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    yumar952

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    yumar952

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    ヌヴィフリ
    pixivに掲載していた過去作です。フがストーカーモブに襲われるちょっとしんどい話ですが、私なりにフへの愛を書き連ねたつもりです🥺💙
    新作を書きたいのに自分が書くといつも1万字を超える上に時間がかかってしまう・・・厄介モブから受けを守ろうとする攻めの構図は好きなので、今後もこう言う話は書いていきたいです(ヌとフに謝れ)

    #ヌヴィフリ
    NeuviFuri

    刹那の一瞬を君と「水の娘役、フリーナ・ドゥ・フォンテーヌ!!」
     司会者の掛け声と共に、熱烈な拍手が会場に響きわたる。観衆からの熱視線に包まれながら、フリーナはカーテンコールのお辞儀をした。
     あの日「水の娘」を演じてから、フリーナは再び舞台に返り咲くことを決めた。あの公演を行ったことで、舞台に立つ行為こそがフリーナに生の実感を与えてくれると感じてしまったのだ。
     飲まれてしまいそうな孤独や苦痛の記憶も含め、フリーナが持つ様々な感情を舞台の上で発揮することで、今まで許されなかった自己表現を成し得ている。
     またフリーナが再び舞台に戻るきっかけとなった「水の娘」も、今では人気演目として数々の劇団で上演するようになった。そして今日もフリーナは主演女優としてオファーを受けエピクレシス歌劇場にいる。

    今日の公演も大成功だ。全てが順調に進んでいる。「人」として、新たな「舞台」を謳歌している。

    しかし、たった一点、そんな現在のフリーナにも気掛かりなことがあった。

    ーー端的にいうと、ある熱烈なファンの男からストーカー行為を受けているのである。








     始まりは2ヶ月前のこと。
    「フリーナ様!あぁ、、、やっとお声がけができた・・・!」
     主演を務めていた舞台が成功に終わり、余韻を胸に歌劇場を後にしようとしたところ、出口付近で1人の男性に呼びかけられた。
     フォンテーヌには珍しい、スメールの学者のような出で立ちをした、なかなか爽やかなルックスをした男性だった。
    「失礼、私はスメール人のラムダンと言います。フリーナ様が水神をされていた頃、貴女様の歌劇を観て、すっかり虜にされてしまいました。本日の劇も、フリーナ様が一際輝いていました。水神をされていた時も素晴らしかったですが、一般人に戻られてからのフリーナ様は親近感を抱かせるというか、さらに感情表現が豊かになられた気がします」
    ラムダンという男は、目をきらきら輝かせながらフリーナを見つめる。
    「本当かい?そう言ってくれて嬉しいよ。またぜひ見に来ておくれ!」
     人気舞台女優のフリーナにとって、正直なところ出待ちをされることは然程珍しくない。舞台が終わった後、通常であれば舞台関係者と打ち上げに行くのが定番ではあるが、人間関係の構築が上手くないフリーナは1人歌劇場を去ることが多かった。しかしながら、他にも出待ちしているファンが沢山いる中、人目も憚らずここまで熱心にフリーナへの愛と賛辞を囁く男は珍しく、フリーナの記憶に強く残った。





    「フリーナさん、またあの男来ていますよ」
     そう教えてくれたのは、芝居を通じて最近仲良くなった若手舞台女優のオリビアだ。

     あの初対面から、ラムダンは毎回舞台の最前列中央付近の席に座るようになった。
     最初は、安くない舞台に毎回来てくれて、熱心に応援してくれてフリーナもとても嬉しかった。しかし、初めの頃は精々舞台裏で出待ちをされるだけだったのだが、何が彼を勘違いさせてしまったのか、途中から様子がおかしくなっていった。偶然を装いフリーナの通うスーパーマーケットに現れたり、フリーナ愛用のケーキ屋さんに現れたり、最初こそ近くに住んでるのかとも思ったが、段々付き纏いを受けていることに気がついた。
     また先日、公演後に男から大きな花束と共に、分厚い手紙の束が送られてきた。恐る恐る中身を読むと、愛の告白というよりは男の妄想が羅列されたものであった。出身国はスメールらしいが、『貴女様と結婚して一緒に母国に帰れたらどれほどいいだろう』だの、『もし結婚したら自分の親もフリーナ様をきっと気にいるだろう』だの、もはやファンレターとも呼べない狂気じみた怪文書である。
     元々フリーナは過去に熱狂的なファンの男に部屋に不法侵入されかけた苦い経験もあり、自分に執着しすぎる異性があまり得意ではない。当然、ラムダンとはなるべく接触しないようにしようと思い、最近では出待ち対策のためわざと帰る時間を遅らせたり、舞台仲間と一緒に出口を去るように心掛けている。
     そしてフリーナとしてはわざわざこのストーカー事件について周りの舞台仲間には伝えていなかったのだが、この辺りで周りにもバレ始めたというわけだ。

