残花を手に 2パラドックスポケモンの調査。それは半分成功で、半分失敗に終わった。
事前に確認されていた全種類の捕獲が完了して、また新たに湧かない、見つからないとも言い切れないが原因究明は進むだろうと先生達は言っていて。
しかし、テラリウムドームどころかエリアゼロでさえ一切観測されていなかった謎のポケモンにより、カキツバタが倒れてしまったのだ。
俺を庇った所為で、と罪悪感に支配される暇無く、俺は学園直属の研究員達に聞き取りの協力を頼まれて、答えられることは全て答えた。
「テラパゴスのような謎のポケモン?」
「姿も大きさもよく見えなかった?しかしあの時は吹雪いていなかったよ?」
「強い光か……調べたところ、そのタイミングだけカキツバタくんのスマホの動画も監視カメラの映像も不具合が起きていたようだが」
「音と光。彼の状態と関係はありそうだ」
研究者らしく興味を持たれたが、それ以上話せることも無くて。なによりカキツバタが心配で。
終わると俺は急いで医務室へ向かった。
(にしても、俺、なんでよく見えもしなかったポケモンを『テラパゴスのようだ』って思ったんだろう?)
その疑問に答えられる人間は何処にも居なくて、とにかくカキツバタの居るその部屋の扉を開ける。
「あ、スグリ……」
「スグリくん」
「アカマツ。タロ先輩も……」
既に四天王仲間の二人が待っていた。俺は気まずくなりながら近寄る。
座る二人の傍のベッドには、真っ青な顔色で荒く息をしながら眠る、あのいけ好かない男が横たわっていた。
「他の部員は?」
「何人かお見舞いに来ましたが、帰しました」
「あんまり見られたら、カキツバタ先輩弱火になっちゃうだろうし……テラリウムドームの状態もあるから、混乱を避ける為にってブライア先生が」
「そっか」
ネリネ先輩の卒業後、四天王トップはカキツバタがチャンピオンと兼任している。ここにリーグトップが揃ってしまった。
けれど、頂点であるカキツバタは意識不明。もうどうしていいのか分からなかった。
「カキツバタは……」
「大きな怪我は無し。今のところ命の危険性も見られませんが、一先ず先生が彼のご家族と本土の病院に連絡しました。今日はもう夜も遅くここと本土を行き来してくれるタクシーを呼べないので、様子見らしいですけど」
「明日になっても変わらなかったら、先輩を本土へ連れてくって……」
当たり前の話だ。それが妥当だろう。
二人で助け合う、どころか守られっぱなしだった俺に出せる口は無い。今はただカキツバタが回復してくれるのを祈った。
……彼の身内が迎えに来たら、謝らねえとな……
「スグリくん」
拳を握っていたら、タロ先輩に問われた。
「貴方達を襲ったポケモンって、どんなポケモンだったの?」
……まさか、この後調査は彼女やアカマツが引き継ぐのだろうか。
その為に訊いてきてる気がして、答えるか悩んだ。二人は野生のポケモン相手に報復するような人間じゃない。それは分かってるけれど、でもあんなの真正面から立ち向かう相手ではない。
『オノノクス、"アイアンヘッド"!!』
カキツバタでさえ、歯が立たなかったのに。
俺と彼のポケモンが次々倒れる姿を思い出す。今先生に預けてあるあの子達は、体調も問題無く元気にご飯を食べてるらしいが。
謎のポケモンは、何度思い返しても『本当にポケモンだったのか』と疑問になってしまう程だった。それくらい異質だった。パラドックスポケモンとは比べ物にならないくらいの、異様な威圧感。圧倒的な力。
危険だ。危険過ぎる。もっと強くてポケモンをよく知る大人に任せた方が絶対いい。カキツバタも言ってたように、イッシュ本土かパルデアのリーグにお願いした方が。
「スグリくん。なにも私達は貴方達も勝てなかったポケモンに挑むつもりではありません」
「……じゃあ」
「単純な自衛の為の情報収集ですよ。そのポケモンは今何処に潜んでいるかも分からないと聞きました。他の野生のポケモン達のことを考えれば、テラリウムドームもいつまで封鎖していられるか分からない。だから」
「今直ぐじゃなくても、いざって時はオレらが対処しないと。言いづらいのは分かるけど、教えて欲しいな」
俺の不安を見抜いた二人は、真摯な眼差しで貫いてくる。
