竜と竜とその少年も、小生にとっては等しくただの子供だった。
小生、ハッサクと似たようにドラゴン使いの一族……それも直系の血を継いで産まれた彼と初めて会ったのは、お互い幾つの頃だったか。
『カキツバタ。彼がハッサク殿だ』
『こんにちはですよ、カキツバタくん。初めまして。ハッサクと言います』
『…………初めまして。カキツバタです』
人見知りなのか、オドオドと祖父のズボンを小さな手で握り締める様子は見た目通り幼くて。それでも失礼をしまいと礼儀正しく挨拶する姿がいじらしくて。
手を差し出せば握手に応じてくれた柔らかく温かい存在が本当に『子供』なのだと。
当時は教師になるよりずっと前で、あまり子供と触れ合ってきていなかったが……漠然と『守りたい、守らなければ』と感じた。
恐らく、この頃から、いやもしかするともっと前から、自分には教師としての資質が芽生えていたのかもしれない。
それから何年もの時間が流れ、小生はパルデア地方オレンジアカデミーの教師となり、カキツバタ少年はブルーベリー学園にて留年しながら日々を過ごしていた。
「カキツバタくん!またお会いしましたね!」
「うげっ……ハッサクの旦那ぁ」
「『うげっ』とはなんですか。小生でも傷付きますですよ」
そんなある日。紆余曲折あったらしいがブルーベリー学園の特別講師制度が整い、小生と少年は再会して。
一度目はお説教染みた会話ばかりになってしまったので、二度目の訪問の際はもっと親身になろうと彼の隣に腰掛けた。
現在地はエントランスのバトルコート、観客席。カキツバタくんは我が校の生徒アオイくんのポケモン勝負を観戦しているところだった。
「エルフーン!!"ムーンフォース"!!」
「ゴリ押せコライドン!!"インファイト"!!」
対峙しているのは、学園の生徒でありブリべリーグ四天王が一人。タロくんだった。
「おーおー、キョーダイは相変わらずゴリ押し戦法で行くねぃ」
「小生ももっと戦法を考えればもっと輝くと思うのですがね……そういったものはあまり得意でないらしく」
アオイくんはフェアリー使いの対戦相手にも怯まず、相性の悪いドラゴンポケモンで善戦している。碌にステータスも上げず、天候も変えず、攻撃技ばかりでだ。
これこそ彼女が天才と言われる所以でもあるのだが。同時に磨けばもっと強くなるのに勿体無い、と小生は思っていた。それはカキツバタくんも同じようで苦笑いを浮かべている。
「ハッサクの旦那、一年?二年?くらい前に先生になってたんだろぃ?ああいうのなんかこう、教えてやれねえの?」
「ううん……ネモくんでも手に負えなかったようなので、なんとも」
「あれまー。ま、そーゆーヤツも居るってことね」
残念だ、と目を細める彼は、すっかりバトル好きの立派なトレーナーの顔をしていた。この間まであんなに小さく、お祖父様の後を追っていたのに……ああ、なんだか急に感動して涙が。
「……カキツバタくんはアオイくんに強くなって欲しいのですか?今よりも?」
「当たり前だろ?強さが全てとかじゃねーけど、それはそうと強い方が楽しいことだってあるし。なにより興味あるっつーか」
「それは同意します。アオイくんが更に更に強くなる姿……小生も関心がありますですよ」
「あの調子じゃ当分は無理そうだけどねぃ」
「コラ」
「まーまーキョーダイはまだ子供だし?そのうち戦略練る楽しさも分かるだろぃ」
「…………そうですね」
貴方もまだ子供でしょう、と思いつつも頷いた。
アオイくんは、未だ伸び代も可能性も沢山秘めている。彼女は強くなるだろう。最強の名を一層磨き続け、強く光り輝くのだろう。それは誰しも言っていることだった。
期待を押し付けるつもりは無いが、そんな未来を想像すると……子供というのは本当に眩しい存在だと嬉しくなる。
「グランブル、"じゃれつく"です!」
「おー。アオイもやるが、タロも強くなったなあ。昨日オイラも戦ったんだけどさ、結構ギリギリだったぜ」
「むしろギリギリでもフェアリーに勝てるカキツバタくんがとんでもないのですよ。彼女に一度も負けたことが無いと聞きましたが」
「んー、まあオイラには貯金あったし?言っても負けちまう日も遠くないと思うよ」
「…………負けてあげる気など無いでしょう」
「へっへー、そら勿論。ポケモン勝負は真剣でないと、ってね」
カウンターに預けていた上体を揺らす遠縁は、心底愉快そうだ。
フェアリー使いに一勝も譲っていない強さは、同じドラゴン使いとして親戚として誇らしく思う。ただ、その割にあまり自信の無い姿もまた異様で。
留年までしてしまっているこの少年は今、なにを見て何処を目指しているのだろうか。
シャガさん……彼のお祖父様に話を聞いた時から、よくそう不安になっていた。
「アオイくんから聞きましたですよ」
「んー?」
「先日、彼女に勝利したとか」
「あーそれかあ」
繰り広げられる激しいバトルを眺めながら口にした。
カキツバタくんは「皆そのこと触れるんだよなあ」と若干面倒そうに頷く。
