怪異🐬と子供🦈夏の暑い日。天気は青空で蝉の鳴き声がうるさいこの町で一人の少年、フロイドが暮らしていた。フロイドは、学校を抜け出してサボっている最中であぜ道の虫などを捕まえて遊んでいた。
今日は道の端にある草を引っこ抜いて投げていた。すると自分を覆うように黒い影が出来た。後ろからは何を言っているのか分からない声が響く。ごちゃごちゃしているようだ。
振り返ると長身の青年が立っていた。見た目からは高校生くらいに取れ、切れ長の目が特徴的だった。
「お兄さん、誰?」とフロイドは訪ねた。
すると答える事も無く腕を掴まれる。いきなりの出来事でびっくりしたフロイドは抵抗するも相手との差は漠然で非力な子供には、掴む手など解けやしない。
そのまま顔を覗き込まれ、次に這うような視線でフロイドの全身を青年は見た。それがなんだか見られているという感覚ではなく、実際に触られたようにフロイドは感じ身震いをする。
男は口元を耳に寄せ囁いた。フロイドには理解できない言葉で何かを言っている。ごちゃごちゃしたような不安を煽るような…。
ハッとした瞬間にはもう青年はいなかった。歩いてどこかに行った、わけではなくそこから突然消えてしまったと言った方が正しかった。
フロイドの耳には心臓の音が間近に聞こえた。あれは危険だと心臓の音は言っていた。額には汗が浮かび、頬を伝う。
でも…
「でも…かっこいい人だったなぁ……」
…
家にそのまま帰り、学校をサボった事はもうすでに親へ連絡がいっているようだった。小言を言われた後にさっきの事をフロイドは話した。
親達は血の気が引いた顔でフロイドの肩を掴んだ。あれは化け物だとか怪異だとか今行方不明事件が相次いでいる原因の八尺様なのではないかとあれこれ親は言う。普段は信じなさそうな親が焦っているようだった。
この町には昔からお化けがいる。フロイドも一番小さい頃に見たことがあった。何をみたかまでは覚えていない。子供は大人と違って色々なものが見えたりするようだ。
「ねぇ、別に悪くなさそうだったよ?かっこよかったよ!」
そう言っても両親は我が子を連れて行かれると嘆いていて、しまいには母親は泣き出してしまった。
父親はフロイドを部屋に入れ、部屋の四隅に塩を置き、どこから持ってきたのか御札を部屋中に貼った。特に窓、ドアなどを入念に。
朝の七時までこの部屋から一歩も出るなと父親は言った。部屋に隙間がないか入念に2度もチェックをし、朝まで必要な物を部屋に置いて父親は部屋から出ていった。
最後に、何があっても自分達がドアを開けるまで部屋から出るな。呼びかけには答えず窓もドアも開けず護符を握れと言っていた。護符は今、手の中にある。大変な事になってしまったと思った。
寝ようにも眠気が飛んでいってしまい、フロイドはタオルケットにくるまっていた。
そんなにあの青年はやばいものなのか、しかし人の言葉は喋っていなかったなと思う。
フロイドがなぜ俺を?と思っていると窓を叩く音がした。月明かりに照らされてカーテンから人影が見える。どうみてもあの時の青年の背格好だ。
フロイドは声を出さず窓から離れてタオルケットを全身被り、護符を握る。怖い。
窓の外で何か言っている。あの聞き取れないごちゃごちゃとした声だった。フロイドは心の中で早く終われ、早く終われと念じる。気づいたときには影はいなくなっていた。もう諦めたのかなとフロイドが思った矢先、ドアの近くに人の気配を感じた。いや人じゃない何かが…いる。家に入って来ているのだ。ドアノブが勢いよくガチャッと回される。だが開けられないようでドアノブの音だけが部屋中に響く。
いつのまにか音は止んでいて部屋は静かになっていた。
怖くてフロイドの目尻からは涙が溢れていた。怖い。初めて自分の身に何か起きた事だった。ただ自分を見つめてくるだけ横切るだけだったのが今は目の前に危険が迫っている。連れて行かれる、食べられる。瞼の裏には嫌な想像がぎゅうぎゅうに詰まっていた。
あとはこれを、あとは……
部屋の中に自分以外の誰かがいる。
気付いたのは数分後だった。隣に誰かがいる。タオルケットを全身まで被っていたフロイドには気配ぐらいしか確認出来なかった。いつのまに入ったのか見当もつかない。いつだ?
