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    yumar952

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    yumar952

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    以前ちらりと呟いた、令嬢ものヌヴィフリです、、、!
    続きを何も考えずに書き殴ってしまったので、今の所続くかどうか不明なのですが生暖かい目で読んでいただけると嬉しいです😂
    ヌもフもなんであんなに貴族似合うんでしょうね、、、🥺

    #ヌヴィフリ
    NeuviFuri

    偽物の花嫁なのに水龍に執着されて離してもらえません!◇◆プロローグ◆◇

     柔らかな日差しが差し込むチャペルの中、フリーナは純白のウェディングドレスを身にまとい、祭壇の前に立っていた。その内心は、結婚式とは思えないほど緊張と戸惑いに満ちている。
     ちらりと盗み見た先は、──フリーナの婚約者、ヌヴィレットの姿。
     今日初めて彼の姿を目にしたが、彼は想像よりも遥かに美しい容姿をしていた。陶器のように滑らかな白い肌、絹のような白銀の長い髪、そして朝焼けを思わせる紫がかった瞳。しかし彼の表情はまるで氷のように冷たかった。

    「永遠の愛を誓いますか?」
    神父の問いかけに、ヌヴィレットはにこりともせず「誓います」とだけ答える。その声は澄んでいたが、まるでこの結婚自体に興味がないかのように、感情が込められていない。そしてフリーナも後に続き宣誓した。
     誓いの言葉が交わされて、周囲の参列者がわぁっと沸き立つ。祝福の拍手の音を聞きながら、互いに向き合い、フリーナは瞳を閉じて彼の唇が近づいてくるのを待った。

     そして自分の唇に静かな温かみを感じながら、フリーナはほんの数日前の出来事に思いを馳せたのだった。

    (どうして、こんなことになっちゃったんだろう…)






    ◇◆ 第一幕 偽物の花嫁◆◇

     フリーナとその双子の姉フォカロルスは、ここフォンテーヌ王国に領地を構える、ある弱小貴族の令嬢として生まれた。
     フリーナとフォカロルスの母親は、フリーナ達が生まれてから間も無くしてこの世を去った。父親はその後、すぐに新しい恋人と再婚をしたが、後に来た継母となる女性は大層意地の悪い性格で、血の繋がらないフリーナ達へ尽く嫌がらせをした。
     父親も、そうした継母の態度を咎めようともしない。それもそのはずで、そもそも父親の方も、継母が来る前からフリーナ達に当たりが強かったのだ。それはフリーナ達の容姿が、父親にも、そして母親にも全く似ていなかったのが原因にある。
     両親とも、真っ直ぐな茶髪に黒い瞳を持っていたが、生まれたフリーナとフォカロルスは、ウェーブがかった淡い水色の髪に、左右で色の異なる青い瞳といった全く異なる容姿だった。そのせいで父親は妻の不貞を疑い、フリーナ達を自分の子供とは見做さなかった。
     それからというもの、酷い時はご飯もろくに与えられず、フリーナとフォカロルスは使用人以下の待遇を受けて来たのだった。
     しかし何もできなかったフリーナと異なり、双子の姉のフォカロルスはそうではなかった。








    「ねぇフリーナ、フリーナは今日のパーティーには行かないのかい?」
    煌びやかなドレスを見に纏い、優雅な佇まいを見せる姉フォカロルス。その姿はとても自分と同じ容姿をした人間とは思えない。
    「僕はいいよ・・・。どうせ行ったところで嫌がらせを受けるか悪口を言われるだけだしね」
    そう断ったフリーナに、フォカロルスは眉を下げた。

