漂流譚 5ヒスイに落ちてから一週間と数日が経過した。
放り出された衝撃で負った怪我は順調に回復して、少し前に無事完治して。
それから今日この日、オイラは正式にギンガ団調査隊の一員となった。
「今はニャースの手も借りたいほど多忙を極めている。キミには寝食と報酬の保証をする代わりにとことん働いてもらうぞ」
「へーい。まあお手柔らかに頼みますわ」
本来なら入団試験が必要だが、バカみたいに忙しい状況なのとショウとセキの旦那の推薦で一先ずは免除とのことだ。いやー有難え有難え。
長期間ここに居るつもりなんざないしなんでも早い方がいいので、実際本当に助かった。
渡された隊服が落ち着かずジャージとマントを上に着てしまったが、そこには特に触れられないで話が進む。
「早速だが、これからショウと共に紅蓮の湿地という場所に向かってもらう。そこで行うのはお察しの通りポケモンの調査だ」
「紅蓮の湿地……しかし調査ってなにすりゃあ、」
「その辺りはショウに伝達済みだ。移動中に彼女から聞きたまえ」
「えー」
「返事は?」
「はい」
シマボシさんの有無を言わさぬ言葉に渋々頷く。まーどうせ拒否権無いだろうし、いっか。
「さあ行ってこい。ショウ達を待たせるな」
「了解でーす。行こうぜ、フカマル先輩」
「フカッ!」
兎にも角にもオイラは送り出されるので、一応頭を下げてからその場を後にした。
ギンガ団本部の前にはショウとテルが居て、二人は「警備隊と一緒に紅蓮の湿地へ行くよ」と先導してくれる。
本当面倒くせえしかったりぃけど……生きる為だからなあ。流石にちょっとは頑張りますかねぃ。
「ポケモンの調査ですが、あまり複雑なことや難しいことは無いのでご安心ください!今回私達がやることは野生のポケモンの生息域の再確認と観察です!」
「紅蓮の湿地に限らず各エリアはとても広いですが、テル先輩や他の調査隊も協力しているので心配は要りません!とにかくカキツバタさんには私と二人行動をして、任された場所を調べていただきますよ!」
サラッと聞かされた説明に、オイラは「成る程」と頷く。要は現代の研究者やポケモン博士もやってること、の手伝いに近い感じかな?
スマホや高性能のカメラなんて無い時代なので手書きで記録する必要があるけれど、まあ難易度は高くなさそうだしどうにかなりそうだ。
「モンスターボールはこちらで用意しましたが、一応作り方を教えます。それから回避やポケモン捕獲のコツや……」
「ふんふん、成る程成る程」
「……まあ習うより慣れよってやつです!行きますよ!」
「へーい。頼りにしてますぜぃ、ショウ先輩」
ショウは優秀って話なのにオイラ必要かな?と不思議になりながら彼女の後ろをついて行った。
一応地図は頭に叩き込んできたが、更に詳細を憶えておこうと注意深く辺りを見ながら進む。
「あ、カキツバタさんって確かドラゴンポケモンの専門家なんでしたっけ?」
「おーまあねぃ。それがなに?」
「実はこの紅蓮の湿地にはヒスイ特有のヌメラ族、ヒスイヌメイルが、」
「え、見たい」
「やっぱりそうですか?隊長もそれを見越していたのか、どうやら私達に任された場所はヌメラ達の生息地に近いみたいです。カキツバタさんはまだまだ戦力に不安がありますし……ゲットしてみるのも一つの手かも」
「ほぁー。あの隊長さんもやるねぃ」
ヌメラ。ヌメラやヌメイルが居るのか。そいつははちゃめちゃに気になる。どうにかお近づきになりてえもんだ。
しかも呼称の仕方からしてオイラの知るあのヌメラ達とはまた違うのだろう。『"ヒスイ"ヌメイル』とやらに関しては多分リージョンフォームってやつだ。こいつはやる気が湧いてきたぜ!
