戦闘後のロマンティクス1 ファウンデーションとの戦闘後、歓喜に沸くブリッジをノイマンはそっと抜け出した。あのままブリッジにいたら熱に呑まれてしまうような気がしていた。装甲を展開し回避もせず敵陣を最大戦速で突っ切るのも、衝角をもって敵艦に突撃するのも、初めてのことである。通常ならば死にに行くような操縦をした事でひどく興奮している自覚があった。パイロットスーツを着ているのも非日常な興奮に拍車をかけている。早く一人になって頭を冷やさなくては。その一心でロッカールームに駆け込み手早く着替え、部屋を出ようとして、その前に扉が開く。
「ノイマン大尉、こちらにいましたか」
アルバート・ハインライン技術大尉、プラントでは名の知れた開発者で先ほど使用した数々の武装も彼が開発したものだ。そしてミレニアムのクルーでもある。とはいってもノイマンとは出航前に設備や仕様の確認のために少し会話した程度での関係ある。用事があるような口ぶりだが、ノイマンには心当たりはなかった。
「ハインライン大尉、何かご用でしょうか?」
今は一人になりたい、そんな気持ちから思った以上に棘のある返事になってしまった。ハインラインは微妙な機微など察することもなくノイマンに詰め寄ってきた。
「先の戦闘においてのあなたの操舵技術には目を見張るものがありました。あなたが操舵する事を想定して多少設定の変更をしましたが、ミレニアムは元々ザフトの供与艦でコーディネーターが操舵する事を前提にしています。それを初めてにも関わらずあれ程までに繊細な操舵ができるとは思ってもいませんでした」
「はあ、それはどうも」
淀みなく怒涛の勢いで流れ出る賛美の言葉も、熱でぼんやりしている頭ではなんだか褒められているらしい、ということしか理解できない。そんなことよりも早く一人になりたかった。止まる気配のない弁舌を止めるために口を開こうとする。だが、それは突然に顔に伸ばされた
手に遮られ叶わなかった。
「っ!」
「見たところ変わった様子はなさそうですね。薬物や手術で感覚強化しているわけではな、いっ!!」
無遠慮に顔に触れる手、至近距離で観察するように覗き込む瞳、放たれた言葉。どれもが失礼な事この上なく、一瞬で沸点に達したノイマンは反射的に相手の腹に一発、拳を叩き込んだ。
「いきなりどういうつもりだ!」
背中を丸め腹を押さえるハインラインを思いっきり怒鳴りつける。怒鳴られた当人はさして気にした様子もなく、こともなげに質問に答えた。
「操舵の正確性、反射神経、視野の広さ、いずれもこちらの想定以上でナチュラルの平均値からの乖離が激しい。ですから可能性の一つして、人為的な身体機能の強化の可能性を疑ったまでです」
「それなら疑問は解決しましたね。では私はこれで失礼します」
「待ってください!」
返答も失礼極まりないものだった。ただでさえ激しい戦闘の直後で気が昂っているのだ。これ以上相手にしていると次は腹でなく顔を殴ってしまいそうだ。さすがに顔を殴ったとあれば隠しきれないし、いくら相手に非があるとしても暴力沙汰で艦内に迷惑をかけることは本意ではない。そう思って自室に戻ろうとするノイマンの腕をハインラインが捕える。
「なんですか!疑問は解決したんでしょう!?」
「あれだけでは何の解決にもならないです。貴方の技術の限界もですが、操舵中の思考、意識、視線の向き、あらゆるデータを取らせていただきたい」
「なんだそれは!そんなの今じゃなくてもいいだろう!」
「いえ、ミレニアムはこの後どこに向かうかも定かではありません。場合によっては貴方方をオーブに送り届けてすぐに解散ということにもなりかねない。なので無駄を省くためにも約束だけでもすぐに取り付ける必要があります」
「俺には関係ない!」
腕を振り払う、掴む、振り払うそんな攻防を繰り返す。「いい加減に......」
やはり顔を殴ってやらないとと、振り上げた腕は下ろされる前にハインラインに捕まった。そしてそのまま引き寄せられ一気に距離が近づく。背中に腕を回されまるで抱擁されているかのような体勢だ。とはいっても先ほどまでの攻防を考えたらノイマンにとってこんなものは拘束でしかなかった。
「なっ...」
「貴方が暴れるのをやめたら解放します」
自分の強引さを棚に上げて、ハインラインが白々しく言い放つ。無重力下で地に足がついていない状態ではろくに力も入らない。引き離そうとしても利き腕を掴まれ、密着していては難しかった。
「あんた何様だよ」
「私はただ話をしたいだけです」
「話がしたいだけって態度じゃないだろ。こっちは疲れてるんだ。早く休ませろよ」
「私に協力してくれると、約束してくれるなら話はすぐに終わります」
「だからそれが、っ!」
偶然か故意かは定かではないが、ハインラインの腿がノイマンの脚の間に押し付けられる。予期せぬ刺激に思わず漏れ出そうな悲鳴を咄嗟に飲み込むが、既に遅く異変は確実に伝わっていた。
「……なるほど」
「何がだ!」
既に緩く反応していた事に気付かれた羞恥からノイマンの顔が赤く染まる。そんなノイマンの反応を面白がるようにハインラインの口角はうっすらと上がっていた。
「極度の興奮によってアドレナリンの分泌が増え、その結果本人の意思に関わらず男性器が反応するのは珍しいことではありません。ましてやあれだけの激しい戦闘の後ではいたしかたないかと」
「……そう思っているならさっさと離してくれませんかね」
あくまでも生理現象、ノイマン自身もそう思ってはいるが他人に知られたいような事ではない。ハインラインとて同じ男同士、この気まずさは理解していた。拘束を解くべきだと頭では分かっているが、じっと睨みつけてくる目がそれを許さなかった。何も言わない何も動かないハインラインにノイマンが訝しげな様子を見せる。
「なんですか」
「そちらは自分で処理をするのですか?」
「なっ…!」
思いもよらぬ質問にからかっているのかとも思ったがハインラインの目は真剣そのものだ。
「私の部屋に来ませんか?」
「は?」
「私は貴方に興奮させられています」
今度こそノイマンは言葉を失った。発言の意図が読めず、だけど妙に熱のこもった目に背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。どうにか距離を取ろうとするものの腰に回された手に阻まれそれも叶わない。もがいているうちに元々なかった距離を更に埋めるように引き寄せられた。
「あんたっ」
腰に押し付けられた硬い感触に悲鳴のような声が出だ
「言ったでしょう。あなたに興奮させられている、と」
「なにかんがえて」
「自分の設計した艦の機能をあそこまで最大限活用されて喜ばない技術者はいません。特に轟天はかなりのスピードをもって衝角部分を正確に対象にぶつける必要があります。それをあれ程までに正確にやってみせたのだから当然興奮もします」
ハインラインは捕まえていたノイマン腕を解放し、かわりに捕まえるように頬を撫でる。至近距離で視線がぶつかった。
「私の部屋に行きましょうか」
腰に回された手をそのままにハインラインがふわりと動く。先ほどのよう拘束されているわけではないのだから、手を払い除けようと思えばいつでも払い除けられる。なのにそうする気にはなれなかった。ノイマンは熱に浮かされたままハインラインについていった。