アンプのつまみを捻み、じー、と音が鳴り出すのを聞きながら、ふと甲斐田はとあることを思い出した。取るに足らない、クリスマスの予定のことである。
ここ数年で急激に人気が出始めた、バンドグループ「ROF-MAO」。甲斐田が所属しているそのグループは、クリスマス前から年末年始までぎっちりとライブやイベントの予定がひしめき合っていた。いや、それは分かっている、構わないのだ。毎年悲しいほどにお一人様の甲斐田は、どうせクリスマスが空いたとて幼馴染みの長尾と弦月辺りしか過ごす相手がいない。だから別に空いてなかろうが構わないが、クリスマスっぽいことはしたいのだ。じゃあクリスマスっぽいことって何、と言われれば、まあ、ケーキを食べる程度の乏しい発想力しかないのがまた切なくなるのだが。
クリスマスにファンやバンドのメンバーと過ごせるのは嬉しいことだけどなあ、と間延びするように考えていると、練習スタジオの扉を誰かが開けた音がした。──ミルクティーカラーのその髪は、我がバンドリーダーでありメインボーカルの加賀美だった。
「お、社長。お疲れ様でーす」
「お疲れ様です、甲斐田さん。入り、早いですね」
「昨日マネージャーに頼まれたサプライズの曲、ちょっとさらっとこうかなと思って」
「ああ、クリスマスの……」
「そうそう。お披露目じゃないですか、もちさんのボーカルの。ファンの子びっくりするだろうし、絶対成功させたくて」
今まで、このバンドでは基本的に加賀美がメインボーカル、時々彼がサイドギターを、甲斐田はサイドボーカルとリードギターを。不破が甲斐田と同じくサイドボーカルとベースを。そして剣持がドラムを中心としたパーカスを担当していた。加賀美と甲斐田と不破は言わずもがな歌うことが多く、甲斐田はベースも弾けることから、そこの三人が何度かメインボーカルや楽器を変えたりすることはよくあった。が、剣持は結成当初より一貫してドラム以外はやらず、歌うこともしてはこなかったのである。それが、今年のクリスマスライブでは初めてお披露目となることが決まったのだった。
実のところ、剣持の歌に関してはバンドメンバー全員何度も聞いたことはあったのだが、本人が遠慮してか今までずっと表に出せずにいたのである。
「クリスマスライブ、楽しみですね」
「ね! あ、でも社長今回こそテンション上がりすぎてペットボトル投げるのやめてくださいよ。あれ、人の頭に当たるとまずいんですから」
「……その節は猛省してます」
「ま、僕もピック投げすぎて弾けるものなくなった時死ぬほど焦ったんで、気持ちは分かるんですけどね……」
ファンサービスが旺盛なのも、玉に瑕である。
「……そういえば、社長」
「はい、なんでしょう?」
「あー……あのー……我々、クリスマスの予定などは……」
「……ライブでは?」
「ああいやそうなんですけど! そうなんですけどね!!」
最高に歯切れの悪い甲斐田の質問に、何も気付いていない様子の加賀美が首を傾げた。当たり前である、先程まで絶賛クリスマスライブの話をしていたのだから、そういう返答が返ってくるに違いないのだ。変に突っ込むのも、クリスマスパーティがしたいとも言い切れない甲斐田は結局何も言えず、肩を落として会話を有耶無耶にするだけだった。
今年も大人しく帰ってコンビニケーキでも食べるか、と盛大な溜息と共にギターを持ち直した甲斐田の背中を見ていた加賀美は、ふと手元に握っていたスマホへと目を向ける。少しばかりの凝視の後、すいすいとその画面を指で撫ぜて、またスマホから目を外す。その瞬間、ぴろりんと小気味良い音と共に甲斐田のスマホが鳴き出した。──連絡ツールの通知を瞬かせながら。
ギターから視線をゆるやかにずらし、スマホの上に移動させた甲斐田がほんの少しばかりの声を出したのはそれから数秒も経たないうちだった。
『クリスマスライブ終わり、私の家でささやかなパーティでもしませんか? 打ち上げみたいな感じで構わないのですが』
加賀美の文字と共に浮かび上がったその一言に、甲斐田が自分のスマホと加賀美の顔を何度も見返す。その挙動に気付いたのか、加賀美は手に持っていたスマホを少しだけ自分に傾けて、楽しそうに微笑んだ。
「どうせですし、パーティの時はお酒でも開けましょうか。何かの時に飲もうと思ってとってあった、美味しいものがあるんですよ」
「社長~~~~~~~!!」
どうやら、今年の甲斐田のクリスマスは一人きりにはならないらしい。プレゼント交換もしましょう! などと声を上げた甲斐田に加賀美は楽しそうに笑ったが、それが実行されるのかどうかは、果たして。