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    iguchi69

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    211010*ジョ誕
    ジョ双
    ©itypopネタ

    ミントスカイの向こう側夕焼けの空に雲が流れていく。太陽の沈み行く根本はまだ明るく、闇の帳の降り始めた天井はうっすら紺碧がかっていた。幾重ものグラデーションが横目でも確認できるのは、ルーフを仕舞ったオープンカーならではの利点だ。もう少し暗くなれば頭上には星々が輝き始めるだろう。

    その時までには起こしてやるべきだろうか。ハンドルを握るジョウはバックミラーを覗く。細長い鏡には頭を寄せて眠るヤスとハッチンの顔が映っていた。普段はとにかくやかましいか鬱陶しいか目障りかの後輩だが、寝顔だけは存外罪のない子供然としている。器用にも互いの頭を中央にこてんと寄り添わせている二人は、絶妙なバランスを保っているらしかった。少しでも左右どちらかに揺れればハッチンの頭頂部に聳える針がヤスの頬を突くだろう。ジョウは改めてステアリングを操る指先に集中した。安全運転を心がけてはいるが、数年ぶりに運転席に座ったことへの緊張感とただでさえ抱えている吐血癖への懸念が心をざわつかせる。、万が一の光景が浮かんでアクセルを踏む足の力が緩んだ。流れる景色が失速する。助手席からすかさず叱責が飛んだ。

    「おい、クソ不死鳥。おどれ最低速度ちゅうもんを知っとるか。MIDICITYまで何百キロある思うとるんじゃ! ちんたらしとると朝帰りする羽目になるじゃろうが」
    「いいじゃねぇか、ゆっくりでもよ。……ほら、景色もキレイだぜ」

    降ろした金髪を払いながら双循が言う。さっきまではそれなりに速度のあった風に靡かせていたのが急激な減速で輪郭に纏わりついたのだろう。煩わしそうな指先は元凶であるジョウへの苛立ちで満ちている。
    海面に反射する夕日がその輪郭を照らしていた。突き出した唇は不平不満の表れだろうけれど、彫刻のように整った横顔からではすまし顔のようにしか見えない。本音ではジョウを運転席から引きずり下ろし自分が運転したいのだろう。しかし17歳の双循は運転免許を持っていなかった。しぶしぶ、といった態度でしかし素直に外を見る素直さに頬が緩む。幸い、海沿いの道は混んでもおらず景観も見事だ。往路ではジョウが見ていた風景を、双循は色違いで見送っていた。

    ◇◇◇

    ユーダス校長の気まぐれで全国津々浦々、思いつきのままに命じられて移動することはDOKONJOFINGERの面々にとって珍しいことではない。それはShibuvalleyのあばら家であったり、はたまた宇宙を巡る宇宙船であったり水族館での仕事だったりした。

    この度彼らに課せられたのは次の言葉だ。広げる扇子には笑うジャック・オー・ランタンのおまけ付きで。薄い唇が、この細い枯れた身体のどこにそんなパワーを秘めているのだろうというほどの音量で叫ぶ。
    「出張ライブ、やりなさ~~~~~い!!」

    今更どんな無茶を言われても驚かなくなってしまった。それに、ユーダス校長は行動こそ突拍子もないが途方に暮れるほど突き放すようなことはしない。ホームともいえるUNZを離れ自活せよと言われても住居は(最低限、底の底とはいえ)用意されていたし、突然の対バンであっても相手に話は通っていた。
    だから、今回のようなトラブルはイレギュラーとしか言いようがない。ライブ会場がMIDICITYからは電車で数時間かかる遠くの街であることは知っていた。泊りがけの仕事になることも。しかし、まさか移動用に手配したバンがオープンカーになろうとは。淡いラベンダー色の車体を区立DO根性北学園まで転がした業者は不思議そうに言った。
    「いや、4人乗りですから。運転もそちらでして頂かないと」

    かろうじてジョウだけが普通運転免許を持っていたのは不幸中の幸いか、あるいは不運の連続だろうか。4人に選択肢はなかった。普段は身分証明にしか使わない免許証を確認してから学校の周りをひとまわりする。左ハンドルに乗るのは生まれて初めてだ。他のことは国産車と変わらないから、とにかく落ち着いて、安全運転でお願いしますと助手席でカバのミューモンが言う。必死そうな早口には、無事でいてほしいのは自分達ではなく車の方だという空気が滲んでいた。

