤに肩を叩かれた。
    「なあ、オクタンとの夜は楽しかったか?」
    「ええ、私はとても楽しかったですよ。彼も…私に夢中になっちゃって。それで今日はあんな感じで、少し怒ってるんです。私嫌われちゃいましたね」
    「ふうん。オビのこの匂い嗅ぎながらだと、めっちゃくちゃテンションあがって、むしろオクタン好みだと思うけどなあ。アタシだって、オビに少しでも興味あったら幸せで溶けそうって思いそうだもん」
    「ふふ、この…あなたたちに散々言われたエロい匂いには、秘密がありましてね。実は」
    そうして、秘密をこそこそと耳打ちをした。そのあとはラムヤに呆れられて、そして最後には励まされて、無性に恥ずかしくなったことだけ覚えている。オクタビオを手にするには匂いに頼らざるを得ないことを、洗いざらい吐いたのだった。

    試合中ずっと、オビさんの香りがずっと体にまとわりついていた。不快にすら思った。でも、あの時撫でてくれた手つきを思い出して、腕をさすった。肌がピリつく。足音がするたび、銃を構えてみるが、良かったらオビさんであれ、なんて思うこともあった。打ち負かしてやりたい。明らかに俺の生活に支障が出ている。今度会ったら文句を言わないと釣り合わないな。



    今度、オクタビオを家に呼び、身体を重ねようと決めた。日々募る気持ちに決着をつけたかったからだ。その途端に気持ちが張り詰め、彼が私の家を尋ねてきたら絶対に逃したくないと思った。決心をしてから何の気なしにガジェットを開き、オクタンの配信アーカイブを見つつ、画面の隅に映る広告の占いをタップしてみた。その夜に、どんな運命が待っているか、はやる気持ちを抑えられなかった。私は焦っているのか?なぜ、なにを焦っている。彼はもう直ぐ手に入る。手に入れてみせるだろう。手篭めにして、私だけの男にする。
    「…高揚、魅惑、彼をその気にさせる香り」
    占いのページは怪しい広告がたくさん付いていた。しかしその中の一つに、怪しいお香があり、そのサムネイルの文句たるや、私の焦る気持ちをくすぐるものばかりだった。馬鹿馬鹿しいと思う一方で、指はしっかりと広告をタップしていた。画面をスライドし、お香のラインナップを眺めた。形状はコーンタイプ。色は劇的な赤色から落ち着いた灰色まで、7種類ほどあった。その中でも紫色の、効果としては相手の気分をくすぐるらしいお香を選んだ。値段は相場からは幾分か高い。内容量も少なめだ。注意事項をまじまじと見ると、煙がものすごく出るという。壁の材質によっては染み付いて取れなくなるそうだ。その点については全く構わなかった。構わない、そう思う頃には支払いを済ませていた。自分の判断の速さに驚くばかりで、こんなものに切迫されるほど焦っていることが情けなかった。美しさもかけらもない。そんな自分がおかしくて、笑ってしまった。
    「さて…ここまできたら、薔薇でも用意しましょうか」
    やるなら徹底的にすべきであろう。直ぐに花屋の場所を調べて、あるだけの薔薇を注文をした。オクタビオはどんな顔をするだろうか。想像するだけで気持ちが昂った。オクタンの配信の音声を流しっぱなしにして、バスルームに向かった。
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