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    梨 末

    @03smmms1006

    壁打ち。

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    梨 末

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    剣伊。現代パロ。とある小鳥と暮らしている朴念仁学生伊織の話

    #剣伊
    Fate/Samurai Remnant saber×Miyamoto Iori

    それは鳥だけが知っている*Information
    ・現代パロ
    ・セイバーが鳥
    ・伊織が恋愛事に対して鈍感
    ・伊織←モブ描写が少し有ります

    ご了承の上お読みください






     踏む度にたん、たん、と音が響かせる階段を伊織は無表情で登っていく。慣れたルーティーンではあるが今日は少し足取りが重い。
    (些か買いすぎたか?)
     足の動きに合わせて、途中で立ち寄ったスーパーのビニール袋ががさりと大きな音を立てた。いつもならここまでに満杯にはならないが、特売で安くなっていたので買いすぎてしまった。店売りの呼び込みに反応してしまったのは安易だったなと反省しながら、過去の記憶を辿る。まだ冷蔵庫には余裕があった筈だ、恐らく入り切るだろう。そうして買った食材をどうするか考えていると学生寮にある自分の部屋の前まで辿り着いた。後は実際に見てから決めるかと一旦考えをやめると、背負っていたリュックのポケットから梅結びの飾りの付いた鍵を取り出した。 
     ガチャリと音を立てて玄関の扉を開けると、まずは忘れずに施錠する。そして、持っていた荷物を置いてから靴を脱いで整えた。
    「ただいま」
     大学生になってから一人暮らししている今でも帰宅の挨拶は忘れない。長年染み付いた習慣というのもあるが、他にも理由がある。
     伊織が部屋に入るやいなや、急に部屋の中でひゅうと切り裂くような風が吹いた。
    (……またか)
     表情を崩さずに一歩ずれて疾風を躱す。予想はしていたが、予想通りにならなければどれほど良かったか。伊織が帰るまでは大人しくしていろと云っているのに聞くつもりはないらしい。
    「また籠から抜け出したのか、セイバー」
    「ピィ!」
     振り返って声をかければ、名前を呼ばれた小鳥は玄関先にある棚上から元気よく鳴いて返事をする。
     まるで染まることを知らない純白の美しい翼、その羽の先は焦茶の色を帯びている。澄んだ琥珀色の瞳は伊織の帰りを待ちわびていたのかきらきらと輝いているように見えた。
     伊織が知っている範囲では他に見たこともない種類の不思議な鳥の名前はセイバーという。変わった名前だと思うが、訳あってこう呼んでいる。
     小鳥と共に伊織はこの部屋で暮らしている。鳥らしく普段は鳥籠の中で生活しているが、気がつくと伊織の近くにいる事が多い。当然、不用意に外に出ないようにと籠には鍵をかけている。しかし、どうやら伊織が使っている内に開け方を覚えてしまったらしく、よく脱走している。
     これは良くないと以前に専用の鍵がないと開けられない南京錠で扉を閉めたこともあったが、小鳥が機嫌を損ねて暴れ回って手に負えず、結局上手くいかなかった。
     諦めて元の状態に戻したが、伊織がいない間は出てくるな、大人しくしていろと口酸っぱくいい含めている。が、小鳥が従った試しはない。勝手に抜け出しては駄目だと何度云えば解るのかと、伊織が呆れているのには気づいているのかいないのか。
     気にしてはいないだろうなと思いながら目の前に腕を差し出すと名を呼ばれた小鳥はそこに飛び移って脚を下ろした。
     音もなく静かに着地した小鳥は軽く羽ばたくと、慣れた様子でそこからピョンピョンと飛び移り、首元まで移動する。そして、ぐりぐりと伊織に身体を擦り付けた。
