あまい「今日はもう終わりにして秘密の部屋で休みますか?」
――どうせ少し横になっていれば動けるようになるんだから、このままでいいよ
そう思いを込めて小さく首を横に振る。
センパイはボクの意思を汲み取ってくれたのか、それ以上は何も言わなかった。
センパイが静かになったことで聞こえてくる音に意識を寄せる。
今回のライブに合わせて騎士さまに書いてもらった曲と、それに合わせて靴が床と擦れるキュッキュッという音が聞こえる。
――あ、今のところテンポがズレてる......またズレた。ライブまでの期間を考えると少し振り付けの難易度が高かったかな......いや、違う。バルくんたちは悪くない。ボクがこうやって時間を無駄にしているからだ......。
Trickstarは今や人気アイドルグループの1つだ。
最近はいろんな番組に引っ張りだこで特に忙しいと風の噂に聞いた。
その時間を割いて練習しているのに振付を担当したボクがこの状態でろくに指導もしてあげられていない。
――ボクは一体なにをしているんだろう。本当ボクって肝心な時に使えないな......。
「あ、そうだ!夏目くん」
そんな思考に陥っている時、ふとセンパイがボクを呼ぶ声が耳に入る。
よく好きな人の声は耳に入りやすいというけれど、この騒音の中でもセンパイの声が聞き取れるんだから、それもあながち間違いではないのかもしれない。
ボクの思考なんて知らないセンパイは勝手に話し始める。
「今回のことで反省して、きちんと食事は摂るようにしてくださいね」
なにかと思ったら説教か。
まぁでも今回はセンパイが正しい。
貴重な練習時間を奪ってしまっているのは間違いなくボクなのだから。
「俺だっていつでも夏目くんの側に居られるわけじゃないんですからね〜」
その言葉だけがやけに大きくボクの中に広がる。
――センパイはこんな役立たずなボクとは一緒にいてくれない......?離れていってしまう......?そんなの嫌だ......離れたくない、離れたくない......。最近ようやく気持ちを打ち明けられたのに、ずっと一緒に居られると思ったのに......。ねぇ、ちゃんとつむぎにいさんの言うこと聞くからボクのそばにいて......離れないで......。おねがい......
「......つむぎ............にい......さん......ッ」
声に出すつもりなんてなかったのに。
気付いたら縋るように、その温もりを求めていた。