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    ikawanarenohate

    @ikawanarenohate

    カ!ファ。狂聡 無法組
    あいかわやしろ/昭和生まれです/文字を書きます/カ!→映画(落ち)→ファ。/3914ダメな方フォロー非推奨

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    ikawanarenohate

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    カ!ファ。
    聡実くん大学一年の5/5(ねんれいけいさんができない)の狂聡(全年齢)

    誕生日に成田くんが10回死んでループしてハッピーエンドになる話の1日目です
    全編はなりたたんで……長いねん……

     成田狂児は、岡聡実にどうしても会いたい。
     会いたいが、それ以上どうこうしたい、という欲はない。
     少なくとも、本人はそのつもりだ。

     なにせ自分は反社会的存在だし、相手はまっさらな大学生だ。
     自分が相手にしてやれることは少なく、むしろしないほうがいいことのほうが多い。だから狂児は間合いを計る。踏み込みすぎず、搾取せず、迷惑をかけないことを心がける。
     そうやって頑張りつつも、彼に『もう会わない』という選択肢はない。
     とにかく、岡聡実に会いたい。顔を見たい。話を聞きたい。
     彼に会いたい気持ちだけは、どうしても、ある。

     なぜ?
     ……さあ。

     これはまだその問いに答えられない男が、十回死ぬ話だ。


    【一回目】


     ぴこん。

    『今日会うの、少し遅くても大丈夫ですか?』

     成田狂児はその日、スマホの通知音で目を覚ました。
     むくりとベッドから起き上がり、私用スマホで日付と時間を確認する。
     五月五日、朝の七時半。浮かんだ通知は、待ち望んだひとからのもの。

    『大丈夫ヨン。なにか予定できた?』

    (即答すぎたら引かれるか? あ、けどもう、送ってしもたな)

     反射的に返事をしてから、狂児は自分の顔を撫でた。
     スマホ画面にうっすら映り込んだ自分の顔。彫りが深くて隈も深い。見飽きた顔だが、今日は生気があるほうだ。

    (なにせ、数時間後には蒲田やし)

     るん、と効果音がつきそうな勢いで、スマホ片手にベッドからシャワーに向かう。
     狂児の住処は周辺ではそこそこのグレードのマンションだ。さして広くはないが、ものが少ないせいで散らからない。狂児には趣味がないし自炊もしない。数があるのは仕事用の衣類くらいだから、結果そうなる。

     ――ほんま、おまえ、何が楽しゅうて生きとんねん。
     ――浮くで、そんなん。なんぞ周りにあわせて、趣味でも作っとき。

     アニキの忠告に従って、麻雀、ゴルフ、釣り、その他諸々。
     周囲と話せる程度にはやれることを増やしたが、魂から好きなものは何もない。
     狂児にとっては何もかもが、居場所をくれたひとたちへの恩返しのようなものだ。
     ひとをだまくらかすのも、法を犯すのも、やらかした奴を殴るのも、ゴルフの打ちっぱなしに付き合うのも、きれいなスーツを着るのも、いい車に乗るのも、笑って話すのも、息をしていることすら、組で生きるための方便だった。
     だから別に好きでも嫌いでもない、こだわりもない、心は大して動かない。

    (けど、聡実くんは違う)

     熱いシャワーを寝不足の頭にぶっかけ、手早く全身を洗いながら考える。
     聡実が『違う』のは見ればわかる。
     初めて見たときから、どこかまぶしいきれいな子だと思った。その光は、彼が戸惑い、泣き、怒るたびにどんどん強くなっていって、最後には歌で狂児の脳を灼いてしまった。彼は特別で、格別だ。息をしているだけで狂児の心を揺らす、唯一の人。

    (誕生日にあの子と会えるんやから、今年はそれだけでええ年。がんばったご褒美や)

     組の連中が見たらぞっとするであろう上機嫌で風呂から出ると、体を拭きながら今日の予定を復習する。普段の誕生日は半分仕事で、若い頃はアニキ連中にシマの店を連れ回され、役職つきになってからはブレーン連中の接待と自前の店でのお祝いがびっしり。
     しかし今年はありとあらゆる予定を寄せて、ずらして、上手いこと組み直し、『どーしても東京の仕事せなあかん』という状況を作り上げることに成功している。

    (事務所に顔出したら、すぐ新幹線。で、聡実くんの様子うかがって、ざくろ。聡実くんとは昼飯の予定やけど、遅くなるってどんくらいかな)

     誕生日飲み会のすべてをキャンセルはできなかったため、二次会くらいの時間には大阪にいなくてはいけない。とんぼ返りの時間を気にしながらコンタクトを入れていると、通知音が鳴る。
     
    『はい。前の約束がちょっと時間かかりそうで。二時に蒲田駅前でどうでしょう』

     約束。
     誰と?

