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    iguchi69

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    211123*そじゅ誕
    ジョ双

    薔薇色の代償それが届くようになったのは十月の終わり、きっちり晦日のことであった。

    10月31日。世はハロウィンである。どこからともなくやってきた目新しいイベントは新しいもの好きの都会のミューモンたちに歓迎され、ここ数年ですっかりMIDICITYに定着した。例年、長月には夏を惜しむ間もなく街はオレンジや紫色に彩られる。カボチャや黒猫のような愛らしいものから骸骨やゾンビといった恐ろしげなものまで、和洋折衷節操なく『それらしい』モチーフが氾濫する景色も見慣れたものだ。
    人々はイベントを口実に仮装することを楽しみ、本場とは少々異なる形で伝わった『トリック・オア・トリート』を満喫した。双循とて例外ではない。

    由緒正しき神社の息子である彼に、異教の祭りにうつつを抜かすなどけしからんと眉を潜めるミューモンもいたかもしれない。尤も、それを口に出す者はいなかった。仮にどこかの命知らずが苦言を呈したところで、彼はそれを気にするような殊勝さなど持っていなかったけれど。

    双循にとってハロウィンは仲間と浮かれ騒ぐ日でも、平素では抑圧した変身願望を発揮する日でもなかった。外道王と名高い悪魔の狛犬の関心はただひとつ、自分の益になるかどうかの一点である。トリック・オア・トリートにかこつけて自らが支配する区立DO根性北学園の全生徒から貢物を徴収するというのはこの上なく良い計画だ。

    その日の朝、双循は普段より数十分早い時間に自宅を出た。仮装した姿で校門に立ち、アホ面で登校するクズ共を一人残らず出迎えるためである。ハロウィンに便乗した体をとるための小細工に過ぎなかったが、閻魔大王を模した衣装は思いの外気に入っていた。冥界を牛耳る王というのは悪くない。崇め奉られるのは嫌いではなかった。

    バイクに跨り早朝の住宅街を後にした双循は、同時刻に狛犬邸宅の戸を叩いた者がいたことなど知る由もない。無論その目的も。それを初めて認識したのは翌日になってからのことである。

    自室の前に花束が置かれていた。束というには心許ない、1輪と2輪ぽっちずつの細い包みが障子の前に放置されている光景はなんとも物悲しい。双循は考えを巡らせた。通いの使用人ならばもう少し気を使った置き方をするだろう。ならば。
    (……親父か)

    双循の予想は違わず、夕餉の席で部屋の前の花は何かと問えば自分とよく似た顔立ちの男から返る言葉は意外でもないものだった。花屋が朝に置いてきよった。足りない言葉を深追いするのはやめておく。知りたいのは差出人とその意図だが、伝えないということは父も知らないのだろう。そうか、とだけ答える。後には微かに食器の音がするだけの静かな食卓で、双循はまる一日放置され少し萎れた薔薇のことを考えていた。

    送り主不明のプレゼントはとても気味の良いものではない。しかし、生花である。中身の見えない箱や何かを仕込む余地のある物品とは違う。幼い頃から持ち前の器量で人心を惑わし、ものの大小・価値の多寡に関わらず数多くの贈り物をされてきた双循は薔薇の花を害のないものだと判断した。
    フィルムを留めているシールを剥がす。金色にエンボス加工で浮かぶ店名は町内にある馴染みの生花店のものだ。顕になった茎には棘の一本すらも残っておらず、双循は3輪の赤い薔薇を蔵から引っ張り出した青磁の花瓶に生けた。

    ◇◇◇

    翌朝、訪問者を出迎えたのは双循だった。裏の扉を控えめに叩いたミューモンは年若い女性で、代々植物の手配を頼んでいるヤギ族とは異なる尖った耳が緊張にひくひくと動いている。ああ、真ん中の息子が嫁を娶ったとか言うとったな。氏子の情報は一通り頭に入っている。双循は自分よりもずっと低い位置で目を丸くさせた女性に微笑んだ。生えているのは猫科らしき耳であるのに、態度はよほど草食動物じみている。

    「あ、あの、そーじゅんさん宛です! 早朝から恐れ入りマス、時間指定とのことですのでっ」
    小さな手が差し出すのはまたもや薔薇の包みであった。今日は3輪。満開には程遠い、細く巻かれた赤い花がバランス良くフィルムの中に収まっている。
    「それでは、失礼します!」と足早に去ろうとする彼女を引き止め、双循は「朝も早うにご苦労さんじゃのう。今朝は冷えるけえ、茶の一杯でも飲んでいかんか」と言った。邪気のない笑みで縁側を示す。開かれた場所ならば警戒されることもあるまいと踏んでのことだ。

