地獄の沙汰もバトル次第 3オイラがチャンピオンに戻り、スグリが四天王に都落ちしてから二日が経った。
「あ〜〜〜やっと終わったぁ」
「お疲れ様です」
「カキツバタにしては頑張った」
オイラはたった今、やっと書類の山を片付けられて、ペンを放り出しながらテーブルに突っ伏した。
スグリとのポケモン勝負に勝った後からずっと大変だった。なにせチャンピオンに戻った途端、アイツに辞めさせられた、もしくは愛想を尽かして自ら辞めた部員が次々「もう一度リーグ部に!」と押し掛けてきたのだから。
まあそれだけならいい。彼ら彼女らは不当な扱いを受けたと知っていたから、受け入れるさ。
だが、分かっちゃいたが仕事は山積みで。元チャンピオンの設けたふざけたルールの撤廃に、それに伴っての顧問との面談に、ポーラスクエアや四天王業務の引き継ぎに、通常の仕事まで。もう一生分働いたってくらい色々やらされた。
しかも肝心の四天王引き継ぎ先であるスグリが顔を出さないのだから、一層大変で。文句を言いたかったが人のことを言えない振る舞いをしまくっていた自覚があり、結局一人で二人分の仕事を担う羽目になった。
「あー、もう無理、動けねえ。誰かおぶって」
「こんなに可愛くない"あまえる"ってあるんですね」
「ネリネは拒否します」
「塩ー」
しかもしかも、なんとオイラはここ二日間出るべき授業に全て出たのである。こんなに頑張ったのは入学当初以来だ。マジで頑張った。歴史的快挙と言える。そんでもって単位の関係で授業は今後もサボれない。多忙も多忙だちくしょー。
口には出さずただ溶けるように沈んでいれば、自動ドアが開く。
「皆、お疲れ様!ご飯作ってきたよー!」
「おっ、やりぃ!久々のアカマツ飯!」
張り切って食事を作りに行ったアカマツが戻ったようだ。
久しぶりということで、本日のメニューはお馴染みだった激辛サンドウィッチらしい。何人かの部員と共に運んで来て、室内がワッと盛り上がる。
「いやー有難え有難え」
「またこうして部室でアカマツくんのお料理が食べられるなんて……!嬉し過ぎですよ!」
「……ネリネは、複雑な気持ち。しかし皆の笑顔が戻ったのは、生徒会長としてとても嬉しいです」
「早く食べよー!」
「あっ、僕デカいのがいい!」
「わたしは辛さ控えめの方が……」
「あ!カキツバタ先輩立ち食い禁止!」
「行儀悪いですよ!」
各々好きな具材のサンドウィッチを早い者勝ちで取って、ワイワイキャッキャとはしゃぎながら食べていく。
んー、暫くぶりに食うと痛いくらい辛く感じるな。いや実際激辛サンドウィッチなんだが。でもこれがいいんだよなあ、これが。アカマツらしいし皆も楽しそうだ。
……ゼイユとスグリが中々現れてくれないのは、残念だけど。オイラ二人に嫌われてっからなあ〜……
「ちょっと!待ちなさいってば!」
「煩い、ねーちゃんには関係無えだろ!」
とか考えたのが良くなかったのかもしれない。
和気藹々としていた部室の外から突然喧嘩をしている様子の大声が届き、後輩達は一斉にそちらを向いた。
開かれた自動扉の先からやってきたのは、例の姉弟。……ゼイユとスグリだ。
主にスグリの姿に仲間達は身を竦め、三天王以外のほぼ全員がサッと隠れるようにオイラの隣や後ろに寄った。
しかしスグリの眼中に彼らは無いらしい。サンドウィッチを平らげるオイラの前に立ち、濁った目で見下ろしてきた。
「カキツバタ。お前にチャンピオン戦を申し込む。今直ぐエントランスに出ろ」
……彼の瞳に宿るのは、嫉妬、憎悪、憤怒、屈辱……とにかくネガティブな感情ばかり。
何度も向けられた経験のある眼差しではあったので、大して動揺はしなかった。出来なかった。そもそも何処かこうなることを悟っていたんだ。