     押し付けられた身体は遠慮がなく勢いが強いが、ふわふわとした触り心地の良い毛並みは痛みを感じさせない。それでも気を抜くと体が傾いてしまいそうになるので、片足に力を込めるのは忘れない。
     こうやって小鳥が身を寄せてくるのは珍しいことではない。よくあるいつもの光景だ。伊織が帰ってくる度に毎回である。
    (……最初の頃とは、大違いだな)
     昔と比べると雲泥の差だ。とある雨の日に見つけた小鳥は全身ずぶ濡れで怪我をしており、とても弱っていた。
     伊織がすぐに保護したものの警戒心が強く、部屋の隅から動かず、餌も手につけなかった。根気強く世話をしたお陰で今の関係に落ち着いているが、あの頃はよく暴れて噛まれていたなと懐かしさすら感じる。
     しかし、今こうやって傍にいるのは伊織がどうこうよりも元々小鳥が持っている気質があってこそだろう。
     しばらくして怪我が治って動けるようになった小鳥は好奇心旺盛で、遠慮なく伊織の部屋を荒らし回り、食欲のままによく食べて数日分の備蓄を空にした。
    (なんというか……見ていて飽きない、というやつだろうな)
     一緒に暮らすようになってからは一人で静かに過ごしていた部屋に彩りが生まれた。小鳥と出会ったあの日から、ただ帰って寝食をするだけの部屋ではなくなったのだ。共に暮らす分、費用も増えているが悪いものではないと伊織は思っている。
     そう考えに耽っている間も首元を撫で続けている小鳥に対して、いい加減にしろと頭を軽く叩いた。
    「セイバー。夕餉はすぐには無理だが、今日は土産がある」
    「……ピィ?」
     土産? と怪訝そうに頭を傾げる小鳥に伊織が掲げたのは紙袋だ。なんだろうかと紙袋に目をやったた小鳥はすぐさま瞳を輝かせた。
     ケーキが描かれた鮮やかな見た目に甘味だと気付いたようだ。伊織は学生なのであまり金銭に余裕がなく、小鳥にもあまり高級なものを食べさせてやれない。こうやって日々の食事以外の食べ物を持って帰ってくるなどかなり珍しい。
     滅多にないご褒美にとても嬉しそうに羽ばたいて喜んだ小鳥はすぐにでも食べたいと伊織に鳴いたが、ふと我に返ったように大人しくなる。その瞳はじっと紙袋を凝視していた。
     紙袋に結ばれている飾りのリボン、ピンク色の目を奪われるその装飾はどうみても伊織のセンスではなさそうな見た目である。
    「ああ、買ったものではない。貰ったんだ」
    「ピピィッ」
     小鳥の疑問に対して、さらりと聞こえてきた伊織の返答に小鳥はとても驚いた。気持ちが抑えきれないのか、慌てたようにばたばたと暴れ出す。
    「なんだそんなに食べたいのか? 待ってろ、今お茶を」
    「ピーー」
     そうではなーい! と云いたげな小鳥の気持ちは一切伝わることはなく、伊織はキッチンへと向かう。お湯を沸かす為にケトルを手に取ると蛇口を捻り、水を入れる。そして湯を沸かしている間に買ってきた食料も忘れずにしまっていく。
    「ふむ、これなら問題無く入り切りそうだな」
    「ピーピーピー!」
    「……ああ、机を片付けないとな」
     見れば、昨日レポートで使った資料が置いたままになっている。散らかっているそれらを纏めて端に追いやる。見栄えはあまり良くないが伊織の部屋はワンルームでそこまで広くない。多少の不格好は勘弁して欲しいところだ。そうして用意を進めている間も相変わらず小鳥は周りを騒がしく飛び回っていた。
    「しつこいぞセイバー。待ち切れないのは解るが、暴れ過ぎだ。そんなに騒ぐなら食べさせないぞ」
    「ピイッ」
     そんな酷い事をするなんて正気か と小鳥は固まる。一旦鳴くのをやめ、いやでも、これには正統な理由がと考え直してまた伊織に詰め寄ろうとした正にその時、部屋にとある音が響いた。

     ――ピンポーン!