    結局のところ、ほうじ茶の湯気を挟み聞き出した情報は到底有用とは言えなかった。それとなく探った差出人はわからず、地域住人との関係を悪化させるのは得策ではないと考えた双循はほんの数分ですっかり気を許した彼女が見た目には似合わず実は三十代で、バツイチ子連れで生花店に嫁いだこと、5つになる息子の七五三参りに何を着せればいいか迷っているという世間話を聞かされた所為でひきつった頬をさすった。噛み殺していたあくびを解放させながら自室に戻る。口の広い花瓶には、纏まることのない薔薇が各々が違う方向に頭を傾けていた。

    ◇◇◇

    その後も薔薇は欠かさず贈られた。本数はまちまちで、一輪ずつ増えていくのかと思いきや11輪を境に増減を繰り返すようになった。なんの意味があるのかと思ったが、詮索の無意味さを双循は初めの一回で悟っている。配達はスネネコ族の女性であることもあれば、その夫の次男坊であることもあったし、顔なじみの主人である彼らの父であることもあった。誰であれ、彼らは職務を全うするだけで毎日男子高校生に薔薇の花を送る依頼主を訝しがる気配すら見せない。もしかしたら、本当にその正体を知らないのかもしれなかった。

    11月も半ばを過ぎた頃になれば青磁の花瓶は大量の薔薇でいっぱいになった。まるで誂えたようだ。ほぼ球状の赤い塊は流石に無視できないほどの存在感を放っている。
    邪魔くさいのう。なにせ抱えても両手に余るほどの大きさである。ただでさえ気の長い方ではない双循がいよいよ耐えきれなくなったのは花瓶が満ちて、追加の花を挿すのが億劫に感じ初めてから一週間後のことであった。単純な威圧感に加え、満開になった薔薇の芳香は数本ならかぐわしいで済むだろうが100輪近い今となっては暴力的なほどだ。その上、目に痛いほどの赤といったら!

    連想ゲームのように双循の脳裏にはある男の姿が浮かぶ。己のシナプスの優秀さ、あるいは愚かさともいうべきだろうか。神経伝達の精度になんとも言えない気持ちになる。口元を歪めるのは、苦笑のようにも自嘲のようにも思えた。それを振り切るように双循は花瓶から薔薇を持ち上げ、手近にあった布で包んだ。見様見真似で束ねて兵児帯を結ぶ。手先は器用な方だから、それだけで薔薇の塊は本数の迫力も相まってそれなりの見てくれになった。即席の花束を手にして、双循は家を後にする。

    ◇◇◇

    「うわ、なにしてんだお前」
    「うわとはなんじゃ。恋人が迎えに来てやったんじゃ、泣いて喜んでみせんかい」
    「……約束は明日だったろ」

    UNZには似合わぬレンガ造りの店は創作イタリアンだかフレンチだかのカジュアルなレストランで、その外観も含め若者に人気があったが路地に面した裏口はその限りではない。パイプがむき出しの無骨な壁面にあるドアから出たジョウは自分を出迎えた人影に感じた困惑を隠さなかった。

    レストランBrillantはジョウにとって唯一長く続いているバイト先である。不死鳥の炎が調理に役立っていることや、完全予約制故に労働ペースが不規則にはならないこと、休憩が取りやすく残業も滅多に発生しないことからも彼にとって手放したくない好条件の職場であった。しかしながら労働力の安定確保のために突発的な休日が取りづらいという難点もある。2週間前から決まっているシフトを覆すのはなかなかに難しい。たとえば今日のような、突如知った恋人の誕生日前夜であってもだ。

    11月22日の夜を共に過ごせないことを知って落胆したのは双循よりもジョウの方だった。もとよりロマンチストの気がある男だ。年下の恋人が18になる瞬間を共有できないことが、血を吐くほどショックだとは思いもよらなかったが。シフト変えれるやつ探すか、でもな……と口の端の血を拭いもせずぶつぶつ呟く恋人を目の前に、双循はなんだってこんな男に惚れたんじゃろうかと何度目かわからない自問をする。答えはいつだって出ることはない。

    宥めるのも、慰めるのもらしくなかった。なによりも面倒だ。恋人の狼狽に飽きた双循は「ええわい。ワシも22は一日用事があるからのう」と言った。どうして衝撃を受けたように丸くなる赤にこちらが罪悪感を感じなければいけないのか。つくづく惚れた弱みの理不尽を感じながら、双循はだから誕生日当日はジョウの家に行ってやるとそう約束したのだ。
    だから、ジョウにとって今の状況はまさに晴天の霹靂 、寝耳に水といったところなのだろう。豆鉄砲を食らった不死鳥の顔を見て、双循は仄かな満足感に口角を上げた。この男が自分のすることで心を乱されている様を見るのが好きだ。