    「顔はなかなか良いし爽やかな感じなんですけどね〜、高い観劇を特等席で毎回見れるなんて、なかなかの財力ですし」
     そう言うオリビアに別の劇団員女子が突っかかる。
    「でもあの男性、演劇中ずっとフリーナさんをガン見していますよね。この前も朝からエピクレシス歌劇場の前でフリーナさんの出待ちをやっていましたし、挙句フリーナさんに抱きつこうとしてましたからね、あれはもう犯罪ですよ、犯罪!いっそヌヴィレット様に捕まえてもらって、裁いてもらった方がいいんじゃないですか?」
    「あぁ・・・そうだね、本当に参ったな、どうしようもなくなったらヌヴィレットに頼るよ・・・」
    遠い目で答えたフリーナに、オリビアは目を輝かす。
    「お言葉ですが、あんなに素敵な殿方が側にいらっしゃったら、もっと頼った方がいいですよ。ヌヴィレット様が側にいらっしゃったら、ラムダンのやつも、自分如きじゃフリーナさんに釣り合わないってわかってくれるでしょう!」



     結局その後、ストーカー(ラムダン)対策に走って家まで帰ってきた。時刻は黄昏時で、空は夕焼けで赤く染まっている。
     劇団員の女性陣は、皆ヌヴィレットを頼れと言っていたが、フリーナとしてはヌヴィレットを頼る気にはなれなかった。水神のいない今、彼はフォンテーヌ最高権力者として日々激務をこなしている。また、今となってはテイワット最強の龍王と一般人という身分差でもある。ストーカーなどの些細な事柄で、ヌヴィレットの手を煩わせたくなかった。
    「それに、500年間もヌヴィレットを騙し続けたんだもの・・・これ以上迷惑かけて嫌われたくない」
     フリーナはポツリとか細い声で呟いた。フリーナの嘘が全て暴かれたあの日から、ヌヴィレットに会うのは勿論、パレ・メルモニアにもなんとなく行きづらくなってしまった。





    「あっ、しまったパスタがない!」
     帰宅後、しばらく休憩してから夕ご飯のパスタを茹でようと思ったとき、パスタ麺をうっかり切らしてしまったことに気がついた。ストーカー事件がなくても、最近女優として引っ張りだこで忙しく、なかなか買い出しに行く時間が取れなかった。
     家には他に食べ物がなく、明日も朝から演劇の仕事があることを踏まえれば夕飯無しで過ごすのはきついものがある。
     しょうがない買いに行こう、スーパーマーケットまでは近いし、日は落ちているものの時間的にはまだ19時も回ってない。過去の僕と違って、いざとなれば水元素も使えるしストーカー1人くらい撃退することは造作もないさ!そんなことを考えながら、フリーナは上着を来て外へ出かけていった。






    結論からいうと、スーパーマーケットにラムダンの姿は見えず、フリーナは無事買い物を終えられた。
    流石にストーカーとはいえ四六時中自分を見張っている訳ではないだろうし、少し神経質になり過ぎていた。フリーナがそんなことを考えながら家路を歩いていたその時。

    「・・・!?」
    いきなり後ろから腕を掴まれた。急なことで抵抗できなかったフリーナは、そのままあっという間に路地裏に引き摺り込まれる。
     ーーーラムダンだ!
    壁際に追い込まれ、そのまま顔横に腕を突かれた。いわゆる壁ドン状態で、小柄なフリーナではこの男に包まれているような体勢になっていた。周りに人もおらず、この状況はフリーナにとっては恐怖でしかない。
    「君、どういうつもりだい?」
    掠れた声でラムダンに問う。
    「どうするつもりもないですよ、ただ最近私のことを避けていますよね?単にちょっとフリーナ様とお話がしたかったんです。ただのファン交流ですから、そう身構えないでください」
    「ただのファン交流にしては度がすぎてるんじゃないかい。少し離れてくれると助かる。それで僕となんの話をしたいんだい?」
     過去に水神を演じていた時と同じように、必死に虚勢を張る。一方ラムダンはそんなフリーナの様子が面白いのか、このままの体勢でニコニコと笑みを浮かべている。感情の読めない笑顔にフリーナの背筋はぞわりと冷えた。