     双子の姉フォカロルスは、フリーナと同じく虐待を受けて育ったものの、他を寄せ付けないほどにカリスマ性を持った強い女性であった。ここフォンテーヌ王国はマシナリー輸出で富を得た国であるが、フォカロルスは持ち前の聡い頭脳を生かし、女だてらにマシナリー開発にも携わった。
     フリーナの家は貴族といえども資源資産に恵まれず、没落寸前まで追い込まれていたが、フォカロルスの稼いだお金でなんとか現状を保っていた。プライドの高い父親と継母は、そうしたところでもフォカロルスを可愛げがないと憎んでいるようであったが、お金を稼いできてくるのは確かなため、次第に彼女に対しては強く出られないようになっていった。
     そしてそんなフォカロルスは、出自は弱小貴族ではあるものの、「才媛」と呼ばれ社交界でも一目置かれていた。頭が良く美人で、誰もが惹きつけられるカリスマ性─、そんな女性として、貴族達はおろか庶民からも羨望の眼差しを浴びている。
     一方で妹のフリーナは、そんなフォカロルスとは異なり、「悪女」「無才の女」と侮蔑を受けていた。
     元々父母から虐待を受け、髪は傷み、手は伯爵令嬢とは思えないほど荒れている。身体も痩せて見窄らしかったし、継母の嫌がらせで、美しい青い瞳は眼鏡をかけることを強要され隠された。通っていた貴族学校では優秀な成績を収めていたが、才媛とまで呼ばれた姉と比べてしまうと地味で目立たなかった。
     ある時、とある名門貴族のボンボン達が、フォカロルスと双子だというフリーナに興味を持ち、ちょっかいをかけてきたことがあった。彼らは甘い言葉をフリーナに囁き、彼女に手を出そうとした。しかしフリーナはそれに乗らず、彼らを持ち前のよく回る口で強く非難した。
     しかしプライドが傷つけられたのだろう。そのことがあってから、彼らは逆恨みし、男好きだの素行が悪いだの、好き勝手捏造した噂をばら撒いた。フリーナとしてはもう何もかも面倒になってしまい、特に噂を消そうともしなかったため、その噂があちこちを駆け巡り、今では社交界で悪女の誹りを受けるようになってしまったのだ。

    「僕はキミがこんな扱いを受けていることに耐えられない。キミは思いやりがあって、泣きたい時に泣いて、笑いたい時に笑って・・・とても人間味のある、優しい子だっていうことを僕は知っている。僕からしたらキミこそまさに『理想の人間』なんだ。こんなふうに扱われてることが悔しいよ・・・」
     姉フォカロルスは、心底悔しそうに顔を歪めた。フォカロルスは、妹のフリーナを溺愛しており、虐められているフリーナを見ては何度もフリーナと2人でこの家を出ようとしてくれた。
     しかしこの階級社会では、未婚の女が2人で家を出たところで、いくら才媛と言われる彼女であっても生きにくいのは確かだ。自分のせいでそんな生き方をしてほしくない、とフリーナはフォカロルスを強く止めた。フォカロルスは納得のいかない顔をしていたが、フリーナの説得に負けて結局この家に留まることを選んだ。
    「ありがとうフォカロルス。キミがそう言ってくれるから、僕も救われているよ」
    力無く笑うフリーナに、フォカロルスは酷く傷ついた顔をした。







     そしてこの家の状況が変わったのは、つい先日のことだった。 フォンテーヌでも一二を争う名門貴族、ヌヴィレット公爵家の現当主から、フォカロルス宛に求婚の手紙が届いたのだ。

    「フォカロルス!!あのヌヴィレット公爵家と婚姻を結ぶって本当!?」
    「そんなに驚かないでフリーナ。ヌヴィレットとは貴族学校で知り合ってね。彼が結婚したいと言ってくれているから、このお話を受けるつもりだ」
    淡々とした態度で答えるフォカロルス。それに比べてフリーナの心中は穏やかなものではなかった。
    「・・・相手はあのヌヴィレット様だろう?大丈夫なのかい?」
     現当主のヌヴィレットという男は、社交界に疎いフリーナですら名前を知っているほど、冷徹と名高い男だった。お金と権力こそあるものの社交嫌いで、冷酷無情。おまけに「めりゅじーぬ」という不気味な異形を家来として従えていると専らの噂だ。一説には彼は人間ですらないという話も聞く。そんな男とフォカロルスが結婚だなんて、全く想像がつかない。
    「ヌヴィレットはキミが思っているよりも悪い男ではないよ。悪女と噂されているキミが本当は優しい子なのと同じようにね。それに彼は僕が結婚すれば、莫大な支援金をこの家に投与してくれると約束してくれた。この家にとっても悪い話ではないはずだ」
    少し困ったような表情で笑うフォカロルス。でもその表情はこれから好きな人に嫁ぐ女性のものだとは、フリーナには到底思えなかった。

