無題躁_______…3日目。
金属の割れる音がする。アダムはもうすっかり聴き慣れてしまっていて、雑誌を繰りながら音のした方向をチラリと見る。
またルシファーが鏡を叩き割っていた。拳で。なんでも、鏡に映る自分が勝手に話し出して、それがうるさくて堪らないらしい。
今しがた割られた鏡は、この家に残された最後の一枚だった。
「5枚目。これで全滅だ。私はどこでヘアーセットをしたらいいんだ?」
アダムは雑誌をソファに放り投げた。
ルシファーはこの3日一睡もしておらず、目は血走り顔色は泥のようだ。おまけに昼夜問わず喋り続けているせいで声はガラガラ。アヒルの作りすぎで手はボロボロだった。
「私が直々に刈ってやろう。迷える仔羊よ!」
「迷ってんのはお前だろ。」
魔法でバリカンを出したルシファーは、スイッチを入れたり切ったりしてモールス信号を発しだす。
ヴーヴーヴー(S)ツーツーツー(O)ヴーヴーヴー(S)
「SOSじゃねぇか!」
「ははは!ははっ、あははははは!!」
ルシファーは天井付近を笑いながら飛び回り始める。もうとっくに限界を超えていた。
アダムは割れた鏡を、羽根を箒の代わりにして一箇所に集める。先ほど放った雑誌に包んで、残りの4枚と同じ袋に入れた。破片の処理はもうお手のものだった。
今日こそ邪悪な悪魔を撃ち落として、聖水で清めて埋葬しなければ。平たく言えば、ルシファーを風呂に入れてベッドで眠らせたかった。
アダムは自らも天井へと飛び立つ。
大きな羽根で、旋回するルシファーを包むように捕まえた。
「何のつもりだ?!私に乱暴するつもりだろう!この変態の、キチガイの、異常性癖者め!!」
「それも全部お前だろ…」
支離滅裂に喚くルシファーをなんとか床へと下ろす。両手で捕まえた蝶を虫籠に入れる時の気持ちに似ていた。
服を脱がすとまた喧しくなるので、暴漢の冤罪を着せられぬよう服のままシャワールームヘぶち込んだ。熱いお湯を頭からかける。
脱がさなくとも十分喧しかったので、シャンプーを原液でかけてやった。
「目が!目が!!」
「はいはい、目は二つ二つ。」
適当に返事をしながら泡で頭皮のみならず全身を洗う。服を洗濯する手間も省けて一石三鳥だ。と思ったが、結局身体を拭く際に服を脱がせなければならなかったので、二鳥になった。まあ十分な成果だろう。
清潔になったルシファーをベッドに投げ捨てる。その頃にはだいぶ大人しくなっていた。
「眠れそうか?」
「わからない。枕の裏から声がする。」
「そいつは何て言ってる?」
「何か食えって。」
「腹減ってるだけだろ。」
アダムは立ち上がり、冷蔵庫を漁る。何故かルシファーは後ろにピッタリと貼り付いて来て怖い。
大きなハムの塊があったので、適当に切って焼くことにした。丸いシンプルなパンとバターを木皿に並べ、グラスに牛乳を注ぐ。
調子の良い時のルシファーを真似しているだけだが、案外やればできるものだ。
ハムは片面が黒く焦げてしまったが、下向きに盛り付ければ、それはなかったことになる。
ルシファーは出された朝食にがっつき、ものの3分ほどでペロリと平らげてしまった。
満足そうに椅子にもたれて斜め上を見ている。
アダムは食べ終えた食器をシンクに置き、ルシファーを再びベッドへ引きずる。
「おやすみ。明日のアンタが好調なことを願うよ。」