    ーーーどうするフリーナ。神の目の力を使って強制的に倒すか?
    フリーナは今でこそ、神の目を授かり水元素の力を扱えるようになった。まだ慣れない力とはいえ、一般の男に対抗できるような力はあるはずだ。だがフリーナはまだ人間相手に水元素で攻撃したことはなく、どれくらいの力を込めればいいのかすら分からない。
     ラムダンは優男っぽい風貌をしているが、背がそれなりに高く、よく見ると筋肉質だ。フリーナがもし水元素を使っても勝てなかった場合、逆に暴力を振るわれるかもしれない。
     また、今ここで揉め事を起こしたらーーー。

     頭の片隅に、長年一緒に連れ立った白銀の長髪の男の姿が過ぎる。500年。仕方ないこととはいえ、500年間ヌヴィレットを騙してきた。今仮にここで揉め事を起こしたら、結局彼の手をまた煩わすことになる。これ以上の迷惑はかけたくなかったし、第一もう審判にも出たくなかった。
     ぎゅっと、自分のショートパンツの裾を握りしめる。なんとか耐えて、この場を穏便に切り抜けるしかない。そう思ったところ、すぐ横から感情が無い、無機質さすら感じる低い声が投げかけられた。

    「何をしている」

    姿を見なくてもわかる。
    フリーナが横を見ると、そこに立っていたのは今まさに頭に思い描いていた、ヌヴィレット本人であった。
    普段は滅多なことでその鉄仮面を剥がさないが、今ははっきりと男を鋭く睨んでいる。
    「彼女から離れなさい、困っているだろう」
     ヌヴィレットが再度ラムダンに命令すると、彼は一瞬不愉快そうな顔をしたが、すぐにこやかな笑顔に戻った。
    「やだなぁ、有名人に会えて、ちょっとお話ししてただけですよ、怪しいものではありません」
    「世間話をするにしても、その体勢は穏当なものではないと思われる」
    そういうとヌヴィレットは、ラムダンとフリーナの間に割り込み、フリーナを背に庇った。
    「さすがヌヴィレット様は、フリーナ様と仲が宜しいですね、羨ましいです」
    ラムダンは含ませるようにそう呟くと、それこそ審判にでも発展したら嫌だったのだろう、すぐにその場を立ち去っていった。

    「・・・フリーナ殿、大丈夫か?」
     ラムダンが立ち去った後、ヌヴィレットが心配そうな声でフリーナに問いかけた。
    呆然としていたフリーナだったが、その声かけで正気に戻る。
    「ごめん、大丈夫・・・助けてくれてありがとう。ヌヴィレットがパレ・メルモニアを抜け出して街に来るなんて珍しいね、おかげで助かったよ」
    「休憩中、パレ・メルモニアの外から街の風景を眺めていたのだ。そしたら君が男に連れ込まれているところを偶然見たものだから、急いで助けに来た」
    全く心臓に悪い、とヌヴィレットが息を吐いた。
    ヌヴィレットが現れた時、彼は汗ひとつかいていなかったが、相当焦って駆けつけてくれたらしい。その事実に冷え切っていたフリーナの胸が少し温かくなる。
    「ところで、あの男はなんだ。また君の厄介なファンか?」
    また、とは恐らく過去フリーナの部屋に侵入しようとしたファンの件のことを指している。
    「まぁそうだね、全くスターは困っちゃうよ・・・」
    ハハ、と渇いた声がフリーナから漏れる。
    かれこれ2ヶ月くらい付き纏われています、という話は言わない。その話をするとこの人格龍は放って置けず、フリーナを助けようとしてしまうから。
    ーーーだって僕たちは、今はなんの関係もない。ただの元上司と部下の関係だ。手を煩わすわけにいかない。
    「とりあえず、助けてくれてありがとう!さっさと家に帰るよ、助かった!」
    そう言ってフリーナがヌヴィレットの元を去ろうとすると、ヌヴィレットに手首をぐっと掴まれた。
    「またあの男が戻ってくるかもわからない、送っていこう」
    先ほどの男に腕を掴まれた時に感じた嫌悪を、ヌヴィレットには抱かなかった。




    家まであと1.2分の距離だと言うのに、ヌヴィレットはフリーナの手首を握りながら家まで送ってくれた。
    「・・・んーと、せっかくならお茶でも出すよ、上がっていって」
     正直なところ、フリーナはヌヴィレットと今更交流を深めようとは思っていなかった。しかし何もお礼をせずに帰すのは失礼だろうと、ドアの前で去ろうとするヌヴィレットを呼び止めてそう持ちかける。するとヌヴィレットは真顔でフリーナの顔をじっと見つめ、謎の間が開いた。
    ーーー僕は何か変なことを言っただろうか。
    「・・・それでは、言葉に甘えよう」
    ヌヴィレットが軽く咳払いをした。


