ポカ話俺は今年、大学を卒業してとある一流企業に就職した。
世界中に拠点を構える若年層向けメーカーであり国民の憧れの的、ブライクイン社。
今日はその本社の新入社員研修会なのだ。だだっ広いホールに集められた俺達新入社員。
司会者が立つのであろう舞台上はまだ照明も付いておらず、誰もいない。
あー緊張してきた……もう帰りたい。やべ、鮮血吐瀉しそう。
かくいう俺は昔から身体が弱く、こういう緊張感に包まれた状況に置かれるとすぐ血やら何やらを吐き出してしまう体質なのだ。
無事に終わるといいなぁ、この研修会。
「あーあーテステス。研修生の皆さーん。私の顔はよく見えますか?」
声が聞こえたかと思ったら壇上の照明が付いた。
眩しい光に照らされるは二つの人影。
一人は、サングラスをかけて着流しにコートを羽織っている男。
ヘアゴムで束ねられた前髪は、頭頂にてちょんまげ状態だった。
全体的に妙なコーディネートが目立つ男である。
その隣にちょこんと立つのは、艶やかな黒髪をした黒い服の子供だ。
こちらの方は中性的というか、性別が微妙に分からない。
「初めましてー。私この度の研修会で司会を務めさせて頂きます、ブランクイン社総合企画部部長、ミフネと申します。以後よろしく」
え、それって結構偉い人じゃん。
緊張に包まれるホール内。俺は少し胃が締まった。
だがミフネさんの隣の子は、そんな俺達に苦笑いを浮かべ、宥めた。
「そんなに緊張しないでいいぜぇ?今回の新人研修会は、歓迎会を兼ねてのお遊戯大会だから。なぁ?」
「えぇ。皆さんには我が社で開発したゲームで遊んで頂きます」
「え……」
黒い子の言葉に周囲がざわつく。
お遊戯だって?ここはどこよりも厳しいって聞いていたのに、何だか拍子抜けだ。
こっちはどんなシゴキにも耐える覚悟で来ているのに。
舐められているのだろうか?
すると同じことを思ったのか、周囲から声が上がった。
「ふざけるな!お遊戯会だって?馬鹿にしてるのか!」
「ゆとり世代だと思って舐めてんじゃねーぞ!」
誰もがあこがれる超一流企業に何とか就職しようと、必死に勉強漬けの毎日を送ってきた。
遊びになんて目も向けなかったという者も少なくはないだろう。
よって今更ゲームなんてしたくもないというお堅い奴も多く、こんな状況は馬鹿にされているとしか受け取れないのだ。
「だいたい何でお偉いさんがこんな所で油売ってんですか!仕事しろよ!」
「そうよ!ていうかアンタほんとにそんな上の人?実は偽物なんじゃないの?」
「言われてみればそうだ。大会社の幹部が、こんな所でニコニコ愉快に司会なんかしてるはずがない」
「きっと試されてるんだ!本物を出せ!!このいかれコーディネート野郎!」
赤信号みんなで渡れば怖くないの精神を掲げ、温厚そうな司会者二人に猛攻する新入社員たち。
おいおい、いくら何でもちょっと言い過ぎなんじゃ……と思った刹那。
何かが頭上を勢いよく通過していき、ドスッとぶち当たる音がした。
振り返ってみると、壁に日本刀が突き刺さっている。
「黙れクズども」
急にミフネさんの態度が豹変した。
さっきまでの態度はどこへやら、新入社員一同をクズ呼ばわりした。
「わしだって好きでこんなことしてる訳ではないわ。本当なら他のモンがやるはずじゃったのにマイコプラズマにかかったとかで急遽わしが引き受ける事になったんじゃ……こっちだって忙しいっちゅーのに使えんやつめ……五体不満足にしてくれるわ」
普通に怖い事をぼやいている。
さっきまではライトが眩しすぎてよく見えなかったが、彼は目つきが犯罪者のごとく凶悪だった。
眉間にしわを思いっきり寄せて仁王立ちする姿は、まさにやくざの幹部。
視線がかち合えば、即座に海に沈められそうだった。
「だいたい少し下手に出た程度で簡単に上司を舐め腐るでない、新入社員ごときが」
「いやアンタが自分で緊張しなくていいって言ったんじゃないですか」
「んなもん嘘に決まっとるじゃろが。まだまだ考えが青いのう。罰としてゴチャゴチャ言った奴言わなかった奴も全員クビじゃ」
「えええええ何で⁉ 連帯責任⁉ 厳しすぎでしょ!」
「それが社会ってもんじゃよ。どこでも共通の掟じゃ」
アンタ限定だよコーディネートやくざ、と誰もが思った。
が、口に出すと死より酷い目に遭いそうなので、皆黙っていた。
「分かったらとっとと出てってくれるかの。目障りじゃ」
しっしっと手を振るミフネさん。
そんな……入社早々クビだなんて……しかも連帯責任なんて軍隊みたいな理由で。
せっかく入れたのに……やべえ、泣きそう。むしろ吐血しそう。
「……大丈夫だよぉ。果てしなく質悪ィただの冗談だから」
「えっ」
あと五秒で俺の口から赤いペンキが噴き出そうになった時、黒い子が救いの手を差し伸べてくれた。
