漂流譚 4オイラがヒスイ地方に迷い込んでから、数日。
あの後コンゴウ団、シンジュ団、ギンガ団のことやこの地の詳細を伝えられ、それからオイラの処遇も教えられた。
『本来なら得体の知れない余所者をおいそれと受け入れるわけにはいかないが……アンタの境遇は、ショウやあの人と何処か似ている。それにそのショウがお前を助けてやりたいみたいだからな。一先ずこのコンゴウ団リーダーのセキとギンガ団調査隊隊長シマボシを責任者として、暫くは村に置いといてやる』
『怪我が良くなったら勿論働いてもらいます。この村に滞在したいのであればの話ですが……とにかく先ずはゆっくり休んで傷を癒してください。細かい部分はまた後ほど』
どうにも、ショウと"あの人"とやらの助けに繋がるかも、という理由らしいが。それでも叩き出されることは無いようなのでホッとした。
当然こんなとこに骨を埋めるつもりは皆無だが、産まれたてのフカマル一匹だけを手持ちに見知らぬ大地を彷徨くのは無理がある。せめて知識や力を付けられるまでは、お言葉に甘えて厄介になるとしよう。
……働かなきゃいけないっぽいが。面倒くせえけど百年前となると普通に命に関わるだろうし、頑張るしかない。
それに元の時代へ戻る当てもあった。……そう、現代ではハルトが捕獲していたパルデアの伝説、ゼロの秘宝。"テラスタルポケモン"テラパゴスだ。
テラスタルの力は未知数だと言われている。テラパゴスが眠っていたエリアゼロでは太古の存在と思われるポケモンも多数確認されたらしい。そして、あの場所に引き篭もってたらしい天才ポケモン博士。なにをしていたかは知らないが、彼女はスカーレットブックと過去の世界に憧れてたとか。
情報を繋ぎ合わせると誰しも同じ答えに辿り着くさ。……もしかしたら、テラスタルの力を秘めたテラパゴスの力があれば時を渡れるかもしれない、と。
「タイムマシン的なのがある、かは分かんねーけど」
どうあれ他に心当たりも無い。アルセウスの件もまだイマイチ信憑性に欠けるというか、そもそも具体的になにをして欲しいのかハッキリしないので、とにかく現在の目標はパルデアのエリアゼロに行けるだけの力を付けることだ。
「…………楽しい勝負とか、言ってらんなそうだしなあ」
幸いにも軽傷だったらしく、今日にはもう歩けるようになり村の中を散歩しながら独り言つ。足元でフカマルが首を傾げた。
「フカマル先輩……お前さんはオイラみたいになっちゃダメだぞぉ」
「フカ?」
「へっへっへー」
……分かってる。コイツやこの地のポケモンを連れて行くなんて、そんなの自分の故郷の為にコイツらの故郷を奪うということなんだ。
その上ただ強くなりたいなんて、楽しむことを忘れるなんて、スグリの二の舞になり兼ねない。そんな自分になってしまって良いものかと。
目的は明確なのに何処か躊躇してる自分も居る。可能かも分からない時渡りの為に、ポケモンすら巻き込んで投げ打つなんて。
自分にそんな価値があるかも分からないのに。
だーれも自分のことなんて探してないかも、いやむしろ自分が消えて清々してるかもしれないのに。
しゃがんでフカマルと目線を合わせて、その頭をそっと撫でる。人間の手によって孵化し、人間を警戒することを知らない純粋なドラゴンは、ご機嫌そうに甘えてきた。
抱っこしろとくっついてくる赤ん坊を望み通り抱き上げる。
「ははは、重てー」
まだ暴れるな走るな無理をするなと言い付けられてた為、あまり長時間は甘やかしてやれない。「悪いけど五分だけだからなー」と言えば、それでも嬉しそうに笑ってくれた。
……どっちが甘えてんだろ、なんて思いながら真ん丸な身体を抱き締める。
「今日も仲良しだね、フカマルくんとドラゴンの兄さん!」
「これ、突然大きな声を出すんじゃありません」
やがて背後から声が。
丁度五分経って腕も疲れてきたので、フカマルを下ろしながら振り返った。