「何処よ、ヌメラ何処?」
「あはは、直ぐに会えますから。そわそわし過ぎですよ」
「ヌメルゴンも居るんだよな?」
「ヌメルゴンは紅蓮の湿地では見たことありませんが、ちゃんとヒスイに生息してますよ」
「見てえーっ会いてえーっ」
オイラはそわそわワクワクしながらショウに続く。ショウは「なんか好奇心旺盛な子供を連れてるみたいだなあ」と微妙に失礼なことを言いながらニコニコしてた。
「カキツバタさんは本当にドラゴンが大好きなんですね」
「分かるかぃ?……オイラはさ、小せえ頃からいつもずっとドラゴンが近くに居たんだ。一人でも寂しくてもアイツらが居れば平気だった。アイツらが居れば、なんにも無い自分でも何処までも行ける気がしてよ………」
「………………」
「オイラにとっちゃ命より大事な仲間なんだ。……アイツらにもう一度会いてえなあ」
テンション上がり過ぎてちょっと変なこと口走った気がしたが。ショウはただ寂しそうに微笑んだ。
……なんとなく悟ってはいた。ショウとオイラは『似たもの同士』なのだと。どいつもいちいちそういった発言をするから流石に分かる。ツバっさんはそこまで鈍くはないのさ。
それでも本人達がまだ話さないのならばと、気付かない振りをする。それで正しいかはまだ分からないけれども。突然現れた厄介者にズケズケ訊く権利は無いと思う。
「さあ、着きましたよ!カキツバタさんの記念すべき初調査です、頑張りましょう!」
「記念すべきかは分かんねーけど了解ー。色々教えてくだせえや」
「勿論!私は先輩ですからね!」
あ、先輩ってのに自覚と誇りを持つタイプか。結構気が合いそうだな。
多分オイラよりショウの方が年下だと思うけど、その辺のプライドは特に無いので素直にご教授願った。ショウは嬉々として調査の項目やら記録の作り方やらポケモンの捕獲についてやらを話してくれる。
「さっきコツ聞いた時も思ったが、バトルしないでゲットしちまうのも有りなんだな。パワフルだねぃ」
「気性の荒いポケモンやオヤブンを相手にする時みたいに、戦って弱らせる必要性も時にはありますが……草むらに隠れてゲットするのが早いのは事実ですね。中には戦いを仕掛けると逆に逃げてしまう子も居ますから」
「秘技・背面取りの術です!」となんだか辛そうに笑いながら背後を狙えと言うショウは、お手本も見せてくれた。仲間になったとはいえこんな得体の知れない男相手に、良いヤツだなあ。
「カキツバタさんもやってみましょう」
「捕まえるならヌメラがいいなあ」
「拘りますね!流石ドラゴン使いの一族!」
「んー」
その呼び方はちょっと、と遠い目になりつつ、付き合ってくれるようなのでヌメラ探しを始めた。「多分直ぐに見つかりますよ!」とのことだ。
どの道あのドラゴンの調査も必要っぽいし、問題にはならないだろう。二人で野生のポケモンに見つからないよう足音と気配を殺しながら歩いた。
「フカッ!」
「うお、フカマル先輩?」
その途中、急にオイラの相棒が飛び出す。
「フカー!フカッカ!!」
「ちょっ、先輩どうした!?あんま大声、」
「フカァ!!」
フカマルは大声で騒いで手を振ってオイラのマントを引っ張る。なんだか尋常じゃないくらい焦った様子だ。
一体急にどうしちまったのか。
「なにかを訴えてるのでしょうか?」
「みたいだねぃ。ドラゴンの勘ってやつか」
いくらレベル1の赤ん坊とはいえ、その直感は無視出来ない。きっとなにかがあったんだ。
「よし先輩、案内してくれぃ」
「私も同行します!」
「フカ!」
何処かへ来て欲しいようなのでショウと一緒に頷けば、先輩は心得たとばかりに小さな足で駆け出した。