     その日の夜、フリーナ達の父親と継母は大喜びだった。
    「よくやったフォカロルス!!これで我が家は安泰だ!これでうちを弱小貴族と馬鹿にするやつらの鼻を明かす事ができるぞ!」
    「あの女性嫌いで名高いヌヴィレット様にどう取り込んだのかしら!でもやるじゃない!」
    にやついた顔でフォカロルスを褒める両親達。ヌヴィレットの噂話を知らないはずがないのに、そこは全く気にしていないのか。不快な思いを抱きながら、フリーナは両親を醒めたような目で見つめていた。








     それから数日後、事件は起きた。

     早朝、フリーナが目覚めてフォカロルスの部屋に向かうと、いつもなら完璧に身支度を整えた彼女がそこにいるはずなのに、その日は部屋のどこにもいなかった。その代わり、フォカロルスの机の上に一通の手紙が置かれている。

    (嫌な予感がする)

    フリーナは恐る恐るその手紙を手に取り、すぐに中身を確認した。手紙を開くと、フォカロルスの字でこう綴られていた。

    『フリーナへ、
    ごめんね、僕は事情があってこの家にはいられない。無事だからどうか心配しないで。時が来ればきっとキミを迎えに行く。キミの幸せを誰よりも願って。

    ─フォカロルスより』

    フリーナは震える手で手紙を握りしめた。心臓がせわしなく脈を打っている。

    (・・・・フォカロルスが家出した!?そんな馬鹿な!)

     急いで部屋を出て敷地中を探したが、フォカロルスの姿はなかった。きっと夜の間にこっそり逃げ出したのだろう。我が姉ながら、本当に彼女は大胆だ。婚姻がそんなに嫌だったのだろうか。でもこの前は納得している様子を見せていたのに・・・。
     そしてフォカロルスが逃げ出したことは、当然ながら両親にも間も無くバレてしまった。

    「フォカロルスがいないだと!?ヌヴィレット公爵家との縁談が決まったのに、あの娘はどこに行ったんだ!」
    「あの子は一体何を考えているの?こんな大事な時に逃げるなんて!」
    父の怒号と、継母の悲鳴のような声が屋敷に響き渡った。
    「ヌヴィレット公爵家と婚姻を結ぶことで支援金がもらえるはずだったのに、もしこの話が白紙になったら、我が家は没落免れないぞ!」
     焦りを隠せない表情の父。だが、娘が失踪したのにも関わらず自分の保身しか考えない両親の態度に、フリーナは嫌悪感を抱いた。
    「…お言葉ですが、今は一人の人間がいなくなっているんですよ。婚姻のことばかり考えていないで、娘のフォカロルス自身の無事を心配しようとは思わないのですか!?」
    「なにを、誰の情けで飯を食わせてもらってると思っているんだ。お前らを自分の娘などと思ったことなどないわ!出ていけ!」
     反論したフリーナに、父は苛立ちを隠せなかった。今まで黙っていた娘に抵抗され、相当腹が立ったのだろう。父はフリーナの髪を掴み、屋敷から追い出そうとした。

     その時、継母は何もせずにただ見ているだけだったが、急に良い考えを思いついたかのようにニヤリと笑った。
    「あなた、フォカロルスが見つからなければ、この子を代わりにヌヴィレット様へ嫁がせればいいのよ!」