    「兄ちゃーん! 遊びに来たよ〜!」
     可愛らしい声と共にピンポーンと呼び鈴が再度鳴らされる。
    「ああ、今行く」
     突然の訪問にも表情を変えず、頷きながら伊織はその呼び掛けに返事をすると辺りを飛んでいた小鳥を捕まえて肩に乗せ、客人を出迎える為に玄関に向かった。




    ****




     訪問者は伊織の妹であるカヤだった。
     カヤは一人暮らしをしている伊織の下に数ヶ月に一度会いにやってくる。一旦、部屋に招き入れたものの、まだ片付けは終わっておらず、辺りは少し乱雑していた。
    「ごめんね兄ちゃん、あたし早く来すぎちゃったかな」
    「気にするな、大したことはないよ」
     予定よりも早めの到着になったからだとすぐに気がついたカヤは申し訳無さそうにしていたが、伊織としては特に問題なかった。
     事前に連絡はもらっていたし、逆にカヤを待たせる方が心苦しい。来客に当たって部屋を綺麗にするとしても、あまり物を持たないのでそこまで時間はかからないだろう。
     話題を変えようと土産の菓子の話をすれば「わぁー美味しそう! 早く食べたい」ときらきらと目を輝かせた。先程見た光景と一緒だなと感慨深く思いながら片付けを進めるかと視線を下に向ける。
    「セイバー、カヤのことを頼めるか」
    「ピィ!」
     肩に乗せた小鳥に妹の相手を任せると、解ったと鳴いてからカヤのところまで飛んでいった。
     カヤに会うのは一ヶ月ぶりなので小鳥も会えて嬉しいようだ。笑い合って互いに挨拶すると近況を話しだした。
     そんな一人と一匹の会話を背後に聞きながら、準備を進める。
     中途半端になっていた状態の部屋を綺麗に片付け、空けた中央に机を配置する。それから、人数分出した皿にそれぞれケーキを乗せ、お茶と併せてそれらを手際良く並べる。準備が終わると、全員で揃っていただきますと手を合わせた。

    「美味しい〜!」
     あまりの美味しさに感動したのか、思わず顔に手を添えると頬を緩ませながらカヤは嬉しそうな声を上げた。
    「それは良かったな」
    「にんじんのケーキなんて初めて食べたけど、こんな味がするんだね」
    「確かに。俺も知らなかった」
     ケーキと言えば生クリームがたっぷり乗った甘いものをイメージしていたが、これは全くの別物だ。苺やバナナなどの果物ではなく、とうもろこしや人参などを使用して作られた野菜のパウンドケーキだ。見た目はシンプルだが口にいれるとほろほろと崩れて口溶けが良く、混ぜ込まれている穀物が良いアクセントになっている。素材の味を生かした優しい甘さが健康志向の人間に受けているらしい。
     ペットでも食べられるように添加物不使用で自然由来のものだけで作られており、人間は別途付いている甘いソースを必要に応じてかけて食べるようだ。隣にいるカヤもケーキの上からたっぷりかけて楽しんでいる。
    (……セイバーも、気に入ったようだな)
     ちらりと視線を横にやれば、小鳥もぱくぱくと勢い良く食べている。時折と美味い! と云いたげに鳴きながらその瞳はケーキから離れない。
    (相変わらず、とても良い表情をする)
     そうやって見つめている内に小鳥用に取り分けた分はものの数分で胃の中に消えてしまい、此方の皿にまで足を伸ばしてきた。気に入ってくれたのはいいものの、この勢いでは伊織の分までなくなってしまいそうだ。
     伊織は甘味にそこまで興味がないので構わないが、食べさせ過ぎには注意しなければ。万が一、太ってしまったら籠に入り切らなくなってしまう。それに贅沢を覚えすぎるもの良くない。伊織は学生でそこまで金銭に余裕があるわけではない。無限に食べられると小鳥が思ってしまうのはなんとしても避けたい。
    「こら、食べ過ぎだ」
    「ピィ!」
     これ以上食べられないように皿を取り上げると小鳥は羽を広げて抗議の声を上げた。
    「駄目だ。自分の分はもう食べただろう?」
    「……ピー」
    「ぶー、じゃない」
    「あははっ、相変わらず仲良しだね。でも珍しい、なんでこんな高そうなもの……はっ、まさかまたご飯食べなかったのを誤魔化す為に」
    「いや、昨日はちゃんと食べたぞ」
    「昨日は?」
    「……っ」
     じとーっと咎めるような妹からの視線に耐えかねて、咄嗟に目を逸らす。まずい、気を抜いていたせいか、失言をしてしまった。しかし、口から出たものは取り消せない。
     伊織は課題やレポートに追われて食事を抜いてしまう場合がある。翌日に響くので気をつけているが上手くいかない時もあり、カヤにもよく心配されている。
    「も〜、兄ちゃんも立派な大人なんだからしっかりしてよね」
    「すまないカヤ」
    「謝っても駄目です! こんな賄賂を貰ったって、ぜーったい許さないんだからね!」
    「……もう一つ食べるか?」
    「えっ、いいの」
     目を輝かせて伊織を見つめてから、はっと我に返ったのか両手で口を覆う。失言をしてしまった気まずさから、あははと乾いた笑みを浮かべるカヤの様子を微笑ましく思いながら、伊織は皿にまた新しいケーキを乗せた。
    「カヤ、これはあまり日持ちがしないんだ。俺達だけでは食べきれないかもしれない。寧ろ、減らしてくれると助かるんだが」
    「……コホン! そこまで云われたら仕方ないですね。今回は特別に許してあげます」
    「忝ない」
     感謝の気持ちを表すように大げさに頭を下げるとなにそれと笑われた。くすくすと笑うその声に棘は感じられない。どうやら機嫌を直してくれたようだ。ほっと胸を撫で下ろす伊織を横目に、カヤは小鳥に近づくとそっと耳打ちした。
    「……セイバーさん、今度兄上がご飯食べなかったら教えてくださいね。みっちり説教しますから」
    「ピィ!」
     任せろとばかりに元気よく返事をする小鳥に対して、勘弁してくれと思うが口にはしなかった。
     小鳥と暮らすようになってから食事は前よりもきちんと取るようになった。伊織だけではまあいいかと流してしまうものも小鳥には飯抜きは大問題であり、必ず主張してくる。
     毎度、学業やバイト疲れで寝てしまっても飯の時間になれば起こしてくれるので伊織としても助かっていた。