    ヌヴィレットを家にあげ、リビングにあるソファーに座らせる。たしか冷蔵庫の中に冷やしたミネラルウォーターがあったはず、とフリーナはキッチンへ向かった。本来であれば美味しい紅茶でも淹れたいものだが、ヌヴィレットには水が一番だと言うことを長い付き合いから知っている。

    フリーナがキッチンで飲み物を準備しているとき、
    「これはなんだ?」
    というヌヴィレットの問いかけが聞こえた。
    何かあったかとフリーナがソファーを覗きに行くと、ヌヴィレットの手にはラムダンからの送られてきた分厚い手紙(もとい怪文書)が握られていた。
    「なんで持ってるの?!」
    「勝手に見た訳ではない。テーブルの上に広げられた状態で置いてあった」
    ストーカーからの手紙なんてとっておきたいものではないが、一応証拠になるようなものは残しておこうと、リビングのローテーブルの上に置きっぱなしにしていたのを完全に忘れていた。
    「・・・それは、さっきの男から貰ったお手紙だよ・・・」
    しどろもどろと答えながらフリーナもヌヴィレットの横に座る。ヌヴィレットは呆れたような表情をしていた。
    「・・・『貴女様と結婚して一緒に母国に帰れたらどれほどいいだろう。いっそ攫って私の女神を是非私の両親に見せたい、貴女なら・・・』」
    「わーやめてヌヴィレット!!!」
    ラムダンからの怪文書をつらつらと読み上げていくヌヴィレット。内容があまりにも酷いのか、次第に彼の眉間には深い皺が刻まれていく。
    「先程の件と言い、私が思っていたよりも事態は深刻なようだ。これじゃ完全にストーカーじゃないか。周りに相談はしたのか?」
     感情をあまり見せないヌヴィレットが、珍しく怒っているようだ。フリーナは慌てつつ、楽観的な空気を取り戻そうとヘラヘラ笑う。
    「劇団の人には軽く話したかな?でも大丈夫大丈夫!!・・・君は優しいから心配してくれてるんだよね、ありがとう。でも明日にでも、そろそろ警察隊にも相談に行こうと思う。それに僕は案外口が回るんだ。今日はいきなりだったからびっくりしちゃったけど、次こう言ったことがあればもっと穏便に話を済ませられるように努力するよ、心配しないで」
    何が大丈夫なのか全く分からないフリーナの説明に、ヌヴィレットはため息を吐いた。
    「・・・警察隊には私からも話を入れておく。そしてフリーナ殿、明日から私の時間が空く限り、君を送り迎えしよう。私が執務でどうしても動けない時は、クロリンデや、別のものを派遣させる」
    ヌヴィレットの意外なまでの過保護な提案に、フリーナは目を瞬かせた。
    「いいよ、そんなことまでしなくて!」
    「君はいささか物事を楽天的に考えているというか、隙が多すぎるように思う」
    そう言ってため息を吐いたヌヴィレットは、一緒にソファーに座っているフリーナの肩を横からトンと押した。
    あっけなくフリーナの体はソファーに押し倒れる。そしてヌヴィレットは倒れたフリーナに覆いかぶさるような体勢を取った。
    「・・・ヌヴィレット?」
    ヌヴィレットの顔が、フリーナの近くに迫る。怖い、そう本能的に思いぎゅっと目を瞑る。
    するとヌヴィレットは、フリーナの肩を掴んで起き上がらせた。
    「・・・こういうことだ。私だから良いものの、今日だって本来であれば、夜に異性を部屋にあげるべきではない。今も君は抵抗するのが遅れたな。組み伏せられるところまで行ったらいくら水元素を扱えたとしてもまだ大の男を払いのけることは難しいだろう。君はそうじゃなくてもただでさえ美しいのだから、もっと周りを警戒しなさい」
    今、さらっと恥ずかしいを言われた気がする。
    「とにかく、明日からフリーナ殿を迎えに行く」
    そのヌヴィレットの断言に、フリーナはただ頷くことしかできなかった。



     翌日以降、ヌヴィレットは言葉通り、送り迎えをしてくれるようになった。舞台があり早朝に家を出ないと行けない時も、また逆に練習で遅くなってしまった時も迎えにきてくれた。どうしても時間が取れない時はクロリンデや警察隊の手だれを派遣してくれる。