     父はその言葉に驚いた様子で、次にフリーナの顎を掴み、顔を自分の方に向けさせた。
    「そうだ、この子はフォカロルスと全く同じ容姿をしている。少し痩せてはいるが、フォカロルスだと言ってもバレないだろう。よし!お前がヌヴィレット家へ嫁げ。フリーナは今日から死んだものとしよう!」
    「・・・!?」

     そうしてフリーナは、フォカロルスの代わりの花嫁として、ヌヴィレット公爵家へ嫁ぐこととなったのだ。



    ◇◆第二幕 ヌヴィレット侯爵家◇◆

     結婚式が終わり、フリーナはヌヴィレットに連れられて彼の屋敷へと向かった。式が終わった後、通常なら家族と別れを惜しむ時間があるはずだが、フリーナの両親はヌヴィレットに媚びるように挨拶に来ただけで、娘のフリーナにはほとんど言葉をかけることなく去っていった。
     大方フリーナに話しかけて、うっかりボロを出されると困るとでも思ったのだろう。フリーナとしては気にも止めていなかったが、夫となるヌヴィレットはそんな両親の態度を見て何か思うところがある様子だった。表情は、相変わらずの鉄仮面ではあったが。





    (わぁ・・・、すごく立派だ)

     王都にある公爵邸は、フリーナの実家よりもはるかに大きく、建築様式も華やかなものだった。広々としたホールに足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのはキラキラと輝く大きなシャンデリアだった。床は大理石だろうか、フリーナが歩くたびに硬く滑らかな音が響く。

     「この屋敷へようこそ、フォカロルス殿。部下のセドナに軽く屋敷を案内させよう」
     そうヌヴィレットに呼ばれてやって来たのは、まるで幻想の世界から飛び出てきたかのような不思議な生き物だった。子供くらいの小さな背丈に触角の生えた頭、ミトンのように丸い手、そして背中には小さな羽が生えている。
    「初めまして、フォカロルス様。お会いできて光栄です。これからどうぞよろしくお願いします!」
    と、セドナと呼ばれる生き物は丁寧にお辞儀をした。

    (もしかしてあれが噂のめりゅじーぬかい?不気味な異形の生き物と聞いていたが、すごく可愛いじゃないか!)

    「初めまして。もしかして、キミたちが〝めりゅじーぬ”という生き物かい?」
    フリーナが問いかけると、セドナは口元に手を当てながら、小さく頷いた。その仕草もいちいち可愛らしい。
    「ご存じだったのですね。私たちは巨獣エリナスから生まれた、メリュジーヌという種族です」
    「巨獣・・・?エリナス・・・?詳しいことはよく知らないけど、これからどうぞよろしくね」
    フリーナがそう微笑み返すと、セドナは少しだけ驚いた顔をした。
    「実は大抵の貴族の方たちは私たちを不気味がって避けるのですが、フォカロルス様はそのように温かく接してくださるのですね。新しい奥方様がお優しくて、安心いたしました!」
    「優しいだなんて・・・そんなことないよ」
    にっこりと笑うセドナに、フリーナは思わず照れくさそうに眉を下げた。

    (メリュジーヌに、巨獣エリナス・・・。周りの貴族達がヌヴィレット公爵家を恐ろしがっている意味がわかった。─ここは通常の尺度で測れる家じゃないかもしれない)

     排他的な貴族たちは、この得体のしれない不思議な生き物を怖がるだろう。しかしフリーナにとっては、他人からこのように友好的な態度を取ってもらえること自体が珍しく、それだけでもう厭う理由などなかった。

    「・・・メリュジーヌは、フォンテーヌが誇る美しき生命体だ。この屋敷に住む以上、彼女たちを尊重し、共存するようにとまずは伝えようと思っていたのだが、君には杞憂だったようだ」
     背後からフリーナとセドナのやり取りを見守っていたヌヴィレットが、静かに口を挟んだ。
    「彼女たちは本当に優しく、忠実な存在だ。頼るといい。ではセドナ、この屋敷を案内してやってくれ。私はここで失礼しよう」
    その言葉に、フリーナはふとヌヴィレットの顔を見上げた。

    (あれ…彼、少しだけ微笑んでる?)