    かくして、DOKONJOFINGERの4人は早朝のUNZを後にした。初めは緊張に食いしばった口に血を滲ませていたジョウも、都心を抜けると走りやすい道路に心がほどけていく。順調な旅路にほころびが見えたのは街から街への境に差し掛かった時だ。

    当初助手席に腰を降ろしたのはヤスだった。レトロな車体にはナビゲーションは付いておらず、かといってジョウは道に詳しいわけでもない。お情けのように置いていかれた『MIDICITY道路地図』を読み込むのは、平素から家の手伝いとして配達業をしているヤスが適当だと思われたからだ。目論見は半分功を奏し、半分は期待はずれに終わる。ヤスは地図を読むことに長けていた。車の現在地と次の進路を瞬時に判断できる。が、致命的なほどに車慣れしていなかった。徒歩や自転車に適した道と乗用車でのそれは大きく異なる。

    「あ、ジョウ。次の角左に行ってくれ」「いや、イッツーになってんだろ」
    そんなことを繰り返し数度。ジョウには免許を取れる年でもなければ車に興味のある訳でもないヤスを責める気はなかったが、なにせ本人がへそを曲げてしまっては仕方ない。ヤスには思春期特有の燻るような劣等感と、それとは相反する根拠のない自信がないまぜになっているようなところがあった。
    小さな間違えを数度重ね、仕切り直しと小休止を兼ね立ち寄ったコンビニで「つか、ナビ使えばよくね?」とハッチンがごもっともの指摘をする。その頬に一発拳を叩き入れたことでヤスの溜飲は下りたようだった。次の助手席は、右頬を微かに腫らせたハッチンだ。

    スマートフォンの地図アプリに目的地を打ち込み、経路検索には『車』を指定する。こうすれば最適な道が出るのだと隣の触覚が得意げに揺れた。「うぜぇ。なら最初からお前がやればよかっただろ」と恨めしい声を背後に出発する。だが次の道もすぐに行き詰まってしまう。

    「ジョウ! 曲がんのあっち!」
    「あ!? どっちだよ」
    「あっちだよあっち……ファ~……過ぎちまった あ!じゃあ次こっちな!」
    「指で言うんじゃねえ! 右左だろうが!」

    目覚め始めた朝の住宅街に怒号が響く。「阿呆じゃのう」とあくび混じりに言う双循にヤスが頷いた。ジョウはお前だって大して変わんねぇぞ、と言いかけてやめる。路肩に車を止め、他人事のような顔をしている狛犬を顎で呼びつけた。

    助手席に双循を乗せたのは消去法だったが、意外にも彼のナビは的確だった。左折右折は少し前から予告し、交差点では名称を伝える。考えてみれば、普段大型バイクを乗り回しているのだから道に慣れているのは不思議ではなかった。蜘蛛の巣のように張り巡らされたMIDICITYの一般道を抜け、潮風が肌を撫でる頃になれば険悪だった後部座席のふたりも目を輝かせる。朝焼けに照らされたピンクの雲が海の上に棚引いていた。
    もう地図と睨み合わずとも標識にさえ気をつけていれば目的の街までは辿り着けそうだ。ジョウは助手席を盗み見る。強風になぶられた金の髪に隠れて、双循の表情はよくわからない。

    ◇◇◇

    ハロウィンライブを終えた一同は帰路についていた。本来このオープンカーは現地での撮影の為に用意されたもので、それに合わせた衣装が会場に届いていることを初めて知る。海辺の街に相応しくポップな風合いの洋服は着慣れず照れくさい。

    往路と同じく、助手席に双循を乗せたジョウはいっそう慎重にアクセルを踏んだ。後部座席の後輩ふたりの眠りを邪魔したくなかったし、少しでもこの時間を長引かせたいという思惑もある。それほど、自分の手でするドライブは気持ちがよかった。

    免許をとったのは数年前のことだ。あの年も、今年こそはと卒業に意気込んでいた。春休みに一緒に行こうと級友たちに誘われて予約した免許合宿には、あいにく高校生のままで参加することにはなってしまったけれど。本来お断りしているのですが、と前置きされたものの成人しているからと前金が無駄にならなかったことは幸いだった。
    あの時の友人たちはそれぞれ進学なり就職なりで先へ進んだ。中には所帯を持ったものまでいる。ファミリーカーなんかをローンで買って、かみさんを横に乗せて、ガキは後ろだよな。理想の家族像を頭に思い描いてから、ジョウは(まあ、似たようなもんか)と心のなかで呟く。ちらりと見やった双循は相変わらずつんと鼻先を正面に向けていた。