     結論から言うと、このヌヴィレットの送り迎えはラムダンに対して大変に効果があった。

    「フリーナさん、やっぱりヌヴィレット様にご相談されたんですね!」
    劇団仲間のオリビアがフリーナに話しかけた。
    「昨日もラムダンのやつ、ヌヴィレット様がいたら気まずいのか、そそくさと去っていきましたし、やはりヌヴィレット様は頼りになりますね」
    感心したようにオリビアは言う。
    確かに昨日もラムダンに出待ちをされていたが、ラムダンがフリーナに話しかけるよりも前にヌヴィレットが現れてくれたため、ラムダンは肩を小さくさせて去っていった。
    「これでこのまま諦めてくれるといいんだけど・・・、くれぐれも油断はしないでくださいね、フリーナさん」
    オリビアの声は本当に心配してくれていることがわかるような声色だった。









     そんな日々が数日続いた今日。今日はフリーナが主演女優を務める舞台の日だった。長命種の人外の男と人間の少女が心を通わせ、その寿命差に苦しみながらも刹那の時を共に生きていくという純愛ものが元になっている。フリーナはそのヒロイン役だ。
    初めて台本を読んだ時、身近にヌヴィレットという人外がいることから少しこそばゆい気持ちになったのを覚えている。彼も、人間を好きになることはあるのだろうか?
     舞台相手の俳優を、ヌヴィレットに見立てながら演技をする。もし僕がヌヴィレットを好きになったらどうだろうか。そんなことを思いながら、一つ一つの仕草に、視線に、心を込めていく。

     人外の男とヒロインが結ばれるクライマックスシーンにて、男がヒロインに言い放つ。
    『私たちは一緒に死ぬことはない、それでも君と一緒に生きていたい』
    『私も貴方と一緒に居たい。生真面目で無愛想で、でも他の誰よりも優しい貴方の、そばに居てあげたい』
    フリーナも答える。慈愛に満ちた瞳と微笑みで。


     その日の舞台は、スタンディングオベーションが起こるほどの大成功を収めた。



     その舞台が終わった日、珍しくフリーナは劇団仲間と打ち上げに行った。周りからも今日の演技は特に感情が篭っていた迫真の演技だった、だの切ない表情作りが最高だった、だの大絶賛をしてもらえたが、その演技はヌヴィレットを頭に描きながらのものだったとは恥ずかしくてとても言えなかった。
     帰りは、ヌヴィレットがわざわざ派遣してくれた警察隊の人に付き添われながら帰路についた。今日は審判が立て込んでおり、ヌヴィレットも決闘代理人クロリンデも来ることが出来なかったらしい。しかし、舞台の題材が題材なだけに、なんとなく今日はヌヴィレット達に会うのが気恥ずかしかったので、ある意味良かった気がした。



     家に帰る頃には、外はすっかり暗くなった。家の前で警察隊の人にお礼を言って別れ、自宅のドアを開けようとしたとき。

    「・・・なんだこれ」
    扉の隙間に、一通の写真が挟まっていることに気がつく。
    それはフリーナとヌヴィレットが写っている写真で、ヌヴィレットの顔がカッターナイフでギザギザに傷付けられている。
    …こんなことをする犯人はラムダンしか思いつかない。
    最近ヌヴィレットと親しくしていたせいで、彼を恨むようになったのだろうか。
    ヌヴィレットがラムダン如きに何か危害を加えられるとは思えなかったが、彼にも注意してもらわないといけない。取り急ぎ先程別れた警察隊の人に伝えようと、彼の後を追いかけた。

    「はぁ、はぁ・・・走ったけどいないな・・・」
    つい先程別れたばかりだというのに、違う道を通ったのか、警察隊の彼の姿が見えず途方に暮れる。
    せっかくヌヴィレットが1人にならないようにしてくれてるのだから、今もこんな時間に1人で動くのはだめだ。
    そう思い引き返そうとした時、
    ーーー何者かに殴られて、視界が暗転した。













    フリーナが目を覚ますと、両手と両足が縄でしっかり縛られていた。いつも着ている豪華なジャケットも脱がされて、ブラウスとショートパンツだけの簡易な格好だ。神の目も当然外されている。
    仰向けの体制のまま首を横に向けて周囲を見渡すと、狭い部屋の中のようだった。そして自分は床に寝かせられている。
    「良かった、起きたんだね」
    男にそう話しかけられる。振り向くとラムダンはフリーナのそばにしゃがみ込んでいた。
    そしてフリーナの直前の記憶が蘇る。
    引き返そうとした時に、ラムダンが突如現れて鳩尾を殴られたのだ。そして途絶える意識。