    「うーん」
    「どうしたカヤ?」
     二つの目のケーキを食べながら歓談していた最中、楽しそうにしていたカヤがふとフォークを持っていた手を止めて怪訝そうな顔を浮かべていた。考えを巡らせても答えが出てこなかったカヤはこてりと軽く首を傾げる。
    「兄ちゃんがお菓子を買うなんて、やっぱり不思議……賄賂じゃないならなんで買ったの?」
    「カヤは俺のことをなんだと思っているんだ。これは買ったんじゃなくて、貰ったんだ」
    「も、もらった?」
     その言葉にカヤは信じられないものを見るような目で伊織を見た。
     何故そんな眼差しを向けてくるのだろうと思いながら簡単に経緯を説明すると、カヤは顔を青ざめた後にぷるぷると震えだした。
    「兄ちゃんの馬鹿! 食べちゃったじゃん」
    「いきなりどうしたんだ、まさか口に合わなかったのか?」
    「とっっても、美味しかったです」
    「そうか、良かったな」
    「良くなーい」
     平然としている兄とは正反対に気が気でない妹の声は大きい。広くない部屋を満たすカヤの叫び、主張に合わせて小鳥も同意見だと何度も深く頷いた。
     この菓子は大学の先輩からもらったものだ。授業中に分からないところがあったから教えてほしいと声をかけられたのが始まりで、それから何度か話す機会があった。
     その中で偶然、伊織の携帯電話の待ち受けが小鳥だと知るとあちらもベットを飼っているとのことで話題が広がり、何かと相談を持ちかけられることもあった。
     今回は相談を聞いてくれた御礼だと渡された粗品だ。大したことはしていないのに真面目な先輩なんだなと伊織は思っている。