    「ほれ」
    花束を押し付ける。ジョウは怪訝そうに眉を潜めたが何も言わず、それなりに重さのあるそれを抱え直した。通学に着ているライダースではない、よりラフな濃灰のパーカーに薔薇の花束は不釣り合いではあったが、赤が混じった髪と燃えるような瞳にはよく映える。

    ああ、やっぱり、おどれの色じゃなあ。

    「はよう帰るぞ」と言って双循は先を歩いた。ジョウの家までは数分だ。巨大な花束を持って歩くジョウを見たのだろうすれ違うミューモンたちがざわめくのを背に聞きながら、勝手知ったる巣まで双循は先んじて歩を進めた。

    ◇◇◇

    「来てもらって悪ィけどよ、まだ何も用意してねえぞ」
    電灯をつけながらジョウが言う。実家暮らしの双循にとって、帰る家が暗いというのは新鮮だった。青みがかった蛍光灯はどこかよそよそしい。照らされた部屋は記憶と変わらず、適度に雑多ないかにも男の一人暮らしの部屋だった。ソファに乗ったジャケットを端に寄せ、双循はどかりと座り込む。柔らかくもない、決して良いとは言えない座り心地なのに、どうしてだかここに腰を下ろすと心が落ち着いた。

    ばつが悪そうな声色には約束した明日の昼までに準備する筈だったのだという思惑が溶けている。ジョウの気持ちを感じ取って心が弾む。何をするつもりだったのか。存外可愛らしい男だから、プレートの乗ったケーキが飛び出しても驚きはしないなと双循は想像を巡らせた。

    「で、なんだよこれ」
    「見ての通り、薔薇の花束じゃが?」
    「なんでオレに渡すんだよ、お前の誕生日だろ」
    ばさりと動かせば濃厚な花の香りが立ち込める。濃厚な匂いにジョウはしかめ面を見せた。

    「おどれ、そういうの好きじゃろ」
    「あ?」
    「赤はオレに色じゃ~言うて、紅葉じゃサンタじゃの、誰彼構わずいちいち対抗しとるじゃろうが」
    「だからってわざわざ買ってきたのか?」
    「たわけが、そんなことせんわ」
    眉間の皺はほどかれない。双循の真意が見えないことにますます目つきが険しくなる。

    「どこぞの下僕が贈って寄越しよってのう。もう一ヶ月近くなるか……いい加減邪魔じゃけえ、おどれに払い下げたろうちゅう親切心じゃ」
    感謝せえよ、そう言いかける口を閉じたのはソファが大きく揺れたからだ。隣に腰をおろしたジョウが向ける目線には明らかな非難の色があった。

    「じゃあなんだ、テメェは他の男からもらったモンを見せびらかしに来たのかよ」
    「……なんじゃ、妬いとるんか」
    男とは言っていないが。かといって女とも限らない。双循は言葉を濁した。どちらにせよ知りようがないし、真実よりも次の言葉が聞きたかったからだ。

    「妬かねぇわけねえだろ」
    静かな声は確かな怒気を孕んでいる。赤い視線が弓矢のように双循の心を貫いた。背骨を暗い喜びがかけていく。自分ばかりが惚れ込んでいるのだと、そう感じることが多いものだから。時折、この男を試したくなる。答えはこの上なかった。双循は満足げに微笑んで、ジョウのおとがいに手を添える。赤を見つめたまま唇を合わせた。

    「双循てめぇ、毎度それで誤魔化せると思ったら大間違いだからな」
    「なにを誤魔化すことがあるか。気に入らんならおどれご自慢の炎で焼くなりなんなり好きにしたらええ……もうワシには必要ないからのう」
    もとより不要なものだ。捨て置く理由がなかったから、自室に飾っていただけで。一ヶ月近くかけ、贈られ続けた薔薇の花は今何本あるのかすら知らない。しかし最後の最後に良い仕事をしてくれたものだ。触れ合う鼻先の間で言葉を交わす。翡翠の溶けた赤がふと細められた。

    「酷い奴だな。同情するぜ」
    「お互い様じゃろ」
    ジョウの言葉が指すものはなんだったのか。想いを伝えることも叶わず1DKの部屋で枯れるのを待つ花束か、あるいはその送り主に対してだろうか。双循は少しだけ逡巡し、けれどすぐに近づく薄い唇の感触に集中することにした。もはや心は二対の緋色にのみ囚われている。何よりも赤い紅玉は彼自身の灯す炎にも似ていて、轟々と燃えるゆらめきが閉じた瞼の裏にいつまでもちらついていた。
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