    部屋の中には不用心にも時計が置いてあり、丸一日寝ていたわけでは無いとすれば、最後の記憶からおそらく1時間程度しか経っていないことがわかった。
    そうだとすればここはフォンテーヌ内であり、最悪の状態ではあるがその事実に少しだけだけ安堵する。
    「・・・写真の件も、犯人は君か?」
    フリーナが声を絞り出し男に問う。
    「そうですよ。ヌヴィレットめ、フリーナ様の周りをうろちょろしやがって。そうそう、今日の舞台も観ましたよ。相変わらずフリーナ様の演技は完璧でしたが、いかんせん脚本が良くなかった。周りの観客達はフリーナ様とヌヴィレットを想起させるとかなんとか言ってたみたいですが、吐き気がする。
    ーーーと、このように非常に気分が悪かったので、もう手段を問わず貴女さまを私のものにすることにしました」
    ラムダンはうっとりとした口調でそう言いながら、フリーナの服に手をかけた。
    ブラウスの手前を裂かれて、胸元が顕になる。
    「やめろラムダン、こんなことしてタダで済むと思っているのか。これは犯罪だ、罪が重くなるぞ」
    必死に抵抗するフリーナだが、手足を縛られているのでせいぜい腰を浮かせることしかできない。そうこうしているうちに、ラムダンはフリーナの上に馬乗りになった。
    「もう犯罪だなんだとか、どうでも良いんだよ」
    本当に全て諦めたかのような無気力な声でラムダンは呟いた。
    「私のことを犯罪者だというなら、フリーナ様も十分犯罪者だろう?神なんかじゃなかったのに、500年間も民を騙してさ。犯罪者同士、お似合いじゃないか。フリーナ様をわかってあげられるのは私だけなんです、一緒に仲良くしましょうよ」
    そう言い放ち、ラムダンはフリーナの胸を掴もうとした。その瞬間。
    ーーーバキッ!!と、部屋のドアが蹴り破られる轟音がした。続けて、響き渡る声。何度も聞いた、世界で一番頼りになる声だ。

    「フリーナ!!!!無事か!!!」
    「ヌヴィレット!!」

    蹴破られた扉から、ヌヴィレットが乗り込む。
    そして馬乗りにされてるフリーナの姿を見ると、ヌヴィレットはすぐさまラムダンの髪を掴み上げた。

    「汚い手でその子を触り、貶めるな」

    そのままヌヴィレットは思いっきりラムダンの顔面を殴り、ラムダンが鈍い音と共に勢いよく吹き飛ぶ。
    「・・・ぁ、あ・・・」痛みに呻き声をあげるラムダンの胸ぐらを掴み上げて、さらに腹部を膝蹴り。
    完膚なきまでに打ち負かされた男はついに失神して、その場に仰向けに倒れた。
    続いてヌヴィレットはラムダンのポケットからフリーナの神の目を取り返した後、シールドのような丸い水の泡を放ち、失神した男をそこへ閉じ込める。
    そうした一連の動作のあと、ヌヴィレットはそこで初めてフリーナに向き合った。
    「大丈夫か?怪我して無いか?」
    「えっと・・・服が破れちゃっただけで、直接的なダメージはないかな。縛られている腕と足はちょっと痛いけど」
    そうフリーナが答えると、ヌヴィレットはほっと小さく息を吐いた。いつも無表情を貫いているヌヴィレットの、こんな表情を見るのは初めてだとフリーナは思った。
    今のフリーナの洋服はあの男のせいで前が裂けてしまっていて、胸元が見えてしまっている。
    目のやり場がないのか、微妙に目を逸らしながらヌヴィレットはつかつかとフリーナの元へ行く。そしてフリーナを縛っていた縄を解き、自分の上着を脱いで着せてくれた。だぼだぼの袖をまくると、フリーナの腕には縄の跡が痛々しく残っていた。
    「ヌヴィレット、ありがとう・・・よくここがわかったね」
    ゆっくりと立ち上がり、ヌヴィレットにお礼を言う。
    「メリュジーヌから、フリーナぐらいの背丈の女性を抱えた不審者を見たと私の元へ通報があったんだ。それでまさかと思い・・・・、私は水元素を司る龍王の身。その気になれば水元素の神の目を持つ者の気配や声を聞くことは難しいことではない。君には悪いが、神の目を通じて居場所と状況を聞かせてもらっていた。勿論普段はこんなストーカーじみたことは決してしていないが」
    私の古龍としての力が役に立って良かった、と言いながら、ヌヴィレットは先程ラムダンから取り返した神の目をフリーナに返してくれた。
    フリーナはその神の目を大事そうにぎゅっと抱きしめる。
    「そうだったんだ・・・神の目、無くなってなくて良かった。ヌヴィレット、いつも迷惑をかけてごめん」
    500年間頼りない水神として迷惑をかけてしまい、さらには一般人になってもこれだ。先ほどの恐怖と、醜態を晒してしまった情けなさが込み上げてきて、視界が涙で潤んでしまう。