     なんて一瞬思ったが、すぐに狂児は微笑みを取り戻す。

    (直前に連絡したからそんなもんやろ。誕生日だなんだも言うてないし)

     聡実くんにも自分以外のまっとうな友達がいて、まっとうな人生があって何より。
     自分のようなゴミは、なるべく負担にならないようにするのが一番だ。
     あなた以外の人生が大体虚無だなんて、絶対に教えない。
     返事は素っ気ないくらいでいい。

    『二時で了解』
    『(すみません、のスタンプ)』

    「ふ。かーわい」

     小さく笑い、香水を噴き、髪を整え、クローゼットに並んだスーツの中でも気に入りの一着に体を押し込んだ。玄関先の姿見をのぞき、そこに祭林の成田狂児が写っているのを確認する。ついでににかっと笑ってから、狂児はアタッシュケースを手にして玄関扉を開けた。

    (あとはポカせんで、とにかく時間通りに新幹線に飛び乗るだけや。……ん?)

     気合いを入れ直したところで、狂児は妙な顔になる。
     玄関扉を開けた先、マンションの内廊下に、女がいたのだ。

    「……成田、さん」

     ぼさぼさの髪、青ざめた顔、微妙に似合っていないピンクのワンピース。女は食い入るように狂児を見て、立ち尽くしている。

    「あたしのこと、覚えて、ます……?」

    (あ~~~、どう考えてもアカンやつやな、これ)

     見るからに情緒不安定で危うい、若い女。
     店の女か、とも思うが、一切記憶にない。当然ながら付き合ったような相手でもない。
     となれば、勘違いやら妄想的な理由で狂児に執着している相手の可能性が高かった。
     目立つ容姿で生まれついた狂児には日常茶飯事――とまでは言わないが、まれによくある事態だ。

    (長々かまっても意味なし。スルーしよ)

     何せ今日は時間を無駄にできない。
     狂児は女に向かって、形ばかりの笑みを浮かべる。

    「ごめんなあ、お嬢ちゃん。今日はちょ~っと忙しゅうて、思い出しとる時間がないのよ」
    「え? でも……」
    「気をつけて帰り。まだ朝早いし、いい一日にしてな」

     さらっと言って返事は待たず、とっととエレベーターに向かった。
     一階に降りると、黒いBMWが待っている。

    「成田さん!」
    「おー。悪いな。事務所まで頼むわ」

     運転席の若衆に声をかけ、狂児は後部座席に座った。
     宇宙人に突っ込まれたのをきっかけに、今は自分が運転する日と運転手をつける日を半々くらいにしている。運転を任せている間に朝のスマホチェックなどもできるし、これはこれで悪くない。

    (今は助手席に乗せる相手もおらんしな)

     そんなことを考えていると、マンションの玄関からワンピースの女が駆けだしてきた。

    「成田さんっ、待って! あたしっ、成田さんのことっ……!」
    「成田さん、なんですか? あれ」
    「知らん。出せ」

     狂児が素っ気なく言うと、若衆が従順にアクセルを踏む。

    「成田さん……成田さんッ!」

     若衆はミラー越しに遠ざかる女を眺め、少し面白そうに言う。

    「――カタギっぽい、かなり若い感じの子でしたね」
    「そうか? よう見んかったな」
    「結構可愛かったですよ」

    (何が言いたいんや、こいつ)

     少々カチンときて、狂児は薄ら笑った。

    「ほんま~? きみくらいの歳やと、やっぱ若いほうが好きなんかな」
    「ええっ、年配の方のほうが若い子趣味ちゃいます? ほら、若いほうが扱いやすいし、自分よりちょっとアホやし、何でも言うこと聞いてくれる、言うか~」

     扱いやすい。アホ。言うこと聞いてくれる。
     些細な言葉で、ぽんぽんぽんと聡実の顔が思い出され、狂児の笑みは深まった。

    「ほ~~ん。本気でそう思っとるんなら、さっきのアレ、きみにやるわ」
    「えっ、いや、そういう意味じゃなくてですね」
    「じゃあどういう意味? 名前も知らん、顔も知らんのにくっついてくる、あんなん悪霊と同じやで。きみが責任取って引き取って、捨てるときも俺の見えんとこでやって?」
    「あの。本当にすみませんでした、世間話のつもりで……はい」

