僕には小さい頃から大切な人がそばにいた。僕と容姿が似ていて背が高くて垂れ目なあの人。
僕が赤ん坊の頃からおぼつかない意識の中でそばにいたあの人。どこの誰かなんて分からない。でも小さい頃から一緒にいたあの人は僕が小学生になっても姿形が変わらない。
あの人は僕をちょっと離れたところで見ていてずっとどこにいても僕を見ている。
物心ついてから親に兄弟がいるのかと尋ねてもいないと返される。
じゃああの人は誰?と聞くと空気が凍りつく。そうか、あの人は僕以外見えないんだと幼いながら思った。あの人は僕をずっと見ている、僕が見えることもとっくの昔に気づいているだろう。
だからみんなに馴染むように親の前や外にいる時は見えない振りを続けた。それであの人も別に何もしてこないから大丈夫だろう。
小学生の夏休み中盤。課題もあらかた終わらせのんびりと休みを満喫している。机の端にはあの人が立っている。親は今いないし話すなら今だ。
「ねぇ、立ってないで座りません?」そう言って2人でも座れそうなベッドを指さす。何も話さず、すーっと動く。
「ごめんなさい。家じゃ親もいたり、学校じゃクラスのみんながいるからあまり話せなくて」
「…」柔らかく微笑んだ
「なぜ喋らないんですか…?」
困ったような表情を僕に向けてくる。
「何か理由があるんでしょうか…」僕も困った表情になる。
そのまま後ろに倒れる。ベッドが揺れる。あの人がこちらを見て笑いながら僕の方に倒れてくる。あの人の方が大きいから僕はすっぽりと包まれてしまった。
胸がざわついた。理由のわからない感情がぶわっと表れて顔が熱くなる。こんな事をされるなんて本当に小さい頃、親にされたぐらいで今は一人部屋で眠っている。
あの人の心臓の音、息づかいが聞こえる。温かくて、少しくすぐったくてどんどん顔が熱くなる。
「なんで…」
聞いても返ってこないのは分かってるのに、いつも親がいない時には話しかけているのになぜ今…。あの人と目と目が合う。柔らかい表情になぜかドクドクと心臓が反応してしまう。
「ねぇ、ジェイド。」
僕の前髪に触れながらあの人は口を開いた。
「ごめんねぇ、喋っちゃうとジェイドに迷惑かなって…だって、ジェイドしかオレ見えないし………オレ、フロイドって言うんだぁ」
「…フロ――」
コン コン
全部がフロイドに向いてしまっていたのか親が帰ってきたのに気づかなかった。
せっかくの時間が壊された感覚に陥る。
「…はい」
返事をしたと共に母親が入ってきた。見えないとはいえ、フロイドは僕に抱きついたままだ。喉が鳴る。必要なことだけ告げて早々と母親は部屋を出ていった。今から夕食の準備をするのだろう。買い物袋を手にさげていた。
「…あなたの名前はフロイドって言うんですね」
「うん!」
無邪気に返事をする。
「今度からフロイドの自由に喋って構いませんよ?僕もそれがいい」
「うん分かったぁ〜♪ジェイドとい〜っぱい話したいし!」
先ほどよりも強く抱きしめてくる。さっきは中断されたが、フロイドは僕にしか見えない。僕だけのフロイド。
僕も抱きしめ返せば、驚いたようでクスッと笑った。