     どうやら、メリュジーヌを怖がらなかったことが彼を満足させたらしい。無表情に見えたその顔は、今はどこか柔らかく、先ほどよりも少しだけ温かみが感じられる気がした。


     セドナに連れられ、フリーナは屋敷のあちこちを見て回った。その中でもフリーナの印象に残ったのは図書室だった。

    「わあ・・・。こんなに沢山の蔵書を持ってるんだね、さすがヌヴィレット家だ」

     室内に足を踏み入れると、そこには大きな書棚が壁一面に配置され、さまざまな本が所せましと並んでいる。
     ちょっと見てもいいかい、とフリーナは山ほどの蔵書が詰められた本棚を熱心に眺める。

    (経理関係の本もあるし、マシナリーに関する本もある。うん、これなら何とかなりそうだ。これからフォカロルスとして演じるのであれば勉強しなくてはいけないのだから)

     真剣に本を見て回るフリーナを見て、勉強熱心だと思ったのだろう。セドナは優しい目をしながらフリーナに話しかけた。
    「フォカロルス様なら、本はいつでも持ち出していただいて構いませんからね。では、最後にフォカロルス様のお部屋を案内しましょう」
     先導するセドナに案内されたそこは、青を基調にした上品な部屋だった。豪華なソファーやドレッサーの他、端には華やかなフリルが施された大きなベッドがあり、その上には柔らかそうなクッションが散りばめられている。
     今まで屋根裏部屋のような質素な空間で寝ていたフリーナにとって、この部屋はまさに夢のような破格の待遇だった。

    「今日は大変でしたでしょうから、少しお休みになられてください。その後は湯あみをしましょう。30分後、また お向かえに上がりますね」
    セドナが柔らかな声で提案すると、フリーナは思わず驚気の声を上げた。
    「え、お風呂・・・?自分で入れるよ」

     申し出を断ろうとするフリーナを、セドナは楽しげに笑って拒否する。
    「駄目です、今日は特別な夜なのですから」
    「それはどういう意味だい・・・?」
    その含みのあるセドナの言い方に、フリーナは首を傾げた。







    (つ、疲れた・・・普通の貴族って、体を洗うのも使用人にやらせるのかい?)

     お風呂場では、セドナの他、使用人のメリュジーヌ達が集まってフリーナを磨きに磨き上げた。

     新しい奥方が来て嬉しいのか、
    「このボディーソープは肌がしっとりすると貴婦人の間でも話題なのですよ!」
    「お花の香りのする香油をお塗りしますね!」
    「フォカロルス様ってば、本当に華奢ですね!とってもかわいいです!」
    といった具合に、きゃっきゃうふふと楽しそうに声を上げている次第だった。普通の貴族であれば身の回りのことは全て使用人に任せるのだろうが、虐待されて育ったフリーナはそのような経験をしたことがなく、ただただ戸惑うだけだった。友好的に接して貰えてるのは勿論嬉しいが。

     やっと解放された後、セドナたちは「それでは、私たちは失礼致しますね。良い夜をお過ごしください」と言ってフリーナを部屋に返し、そのまま後にした。セドナたちが出ていったあとの部屋の中は、酷く静かに感じた。
     フリーナは大きなベッドに身を横たえ、クッションに顔を埋める。

    (今日は本当に色々なことがあったな・・・)

     ふわふわのクッションの感触が心地よく、いつの間にか目を閉じてしまった。それからどれくらい時間が経ったのだろうか。

    ふと、「コンコン」とドアを叩く音で目が覚めた。

    (・・・セドナかな?)

