くっつかないカキアオ 2翌日。交換留学終了まで残り六日。
「おはようございまーす!」
「おはよー!」
「おはようございますアオイさん!」
私は朝からリーグ部に突撃して、即カキツバタ先輩の姿を探した。
居ない。いつもは授業も仕事もサボってダラッと座ってるのに!今日に限って!昨日も出て行ったきり姿眩ましてたし!あの男は!
「カキツバタ先輩は?」
「授業だそうです」
「要はアオイから逃げたべ」
「間違い無く逃げたわね」
「ぐぬぬ………都合が悪い時だけ授業に出るなんて…………」
「まあアオイに告白される前から出席率は増えてたけどね」
腹が立つけど、でも想定内だ。
あの人はズルいし無駄に頭が回るから、私が帰るまで逃げまくってアヤフヤにすればいいとでも思ってるんだろう。
だが残念。パルデアの数々の問題に成り行きでブチ当たり、死ぬほど大変だった日々は私を強くした。そう簡単に折れると思わないでくださいよ、先輩。
「なんの授業受けてるか聞いてますか、タロちゃん?」
「確かコーストエリアでの実技だった筈です」
「躊躇無くカキツバタ売ったな、タロ先輩」
「ま、教えなくても自力で見つけたでしょ」
「ありがとう!じゃあ早速行ってくるね!」
「行ってらっしゃーい」
「気を付けてね!」
「戻って来たらまた特別講師でも呼びなさいよ。相談すれば皆アンタの味方するでしょ」
「ねーちゃんも躊躇いねえな……カキツバタ、なんかごめんな…………」
私は早速タロちゃんからの情報で、部室を飛び出しテラリウムドームまで向かった。スグリは流石にカキツバタ先輩に同情してた。
コライドンに乗って全速力でコーストエリアに行けば、早速あの目立つ白髪を確認できた。
ブルレク中なのかポケモンの写真を撮っている。可愛い。
「おーい!!カキツバタせんぱーい!!」
「!?!? ごめんなさい!!」
「まだなにも言ってませんけど!?」
空から手を振って話しかけたら先手でフラれた。見事な察知能力だちくしょう。
「あ、チャンピオンだ」
「なになに、カキツバタ先輩チャンピオンになんかしたの?」
「姿見るなり謝るって…………」
「いや、ちょっと色々あってだな」
とにかく私は地面に下りて、周囲に居た生徒達に愛想を振り撒いた。ここぞとばかりにバトルのことや部内でのこと、パルデアのことを尋ねられるので優しく答えておく。
その隙に先輩はジリジリ後退っていた。
「せーんぱい?何処行くんですか?」
「ひぇ…………」
気付かないわけもなく、今日もコライドンに力を貸してもらって逃げ道を封じた。
ごめんコライドン、後でサンドウィッチいっぱい作るから協力して。
「コホン。では改めて」
「キョーダイ、もう勘弁してくれねえか?」
「しません!!カキツバタ先輩、貴方が好きです!!付き合ってください!!」
「ごめんなさい!!」
「昨日アカマツくんとクッキー作りました!!食べてください!!」
「それは貰うけど付き合いません!!」
「ガーン!」
手作りお菓子作戦はやはり失敗か。何度目か断られて落胆する。
まあ受け取ってくれたのは良かったけど。
「え、なに?チャンピオンってカキツバタが好きなの?」
「そういえば昨日リーグ部が騒がしかったような……」
「そういうことか」
「でも先輩断っちゃったよ?」
生徒達が騒つく中、先輩はすっかり困った様子で崩れ落ちていた私を覗き込んだ。
「なあキョーダイ、もう諦めてくれや。やっぱオイラはお前さんと付き合えねえし、お前さんにはもっと良いヤツが居るだろぃ?こーんなちゃらんぽらんな落ちこぼれなんて……」
「先輩はちゃらんぽらんだけど良い人だもん!!もっと良いヤツが居ても先輩がいいの!!相応しいとかどうでもいい!!」
「うーん愛だねぃ。でもごめんな?」
「落ち込んでる相手にも容赦無いですね!!好きです!!」
「ごめんな?」
「もう何回『ごめん』言われたんだろう私!!悲しい!!」
私のなにがいけないのか訊きたいくらいだけど、多分「歳の差」としか言われなさそうで益々頭を抱えた。年齢なんてどうにもならないよ。今は亡きオーリム博士、なんとかなりません?