    「……えーと、兄ちゃん。その先輩さんは他になんか云ってなかった?」
     カヤは確認するように、祈りを込めながら縋る気持ちで問いかける。
     兄の伊織は物解りが良くて、頭の回転が早い方だ。だが、どこか抜けているというか、ちょっと疎いというか、他人からの好意を気が付かないところがある。
     生まれた時から一緒に暮らしていて兄の行動に疑問に思ったことは数知れず、さりげなくフォローに回ったことも少なくない。
     しかし、それはもう過去の話。もう進学して独り立ちした立派な大学生だ。今はそんなことはないだろうと思っている、思わせて欲しい。
    「ああ、今度会った時に味の感想を教えてくれと。だから、カヤが美味しいと云っていた事はちゃんと伝えるから安心してくれ」
    「もーー、ぜっんぜん女心が解ってない」
     叫ぶように云うとやりきれない思いのまま机を叩く。気持ちが昂っていたせいかバンッと大きな音が部屋中に響いた。突然の行動に驚いて伊織と小鳥はびくりと体を跳ねさせてからカヤを見る。どうして、兄はいつもこうなのか。
    「昔からいっつもそう、大学行ったら変わると思ったのに!」
    「お、おいカヤ」
     和やか雰囲気から一転、打って変わって殺伐とした空気になってしまった。見るからに怒っているカヤに只ならない雰囲気を感じ、取り敢えず落ち着けと声をかけるが、もはや焼け石に水。何を云われようと一度開いた口は止まる気配はなかった。
    「兄ちゃんのおたんこなす! 鈍感! 女たらし!」
    「そうだぞ、イオリの浮気者!」
    「兄ちゃんの浮気者 …………って、ええ?」
     口にしてから違和感に気付いたカヤは周りを見渡すが、そこには伊織と小鳥とカヤ以外は誰もいない。
    (……今のは、一体?)
     聞いたことのない声がした気がする。まるでカヤと同じくらいの少年か少女くらいのきれいな声がしたのだ。カヤのやるせない気持ちに同意してくれたような発言に、ついそのまま繰り返してしまった。でも、その声の主はどこにも見当たらない。
     何だったんだろうときょとんとするカヤの隣で兄である伊織は静かにお茶を啜っていた。
    「どうかしたのかカヤ?」
    「……今、声がしたような」
    「声ならカヤがさっきから出しているだろう」
    「ううん、そうじゃなくて他の」
    「カヤ、あまり食事中に声を荒らげるものじゃない。品がないぞ」
    「ご、ごめんなさい……」
     云われてから自分のしたことを自覚して恥ずかしくなる。ついかっとなって衝動のまま動いてしまった。こんな風に騒ぐなんてはしたない。
    (でも、このままじゃ駄目……妹であるあたしがしっかりしないと!)
     兄ちゃんには幸せになって欲しいもん。その為ならいくらでも頑張れる。どうにかして兄に良い相手を見つけてもらうんだ。
     ぐっと拳を握りしめて密かに気合を入れると、まずは手始めに先輩とやらの話を詳しく聞くことにした。


    「…………」
     仲睦まじい兄妹の様子を見ながら小鳥は思案する。どうにかしなけばと思う気持ちは、小鳥も同じだった。




    ****




     一悶着あったせいか、どこか不服そうなカヤを宥めながら穏やかな時間を過ごし、共に夕餉を食べ、遅くならない内に見送った。そうして日付も変わった夜遅く。
    (……もう、こんな時間か)
     課題を進めていた手を止めて、ふと時計を見ると予想よりも時が過ぎていたことに気づく。今日はこれくらいにしておくかと、疲労を訴える眉間を解しながら伊織はノートを片付けると立ち上がった。
     布団に横になると集中していた反動からか、疲れがどっと押し寄せてきてすぐに意識が遠くなっていった。

    「…………」
     その様子を鳥籠から見ていた小鳥がいた。
     しばらく動かなくなった伊織を見守った後、慣れた様子で籠の入口を嘴で動かして外に出る。音を出さないように気をつけながら静かに羽ばたくと、ふわりと伊織の枕元に着地した。
    「……」
     近くまで来ても相変わらず伊織は眠っている。近くで覗き込んでみても起きる気配はなさそうだった。
     なら、丁度いい。
     明るくなったと思えば小鳥がふわりと光に包まれる。小鳥が発した光はどんどん大きく成長していき、姿形を変えていく。やがて長い髪を三つ編みに纏めた人の子のような姿になると、当たり前のように伊織の布団に潜り込んだ。


