ちいカリと道満 例によってトンチキな特異点が現れ、対応のための選抜メンバーとして白羽の矢が立った道満は、マスター及び他のサーヴァントたちと共に特異点解消のためレイシフトを敢行した。
紆余曲折あったものの、特異点自体は最終的に円満に解決し、カルデアに帰還することができたのだが……。
自室の机の上にちょこんと座る生物を見て、道満は頭を抱える。元は六尺二寸ほどあったはずの身長が今や三寸ほどまで縮み、高かった頭身も二頭身程度になっている。
「いやはや本当に……何とも珍妙な姿になられましたな、伯爵?」
道満がそう声をかけると、その小さな生き物――アレッサンドロ・ディ・カリオストロ――はこちらを見上げ、ニコォと微笑んだ。
マスター、道満と共にレイシフトを行った伯爵だが、特異点に巣食っていた敵性体から珍妙な呪いを受けてしまったのである。
道満は縮んでしまった伯爵をつまみ上げ、全身を検分する。少々顔つきが幼げになってはいるが、見た目そのものに大きな変化はないようだ。
道満はため息をつく。そもそも、これを自室に持って帰ったのは道満の意思によるものではない。
「困ったものだけど、これはこれで何か可愛いね。小さいカリオストロだから、ちいカリかな?」
「マスター、それでは何やら今流行りのきゃらくたあのようですぞ」
「ごめんごめん。あ、でもやっぱり道満に懐いてるみたいだよ。せっかくだし、治るまで一緒にいてあげたらどうかな?」
「はあ!? 何ゆえ拙僧が斯様な珍妙な生き物と……!」
「いや、本当は自分のところにしばらく住まわせようと思ったんだけど、こうなった原因の呪いの解析が上手くいってないから、一緒にいるとどんな影響があるか分からないって他のサーヴァントに言われちゃって……。道満なら専門家だし、何かあっても対処できるかなって」
単に面倒事を押し付けられただけのような気もするが、マスターに実力を信頼されて託されたのだとしたら、悪い気はしない。
「仕方ありませんねェ……。では拙僧は此奴にこれ以上霊基の異常が起こらぬよう、自室に匿っておきまする」
「ありがとう! じゃあカリオストロのこと、よろしくね」
そう言って去っていくマスターを見送りながら、道満は改めて伯爵に目をやる。縮んだ伯爵は道満の手のひらの上にちょこんと座り、何が楽しいのかニコニコと彼を見上げている。
「ンンン……。本当に、おかしな姿になってしまいましたなァ」
もう片方の手をその顔に近づけると、小さな手が道満の人差し指に抱きつき、そのまま頰擦りをしてくる。
思わず指で頰をぷにぷにと押してやれば、伯爵はくすぐったそうに笑った。
「ふふ。どうまんどのの手はおおきいですね」
「貴様が小さいのですぞ……」
苦笑しながらも、その愛らしさにまあこれはこれで悪くない、と思ってしまう道満である。
さて。小さくなったとはいえ、食事をさせぬわけにはいくまい。本来サーヴァントの身であれば不要ではあるが、楽しみとしての食事は日々の娯楽の一つである。
「少々待っておりなされ」
道満は言い残すと食堂へ向かった。言葉通り、しばらくすると小さな器を持って戻ってくる。
「エミヤ殿が用意してくださいました。何でも貴方、まかろになるものがお好きとか」
器の中身を見せられる。トマトソースとツナで和えられたマカロニの上にパセリが散らされたその料理は、美味そうな香りを漂わせていた。
「おお、マッケローニ・コン・トンノ……!」
「はあ。拙僧はよく知らぬのですが、お気に召されましたか?」
「はい。だいこうぶつです」
「それは良うございました」
最初は伯爵に自分の手で食べてもらっていたのだが、手が小さいのもあって上手く食べることができず、あちこちがソースまみれになってしまった。見かねた道満はマカロニを一本一本フォークで突き刺し、伯爵の口元に持っていってやることにする。
「ほれ、口を開けなされ」
「あー……んむ」
小さな口を一生懸命に開き、道満の差し出すマカロニをぱくりとかじる。もぐもぐと咀嚼する姿が小動物のようで、道満は思わず目元を綻ばせた。
「ンン、美味そうに食べますなァ」
「おいしいです!」
好物だというのもあるが、道満が手ずから食べさせてくれるのも嬉しいのだと、この男は臆せずに言ってのける。道満の口元が緩んだ。
「ほれ、まだまだありますぞ。もっと食べなされ」
「はい!」
器に盛られたマカロニ料理を綺麗に平らげると、腹がいっぱいになったせいか伯爵はうつらうつらとし始める。
「おやおや、おねむですかな? まったく、幼子と変わりませんなぁ」
「すみません……」
「別に謝らずともよろしい。どうぞこちらへ」
道満は伯爵を抱き上げると、机の上に小さくふわふわとした柔らかい式神を出し、その上に伯爵の体を横たえさせてやる。ついでに以前マスターから手拭きに使えと渡されていた小さめの薄い布……ハンカチと言うのだったか……とにかくそれも上にかけてやった。
「さあ、おやすみなさいませ」
道満に優しく頭を撫でられ、満腹による眠気にいよいよ抗えなくなったのか、伯爵は間もなく安らかな寝息を立て始める。さて自分も少し休息を取るかと、道満は自らも寝台に横になった。
数時間程度眠っただろうか。不意に妙な気配を感じて道満は目を覚ます。
寝台の上に自分以外の体温を感じる。慌てて飛び起きると、「おはようございます道満殿」と聞き心地の良い低音ボイスが耳に飛び込んできた。
何事かと思って目を擦れば、もとの身長と体重に戻ったカリオストロ伯爵が道満の隣で寝そべり、ニコニコと彼を見ていた。
「ンンン!! 貴様いつの間に戻りおった!? というか何故拙僧の寝所に!?」
「いえ、流石にこの体躯だと机の上は狭いので」
「やかましい! 戻ったなら疾く自分の部屋に戻るかマスターの元へ報告しに行きなされ!」
「まあまあそう仰らず。もう少しだけ休憩したら出て行きますから」
「ンンンン〜……」
この図々しさ、己はよく知っている。道満は早々に説得を諦め、まあ面倒な呪いの件は解消したのだから良いか、と再び横になることにしたのだった。