まあ同い年であっても断られるだろうけど……そもそもが先輩は私のことなんとも思ってないんだろうし、六歳差というそれはただの体のいい口実だろう。
ていうか六歳くらいなら良くない?世間的にもまだまだよくある範囲内でしょ。なんでそんな言い逃れするの?
「先輩ぃ……私本当に好きなんです……せめてもっとちゃんと考えてください…………」
「いや考えてるぜぃ?考えた末の答えなんだけど?」
「じゃあなんでダメなのか教えてください……」
「お前さんが子供でオイラはもう直ぐ大人だからだよ」
「じゃあ子供じゃなくなったらいいんですか!?」
「それもちょっと違うかなあ。オイラお前さんのこと妹みたいに思ってっから……」
「妹じゃないもん!!親友でライバルで今後恋人に昇格するもん!!付き合って!!」
「ブレないねぃ。ごめんなさい」
「うわーんっ!!!」
断りながらもヨシヨシと宥めてくるので、本当もう、もう、好き。
妹って言われるのは凄くとても心外ですけど!確かに『キョーダイ』呼び定着してますけど!
「こんなに想ってくれてるんだし、ちょっとくらい良いんじゃないですか?カキツバタ先輩」
「チャンピオンは本気みたいだし……」
「あのねぃ、そっちの方が不誠実だろぃ」
「あー」
「まあ確かに」
「つーかアオイ、なんでオイラがここに居るって分かったの?タロか?」
「そうです……………」
「やってくれるねぃアイツも」
「直ぐに教えてくれました…………」
「さっすがキョーダイ、人望あるねぇ」
結局、その時の告白の答えは『NO』のまま、先輩は授業へ戻った。というか逃げた。
「次はどうしようかなあ………あ、そういえばちゃんと好きな理由話してないかも?伝えろって言われてたし、今度はもっと綺麗に口説こう!」
学業の邪魔は多方面に怒られそうなので、長話が可能な瞬間を探りつつ動くことにしたのだった。
「カ・キ・ツ・バ・タ・先輩っ!」
「げっ…………」
昼休みが過ぎて、先輩が四天王の挑戦者を破ってフリーになった瞬間を見計らい、私は近づいた。
なんと彼は『げっ』なんて言い出す始末だ。すっかり警戒されちゃってるなあ。意識してくれるのは嬉しいけど!
「先輩、好きです」
「ごめんなさいねぃ」
「あーまた断られた」
そそくさと逃げられそうになるので、そのジャージを掴んで止める。
「待って先輩」
「何度言っても同じことだぜ。オイラはお前さんの気持ちに応えられない」
「お願い、待って。話を聞いて欲しいの」
「なんでぃ改まって。どちらにしてもオイラは、えっ、ちょっ力強くない?」
「いいから隣に座ってくださいよ」
「…………ウス……」
絶対振り払われてたまるかと強く握ったら、先輩は冷や汗ダラダラで私と一緒に腰掛けた。別に暴力的な手段に出るつもりは無いんだけど……そんな怖がらなくても………
「…………先輩は、私のこと嫌い?」
ズルい言い方だと分かっていながら尋ねた。
ズルっこはお互い様なので、彼は逃げずに静かに目を細める。
「嫌いではないぜぃ?むしろ好きさ。でも、何度も言うがそういう意味では愛してない。オイラにとってキョーダイはキョーダイだ」
先輩は、強くて、優しくて、……怖くて残酷だ。
いつもいつも、自分は嫌われても構わないと。人を傷付ける言葉を敢えて選ぶ時もある。
だから勘違いされるのに、それすら厭わない。
私はそんな先輩が好きなんだ。
「…………私は、ただのアオイを見てくれる先輩の目が好き。いつもは張り付けたようなものでも、バトル中は本当に楽しそうなあの笑顔が好き。嫌われても、疎まれても、詰られても、それでも人を憎めない貴方が……スグリを見捨てなかった貴方が好き。スグリを傷付けてまで彼を正気に戻そうとしてくれた、不器用で優しい先輩が好き。誰よりも先に私を巻き込んでくれた、自分勝手なカキツバタが好き」
「買い被り過ぎだ」
「どれも事実です。先輩がホントはとっても良い人だって、私も皆も気付いてますよ。不真面目なのはそうかもしれない。人を煽る時もあるし、留年してるし、完璧な善人じゃないのかもしれない。でも、そういう貴方も、私は嫌いになれない。皆と笑ってふざけて、怒られてる貴方も、好き。独りで戦おうとする貴方も、ムカつくけど、ヒーローみたいでカッコ良くて大好きなんです。全部好きなんです」
喋るうちに「この気持ちも全て拒まれるのだろうか」と怖くなって、涙が滲む。
それでも堪えた。我慢して、彼の顔を見た。
「カキツバタ先輩。好きです。付き合ってください」
大好きな親友は…………固まって、目をパチパチさせていた。
即座に切り捨てられなかったのは初めてだ。
これ、期待、していいのかな?それともダメなのかな?