    「なんだい・・・?」
    寝ぼけた声で返事をすると、ドアがぎいっと音を立て開かれる。

    「ご機嫌よう、フォカロルス殿」

     そうして入ってきたのは、シンプルな夜着を身に纏った、この家の当主、ヌヴィレットだった。
    「ヌ、ヌヴィレット様?どうされたのですか?」
    フリーナは起き上がり、目を見開いてヌヴィレットを見つめた。一方ヌヴィレットは相変わらずの鉄仮面のままだ。
    「堅苦しいから敬語はいらない、ヌヴィレットと呼んでくれ。・・・そんなに驚いた顔をして、初夜に夫が妻のところに来るのは、そんなに変なことかね?」
     ヌヴィレットはそのままフリーナが寝ているベッドの上に腰掛けた。ぎしっとベッドが軋む音が聞こえ、フリーナは顔を赤くさせる。

    (初夜・・・!僕ってばフォカロルスの演技に気を取られて、すっかりそのことを忘れてた!貴族の婚姻の常識についても碌に教わらずに輿してきちゃったから・・・)

     先ほどまでセドナたちが熱心にフリーナの体を洗っていたことにようやく合点がいき、彼女は頭を抱えた。しかし、おろおろした目でフリーナがヌヴィレットの方を見ると、彼は冷たい表情のままで、まるで初夜を始める雰囲気ではなさそうだった。

    「ヌヴィレット・・・?」
    そう問いかけると、ヌヴィレットは小さく首を振った。
    「──安心したまえ、私は今日君に手を出す気はない」
    そのきっぱりとした否定に、フリーナは目を丸くした。
    「そ、そっか・・・。一応、理由を、聞いてもいいかい…?」
    「3カ月間は肉体関係を持たない。それがフォカロルス、君の出した結婚条件だったはずだ。無論、私も後継を作らなければいけないが、それまでは無理強いするつもりはないから安心したまえ」

    「肉…っ、無理強い…!?」
    ヌヴィレットの直接的な表現に、思わず硬直するフリーナ。そんなフリーナに、ヌヴィレットは眉を顰めて言った。
    「もしや君から提案しておいて忘れたのか?」
    その態度に、フリーナは慌てて取り繕った。
    「あー!いやその、ごめんごめん、そうだ。僕が提案したんだったね!」
    あはは、と笑う一方、フリーナは内心で汗をかく。

    (貴族にとって、結婚は後継者を作るためのものだと言っても過言ではない。初夜の存在を忘れていた僕が言うことではないけれど、そんな条件を出すなんてフォカロルスはいったい何を考えているんだい!?いや、今からこの男性に・・・その、抱かれろなんて言われても困るから、僕としては九死に一生、すごーく助かったけどさ・・・)


     我が姉ながら、フォカロルスが何を考えてヌヴィレットと婚姻を結んだのか全く理解できない。そもそもフリーナは一つの大きな疑問を抱いていた。
     目の前にいる彼は冷たい表情のままで、今日一日を通して自分に対する好意を一ミリも感じることができなかった。本当に彼が求婚して来たなんて、信じられないほどに。
    「・・・あの、ちょっと聞いてもいいかな?そもそも、僕の何が良くて求婚してくれたの?」
     どうか嘘がバレるような地雷を踏みませんように、と祈りながらフリーナが尋ねると、ヌヴィレットは少し気まずそうに目を逸らした。
    「私も公爵家の主人として、周りから後継ぎを作れと煩く言われていてね・・・」


     彼はその後、自分の計画を言葉を選びながらゆっくりと説明し始めた。フリーナを気遣っているのか、もう少しぼかした言い方をしてくれたが、その内容は要約すると概ねこうだ。

     公爵家の現当主であるヌヴィレットは、昔から感情というものに乏しく、人を愛するという気持ちがどうしても理解できなかった。そのため長年結婚をしていなかったが、近年跡取りを作るべきだという非難の声が無視できないほど大きくなり、誰かと婚姻を結ぶ必要に迫られた。

     彼が求めていたのは、ヌヴィレット家に影響を及ぼさない程度の弱小貴族で、女主人として館を安心して任せられる知性のある者。何より、自分が愛を与えられない分、相手もヌヴィレットを愛さない女性でなければならなかった。
    ──そしてまさにその条件に当てはまるのが、"才媛"フォカロルスであった。