「スグリお前、ちゃんと飯食ってる?寝てる?二日前より顔色悪いぜ」
「今はそんな話をしに来たんじゃない。いいから早く立てよ。それとも不戦敗でいいの?」
「ちょっとスグ!!アンタねえ!!」
挑戦することは一向に構わないが、やはり心配だった。しかしソースの付いた指を拭いながら尋ねても不機嫌そうになるだけで。
そんな弟を姉であるゼイユは叱った。
「あんなに説教されてまだ懲りてないわけ!?もういい加減止めなさいよ!!往生際悪い!!」
「ねーちゃんは黙ってて」
「黙らないわよ!!どうして人の言うこと聞けないの!?あたしも皆もアンタを心配、」
「弱いヤツの言うことなんて聞く価値無いんだよ」
「ならカキツバタは!?カキツバタがアンタより強くなったのはもう周知の事実でしょ!!そんなただでさえバカみたいな理論振り翳しておいて、自分だけは例外とでも言うつもり!?」
ゼイユの言葉に、スグリは貧乏揺すりを始める。
「スグリ!!不機嫌アピールなんてしてないでねーちゃんの話を聞きなさい!!」
瞬間、ダァン!!と力強くテーブルを殴る音が響いた。
鋭い余韻が響く中、音の主である少年はオイラを睨みつける。
「早く来い。時間の無駄だ」
「……………………」
まあオイラも何度も挑戦したしな、と黙って立ち上がる。
「カキツバタ先輩、」
「カキツバタ、無理に受けることは……」
「いんやあ?無理なんてしてねーさ。まあ安心しろぃ」
次も勝つから。
ここまで来たらとことん嫌われ尽くしてでも軌道修正しようと、わざとそう言った。
元チャンピオン様は怒気の込もった舌打ちの後、背を向けて出て行く。オイラはその後ろ姿を追った。
エントランスには不安が拭い切れない様子の皆もついてきた。
とうに公式戦の申し込みは終わっていたようなので、オイラとスグリは二日前も立ったバトルコートで位置につき、モンスターボールの確認をする。
「勝つ……絶対に……絶対に勝つ……!!」
正面のトレーナーは、寝不足の所為か溢れる怒りの所為か血走った目で呟いていた。
悪化どころじゃなかったな。オイラを見ているようで見えていない。相も変わらず悲鳴は聞こえるのに、それだけでどんな"声"なのかが聴こえない。
救えないのだろうか。何度も負けてから漸く腰を上げる頼りないチャンピオンでは。
「勝つ、勝つ、負けない、俺は負けてない、俺は強い、勝つ、勝つ、勝たないと……!!!」
目を細め、その狂った顔を見据える。
「それでは!!えー、只今よりブルベリーグ公式戦、チャンピオン戦を開始します……で、いいんですよね!?」
「いいから始めろ」
前回のチャンピオン戦から日が浅過ぎた故に審判も困惑気味だったが、圧を掛けられると咳払いして続けた。メンタル弱えな。
「四天王及びチャレンジャースグリvsチャンピオンカキツバタ!!勝負開始!!!」
スグリはモンスターボールを強く握り締め、投擲した。
「キュウコン!!!ラプラス!!!」
観客席が騒つく。新たなポケモンの登場に、オイラも皆も少なからず動じた。
成る程、アローラキュウコンにラプラス。ドラゴン対策を考えてこおりタイプ持ちか。まあ自然な考えであり作戦だな。アローラキュウコンはフェアリーも入っていてドラゴン技が効かないので弱点も弱点。
しかしよスグリ、『付け焼き刃』って言葉は知ってるか?
「行け!!フライゴン、オノノクス!!」
パーティ総入れ替えまで想定していたオイラは、先ず馴染みのある二匹を繰り出した。再び辺りがどよめく。
スグリは眉間に皺を寄せていた。
「なんで……サザンドラとボーマンダじゃない……!?」
「まーそういうこともあるだろぃ」
ポケモン自体を変えずとも、少し順番をイジるだけでバトルってのは変わるモンだ。楽するのは止めたからなあ、全身全霊でぶっ放してやろうじゃねえの!
