すれ違い しとしとと、細い雨が降っている。晴明の屋敷の庭は相変わらず手入れが行き届いており、季節の草花が天から降りてくる恵みの露を浴びて生き生きと輝いていた。
道満は晴明の眼前に座らされているものの、何となく相手の顔を直視できずに無言で庭を睨みつけるばかりだ。
「道満」
穏やかな声で晴明が呼ぶ。
「おまえが好きだ。どうか私の嫁になってくれないか」
「……!」
端麗な唇から紡がれた言葉が聞こえた瞬間、道満は大げさなほどに驚いて、反射的に晴明の方を振り返って見た。
「そんなに驚かなくてもいいだろうよ。傷つくなァ」
言葉の割には晴明の顔には笑みが浮かんでおり、それほど傷ついているようには見えない。道満はしばらく唖然として晴明の顔を見ていたが、我に返ると懸命に頭を働かせて言葉の解釈を始めた。
(拙僧が晴明殿の嫁に……嫁というのは確か息子の妻を指す言葉であるはず。つまり晴明殿は拙僧に晴明殿のご子息と祝言を挙げてほしい……ということなのでしょうか?)
「晴明殿」
「うん、何だい?」
道満の呼びかけに晴明はにこやかに返答した。その反応をうかがいつつ、道満は恐る恐る口を開く。
「拙僧が知る限り晴明殿にお子はおらず、そもそも妻帯すらしていらっしゃらなかったと記憶していますが」
「ああ、そうだね」
あっさりと頷いてみせる晴明に、道満はますます首を傾げる。
「では何処かに世に知られておらぬご子息……もとい隠し子でもおありなのですかな?」
「いや、いないが?」
「えっ」
「えっ」
互いに顔を見合わせ、しばし見つめ合う。次に声を発したのは道満だった。
「し、しかし、拙僧に晴明殿の嫁になれと」
「そうだよ」
「えぇ……? あっ、つまり拙僧に養子になれと」
「違うよ」
ますます困惑していく道満の表情に、晴明は眉をひそめた。晴明は道満とイチャイチャしたりエッチなことをしたりしたいので、彼にとって道満を養子にするというのはあまり現実的ではない。
「おまえ以外の誰と結婚しろって言うんだい」
「誰と……? 誰が……?」
道満が呆然とした口調で呟いた。
「だから私とおまえだよ」
「晴明殿は拙僧に嫁になってほしいのでしょう?」
「そう言ってるじゃないか」
「しかし晴明殿にお子はいらっしゃいませぬ」
「当たり前だろう」
「それでは拙僧は嫁になれませぬ」
「は?」
「は?」
晴明の目が点になる。こんな表情の晴明は初めて見るな、と道満は頭の片隅でぼんやりと思った。
「何故だ? 私はおまえを好いているし、他に手をつけている女人もいない。先程からおまえが妙に気にしている子どもについても私は潔白だ。何の支障がある」
「ですからそもそもお子がいないと嫁になれぬと……」
「もしやアレか? 世継ぎのことを気にしているのか? 確かにおまえとの間にやや子ができれば何も言うことはないが、たとえ子ができなかったとしても私はおまえと添い遂げたいと思っているよ」
「拙僧と添い遂げ……?」
「大丈夫、心配することはない。私が必ずやおまえを幸せにする」
「晴明殿が? 拙僧を? はて……?」
道満の頭の中で疑問符が踊る。晴明の言葉を反芻するが、一向に噛み砕くことができずに余計に混乱してしまう。
(晴明殿は拙僧を好いていて、他の女人と関係を持っておらず、やや子もおらず、拙僧と添い遂げたいと仰っている……)
道満は思考を回転させ、何とか結論に達した。
(ああ! なるほど!)
「つまり拙僧は晴明殿の甥御と結婚すれば良いということですな!」
「あぁん?」
「ヒィッ」
急に晴明がドスの利いた声で唸ったので、道満は思わず情けない声を出してしまった。
「どうしてそうなる」
「違うのですか?」
「全然違う」
「ええ……?」
「ええ……? なのはこっちだよ」
晴明の眉間の皺がますます深くなる。道満は事態を理解できず、おろおろと狼狽えるばかりだ。
「何故そういう結論になるんだ?」
「晴明殿にお子がおられぬから……」
「だから私はおまえを嫁にしたいんだよ」
「ですから、ええと……それでしたら拙僧が甥御と結婚すれば、広義では拙僧は晴明殿の嫁ということに」
「おまえ大丈夫か? それは要するにNTRプレイがしたいと公言しているようなものだぞ」
「ねと……ぷれ……?」
道満は困惑のあまり、黒曜石の瞳を涙で潤ませている。晴明は内心で頭を抱えていた。どうして話がこうもややこしい方向に進むのだろうか。
「あのね道満」
「はい」
「私はおまえを愛しているよ」
「はァ」
「だから私はおまえと結婚したい。それだけの話だよ」
「……晴明殿が、拙僧と結婚したいのですか?」
「何遍もそう言ってるじゃないか」
呆れたような顔で肯定する晴明だが、道満の胸中は混乱の極みにあった。
「晴明殿は拙僧に嫁になってほしいのですよね?」
「そうだよ」
「でもお子がいらっしゃらな……」
「だからさっきからいないと言っているだろう」
「ですが嫁というのはつまるところ子息の妻を表す言葉にございますれば、晴明殿が拙僧に嫁になってほしいというのは」
「……うん?」
「はい?」
互いにぽかんとした顔で見つめ合う。そもそもの認識の違いとその原因に気づいた晴明が腹を抱えて笑い出すまで、あと二秒。