    「大抵の令嬢たちは、私を見るなり怯えるか、家柄に惹かれ媚びた態度を取るかのどちらかだった。しかし君は初めて会った時から、そのどちらの態度も取らず、こちらを見透かすような目で私を見つめて来た。その後、君も知っての通り、契約結婚の話を持ちかけてくれて、私は乗るほかないと思った。君ならばこのヌヴィレット邸を任せられる」

    ヌヴィレットは続ける。
    「私は君を愛さない。だけれども、それ以外であれば金でも宝石でも、君が望むものはなんでも提供しよう。だから、君にはこの家の公爵夫人として義務を果たしてほしい」

     今までのことが、全て合点がいったとフリーナは思った。要するに、ヌヴィレットにとっての結婚は、愛情や感情ではなく、義務感から来るもの。元々これはフォカロルスとヌヴィレットの形だけの結婚だったのだ。

    (それならば・・・)

     当初、ヌヴィレットはフォカロルスを愛してる故に求婚して来たのかと思い、フリーナは罪悪感を抱いていた。しかしそれならば話は違う。

    (3ヶ月は手を出さないと彼は言った)

     ならば、この3ヶ月間、もがいて足掻いて全力でフォカロルスを演じよう。そしてその間に、なんとかお金を貯めて、その後は何もかもを捨てて、自力でひっそりと生きていくのだ。

     フリーナだって、これまで世間に揉まれてしまったが、立派なうら若き乙女だ。裕福な生活は魅力的ではあるが、自分を偽って、自分を愛してもくれない男に身を捧げるのは嫌だ。
     何より、直接的な言い方にはなるが、子供は夫婦の愛の結晶という考え方が根深いこの国には、避妊薬というものがない。関係を持って子供ができれば、今度こそフリーナは逃げられなくなる。
    ──生涯不自由な鳥籠の中で、フォカロルスを演じなければいけなくなる。

    ──それならば、そうなる前に逃げた方がいい。結婚式の直前に逃げ出した本物のフォカロルスのように。


     フリーナはヌヴィレットを見上げて言った。
    「わかったよ、ヌヴィレット。僕は君の立派な奥さんになってあげよう」
    心の中で、ただし3ヶ月間の、と付け加える。

     これからの3ヶ月間、フリーナはフォカロルスとしての役割を全うし、自身の新たな人生に向けて計画を練る決意を固めた。自分の人生を取り戻すため、フリーナは一歩踏み出すことにしたのだ。


    To be continued.....
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    yumar952

    PASTヌヴィフリ
    pixivに掲載していた過去作です。フがストーカーモブに襲われるちょっとしんどい話ですが、私なりにフへの愛を書き連ねたつもりです🥺💙
    新作を書きたいのに自分が書くといつも1万字を超える上に時間がかかってしまう・・・厄介モブから受けを守ろうとする攻めの構図は好きなので、今後もこう言う話は書いていきたいです(ヌとフに謝れ)
    刹那の一瞬を君と「水の娘役、フリーナ・ドゥ・フォンテーヌ!!」
     司会者の掛け声と共に、熱烈な拍手が会場に響きわたる。観衆からの熱視線に包まれながら、フリーナはカーテンコールのお辞儀をした。
     あの日「水の娘」を演じてから、フリーナは再び舞台に返り咲くことを決めた。あの公演を行ったことで、舞台に立つ行為こそがフリーナに生の実感を与えてくれると感じてしまったのだ。
     飲まれてしまいそうな孤独や苦痛の記憶も含め、フリーナが持つ様々な感情を舞台の上で発揮することで、今まで許されなかった自己表現を成し得ている。
     またフリーナが再び舞台に戻るきっかけとなった「水の娘」も、今では人気演目として数々の劇団で上演するようになった。そして今日もフリーナは主演女優としてオファーを受けエピクレシス歌劇場にいる。
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