     こわばった若衆の声を聞きながら、狂児は小さくため息を吐いた。

    (どんだけ下手くそな世間話やねん。しっかしあの女、なんで俺の部屋知っとったんかな。オートロックの中まで入ってきとったし、部屋の前で手首でも切られたら引っ越しや)

     面倒くささで心が陰りそうになり、狂児は首を横に振る。
     今日は聡実に会える日なのだ。不機嫌になっている時間が惜しい。

     ほどなく、車は祭林組事務所前に着いた。

    「おはようさんで……」
    「成田ァ! そこ、気をつけやぁ~!」
    「は? うわっ、なんや、これ!?」

     扉を開けるなり怒鳴りつけられ、狂児は引きつる。

    (引っ越し? フリマ会場? それか、押収品展示?)

     見慣れた事務所の床にはビニールシートが敷かれ、所狭しとものが置かれていた。普段はしまい込まれている書画骨董の類いから、ゴルフの記念品や、放置していいのか少々怪しい書類の段ボールまで。

    「ちょっとぉ、どうなっとるんですか、これ? 中入れへん~。俺、このまま東京行ってええです? って、うわっ!」

     雑に叫んだ狂児だが、身じろぎした拍子に足下の大きな桐箱を蹴ってしまった。
     箱が倒れる前に慌てて支えると、奥から組長が顔を出す。

    「狂児ぃ! 何やっとんのや! その壺割ったら殺すぞ!」
    「そんなええもんなら、こないなとこに置かんでくださいよ……!」

     狂児は引きつり、念のため桐箱を開けてみる。中には一抱えもある古い壺が入っていた。壺の善し悪しはわからないが、なんとなく中が黒々としていて気味が悪い。

    「ヒビとかはなさそうですわ」
    「命拾いしたのぉ、狂児。せっかく世間さまの連休やし、事務所の諸々虫干し中や。ついでにそいつのいわれ、聞かせたろか?」
    「オヤジのうんちく、長なるから結構です~。今日はボク、これから東京行きなんで」

     狂児が壺を抱えて組長と言葉を交わしていると、今度はパーテーションの向こうから禿頭にサングラスをかけた組員、唐田が顔を出した。

    「はあああ? なんで東京やねん! おまえ、今日誕生日やろが」
    「心配せんでも夜にはとんぼ返りするわ。どうしてもずらされへんかってん」
    「どうしてもねえ~」

     唐田は腕を組んで狂児を見つめると、挑発的ににやりと笑う。

    「それ、ほんまに仕事かぁ? あのお兄ちゃん追っかけとるだけちゃうかぁ~?」
    「お兄ちゃん? なんの話?」

     狂児はへらりと笑い返した。
     唐田とは特段仲が悪いわけではない、が、こいつの性分というか、なんというか。しばしば狂児の弱味を握ろうとしがちな男なので、会話するときは気を遣う。
     今日の唐田は狂児の東京行きに絡むことにしたらしく、自分の腕を指さした。

    「おまえが腕に名前入れたお兄ちゃんの話や。聡実ちゃんやったっけ?」
    「あーあー、聡実センセのこと? おまえなあ、ちゃん♡言うなや。あれは俺の、お歌のセンセイやぞ?」

     冗談めかして凄んで見せる狂児に、唐田はにやにやと続ける。

    「そないなこと言うて、あんときのカラオケ大会のお前、センセイ見る目ちゃうかったからなぁ。あのセンセイももう十八か? ずいぶんキレーな兄ちゃんになったんちゃう?」
    「キレーって、兄ちゃんに言うセリフちゃうやろ~。なに? ひょっとして自分、男行けるタイプやったん?」

     へらり、へらりと笑って狂児は心にもないことを言う。聡実はきれいだ。そんなのは当たり前だ。だが、その美しさを、目の前の男が知っているわけがない。
     体は狂児の内心など知らずに続ける。

    「俺はあかんけどなあ、おまえ、昔からモテるわりに女に淡泊やん。ソッチやったってオチなら納得や。ただな~、男でもガキでも、イロにしとるなら組のもんには言っといたほうがええで? 言うたら横取りもされん」