目の前にいるそれをフロイドはタオルケットの隙間から覗いた。怪しく暗がりで光るゴールドがこちらを見て、三日月のように笑った。フロイドは青年と目があってしまう。
手が伸びてきてタオルケットの端を掴まれる。
“フロイド、約束ですよ”
(約束…?ってなんだっけ…)
青年はそのままフロイドを抱きかかえた。フロイドは抵抗しなかった、いや出来なかった。
(あっ…そっか俺、お兄さんにあったことあるし、なんなら約束したな…)
…
今と同じ暑い日の夏。フロイドが小学1年生の頃。いつも通学路にいる旗を持った人の目を盗み、今日は違う道を通って帰っていたあの日。
あの青年は道の端に立っていた。こちらに気づいたようで見てくる。なぜか人間じゃないと直感でフロイドは思った。だって普通、祠のようなもののすぐ隣に立っている訳がないからだ。
フロイドはこの人は祠の神様だと思った。きれいな顔立ちで切れ長の目。身長も高く、これがイケメンと言われる人なんだろう。普通の人とはオーラが違う気がした。
そのまま無視して行こうとすると腕を掴んで来てフロイドを見た。
「お兄さん…?何かよう…?」
青年は口を開くが何を言っているのかフロイドには分からなかった。言葉が伝わらなくて青年は少し困ったような表情でフロイドを見た。それを見てフロイドは持っていた飴玉を渡した。青年は喜んだ表情で飴玉を貰い口に放り込んだ。
そのまますうっと消えていった。煙のように。
「…えっ?あれ?どこいったの?」
もしかして飴玉をあげて成仏してしまったのか。悩んでもしょうがないのでそのまま家に帰ることにした。
次の日もあの道に行ってみると青年はいた。けれど何かを持っている。
「おっお兄さん…ジョウブツシテナカッタンダ………何持ってるの?」
青年はニコニコとした顔でそれをフロイドに差し出した。覆われた布をめくるときのこがどっさり。
「えぇ…俺きのこ…無理…」
青年はそのままフロイドの手にそれを持たせて、満足そうにしていた。
(この人?悪い人じゃなさそう…)
すっかり心を許したフロイドは毎日のように青年へと会いに行った。
「ねぇなんでしゃべれないの?文字とか書ける?でも俺の言葉りかいしてるよね」
フロイドが紙と鉛筆を青年に渡した。文字は書ける…いや読めない字だった。
なんとかひらがなや言葉の意味を青年に教え、名前を聞き出す事は出来た。
「へぇ、お兄さんジェイドっていうんだねぇ〜」
ジェイドは頷きながら紙にもう一つ文字を書いた。
“ふ ろぃど す き”
「え」
ジェイドは含んだ笑みをフロイドに向けた。頬も染めている。毎日毎日、それを紙に書いてフロイドに見せる。流石にフロイドも飽きてきたのか「ねぇなんでジェイドは俺が好きなの」と聞いた。
“はじめ て会っ たときから すき”
“やさし くしてくれ たあなたがすき”
今日はそれを書いて渡された。どんどん端的だった文字が日に日に細かく紙に表される。
“はなしをしてくれるあなたがすき”
“文じをおしえてくれたあなたがすき”
“ずっとあなたといっしょにいたい”
“フロイド あなたがすきです”
もうこれはラブレター並だった。平日や夏休みに入っての数日を合わせるとフロイドへの好きを書いた紙を見せられたのは数えられない。ジェイドは文字もフロイドが知らない間にたくさん書けるようになっていた。
「すきってことは…さ…ずっと一緒にいるってことだよね…?」
ジェイドは顔を縦に振った。