    「人前で喋るなと、前にも云った筈だ」
     ぬくぬくとセイバーが暖を取っているとふと声が聞こえた。音の元を辿れば、目を開けないまま伊織が話しかけてきていた。
    (俺は……寝て、いたのか)
     気配を感じて声を掛けたはいいが、眠りに落ちていた意識ははっきりとしない。いつの間にか意識が飛んでいたらしい。
     セイバーがこうして寄って来るのは予想できていた。だから、それまで起きているつもりだったのに思ったよりも疲れていたようだ。
     しっかりしろと散り散りになっている自身の思考をどうにか纏め、閉じていた瞼を上げると横で寝ているセイバーへと視線を向ける。
     その姿は小鳥ではなく人間の形をしていた。
     誰にも話していないがセイバーは人に姿を変えることができ、人の言の葉を喋る。加えて時折、こうして伊織と過ごしている。
     鳥が人に変わるなど信じ難い現象ではあったが、そういうものかと伊織はすぐに受け入れた。目の前で変わったところを見てしまえば疑いようはなく、信じる他無い。
     ただそれは伊織の場合の話であって、他の者は当てはまらないだろう。驚かせないようにと他の誰にも、当然妹のカヤにも教えず内緒にしている。
     だと云うのに今日、セイバーはカヤの前で言の葉を発した。誤魔化せたから良かったが、あれは危なかった。故に話が違うのではないかと問い詰めるのは当然の権利だ。
     先程の言の葉は聞こえていただろうと咎める視線を受けても尚、セイバーは余裕のある笑みを浮かべていた。
    「さて、どうだったかなぁー?」
    「惚けるな。此度は肝が冷えたぞ」
    「あはは、それはすまなかったな」
     飄々とした態度のセイバーに対してやめろと訴えれば、セイバーは謝りながらもからからと笑う。ただ、笑うだけで反省している素振りは一切なかった。それもその筈、此度はセイバーよりも伊織に非があるからだ。
    「でも、あれはきみが悪い」
    「……だから食べなかっただろう」
     貰い物を食べるとセイバーは何故か不機嫌になる。由を尋ねてもイオリが悪いとしか云われない。詳しく聞こうにも自分で考えろと投げられ、どうにもならなかった。
     意味が解らないが、とにかくセイバーの機嫌を損ねると厄介なので、もう食べないと以前約束を交わしていた。
     今回貰ったケーキも皿に出しただけで伊織は一切口にせず、共に出したお茶だけを飲み、添えていたフォークにすら触らなかった。
     話しながら食べていたのとその経緯を説明する流れで慌ただしかったせいか、幸いにもカヤは気づかなかったようだ。もし不自然に思われて、何故なのかと問わても上手く答えられる自信はなかったので伊織は少し安堵していた。
     セイバーも夢中になっていたとはいえ近くにいたのだから知っている筈だ。約束を反故にはしていないと説明すれば、当然だとばかりにセイバーは怒った。
    「当たり前だ! 誰が他の者からの貢物を口にさせるものか。全て私の胃に収めてやったぞ!」
    (……これは、ただ食べたかっただけだな)
     そう思っていても指摘すれば更に拗れるのが目に見えていたので口にはしない。
     うだうだと文句を云う割にあの時の食は進んでいた。伊織の知る限りでは大好物である米と同様くらいには喜んでいるように見えた。
     先輩から渡されそうになった時、伊織は当然断ることも考えた。
     だが、菓子の内容を聞いていく内にセイバーが気に入るかも知れないと考え、貰わないという選択肢は消えた。現状こうして拗ねてしまっているとしても、持って帰ってきて正解だった。
     すぐには難しいかもしれないが、また機会があったら買ってきてもいいかもしれないなと伊織は内心思っていた。

