その日は先日まで降り続けていた雨などものともしないような青空が、朝から広がっていた。
「やっぱり社長と甲斐田くん、晴れ男なんじゃないですか?」
「まあ僕はなんてったって甲斐田『晴』ですからね!」
「私はあまり自覚ないですが……ただ、もしそうであるなら今日が晴れて良かったですね。大事な日ですから、今日は」
「そうですね。……ところで、ふわっちいつ起きるんですかこれ」
「……さあ……」
青塗りのオープンカーに乗り込む、とある顔の知れた四人組。運転席の甲斐田晴に、助手席の加賀美ハヤト。後部座席には剣持刀也と、その隣で未だ朝の集合時からほぼずっと寝ている不破湊。午前九時半のぱらぱらと車通りが少ない休日の中、四人を乗せた車は都内の国道を悠々と走っていた。
日本、または世界でもその名を知らぬものなど既にいないとさえ言われている国民的アイドルグループ、ROFーMAO。ライブチケットは即完、海外ツアーも何度か敢行し大成功を収めている彼等は今日、とある新曲MV撮影のために朝早くからこうして車を走らせているところだった。彼等が乗り込んでいる車の後ろからは既にカメラを回している撮影班がいるが、今回はそもそも撮影以上に大事な目的が四人にはあった。
先述通り、今日は休日。世間様はおやすみである。芸能界に身を置いている彼等に世間の休日も何もないが、とにかく世間は休みなのである。休みということは、祝いごとは今日に限るのだ。つまり何が言いたいかというと。
「おーい、ふわっち。着いたよ」
「んがっ……ぁえ、もちさんなんでいんのお、」
「何寝ぼけてんのアニキ。早く行かないと見つかるって」
「引き摺って行きましょうか、不破さん」
「待って社長、堪忍して」
きゅ、と停まった、とある白塗りの建物の前。人一人いない裏通りに降り立った四人は、スタッフに鍵と車を預けてからダークグレーのジャケットを正し、建物の中へと入っていく。それぞれネクタイを直したり手渡されたイヤモニを嵌めながら、足早に廊下を抜けると、ごおんごおんと厳かな十時を告げる鐘の音が鳴った。
決行は十時十分、すべてのキャストが席に着いた時。最初のサプライズは、息を潜めて。
「……皆さん、用意は」
「いつでも」
「びっくりさせてやりましょう」
「楽しみやなぁ」
カトラリーが小さくぶつかる音に、ざわざわとした歓談の声。彼等の手にはそれぞれのカラーのマイクが既に握られている。きっと薄いパーテーションの向こうでは、幸せの絶頂にいるであろう一組のカップルが、何も知らず司会に連れられて立っているに違いない。
パーテーションの内側、彼等が立っている方にいた会場スタッフが目配せをした。それに頷き合う四人。流れ出す曲は、既に先行配信されている件の新曲、の、インスト音源だ。歌い出しは四人全員で。あまりにもありふれたラブソングに付随させる今回のMVは、特別な日をもっと特別で忘れられない一日にするための、ちょっとした味付け要素として。
ぱっと取り払われたパーテーション。咄嗟に四人と目が合ったカップルは、その表情を驚きから悲鳴を伴う喜びへと変える。それもそうだろう、──だって。
「ご結婚おめでとうございます!」
「幸せになれよー!」
「羨ましいなちくしょう! おめでとうございます!」
「いっぱい笑ってけー!」
まさか自分の結婚式に、あの有名アイドルグループ「ROFーMAO」がやってくるなんて、夢にも思わないだろうから。
◇
意外にも、今回のMVを撮ろうと発案したのは剣持だった。最初はいつも通り、普通のラブソング楽曲として撮影を行おうという話だったのが、会議の場で唐突に剣持が「つまらない」と言い出したのがきっかけだったという。
既に国民的アイドルグループとして大成していた彼等。とはいえそれは彼等四人だけの力ではなく、ひとえにファンがいるお陰だという認識は勿論彼等にもあった。そろそろ何か恩返しとかしたいですよね、なんて口々に四人が話していた矢先の新曲MV撮影に、剣持はふと何かを思いついたようだった。