いざって時は。俺達が。
……………………。
「正直、俺もよく分かんねんだ」
ここまで勿体ぶっておいてなんだが、本当に意味が分からないと拙く話した。
謎のポケモンは突然現れたこと。まるでエリアゼロのような空気感と異常な寒気を運んできたこと。どういう訳か姿もなにもよく認識出来なかったこと。だというのに、『テラパゴスに似ている』と直感的に思ったこと。……あの光と、音のこと。
「なにが起きたか分からなかった。気付いたらアイツは消えてて、カキツバタは倒れてた」
数分にも満たないだろうあの一瞬。一体なにが起きて。
勇敢にもあのポケモンを見据え続けていたカキツバタは、なにを見たのか。
「不明確なことだらけのようですね……」
「……先輩、スマホロトムで動画撮ってたんだよね?それ見ても分からないの?」
「それが、監視カメラ含めた全部の映像に不具合さ起きてたって。完全にデータがダメになってたワケじゃないらしいけど……音も画面も乱れて途切れてて、さっぱりみたいで」
謎のポケモンは、本当に謎に包まれたまま姿を消したのだ。
光も音もどんな技か分からない。知った二人はカキツバタへ心配そうな視線を向ける。
「先輩、大丈夫……だよね?」
「……そう信じましょう。私達は信じることしか出来ない」
未だ意識の無い彼に、アカマツは泣き出しそうにすらなった。そんな後輩の背をタロ先輩がさする。
「テラパゴスが関わってるかもしれないなら、ハルトさんにも伝えた方が……」
「うん、ブライア先生にお願いした。パルデアとイッシュじゃ距離あるし、直ぐには来れないかもしれないって言ってたけど……明日の朝には着く、と、思う」
とにかく今俺達にやれることはなにも無いんだ。悔しいが、なにも。
叱られて責任を被ることさえ。
「…………俺、今日はここに泊まってカキツバタのことさ見てるから、二人は部屋に」
「や、やだよ!オレも残る!」
「私も。なんだか、カキツバタを置いて行ったら良くない気がするんです……嫌な予感というか」
追い返す権利も資格も無い俺は、仲間達にそれ以上「帰れ」とは言えなくて。
「そっか」と頷き、三人で養護教諭に許可を取り医務室に泊まったのだった。
お泊まり会と言うには緊張感と不安が漂う夜が明け、俺達は誰かのスマホロトムのアラームで起床した。
他人事みたいに文句が出そうになったが、鳴っていたのは俺の端末で。まだ扱い慣れていない機能を切り忘れていたと二人に謝罪した。すると寝惚け眼を擦りながら「気にするな」と笑われる。わや恥ずかしい。
何気無く窺えばカキツバタは反応すらしてなくて、ちょっと落胆もした。
……どうせテラリウムドームの状態の所為でロクな授業も開かれてない。早起きしたところでやることも無いわけだが。
「とりあえず朝ご飯にしよっか。オレなんか作って来るよ!」
今日はどうするかと話し合ったらそうアカマツが提案する。俺と先輩は慌てた。
「流石にそれは悪いべ!」
「そこまでしなくても、購買部の適当な物で……」
「いいのいいの!オレが作りたいんだって!……それに、リーグ部の方も気になるし……ずっとここに居るわけにもいかないじゃん」
……確かにそれもそうだ。
一切連絡してないとは違うけど、部員達だってこの状況で四天王がまるで姿を見せてくれなければ怯えてしまうかも。誰か一人でも部室くらいには顔を出すべきか。
「なら、部室には私が行きます。アカマツくんにはご飯の方をお願いしますね。私達三人と、あとカキツバタの分も」
「……うん、分かった!オレよりタロ先輩の方が皆のこと安心させられそうだし!スグリはカキツバタ先輩のこと見ててくれる?ハルト達も来るかもしれないから!」
「分かった。任せて」
俺は食事の用意も部員を宥めるのも向いてない。ここはしっかり頼まれておいた。
躊躇いを見せながら立ち上がった二人は、「もし起きたら体調とかも訊いてあげて」と言い残して退室した。
俺は手を振って見送る。
「……養護教諭さん、は……えーっと、起きたり異変が見られたら呼べって言ってたっけ」
ブルベリーグチャンピオンを委ねられるとは責任重大だ。でも、色々と世話になった相手な上に、昨日も散々助けられたんだ。俺もしっかりしなきゃ!