「…………………………………………」
中々答えが来なくて、けれど私は決してその目から目を離さなかった。ここで逸らしたら、終わりな気がして。
「………………アオイ」
やがて彼は、苦しそうに笑った。
「ごめんな。やっぱり、応えられない」
「…………理由は?」
「オイラはお前さんみたいに人を愛せないし、お前さんが言うほど高潔でもなんでもないんだ」
熱烈な口説き文句で、ちょっと驚いたけど。
そう頰を掻く彼は、やはり私と同じ気持ちではなかった。
「オイラも訊きたいんだけどさ……親友でライバルのままじゃ、ダメなのかぃ?」
付け加えられた疑問に、私はついその手を掴んでしまった。
「私、そんなに利口な優等生じゃないから。欲しいのは、欲しいの」
そして、許可も得ずにその口に自分の唇を押し当てた。
ゼロ距離まで迫った金色の目が見開く。
そっと離れてから数秒、空気が張り詰める。
風の音とポケモンの足音だけが響いた。
「…………………………」
「…………………………」
「ごめんなさい。私、帰ります」
「! キョーダイ、」
私は座っていたキューブから下りて、歩き出した。
けれど、途中で振り向いて彼に告げる。
「私は……貴方のことを愛してる。多分、それは一生掛けても揺らがない。……また告白しますので、そのつもりで!」
今更自分の顔が赤いことに気付いて、相棒を繰り出すのも忘れて走り去った。
や、やっちゃった〜〜!キスしちゃった〜〜!先輩思ったよりも良い匂いした、けど!これ流石にアウトだよね!?次会った時謝らないと!ネリネさんに怒られる、じゃ済まない!
雪道で滑りそうになりながら両手で頰を挟み、まだ残っている柔らかい感触に更にドキドキする。
「…………先輩、やっぱ顔もカッコいいんだよなあ………」
…………………………うん。次の告白は明日にしよう。
流石に恥ずかしいし気まずいし申し訳ないしで、私は今日は部屋に閉じ籠ることを決めた。
「……………………マジかよキョーダイ…………」
触れ合うだけの子供染みたキスをされ、オイラは放心する。
あの感じ、多分初めてだよな?本気度を示したかったのか咄嗟のことだったのか知らねえけど、覚悟決まり過ぎだろ。
前々から思ってたが、アイツ十代前半の肝の据わり方じゃねえよな………心配になってきたぜ。
「………………………………」
自身の口に触れて、暫く考え込む。
「全然違った」
なにもかもいつからで、なにもかもいつ振りかも憶えてないが。
臭い息も、気持ち悪い汗も、汚え涎も、鬱陶しい暴言もなにも無い。
普通の年頃の女子らしいものだった。
益々受け止める気も無くなったが、でも。気持ち悪さは少し、失せた、気がする。
「………………ははは。馬鹿みてえだな、オイラ」
アイツなら自分も救ってくれるだろうか、なんて希望は随分前に捨てたのに。
ほんの少しだけ自分の心が拾われた心地がして、呆れ果てた。
……オイラはもう随分長いことこの学園に居た。
そしてリーグ部からなにから、色んなモンを見て色んなヤツと出会った。
その末にアオイやスグリが現れて、皆強くなって、部の制度も着実に見直されて……自分も無敗のチャンピンオンでなくなり、そろそろ潮時だと思った。
「卒業したら、どうしようかねぃ」
進級して卒業する気にだけなって、その後のことはなんにも考えてなかったが。
案外パルデアに行くのも楽しそうかもな、なんて。
「…………帰ろ」
とりあえず明日にでも身内に電話することを決め、オイラは寒いポーラエリアから立ち去った。