「殆どマグレだったよ。キョーダイは新しい戦い方に挑戦してたし、色々詰めが甘かったし、オイラはそれに乗っかっただけ。オイラもまだまださ」
「そうでしょうか。彼女は我がトップチャンピオンも認めるパルデア最強のトレーナーです。実際敗北の記録も一切無い。ただ本人が『一度負けたことがある』と言っていただけで」
「へえー。オイラがたった二度目の黒星だったって?一度目は誰だったんでぃ」
「ペパーくんとのことです。以前特別講師にも来ていましたよね?」
「あーあの癖毛の」
ジムリーダー、四天王、チャンピオン、スター団。どんな相手でもまるで譲らなかった最強のトレーナーが負けたとあれば、それはもう誰だって驚くもので。
本当に偶然だとしても、小生達でさえ得られなかった勝ちを掴み取ったのは事実だ。トップも知った瞬間は「益々彼が欲しい!!」ととても盛り上がっていた。
そう伝えれば、カキツバタくんは「うげー」と凄く嫌そうに顔を顰める。
「過大評価だぜ。オイラのこともアオイのことも。人間なんだし勝つのも負けるのも普通だろぃ」
「それはその通りかもしれませんですね。完全に無敗で最強のトレーナーはそう居ません。アオイくんがそれに近かっただけで」
とはいえ、何度も言うがカキツバタくんの勝利も強さもまた事実。
「貴方はもっと自信を持っていいんですよ。胸を張って堂々と歩いてくれれば、アオイくんもタロくんもライバルとして嬉しいでしょう」
「………………誰から聞いたんスか」
「?」
「アオイとタロが、オイラのライバルって……」
「本人達が言っていましたですよ!」
「だと思ったーーー」
彼は深い溜め息を吐きながら頬杖をつく。否定はしない辺り、彼も二人をライバルと認めているようだ。そう照れなくともよいのに。
「アオイがライバルだの親友だの言い回る所為でさあ、最近そのペパークンとかスグリとかにめっちゃ睨まれるんですけどお。旦那にまで言ってるとかなんでー?」
「きっと彼女はカキツバタくんが大好きなのですよ。友人をとても大事にしている子でもあるので、嫌がらないであげてください」
「世話になったしそりゃあいいけどさあ。オイラだって羞恥心あんのよ?」
「おや。恥ずかしいと?」
思春期らしい発言に微笑ましくなる。そういった感情が無くとも異性なのだから、気持ちは分からなくもなかった。特にこの少年は昔から照れ屋なので、普段は仮面を被っていてもやはりやりづらいのだろう。
「ドリュウズ!!」
話しているうちに、タロくんの大将ドリュウズが繰り出された。
テラスタルオーブが掲げられてドリュウズがテラスタルする。テラスタイプはフェアリー。熱狂的なポケモン勝負はいよいよ終盤に突入した。
「話は変わりますが。学園を卒業する気はあるのですか?」
「マジで急に変わったな。結局アンタも説教かい」
さっすがセンセー、と揶揄されるも小生は気にせず言葉を重ねた。
「貴方の言う通り、回り道するのも人生でしょう。小生も失敗と遠回りを繰り返した身なので否定はしません。しかし、本当は貴方も悩んでいるのでしょう。このまま楽しいままで居られるとも限らないと分かっているのでしょう」
「……まーねぇ。実際学園も少し間違えただけで息苦しくなっちまったし?」
ここでのトラブルについてはこちらはなにも知らないけれど。少年はジッとバトルコートから目を逸らさず肩を竦めた。
「分かってるよ。オイラはおバカだけど、遅かれ早かれ卒業するか退学するか選ばないといけない。……チャンピオンでもなくなったし、今年は進級するつもりだ」
「!! 本当で」
「声!デケーよ!試合中!」
「す、すみませんですよ」
「…………将来どうするかは、まだあんまり考えらんねえけど。なるようになるさ」
アオイくんの影響か、それとも環境の変化によるものか。どうあれ少しでも前進する気になってくれたことが嬉しくて、また泣き出しそうになってしまう。
「参考として聞かせていただきやすが。旦那は先生やってて楽しいかい?」
「勿論ですとも!正に天職です!」
「はは、天職。天職かあ。オイラ的にはあの旦那が教師なんて意外だったけどな」
「そ、そうなのですか。しかし実を言うと、カキツバタくんに出会った頃から子供に関わる仕事に興味がありましてですね」
「えっオイラがきっかけだったの?」
「貴方以外に頻繁に接触する子供は居ませんでしたので」
「あーーー」
「…………だから、小生は貴方と出会い、こうして成長した姿まで見られて良かったのですよ。今度は小生が貴方の道を探すお手伝いをしたい」
「おいおい、止してくれや………」
コートで結晶が飛び散る。ドリュウズがゆっくりと倒れ伏す。
勝者は、我らが最強のトレーナー、アオイくんだった。
「どんな選択を取ろうと、小生はカキツバタくんを応援します。同じ竜として共に足掻いてやろうではないですか」
「………………ハッサクの旦那は強かだねぃ」
少年の白い頭を撫でると、また恥ずかしそうに目を逸らされた。
やはり、アオイくんやタロくん、他の生徒達に限らず、カキツバタくんもまた眩しく輝く子供なのだった。