「ヒナツ姐さん。ユウガオさんも」
このコトブキ村で散髪屋の手伝いをするコンゴウ団キャプテンのヒナツさん。そして、彼女と仲が良いらしい高齢のシンジュ団キャプテン、ユウガオさんだった。
「どうも、こんにちは」
「フカフカ!」
「こんにちは!」
「お元気そうでなによりよ。こんにちは」
律儀に挨拶を返す二人はのんびり歩み寄ってくる。フカマルは走って歓迎し、おやつを貰っていた。オイラの今の相棒はよく食べ物をくれる二人に懐いてるのだ。我が子ながら単純である。
「怪我の調子はいかがですか?」
「もう殆ど完治っスね。まだ暴れるなとは言われてますけど、普通に歩けるしフカマルの相手も出来ます」
「それはなによりです。健康であるのが一番ですからね」
「あはは、ユウガオさんが言うと重みが違うね!」
二人もまたショウに恩義があるらしい。彼女が助けたというだけでオイラのことをいつも気に掛けてくれてて、なんだかんだ助かってる。
……他のシンジュ団やコンゴウ団は忙しいらしく、中々ご対面の機会を得られてないが。多忙だからと放り投げられるのは慣れてるし、こっちは余所者なので贅沢は言わなかった。
「もしかして散歩中?ショウやリーダーは一緒ではないの?」
「あー、なんか忙しいみたいで。地図貰ってザックリ施設のことも聞いたんで、まあ一人でも大丈夫スよ」
「…………お宅の長も薄情なものね」
「ご、誤解だよユウガオさん……」
ニコッと営業スマイルで言ったら、二人はなんだか悲しそうな表情をした。なんかミスったかな?
今言った通り、団のキャプテンだけでなくショウやセキの旦那もなにやらバタバタしてるらしい。それに、ラベン博士や後から紹介されたシマボシさんとかテルとかも。どんなトラブルが起きてるかまでは聞いてないが、そういうことならとオイラは大人しくしていた。
「……リーダー達が黙ってるなら言わない方がいいのかな?」
「どうでしょうか。聞かれて困るものではありませんし、遅かれ早かれ報せることにはなると思うがね」
なにも知らない、でも問題無いと笑ったら、二人は顔を見合わせて。
どの道コトブキ村に居るならそのうち知るだろうなんて、結局教えてくれた。
「実は近頃、里や村、ベースキャンプを増築・改築し発展させようという動きがヒスイ全体で出ていてね」
「発展?そら良いことじゃねえの。尚更オイラに構ってる暇なんざ無いねぃ」
「確かに変化は成長に繋がります。変化を齎し移ろうことに関しては、私達も異論は無いさね」
「ただ……避けられないことではあるんだけれど、土地の問題やポケモンの棲家のことや……資源のことまで、解決しなければならない点は山積みで。あたし達は村を任されてるからよく居るだけで、皆慌ただしいんだ」
どうやら自分は妙なタイミングで落っこちてしまったらしい。頭が痛そうにする二人に心底同情した。あとショウ達にも。
「シンジュの長も連日駆け回っていまして。貴方と話してみたいそうなんですがねえ」
「なんかごめん」
「いやいや!兄さんが悪いわけではないよ!ウチのリーダーもアンタを気に入ってるみたいだし、後ろ向きに捉えたりはしてないからさ!」
「兎にも角にも、ポケモンの調査も必要だとギンガ団も忙しいようで。当分は大人しくしていただけると助かるわ」
「そりゃあ世話になってる身だし、ご迷惑はお掛けしませんよっと」
ある意味大問題の真っ只中とのことだ。オイラは余計な手出し口出しはせず、隅っこで静かにしておこう。
どうせそう遠くないうちに出て行くんだし。本音で言うとどうだっていいことでもある。
「まあギンガ団に入団するのであれば結局関わることにはなりそうだけどね」
「えーマジ?オイラに出来ることなんてあるかなあ」
「あからさまに嫌がりますね」
