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    陽ルタ

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    陽ルタ

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    弥琴が鍵を渡そうとする話

    それが時を刻むのは、共に同じ時間を過ごしたいから。
    なら、それが家への扉を開くのは──。



    「はぁ……」

    小さく溜息を吐き、手元に視線を向ける。
    けれど決して憂鬱な気持ちという訳ではなく、むしろ弥琴はどこか嬉しそうな表情さえも浮かべていた。

    遡ること数日前。
    店が魔王とやらに壊されかけたり、シェイムから溢れ出る異物を引き受けたり。それらは確かに大変なことではあったが、それでもその後に彼から詫びとして贈られた「腕時計」という物は、弥琴にとってそれらを帳消しにしても構わないと思える程の喜ばしい物だったどころか、何にも変え難いと思う程の宝物となった。

    そのくらい、嬉しかったのだ。
    弥琴の為を考えながら一心に作り贈ってくれた事が。
    そして、共に時を過ごしたいと言ってくれているような気がした事が。

    だから、弥琴も応えたかった。
    彼がいることはもう日常であり、弥琴の一部なのだから。

    「そういえば……鍵はまだ渡していなかったね」

    どうせ使わないのだから要らないだろうと、店であり家であるこの場所の鍵は渡さないまま半年以上が過ぎている。そしてこれからもきっと、鍵がなくても彼は困らないだろう。それは分かっていた、けれど。

    「なんと言い訳をすれば受け取ってくれるかな。いや、有無を言わさず押し付ければ良いか」

    彼は不思議に思うだろう。
    もしくは、何とも思わないだろう。

    それは贈り物としては凡そ不正解と言えるもので、そこに込めた本意が伝わるとは到底思えない。これから先も、伝わらない可能性の方が高そうだ。

    けれど、神が神使に己の力を込めた札を授ける事に。
    そして、家族が同じ鍵を持つ事に……少し憧れてしまった。

    「シェイム。少し夢見草くらみかやに行ってくるから留守番を頼むね」

    「了解した」

    すっかり猫被りを辞めた彼の淡々とした言葉に見送られながら、そして鍵と屋号の彫られた木札を握りながら、隣村へと向かう。
    昔この木札を彫ってくれた人間の職人は当然既に寿命を全うしているが子孫がまだ仕事を続けており、前に弟子の為の木札を彫ってくれた。その出来は昔と寸分違わずの精巧さで、思わず感心したのを覚えている。

    「(人間は好かないが、こうして後世に何かを残せる事だけは酷く羨ましい。……彼も、いつか私が居なくなったとしてもこれがあれば、思い出してくれるだろうか)」

    共に過ごした場所を。共に過ごした時間を。
    それらをもし、記憶の片隅だけでも覚えていてくれれば。

    「……ふふっ、らしくないね」

    思わずふっと表情を和らげながら、木工屋の暖簾をくぐる。それから手短に要件を伝え完成したら取りに来ると言い残し、次は天満あまみに戻りながら一輪堂を幾分か過ぎて金物屋とへと向かい、今度は鍵の注文を済ます。そして最後に。

    「彼には何色が合うかな」

    耳飾りは一目見て弥琴の使いと分かるように柊木の葉と実の色にしたが、鍵と木札を繋ぐ紐はそんなことを考える必要も無い。ただ、自分の思う彼の色を選べば良い。

    そう考えながら向かった先の店で、弥琴は長らく悩む事もなく白い霊糸を手に取った。

    彼が本来好むのは、夢魔の姿。
    だがどの姿も真であって真ではない。それは、分かっている。
    けれどやはり弥琴の思う彼は、いつも見ていた彼の色は、白だった。

    「まぁ無難で良いだろう」

    そう口を出た言葉は恐らく言い訳。
    けれど運良く彼は弥琴のような物から記憶を読み取る力なんて持っていないから、きっと気にしない。

    弥琴がこの糸に願った「このままの日常が続いて欲しい」なんて密かな祈りも、きっと。

    「あぁ、本当にらしくない」

    もう一度弥琴はそう独りちると、また表情を緩めて少し苦笑いを浮かべた。

    違和感はある。だが、悪い気はしない。

    「早く完成すると良いのだけれど」

    思わずそんなことを言いながら、長年暮らして来た自宅へ……そして彼の待つ家へと、弥琴は歩みを早めた。
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