前のバトルと違い天候に関するとくせい持ちは居ない。雨もなにも降らずにバトルは始まった。
「キュウコン、"ふぶき"!!ラプラスはオノノクスに"こおりのつぶて"だ!!」
ラプラスはすばやさが低いが、"こおりのつぶて"は先制技なので関係無い。キュウコンに関しては元々こちらの二匹の速さを上回っていたので、あっさり先制攻撃を許してしまった。
ただ命中率の低い"ふぶき"は外れ、スグリが舌を打つ。"こおりのつぶて"も威力が低いので体力を半分以上持っていかれただけで済んだ。
オイラは淡々と落ち着いて指示を下す。
「フライゴン、"いわなだれ"。オノノクス"カウンター"」
「なっ」
"ふぶき"を外したのがスグリの運の尽きだった。オイラは散々タロと戦ってきた身だ、当然弱点のこおりとフェアリーの対策くらいはしている。
二匹に弱点技の"いわなだれ"が直撃し、ラプラスは続けてまたこうかはバツグンの"カウンター"を食らいひんしとなった。
キュウコンも、なんとか倒れなかったがひんし寸前に追い込まれる。すばやさの低さを考慮してかラプラスにはきあいのタスキを持たせていたようだが、意味は無かったな。キュウコンの持ち物に関してはまだ分からないが。
「くそ、クソッ……なんで、なんで俺は外してお前は当てられるんだよ……!!ズルいズルいズルい!!」
「そうは言っても、"ふぶき"より"いわなだれ"の方が当たる確率は高いんでねえ」
既に焦燥に心を支配されているスグリは癇癪を起こし、身体を揺らす。
「ズルい」と言われても困ってしまう。単純な確率と運の問題なのだからズルではないのに。むしろすばやさで勝っているにも関わらず初手で博打に出たスグリの選択ミスだろう。
「ユキノオー!!」
スグリの三匹目の手持ちはユキノオー。とくせいは"ゆきふらし"、ではないらしく天気は凪いでいる。
こちらもいわタイプとかくとうタイプが弱点だ。すばやさでも勝ってるし……
「キュウコン、オノノクスに"オーロラビーム"!!ユキノオーは"ゆきなだれ"だ!!」
「避けろオノノクス!!そのまま"じしん"!!フライゴンはもう一度"いわなだれ"でぃ!!」
オノノクスはオイラの掛け声に合わせて"オーロラビーム"を避け、技を放ち。続け様にフライゴンの"いわなだれ"が再び炸裂してキュウコンとユキノオーは倒れた。
「はぁっ、はっぁ、なんで、なんでまた、なんでなんでなんで……!!俺は強いのに、強くなったのに……!!死ぬ気で努力してんのに……!!」
「………………スグリ」
「カキツバタなんかに負けるんじゃ、アイツには敵わない……!!負けるわけにはいかない……!!なのにっ」
あっという間に手持ちの半分を削られたスグリの顔色は真っ青で、汗も酷く全身が震えている。明らかに体調が悪そうだ。
しかしここで止めても彼は聞かないだろう。戦うしかない。続けるしかない。今は、それしか。
「こんなんじゃアイツは……アイツはおれなんか見てくれない……!!見返せない、認められない、俺が勝てないから……!?」
……………………。
「『アイツ』って誰だよ、スグリ」
「!!」
「今お前の目の前に居るのは誰だ?お前を叩き潰そうとしてるのは誰だ?対戦相手のことも見えないんじゃあ勝てるわけがないだろぃ」
「……っ!!うるさい、煩い!!カキツバタのクセに、弱いクセに俺に説教なんて」
「その『弱い』ヤツに負けてんのは誰だよ。え?」
「っ、」
「オイラを見ろ、元チャンピオン。……勝とうと努力してるヤツが自分だけだと思うなよ」
こんなやり方と言い方しか出来ない自分に反吐が出る。だけど何度優しく声を掛けても無意味だったんだ。なら、オイラもオイラのやり方で。
騒つく観客席も気にせず静かに言い募った。
「オイラの強さが単なる才能に見えたか?オイラがなにもせず努力もせずお前を倒せるようになったと思うか?ならお前の実力も目もその程度なんだろうな。『だからオイラに負けるんだよ』」
「ッッ、ぁ、だ、黙れよっっ!!!!」
「お前は強いよ。だが強さばっか盲信してなにも見えちゃない。自分のポケモンも、対戦相手のトレーナーとそのポケモンも、自分自身も見えないんじゃ負けても仕方ないだろうな?」
「うるさ、い、うるさい!!!煩い!!!!!お前、お前なんかにおれのなにがっ!!!!!」
「分かんねえよ。分かんねえからこう言ってんだ。……お前こそオイラのなにが分かるんだ?」
「ッ、なんなんだよ、お前のことなんてどうでもいい!!!!!俺は、俺はッッ!!!!!」
完全にバトルそっちのけで言い合いを始めるオイラ達に、審判から待ったが掛かる。
「お二人共。今は学園が誇るチャンピオン戦の途中でしょう。バトルを続行出来ないのであれば、残りの手持ちの数で勝敗を決め強制的に終了とします」
「…………だとよ、スグリ。どうする?オイラはどっちでもいいけど」
「チッ、どいつもこいつも……!!続けるに決まってる!!関係無いヤツは黙って見てろよ!!」
スグリは逆ギレしながら二つのモンスターボールを握り、荒い呼吸のまま見つめる。
「負けて、たまるか!!もうカキツバタなんかに負けるわけには!!」
「はぁー……」
スグリは気付いていないのだろうか。とくせいでも技でもなんでもいいからとっとと天気を雪にしてしまえば、最初に外した"ふぶき"も必中になっていた。それだけでなく雪が降っていればこおりタイプのポケモンは防御が硬くなるのだから、もっとこの戦いを有利に出来ていた筈だ。
なのにそうしていない。そうしなかった。この様子だと"ゆきげしき"を覚えさせてすらないのだろうか?