    「迷惑などと思っていない」

    そんなフリーナに、ヌヴィレットははっきりと力強く否定した。
    「迷惑など微塵も思っていない。むしろ君は人を頼らなすぎだ。過去の経験から人を簡単に頼れないのも分かってる。ーーーだけど私の知らないとこで、君が窮地に陥っているのは耐えられない」
    そういうと、ヌヴィレットはフリーナの手を握った。壊れ物を扱うかのように、やや躊躇するかのように、とても優しい力だった。
    「でも僕は・・・もう十分過ぎるほど君に助けられてるよ。今だって、間に合って助けてくれたし・・・」
    泣くつもりもなかったが、感極まってポロリと一筋の涙がフリーナの頬を伝う。
    ヌヴィレットは、空いている方の手で、その透明な涙を掬い取った。
    「この500年間、私はフリーナを守れてはいなかった。でも、今度こそ間に合って良かった」
    「僕はヌヴィレットを500年間騙し続けていたことに罪悪感を抱いていて・・・実のところ、君は僕の罪を今更追及する気はないみたいだけど、僕はヌヴィレットをもう頼っちゃいけないって、もうなるべく会わない方が互いにとっていい事なんじゃないかなって思ってたんだ」
    フリーナは、優しく握られた手を、弱く握り返した。
    「私に対してフリーナが罪悪感を抱く必要など微塵もない。むしろ謝罪をしなくてはいけないのは私の方だ。500年間君の一番側にいたのに、君の苦痛と孤独に気がつけなかった。それどころか君を侮り、水神としての責務を果たしていないと責め立てた。そして裁判では君を見捨てた」
    最高審判官である私が、罪悪感を抱きながら生きることになるとは皮肉なものだな、とヌヴィレットは自嘲した。
    「フリーナが謝罪の言葉を受け取ってくれなくても、それでも今は、フリーナに真摯に向き合いたい、君の孤独に気がつけず、君を見誤った。本当にすまなかった」
    目の前のヌヴィレットは、フリーナと繋いでいた手を解き、半歩下がって深く頭を下げた。
    「・・・!ヌヴィレットが罪悪感を抱く必要なんかないんだよ、水神を演じ続けた500年間も、ヌヴィレットがいなかったらあっという間にボロが出て成り立たなくなっていた。謝らないでよ」
    ヌヴィレットはしばらく頭を下げたままだったが、慌ててフリーナが顔を上げさせようと肩を掴んで、ようやく姿勢を正した。
    そして、「先ほど、あの男が言っていた言葉だが」と前置いてヌヴィレットは話を続ける。どうやらラムダンとの会話は神の目を通じてヌヴィレットに筒抜けだったらしい。
    「フリーナ、君は私やフォンテーヌの民を騙したことに罪悪感を抱き、あの男が言うように、自分を犯罪者か何かのように思っている。ーーーだが、君は自分の責務を立派に果たしただけだ。この500年間、人の精神のまま神を演じ続けることがどれだけの苦痛か。君は自分の犠牲を顧みず、すべてのフォンテーヌ人の命を守り抜いた」
    君が守ったんだ、とヌヴィレットは復唱する。
    「君は罪人なんかではない、君は海より慈悲深い、強く優しい人だ。尊い人だとさえ思う。ずっと伝えられなかったが、私は君の今までの努力に心から賛辞を送りたい」
    背中に手を回されて、ぐっと抱き寄せられた。強く、それでもフリーナが痛がらないように加減されているとわかる力で、深く深く抱きしめられる。
    そしてフリーナも、彼の質の良いブラウスの中に顔を埋めた。
    涙が次から次へとフリーナの頬を伝う。身体がぶるぶると震え、口から嗚咽が溢れる。プライドや羞恥心など何処かに行ってしまったように、自分でもびっくりするくらい情けなく声を出して泣いた。そしてヌヴィレットは、その間ずっと背中を優しくさすってくれていた。