「せっかく入社した社員をこの短期間で一斉解雇する訳ねぇだろぉ」
そうなの? そうなの⁉ と、突き刺さらんばかりの視線で訴えかける俺達新入社員一同。
するとミフネさんは渋々といった感じに頷いた。
「……さすがに新人が一人もいないのは仕事に支障が出る。しゃーないから、今から始まるゲームをクリアした奴だけ社員として迎えちゃるよ」
「ま、マジですか…よかった…」
「え? じゃあ今までの何だったんですか?」
「ドッキリじゃよ」
(マジでタチの悪い上司かもしれねえこいつ)
恐らくその場に居合わせた全ての人間がそう思ったはずだ。
ていうか、結局ゲームになるのか……。
でもまあ元々ここ、玩具全般のメーカーだしな。
理不尽なパワハラのせいでクビになるのが回避できた事だけは、喜ぶべきだろう。
「さっさと終わらせるぞよ……霞み目が限界に近い」
長い前髪をかき上げ、ため息混りに呟くミフネさん。
足元もふらついていて、相当具合が悪いようだ。
「本当なら今すぐ帰って寝たい所じゃあ……何日も寝てなくて目がショボつくのが鬱陶しい」
「いっそ眼球破裂してスッキリ盲目になればいいのになぁ」
「やかましいわ小童。ナマ言ってるとシバきたおすぞ」
「やってみろよぉ。裁判沙汰にして地位、生命ともに総合的に潰してやんぜぇ」
ミフネさんに物怖じせず、悪口雑言を吐く黒い子。
小さいわりに意外としたたかだ。
ていうか、さっきから気になってたけどこの子誰?
「あの、ミフネさん……その子は?」
「俺様かぁ?社長」
「え?」
「社長。よろしくなぁ」
しれっとトップが目の前にいたんですけど。
ていうかちょっと待ってくれ。こんな子供が社長やっていいのか?
飛び級?天才?
「さて、ほいじゃあこれからゲームの説明を始めるぞい。今日お前達が体験するのは、最新式体感型RPG。一時的に催眠状態になって実際にゲームの世界に入り、クリア目指して冒険するんじゃ。タイトルは“DVD”」
「DVD?映画ですか」
「略称じゃ。本当の名前は……あれ、何だっけ。確か、ときめき何とかドキュメンタリー”的な感じだったと思うがの」
「超うろ覚えじゃないですか」
自分が開発したのに忘れるもんなのか。
だが今のでちょっと吐血感がやわらいだ。
“ときめき”という類の名前が付くなら、ゲームジャンルは恋愛ものに違いない。
恋愛ものだったら、ゲーム初心者な俺でも何とかなるかもしれない。
イケる! これはイケるぞ!
周りに分からない程度に小さくガッツポーズした。
「ぎゃッ」
とその時、誰かの短い叫び声が聞こえた。振り向くと、新入社員の何人かが床に倒れ伏しているではないか。
そして傍らには、いつの間に移動したのか、ミフネさんが金鎚を持って立っていた。
金鎚からは、今し方付着したばかりであろう血液が滴っている。
「ちょ、何やってんですかミフネさん!」
「ゲームを始める準備じゃよ」
「はぁ?」
意味が分からない俺達。その疑問に答えるように、社長が言った。
「言っただろぉ? ゲームの世界に入るには、催眠状態になる必要があるんだよ。本当なら特殊な機械を使って安全に催眠状態に誘導してやりたい所だが、残念ながら諸事情により全員分のマシンは用意できなかった」
あくまで楽しげに笑みつつ事情を語る社長。
その笑顔は、彼の吐く台詞の物騒さとはまるでマッチしていなかった。
「で、検討の結果、しょうがねぇからトンカチでぶん殴って気絶させるという事で話はついたって訳だよ」
「ソレ催眠っていうか瀕死状態! 下手したら永久に目覚められないじゃないですか! どういう神経してんですかアンタ!」
「俺様に言うなし。決めたのはあいつだぜぇ」
金鎚片手に、新入社員達を次々に殴り倒して回っているミフネさんを、社長が指差す。
顔半分を覆う前髪から覗いたその口元は、ニヤリと愉しげに笑っていた。
完全にストレス解消の愉悦を見出してやがる。
「うわぁあ待ってくれ! 俺には田舎に残してきた許嫁が……」
「知らんがな」
逃げ出そうとする者も命乞いする者も、関係無くぶちのめしていくミフネさん。
舞台上からぼーっとその様子を眺めていた社長が、ふと何か思い出したように、ポンと手を叩いた。
「ああー、思い出した。DVDの正式名称……ドメスティックバイオレンスドキュメンタリーだったわ」
「ドメスティックバイオレンス⁉ 前半さっきのとかすってもいないじゃないですか!」
あたふたしている間にも、周りの研修社員達は次々に倒れていく。
そしてとうとう、ミフネさんの狙いが俺に向けられた。
「ひッ……ちょちょちょ、ちょっと待っ……」
「死にさらせ」
必死の懇願も空しく、俺の脳天めがけて金鎚が勢い良く振り下されたのだった。