     唐田がそう言って小指を立てて見せるのは、ヤクザのルールとして『他人の女を寝取ったらエンコ(小指)詰め』があるからだ。ほとんど死んだ古いルールを振りかざしつつ、唐田はにいっと笑みを深める。

    「ほれ、今がええ機会や、ゲロれゲロれ。どうなんや、センセの具合は?」

    (上手いこと殺せんかなあ、こいつ)

     しん、と冷えた頭で思いながら、狂児はまだ笑っている。
     面白いほど目の前の男の命がどうでもいい。
     とはいえ唐田の話は『ふつう』なのだ。ヤクザという男社会は、こういった俗な話を共有することで繋がりたがる。これで殺気をたぎらせている自分のほうが『おかしい』。
     知っているから、狂児はこの会話にしばし付き合うことにする。
     これも、方便。
     せいぜい煙草をくわえて火をつけて、煙と共に軽薄な言葉を吐く。

    「は~~……もー。ほんとのこと言うたら、味見したくならん?」
    「ならんわ、ボケ! ちゅーか、やっぱセンセイとヤッとるんやないかい!」

     喜々とする唐田に、狂児は無駄に色っぽい流し目を送った。

    「どうやろねえ。まあ、男かて突っ込んだら一緒やし? ねじ伏せてぐっしゃぐしゃに泣かすんは、女より男のほうが興奮するかもしれへんなあ」
    「はは! ええ顔しよる。わからんでもないけど、優しくしたれよ? 自分、痛いの嫌い~言うくせに、ひと痛めつけるときはねちっこいやん。あの調子でヤったら、華奢なセンセイ壊れてまうで~」
    「どんくらいで人間壊れるかは、充分勉強させてもろとります♡ 余計なお世話や」

     鼻で笑って、虫干し骨董品の隙間を通って灰皿に煙草を押しつける。
     これくらいで切り上げよう。でないと本気で唐田を殴り倒しそうだ。
     どうやって話題を変えるか――と思ったとき。

    「ん?」
    「どうした、狂児」
    「いや。なんか……」

    (いや~な殺気を感じたけど、気のせいか?)

     振り向いた先には、虫干しの諸々が広がっているだけだった。

    ■□■

     その後は特にトラブルもなく、狂児は昼頃に東京に着く。
     通い慣れた蒲田駅に来ると、気持ちよく頭が聡実のことでいっぱいになった。

    (今日の聡実くんは、講義が二時限まででバイトは休みのはずやけど。予定ってなんやろな)

     さらっと相手の予定を把握しつつ、蒲田の駅ビルの中を歩く。
     聡実がこのビルで使うのは、ほとんどが本屋と眼鏡店。彼の痕跡をたどるように、なんとはなしに店内を歩く。

    (法学)

     法律、大事やね。うっかりヤクザの違法に巻き込まれためにも。
     そんなことを思って漠然と参考書を眺めていると、不意に聞き慣れた声がした。

    「……やっぱり、課題の本は購買じゃないときつくないかな」

     落ち着いているせいで少し低く聞こえるが、実際にはなめらかなテノール。
     聡実だった。
     とっさに本棚の死角に移動し、耳を澄ませる。

    「ワンチャンないかな~と思ってさ。あと、流行の本も見たかったし」

    (大学の女の子と一緒か)

     ほんわりと喋る女声は、たまに聡実の話にあがる友人だろう。となれば二時までの予定はこの子とのものなのだ。ちくり、と妙な感覚が胸に落ちる。
     ふたりは本棚の裏で、至極平和な会話をしている。

    「本、どんなのが好きなん?」
    「面白そうならなんでも読むよ~。岡くんは?」
    「もっぱら図書館派やね。新しいもんは実用書が多くて、小説は古いのが多いかも」
    「へえ、効率的だ。知識は新しいほうがいいし、教養は古いほうがいいもんね~」

    (かしこの会話やな。お店のおねーちゃんもトップは大体こんなやけど)

     そこまで考えて、自分の引き出しの偏りに笑ってしまった。まっさらきれいな大学生を前にして、比べる基準が夜のお店の嬢たちしかない。半端に汚してしまっているみたいで、狂児はそっと本屋を出る。
     駅ビルを出て、雑多な蒲田の街に分け入り、二時までにどこを回るか考える。友好団体と組長の交流から生まれた東京の仕事はいくつかあり、どこも定期的に顔を出しておくのは大事だ。