「サプライズしましょう」
「サプライズぅ?」
剣持の一言を聞き返した不破へ、剣持は頷くことで返す。
「最近、甲斐田くんのラジオで何度かあったじゃないですか。「ROFーMAOがきっかけで知り合った人と結婚することになりました」みたいな話」
「あー……そうですね、お便り沢山届いてたなぁ」
「確か社長のとこにも来てたって言ってましたよね、ファンレター」
「ええ。今度挙式予定ですという話がいくつかありましたね」
「それ。乗り込んだら面白いと思いませんか」
「……もちさんが言い出すのが一番おもろいわ」
国民的アイドルとなれば、彼等をきっかけとして知り合ったファン同士が結婚することになった、なんていう話は山ほど彼等の元へと届く。特に甲斐田は個人でラジオ番組を持っていることもあってか、ラジオ宛てに届くお便りの中に高確率でそのような話が混じることがあったのだ。勿論彼等にとってそういう報告はひどく嬉しいものではあるのだが。
これを逆手に取りましょう、と剣持はどこか悪戯を目論むような笑みで言い出すのだった。
「一日限定で都内の式場回って、僕等のファンに新曲のサプライズライブをするんですよ。驚く人の顔、見たくないですか」
「……もちさんどっちかっていうと、ファンサとかっていうよりサプライズで人が驚くのが見たいって方じゃないですかそれ」
「そうですけど」
「もちさんらしいやん」
「スタッフが無理難題押し付けられているという認識はあれど、私は大変面白いと思うのですが……」
「社長まで乗り気やった」
「不破くんはあんまりやりたくない?」
「え? おもろそうやん、やりたいけど」
「アニキまで乗り気だった……」
口々に良いですねと囁き合う四人の熱量に気圧されて、スタッフは若干これから訪れるであろう自分たちの忙殺具合を思い起こしつつも、折角乗り気になった彼等──特に最年少であまりこういった形の口出しをすることのない剣持のアイデアをどうにかして具現化したいと意気込んでいた。つまる話、割と全員乗り気だったのである。
勿論これに伴って様々な無茶を主に式場スタッフ側が半泣きになりながら通したり、スタッフたちも事前に休日の、更に限定一日の中で比較的ファンたちが結婚式を行う日をヒアリングしたり、そこに合わせるように四人の予定を調整したりなどという、無理と手腕と奇跡が重なり合った結果実現したMV撮影兼ファンへのサプライズ。彼等四人の気合が入らないわけがない。特別で最高の一日を、更に良い思い出にするための手伝いを、と口にした今朝の加賀美の発言に、他三人は大きく頷いたのだ。まあ、不破は半分寝こけてはいたが。
そうして敢行されたサプライズライブの一発目は、見事に大盛況だった。あくまで式場の小さなステージでしかなかったが、それでも四人のアイドルが立てばそこはさながらドームに早変わりする。一曲を歌い終わった彼等は改めて新郎新婦へと祝辞を述べてから会場を後にした。引き留められるわけにはいかない、次の時間がまた待っているからだ。
急ぎ足で外したイヤモニとマイクをスタッフに手渡して、次々に車へと乗り込む。走り出した車に吹き抜ける風は、一曲限りのライブの熱を少し下げるように雪崩れ込んできた。それでも、四人の表情には安堵と笑顔が溢れていた。
「……っはー! 楽しい!」
「カーテンが下りた瞬間の顔、最っ高だったなあ……!」
「あれだけ間近に喜ばれると、やっぱりダイレクトに嬉しいですね」
「やっぱファンの顔見られるのええよなあ!」
矢継ぎ早に零れていく会話に、けらけらと響く笑い声。オープンカーは昼を回り始めた都内の道を滑るように走りながら、幸福の届け物をするために次の式場へと向かっていく。さながらそれは、四羽の白い鳩のように。
──後に、ファンサの鬼とされるROFーMAOの伝説と称されるようになる件の新曲MVは、動画サイトにて投稿一週間で二千万回再生を叩き出す代表曲のひとつとなることを、この時の彼等はまだ知る由もない。