桜色の星─からん
小瓶の中で数少ない色鮮やか星達がぶつかり合い、小さくそんな音が響く。それからゆっくり蓋を開けるとすぐに砂糖と様々な果物の甘い香りが漂い、思わず頬を緩めながら一粒取り出してはすぐには口に運ばず光に翳して眺めた。
『きらきらとしていて、星のように綺麗じゃろ?』
ふと、そんな言葉を思い出してついつい笑みを零す。
確か「彼女」はあの時、突然柄にも無いことを言うものだからぽかんとしてしまった私を見て怒っていた。けれど私はその思い出すら甘美と言えるほどに─
「その味が気に入ったのかい?」
不意に声を掛けられ我に返り振り返る。
そうすればいつの間にやらシェイムが湯呑みを乗せた盆を片手に部屋を覗いていた。
「…いつからそこに居たんだい?」
「丁度今来た所さ。それにしても随分数が減ったね」
「美味しくてつい…ね」
「それは良かった。もし他に何か要望があればいつでも言って欲しい」
そう言いながらシェイムは隣に膝を着き、私の前の文机に湯呑みを置こうと手を伸ばす。その光景を視界の端で見ながら、私は「要望」という言葉を頭の中で繰り返してまた金平糖に視線を向けていた。
「…なら、桜の香りがする金平糖を食べたい」
「桜の?」
伸ばしていた手を止めきょとんとしながら私の顔を覗き込むシェイムにこくりと頷く。そうすればすぐにシェイムは湯呑みを置いてから小さく「ふむ…」と呟いていた。
「神社の神木の香りに似せれば良いのか?」
「……出来るのかい?」
「問題無い。3日以内には持ってこよう」
「なら…楽しみにしているよ」
表情を緩めながら言った…だけのつもりだったのだけれど、思っていたより私は嬉しそうな顔をしていたのかもしれない。
…それからシェイムが新しい金平糖の瓶を持ってくるまで、一日も掛からなかった。
翌朝、いつものようにシェイムに起こされ抱きかかえられながら居間に着くと、机の上に白や桜色の金平糖が詰められた瓶が置かれていた。その事に驚いて慌ててシェイムを見上げたけれど、ただにこりと。
「君があまりにも楽しみにしていたようだったからね」
「私が寝ている時に作っていたのかい?」
「あぁ。君の寝顔を堪能出来ないのは惜しいが起きている時に1人にするよりはマシだ」
「…ありがとうね」
「どういたしまして。…良ければ感想を聞かせてくれるかい?」
そう言ってシェイムは私を下ろしてから瓶の蓋を開け、金平糖を一つ摘むと口の前に持ってくる。だから私も迷わずぱくりと食べると、口の中に優しい甘さとあの時を思い出す香りが広がった。
「…あぁ、懐かしいね。初めて金平糖を食べた時のことを思い出す」
「そういえば何故金平糖が好きなのかは聞いていなかったね」
「それは……あまり君に利のある話ではないよ?」
「利益の為ではない。弥琴のことなら何でも知っておきたいだけだ」
「まぁそう言うとは思ったけれど」
思い出に浸りながらこうやってシェイムに話すことが出来るのは、なんだかとても贅沢だ。
そんなことを頭の片隅で思いながらくすっと笑い、過去を思い返した。─不遜な、けれど真っ直ぐな妖狐との優しい思い出を。
「初めての金平糖は、八重に貰ったのだよ」
「八重…というと、結望君の祖母だったか」
「あぁ。知っての通り私は本来食事を必要としない。娯楽として楽しんでいるだけだ。けれど昔はそうでも無くてね。食べられる物も少ないし、楽しさも感じなかった。けど、それを知った八重に「和菓子なら良いだろう」と言われてね。それで初めて八重から貰った甘味というのが、金平糖だったのだよ」
あの時の金平糖は、神使である八重への奉納品だった。
勿論当時は今よりも更に金平糖は高価で、紙に数粒乗せられていただけ。けれど八重はその数粒に何の価値も感じなかった私の話を聞いて、柄にもないことを言いながら迷わず食べさせてくれた。
「長年生きてきていたが…その時に初めて、食べ物が「美味しい」という感情を理解したと思うよ。けれどそれはただ金平糖だったからではなくて、あの時間があってこそだったのだろうね」
昔は分からなかった「誰かと食べると美味しい」という言葉も、今ではよく分かる。…どれだけ美味しい料理でも、一人では虚しいだけ。けれどこの金平糖は、八重との思い出とシェイムからの想いが詰まっている。それは私にとって、堪らなく美味だった。
「なるほど。それで桜の香りが良いと言ったのか」
「あぁ。初めて金平糖を食べたのは、丁度あの御神木の下でだったからね。八重は「甘い物なんて貰っても困る」と言って私に押し付けて、それ以来も事ある度に色んな和菓子を食べさせてくれた。後になって本当は八重も甘い物が好きだったと知ったのだけれど」
思い出してふふっと小さく笑う。
…八重を亡くしてからは過去をこうして笑うよりただ悲しみに感じることの方が多かったから、この点についてもシェイムには感謝しないといけないね。
「まぁ大体こんなところだよ」
「話してくれて感謝する。君のことが知れて良かった」
「こちらこそ聞いてくれて…思い出させてくれて、ありがとうね。あとこの金平糖も。…礼は何が良いかい?」
「私のしたいことをしただけだ。けれどそうだな、折角なら私にも1つ食べさせて欲しい」
「勿論」
そう言って桜色の一粒を摘みシェイムの口の前に持っていくと、シェイムは伸ばした私の手に手を添えつつぱくりと食べる…のではなく、金平糖を咥えた。そしてそのまま反対の手を私の後頭部に添えるとそっと金平糖を私の口に近づけて─
…あぁ、どうやら今後は桜の香りの金平糖を食べれば八重とシェイム、二人のことを思い出すようになるらしい。
「(…それも悪くない)」
そんなことを思いながら分け合った金平糖は、いつもよりも甘く感じた。