    (まずはざくろか。開店準備がどこまで進んだか、見とかなあかん)

     ざくろは組長が持っているスナックで、最初は愛人に持たせていた店である。諸々あってママ不在となり閉店していたそこを、『もったいないので稼働させましょう』と引き受けたのが狂児だ。
     店の前までついて薄暗い階段を見上げていると、不意に横から声がかかった。

    「ざくろ、っていうお店なんですね」
    「は? ああ……」

     振り向くと、冴えない蒲田の景色になじんだ女の姿がある。
     三十過ぎだろうか、今ひとつ何を考えているのかわからない目をした、普段着の女だ。視線は狂児ではなく、ざくろの看板に向いている。

    (ナンパやなさそうやな)

    「気になりますか、ざくろ」

     適当に聞いてみると、女はうっすらと笑って狂児を見上げる。

    「ええ。色んな意味がありますから」
    「色んな意味。ざくろに?」
    「そう。それと……」

     女は一度言葉を切ってから、笑顔のまま続ける。

    「駅ビルで、男の子の話を聞いてらしたでしょう。あの子、お知り合いですか?」

    (こいつ)

    「そう見えました?」

     何事もなかったような笑顔で、狂児は聞く。
     内心はもちろん無数の疑問と警戒心でいっぱいだ。この女、何者だ。駅ビルから自分を着けてきたのか。一体、なんのために。

    「ええ。誘拐するのかなって思って、つい、つけてしまったんです」

    (しれっと言いおって。女刑事か?)

     狂児は少しばかり甘い笑みを浮かべ、困ったように言う。

    「まさか。変わったひとだな。……あれは親戚の子です。たまに様子を気にかけてて。俺は、あの子の守護天使みたいなもんなんですよ」
    「天使? 天使はざくろなんて店に興味は持たないと思うわ。それか、あなた、この店のオーナーさんなのかな?」
    「……失礼ですが、あなたは……」
    「……あ。電話だわ。失礼」

     女はポケットから震えるスマホを取り出し、ゆらりと去って行く。
     狂児はしばし女の行方を見つめてから、ざくろの階段を上っていった。うっすら溶剤の匂いが漂う店内を横切り、目張りした窓の隙間から下を見る。
     もう、女の姿はなかった。

    「嫌な感じやな……」

     本当なら、あらゆる予定をキャンセルして帰ったほうがいい。
     が、そうするには聡実との予定が惜しすぎる。
     狂児はしばし迷った末、聡実にメッセージを送る。

    『聡実くん、今日、直接店でええ?』
    『ええですよ。どこ?』

     あらかじめ調べておいた店をいくつか開いて、そのひとつのURLを送った。
     ほどなくOKのスタンプが来たので、ほっと胸をなで下ろす。
     あとは、尾行に気をつけて店まで行けばいい。
     そう思ってざっくりと開店準備のチェックをし、ざくろの外に出た。真昼の蒲田にはひとがあふれているはずなのに、夜の街の周辺は妙に静かだ。狂児はアタッシュケース片手に、なるべく人気のない道を選んで歩く。

     ぴこん。

     スマホの通知音。
     取り出して見ると、聡実からのメッセージだった。

    『なにかあったんですか?』

    「ん? なにかって……」

     一体、何がや。
     片眉を上げて立ち止まる。
     スマホのロックを解除して、メッセージの詳細を見ようとした、そのとき。
     どっ、と、背中の、腰近くが熱くなった。

    「っ……」

     目を瞠って、振り返ろうとする。
     狭い路地裏は、昼なお薄暗かった。誰かが後ろに立っている。顔。顔は、よく、見えない。いや、何か、ふざけた仮面をかぶっている気がする。それはともかく、腰の片側が熱い。痛い。多分、これは、痛み。そして、異物感。何かが刺さっている。それが、乱暴に引き抜かれる感触。ばしゃっ、と、何かが地べたに巻き散らされる。
     狂児は振り向いて、ふざけた仮面野郎の首根っこを掴もうとする。
     その手が宙をひっかく。
     届かない。
     次の瞬間、狂児は地べたに倒れ込んだ。

    (あかん。まさか、腎臓行ったか)

     地面にぶち当たった衝撃を感じた、次の瞬間。
     視界が、ぶつっと真っ暗になる。
     どこかで澄んだ音が一音だけ、響いた気がして――おしまい。

     成田狂児は、死んだ。
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