    「全く、私というものがありながらイオリの浮気者め。金輪際そのセンパイとやらとは話すなよ。近付くな、目も合わすな」
    「無理だ。学校が同じなのだからどうやっても会うことになる」
    「い・い・な!」
     絶対に駄目だと目の前に指を突きつけながらセイバーは主張する。その目は真剣で頑として譲る気はなく、無理難題な言の葉を撤回する気はないようだ。なら、伊織が折れるしかない。
    「……解った。出来るだけ距離を取るようにする。だが、礼だけは伝えさせてくれ。このまま縁を切るのは不義理だ」
    「むう、確かにあの菓子は美味かったしな……良い、許す。だが、それが済んだらゼツエンだからな!」
    「善処する」
     次はないからなと念押してくるセイバーに渋々ながら頷く。
     無愛想だと思われがちな伊織に対して良くしてくれた先輩には申し訳ないが、これからはできる限り離れるようにしよう。教室に入る時間を少しずらして、前の方へ座る場所を変えれば問題ないだろう。あの先輩は会う度に話しかけて来るがあまり授業には関心がないようだから、教室の前方、教師の目に入りやすいところまで移動してしまえば、わざわざ寄って来ない筈だ。

    「話を戻すぞ。カヤを驚かせるような真似はもうしないでくれ」
    「んー、私とてそうしたいのは山々がだな。うーん……気が乗らない」
    「……セイバー」
    「私がどうしようと私の勝手だろう? つまり、私の機嫌次第と云うことだ」
     どうやら云うことを聞かせたいのなら機嫌を取れと云いたいらしい。
     セイバーの機嫌の取り方。それはよく知っている。
     しかし、自ら行動するとなるとどうしても抵抗感がある。迷っている間もじっとセイバーがこちらを見つめている。にやにやとして楽しそうな表情を浮かべるセイバーの姿に、からかわれているなと理解していてもやるしか道は残されていなかった。

     深呼吸がてらの溜息を一つ。
     それから体を横向きにしてセイバーと向き合った。腕を伸ばしてセイバーの頬に触れ、顔を近づける。白く柔らかい肌にそっと唇が触れた。
     額、瞼、頬……それから。
     上から順に降りるように軽い口付けを落とし、最後に唇に触れようとして、留まる。やらなくてはと思っても固まったように体が動かない。
     気にしないように努めていたが、期待を込めた眼差しでセイバーが伊織を見ているのを意識してしまえば、もうお手上げだった。
    「……これで、勘弁してくれ」
    「ふふん、イオリにしては頑張ったんじゃないか? ほらっ、もっとしてくれても良いのだぞ?」
    「無理だ」
    「愛いな〜伊織は。どれ私が手本を見せてやろう」
     そう得意げに宣言すると、云うが早いが伊織と同じ手順で顔に触れていく。
     まずはにこりと微笑んでから優しく包み込むように額に、次は静かに目を閉じるように見つめてから瞼に、更に柔らかそうだと笑いながら頬に。そして、最後にゆっくりと味わうよう唇に触れる。
     数秒触れ合った後、名残惜しそうに離れながらぺろりと唇を舐められた。
    「どうだ? 次はできそうか」
    「……っ」
     囁きかけるような声音に思わず目を逸らす。
     距離が近い。先程まで触れていた唇から少し離れただけの互いの距離は僅かだ。離れようとしても顔を両手で包みこまれていて、どこにも逃げられない。鳥のままでもそうだが、見目麗しく整っている顔つきは目に毒だ。
     どうかと問われれば、恐らく伊織にはできない。セイバーと違ってこういった行為は何度やっても慣れる気がしない。先程のことを頭の中で反芻するだけで顔が熱くなる気がした。
     できるなどとやすやすと口にできる筈もなく、口を閉ざしていると答えを待っているセイバーから見られている気配を感じる。熱い、視線だけで肌がじりじりと焼けそうだ。
    「イオリ」
     待てなくなったのか、名を呼ばれる。
     はっきりと耳を打つそれは、何があっても揺らぐことはない上に立つ者の声だ。その声に逆らうことは出来ない。伊織は引き寄せられるように視線を合わせた。
    「次の休みを楽しみにしているといい。甘露が如く溶かしてやろう」
     その姿にごくりと唾を飲む。
     見ただけで飲み込まれてしまいそうな飢えた獣の如き瞳。
     お前が欲しいと、早く食べてしまいたいと言の葉がなくとも強い心情が伝わってくる。求められている。恐ろしいのに目が離せない。伊織は全てを飲み込まんとする琥珀色に魅入られていた。
     一度この美しい瞳に囚われてしまえば、誰だって逆らうことはできないだろう。
     だとしても、このままされっぱなしは性に合わない。
    「……レポートが終わったらな」
    「なあっ きみ、私とレポートどちらが大事なのだ!」
    「レポートだな。単位を落とす訳にはいかない」
     単位を落とすということは、この部屋から退去することに繋がる。それだけはなんとしても避けなければならない。学生という身分である以上、学業が優先であるのは当然としてもこの場所でないといけない。
     伊織の通っている学校には特別な決まり事があった。
     校長が動物好きである為に優秀な生徒には小動物に限るが、ペットを飼って良い寮部屋が与えられる。推薦で入学した伊織も優待生その一人だ。当初は利用するつもりはなかったが、セイバーと暮らすに当たってありがたく利用させてもらうことにした。
     確認すれば元々暮らしていた部屋はそれに対応していた部屋だったようで、申請すれば簡単に受理された。部屋が汚れる、壊れてしまうなど何か有った際の費用は学校との折半になるらしいが、どうみても破格の条件だ。
     勿論、これは成績が優秀な生徒だからこその話であり、悪い成績を取ってしまえば忽ち無かったことになる。
     そうなれば、伊織は部屋を出ていくしかない。学校やバイト先とそれ程遠くなく、ペット飼育可の部屋を探すとなると家賃が高くなる。伊織でもなんとかなる部屋を見つけるまでには時間がかかってしまうだろう。その間、セイバーを野外で過ごさせるのは忍びない。現状を維持できるならそれが一番だ。
     一応、通常の寮部屋に移ることもできるが、共に暮らせなくなるので意味がない。