    ジョウと双循がいわゆる恋人同士になってから数週間が経つ。誰かに関係を話したことはなかった。ジョウ自身、互いを称する言葉がそれで妥当なのかを疑ってすらいる。他愛のないことから始まる小競り合いがなくなった訳ではない。
    双循は今まで通り生意気だし、下衆だし、手ずから根性を叩き直してやりたいくらい性根の曲がった野郎だ。けれど翡翠の目と視線があった瞬間、飛ぶ火花に違う色が滲み出したのは疑いようのない事実だった。思わず唇を合わせてしまったことも。何するんじゃ!と鼓膜を破らん勢いで罵倒されるのを覚悟したが、意外にも返ったのは柔らかい口づけだった。付き合ってくれと言葉にはしていない。けれど、あれは確かに互いが抱える慕情の確認だったとジョウは認識している。

    かといって何が変わったとも言えなかった。デートらしいデートはしたことがないし、甘やかな愛を囁いたこともない。ただ、ふとした瞬間に双循のことを見るのだ。敵意のない、隙のある顔を見るのが睦言の代わりだった。それはちょうど今のような。

    「双循、お前も寝てていいぜ。帰りだから道わかってるし……疲れただろ」
    「あ? たわけが、おどれ一人にしてブッ倒れでもしてみい。全員お陀仏なんぞワシは御免じゃ」
    「まぁ……保障はできねぇが」
    返る言葉は辛辣だ。その変わらなさに安心する。大きなカーブを滑らかに曲がった。沈みかけの夕日が夜に抗うかのように輝いてふたりの横顔を照らす。沈黙にびゅうびゅうと潮風が吹き込んだ。

    「ジョウ」
    「ん? ……っ、お」
    風の音が劈く中でも双循の声は不思議と通る。唇に何かが押し付けられ、気づくと口の中に爽快な香りとほのかに甘い味が広がった。飴だ。ころんと小ぶりの飴玉が双循の手から与えられたのだと気づく。

    「こんなん持ってたか?」
    「ライブのあまりじゃ。ガキ共はこんなん好かんからのう」
    喋ると中の異物が舌の邪魔をした。もごもごと問うた言葉に双循は疑いなく答える。
    「眠気覚ましに丁度いいじゃろ」

    笑う緑は、今口の中にある飴とよく似ている。ハロウィンライブで観客に配った飴玉の残りだというミントキャンディーは、なるほど子どもたちには敬遠されるだろうなと思った。カボチャの入れ物の中で置き去りにされたキャンディーのことを想像する。オレみたいだ。とっさに浮かんだ感傷は口にしなかった。

    数多の同級生を見送って、ひとり高校に残った。その先でこんな奇跡に出会えるとは思っていなかったんだ。だから。急に口内に広がった優しい甘さに、ふいに愛おしさが溢れる。鼻に抜けるミントの爽やかでいてどこか甘い香りは双循の香りに似ている。見た目よりも細いあの首筋からは、これよりももう少し華やかで、どこか妙な気分を思い起こさせる匂いが香るのだ。

    「キス、してぇな……」
    ほとんど無意識に言葉が口をついて出た。出来るはずがない。運転中で、自分たちが恋仲にあることなど知りもしないだろう後輩を後ろに乗せて。どうかこの荒唐無稽な願い事が海風に掻き消されていますようにと願ったが、双循のよっつの耳は低い声を逃しはしなかった。

    「な~にを阿呆なことほざいとる」
    「…………」
    反論の術もない。気まずさに口の中の飴を転がす。ジョウの言葉を鼻で笑った双循は、続けて小さく口を開けた。それは小さな、囁きにも似た声だ。一音一音を言い聞かせるように伝えるエメラルドの流し目が、自分にだけ向けられていることが嬉しくてたまらない。
    「あとで、の」

    ジョウは思わず力を入れそうになる右足を制した。あれだけ心がけていた安全運転を反故にしそうになる。彼の言う『後で』に今すぐにでも行きたくて。
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