「だってさあ、土地勘も無いその手の知識も無い道具も扱えないオイラなんて邪魔でしかねえだろぃ?ポケモンの調査っつってもよく分かんねえし。面倒ならちっとは見れるかもしれねえけどよお」
恩を返したい気持ちはあるが向いてない、お邪魔虫にしかならないから止めとけと口にしたところ、二人はアイコンタクトをする。
「ポケモンの面倒を見られるなら十分だと思うけど」
「なんにせよ、貴方が使える人材であるか見定める役目を持つのは貴方でも私達でもありません。そのつもりで居なさい」
「んー、そんな長期間居座るつもりもねーのに」
発展云々とかめっちゃ時間掛かるやつじゃん。出来れば巻き込まれたくない。
肩を落とすもどうにもならない予感がする。厄介なことになっちまった。
「まあそう構えなくてもいいって!記憶も残ってて帰る方法の当てもあるんでしょ?仮にこちらの問題の関係者になっても大丈夫大丈夫!」
なにを根拠に。明るく励まされて頭を抱えた。
「そうだ!難しい話題は置いといてさ、あたしと腕比べでもしない?」
「腕比べ?……ポケモン勝負のことかい」
そこでヒナツ姐さんに突然バトルを申し込まれた。聞けば「最近新しい子とお友達になって!」というわけらしく。
「でもオイラのフカマルはレベル1だろうからなあ……」
「れべる?」
「あーえと」
時代故に、ここの人々はバトルへの造詣が浅い。どう説明したものか考えた末に、自分なりに噛み砕いて教えた。
「経験が浅くて本領を発揮出来ない可能性が高い、みたいな。ポケモン勝負ってのは経験値も勝敗を分けるからよ」
「成る程……産まれたてのそのフカマルくんは、まだ経験値が及ばないかもしれないってこと?」
「そうなる。多分"たいあたり"くらいしか出来ない。リンチになる。可哀想」
「りん……?」
どうやら通じはしたようだ。ヒナツ姐さんは腕を組んで考え込む。
「そっかあ。そう考えると、訓練と言えどもいきなり腕比べは良くないかもね」
「そもそも私はポケモン同士で戦わせるのも気が進まないのですが。どうしてもと言うならば、他の仲間を探してからの方がいいかもしれませんね」
「ごめんな、折角の申し込みを。でもオイラ、なるべくポケモンにも楽しんで欲し………」
言いかけて、途中で口を噤む。目の前の二人は首を傾げた。
そうだ、やっぱり、勝負は楽しくやりたいよ。楽しい方がいい。痛くて苦しいだけのバトルなんて……
でもきっと、強くならなければ守れないものもあるんだよな。ここの人間の目がそう言ってる。
この地がヒスイ地方、百年前の世界だと知りながら、現代と同じ考えでいても大丈夫だとトボけていられるほどオイラは抜けてなかった。……残念ながら、な。
「…………ま、外を見てからまた考えた方がいいかもな」
「? 兄さん、なにか言ったかい?」
「いんや?」
とにかくバトルはまた今度行おうと約束して、オイラは二人と別れ散歩へと戻った。
フカマルが楽しそうに鳴きながらてちてちスキップをする。
「ブリジュラス達に、会いたい」
確認するように呟く。
叶うことなら、アイツらやリーグ部の仲間にもう一度会いたい。どうにもならないのであれば、せめて別れの一言くらい言いたい。
アイツらは優しい。でもなにも気にしてないかもしれない。だけど、それでも、たった一言でも。
村の南門から離れへ出て、砂浜を踏み海を眺める。相棒が水遊びしようとするのはなんとか制止して、遠くを見つめた。
『英雄に道を示せ』
……マジで、なぁんでこんなことになっちまったかなあ。
今んとこはちゃめちゃに意味不明でしかねえけど。ちゃんと無事に帰れっかなあ。
もしかしたら全部全部夢に過ぎなくて、オイラとっくに死んでたりして!
「…………………………帰ろっか、フカマル先輩」
余計なことは考えないでおこう。
いつも通りテキトーに楽観的に、と伸びをしながら踵を返した。
オイラが一時的にギンガ団に仲間入りする、一週間前の話だった。