    「イーオーリー!」
     というのは伊織側としての由であり、セイバーには関係の無い話だ。己より他を優先されて納得がいかないセイバーは伊織の肩を掴んで揺さぶってくる。
     遠慮のないそれに煩わしさを感じて、いい加減にしろと腕を伸ばして囲い込んだ。腕の中に抱き込んでしまえばいくらセイバーだろうと暴れられない。いきなり動きを制限されたので反発してくるかと思えば、するりと足を絡めてきたのでそのまま受け入れる。
     抱き合ったまま密着し、触れ合っているとそこから伊織より少し高い温度が伝わる。温いなとぼんやりしていると、すりすりとセイバーが伊織の胸に顔を擦り付けた。少々くすぐったくはあるが特に障りはないので好きにさせておく。
     鳥の時もよくやっているが、これはセイバーの機嫌がいい時の仕草だ。
     以前に何故顔を擦り付けるのかと尋ねた時、イオリだからだと答えが返ってきた。それは、つまりどういうことだろうかと仔細が解らず逆に疑問が増えてしまった。何がともあれ今のセイバーは動きを制限されているというのにどうやら嬉しいらしい。
    (……ねむ、い)
     体温が上がったせいか、一度は無くなっていた眠気が戻ってきた。だんだんと瞼が降りてきて重くなってくる。遅くまで課題を進めていた疲れもあってすぐにでも意識がなくなってしまいそうだ。
     抗おうとする伊織に追い打ちをかけるようにセイバーが背中を撫でた。優しい手つきに更に瞼が閉じかける。しかし、眠ってしまえばこの時間は終わるのだと思うと途端に惜しくなる。
     まだ話したいことがあったような気がする。話はちゃんとできていただろうか。足りない何かを手繰り寄せようとしても眠気のせいで上手く頭が働かない。
    「……あたたかい、な」
     伊織には色恋なんてものは解らない。セイバーから伝えられるばかりで、こちらからは気の利いた言の葉を口にできた試しがない。
     だから、これはなんてことのない只の戯言だ。
    「おまえが、いると……よく、ねむれ、る」
     そう口にしてから伊織は完全に瞼を閉じた。後は穏やかな呼吸音だけが聞こえている。


    (……きみは、本当に)
     風が吹けば消えてしまいそうな程の小さな告白はきちんとセイバーの耳に届いていた。全くと呆れながらも口角が上がるのを止められない、触らなくても己の顔が熱くなっているのが解る。
    「ああ、私もだ……お休みイオリ、良い夢を」
     不器用で愛しい存在をぎゅっと強く抱きしめながらセイバー自身もそっと目を閉じた。



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