     結局その後、ヌヴィレットは警察隊を呼んで後片付けをさせたあと、フリーナを抱きかかえてフォンテーヌ邸へ戻った。いわゆるお姫様抱っこという形だ。
     人目がある中抱えられるのは正直恥ずかしかったが、今日は色々とキャパオーバーが過ぎて、そんなことはもうどうだっていいような気がした。
     
     ラムダンについては、公正な審判の結果、メロピデ要塞に収監された。審判中も、「フリーナ様に相応しいのは俺だ」「運命の相手だったんだ」など、フリーナへの愛の言葉を喚き散らかし、審判期間中、フォンテーヌの天気が荒れに荒れたのはいうまでもない。なお、男は過去にも傷害行為や大規模な詐欺事件に関わる等かなりの余罪があったようで、重い無期懲役の刑が下されることとなった。

     そして驚いたのはスチームバード新聞の報道だ。フリーナストーカー事件の詳細がいち早く記事にされているが、一面を大きく飾るのはフリーナを抱き抱えるヌヴィレットの写真であった。しかもフリーナはヌヴィレットの上着を着ている。記事にはストーカーに攫われたフリーナの救出劇がドラマティックに描かれており、現在のフォンテーヌ邸では、ヌヴィレットとフリーナの噂で持ちきりだ。
     「も〜!!!劇団仲間から、『フリーナさんって、もしかしてヌヴィレット様とお付き合いなさってるの?』って聞かれたよ!そんなわけ無いだろ!もう僕お嫁に行けない!!!ヌヴィレットのバカ!バカ!」フリーナが真っ赤な顔をしながら、涙目でヌヴィレットの横で騒ぐ。
    「これで君を狙う厄介なファンに対して、少しは牽制になったんじゃないか、フリーナ殿。そしてお嫁に行く必要もないし、私としては交際もやぶさかでは無い」
    真顔でとんでも無いことを言うヌヴィレットに、フリーナは真っ赤な顔のまま口をパクパクさせる。
    「もっもしかして最初から牽制目的で・・・!!?っていうか、交際っていきなりなに!?」
    「私は何やら、色々と吹っ切れたようだ。前々から、私は君に自分をもっと大切にしてほしいと思っていた。けれど君はいつも自分よりも他者を重んじてしまう。それは君の美徳でもあるのだけれども。
    だからこれから先、私が君を大切にしたい」
    そう言ってヌヴィレットはフリーナの頬を撫でた。
    恐らく、これから先フリーナと同じ時間を生きることはできないだろうことをヌヴィレットは理解している。だけれども、たとえ刹那の一瞬のような時間だとしても、この弱くて意地っ張りで、しかし海の如く慈悲深い神様と共にありたいと願う。一緒に死ぬことはできないかもしれないが、明日を一緒に生きていくことはできるのだから。
    「〜〜〜君もう触りすぎだから!」
    そう言って真っ赤な顔で唇を尖らしたフリーナは、どこか満更でもない、幸せそうな顔をしていた。やはり根本が良い子すぎてチョロいのだ。
    ヌヴィレットがふと窓の外を見ると、フォンテーヌ邸は雲一つない快晴であった。
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    yumar952

    PASTヌヴィフリ
    pixivに掲載していた過去作です。フがストーカーモブに襲われるちょっとしんどい話ですが、私なりにフへの愛を書き連ねたつもりです🥺💙
    新作を書きたいのに自分が書くといつも1万字を超える上に時間がかかってしまう・・・厄介モブから受けを守ろうとする攻めの構図は好きなので、今後もこう言う話は書いていきたいです(ヌとフに謝れ)
    刹那の一瞬を君と「水の娘役、フリーナ・ドゥ・フォンテーヌ!!」
     司会者の掛け声と共に、熱烈な拍手が会場に響きわたる。観衆からの熱視線に包まれながら、フリーナはカーテンコールのお辞儀をした。
     あの日「水の娘」を演じてから、フリーナは再び舞台に返り咲くことを決めた。あの公演を行ったことで、舞台に立つ行為こそがフリーナに生の実感を与えてくれると感じてしまったのだ。
     飲まれてしまいそうな孤独や苦痛の記憶も含め、フリーナが持つ様々な感情を舞台の上で発揮することで、今まで許されなかった自己表現を成し得ている。
     またフリーナが再び舞台に戻るきっかけとなった「水の娘」も、今では人気演目として数々の劇団で上演するようになった。そして今日もフリーナは主演女優としてオファーを受けエピクレシス歌劇場にいる。
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