……ふと手持ち無沙汰に自身のスマホロトムを確認して、よくよく見たら主に姉と元先輩からのメッセージが溜まってたので返信していった。中々文字を打つのは速くならないから、慎重に、誤字をしないよう気を付ける。
粗方終わると、プロも居るんだし余計なことかもしれないが、謎のポケモンやテラパゴスについて調べたりしてみた。当然のように目ぼしい情報は掴めない。
あの光や音と同じような技の記録すらも。
「…………………………」
もしあの時、カキツバタが自分を盾にするように俺を庇わなかったら。俺も一緒にやられてしまっていたのだろうか。
それとも、俺だけ倒れてカキツバタは無事で済んだのだろうか。
どちらだろうと今更で、認めるのも癪だがアレが後輩を守らないなんて有り得ない話だから、本当に考えたって仕方ない。
でも、俺だって、あんな風に主人公さながら誰かを守りたいって。
「ぅ…………、」
「!!」
若干虚しくなり始めていたら、不意にカキツバタが呻いた。
苦しそうな呼吸ばかりで声なんてずっと上げてなかったから、俺は吃驚して勢いよく立ち上がった。
「カキツバタ!!」
つい大声で呼ぶとその瞼が震える。
そして、ゆっくりと開かれた。
「カキツバタ!よかった、目ぇ覚めたんだな……!!よかった……!!ほんとに、よかった!!」
「…………?」
まだ意識がハッキリしていないのか、彼は困惑気に辺りを見回したり俺を見たりする。
それでも俺は「よく起きてくれた」「このまま目覚めなかったらどうしようかと」と安堵を並べ続けた。安心し切って、浮かれてしまったのだ。
「気分さどうだ?どっか痛いとか、苦しいとか……」
後からハッとして、言いつけ通り何処か変調が無いか尋ねる。今のところ痛がってるようには見えねえけど……
「あ、喉乾いてるか?はい水」
中々喋ろうとしないので、傍らに用意されていた吸飲みで水を飲ませた。
少しは落ち着いたかな?とその顔を見ていたら。
不意に、やっと気付いた。
その金色の目が、藍色に濁っていることに。
「…………カキツバタ?」
突然得体の知れない怖気に襲われた。
まるで昨日の、あのポケモンに睨まれてるような。
いや、違う、そんなワケないだろ、だって目の前に居るのは
「カキツバタ?大丈夫か?なあ、返事くらい」
ずっと静かにボーッとしている彼の肩を掴んだら、怯えるようにビクリと跳ねた。
え?怯えてる?俺に?カキツバタが?なんで?
まさか幻覚とか、
「あの、さ。訊きたいん、だけ、ど」
酷く嫌な予感を覚えながら、その質問を待つ。
カキツバタは……確かにカキツバタであるはずの彼は、下手くそな作り笑いで口にした。
「アンタ………一体、誰、なんだ?」
衝撃の余り声が出なくなる。それどころか意味も直ぐに理解出来なかった。
「誰なんだ、って……え?は?」
「それに、ここは……あと、あれ、なんか、だいじなこと…………」
冗談、止めろ、そんな冗談笑えない。
止めてくれ。お願いだって、これ以上、俺からなにも
「あれ……?なあ、もしかして、『カキツバタ』って俺の名前とか……?」
ごめん、全然、思い出せなくて。
嫌でも確信させてくる一言に、息が詰まった。
「あ、ぁああ、うわああぁぁ………!!」
「えっ、どうし……大丈夫か?ごめん、俺なにか、」
頭を抱えて思わず叫ぶ。
いっそ俺のことだけなら良かったのに。今この男は『自分の名前が思い出せない』とハッキリ言い放った。言ってしまった。分かってしまった。
誰よりウザくて誰より強くて、頼りになる筈の彼が、そんな。
記憶喪失。
一つのワードが頭に叩きつけられた。
「おれの、せいだ……!!」
ごめん、ごめん、ごめんなさい。俺が警告を聞いてれば。強ければ。自分の身くらい自分で守れれば。
酷く混乱して絶望して、でもこの現実から離れるわけにもいかず、一番辛いだろう彼に縋ってしまった。
根底の優しさはそのままなのか、慣れない手つきでそっと撫でられる。
「ごめんなさい」
背後で扉の開く音がする。誰かが来たのか声がする。
同時に俺は決心した。
「っ、俺、責任、取るから。絶対、助ける、から」
だから、お願いだ。
どこにもいかないで。