焦るあまり考えられなかったのかもしれない。準備する時間が無くて上手く戦略を組み立てられていないのかもしれない。きっと技構成も持ち物もめちゃくちゃだ。……だから『付け焼き刃』って言うんだよ。
タイプ相性だけで勝てるものならとっくにタロがチャンピオンだ。その程度、今のスグリの実力で分からないわけがないのに。きっと寝不足と激情の所為でマトモな思考じゃねえんだろうな。
スグリはボールを投擲して、ポケモンを繰り出す。
オイラはなんとか『楽しくない』という感情を追い払ってバトルを続け、そして。
結局オノノクスとフライゴンは落とされたが、次に出したボーマンダとサザンドラによってスグリのポケモンは全滅した。
「勝者、チャンピオンカキツバタ!!ブルベリーグチャンピオン、防衛成功です!!」
まるでその宣告が聞こえない、受け止め切れないという風にスグリは愕然とする。
オイラはボーマンダとサザンドラを戻し、なにを言うべきか考えた。
「スグリ!!」
しかし、なにか口にするより先にゼイユが駆け寄ってくる。
「アンタ本当にねえ!!だから止めなさいって言ったのよ!!メンバー総入れ替えして相性有利にしたからって、たった二日の準備で勝てるわけない!!そんなことも分からないくらい限界なのよアンタは!!」
「っ、うる、さいってば。俺より、っ弱いんだから、そんな偉そうなこと」
「またそれ!?いい加減にしなさい!!」
ギャラリーはやはり冷めた反応で、むしろオイラの勝利にホッとした様子だ。
オイラにだけ労いの言葉を掛けてぞろぞろ去って行く。行動すればするほど悪い方向に向かっている気がした。
三天王も発言に困っている様子でこちらを窺っている。
「スグリ……やはり少し休んだ方が」
ネリネがなんとか絞り出しても、元チャンピオンは頭を引っ掻いて苛立つばかり。誰のことも見ようとしない。
「スグリくん……貴方はもう十分強いじゃないですか」
「怒ってばっかじゃオレ達もよく分かんないよ。なんでそんなに勝ちたいの?」
……スグリの態度はまるで変わらず、問い掛けても慰めても聞く耳を持たず、結局また独り去ってしまった。
ゼイユは呆れたような疲れたような溜め息を吐き、忌々しげに拳を握る。
「ホンッットあのバカ弟!!態度はデカいし生意気だし、腹立つわ!!」
「心配の間違いでは?」
「っそれは!!……そうだけど」
困ったものだ。二度目の敗北を味わっても尚あの少年は変わらなかった。予想はついていたけれど、現実として直面すると益々やってられない。
きっと彼は明日も……いや下手すると今日中にまた戦いを挑んでくるだろう。……オイラは挑戦は受け続けるつもりだが、それではどうにもならないのは自明で。
『カキツバタなんかに負けるんじゃ、アイツには敵わない……!!』
せめて『アイツ』とやらの正体が分かれば少しはやりようがあるかもしれないのに。ゼイユもスグリも話そうとしてくれない以上どうにもなあ……
「…………まあ、どうせただの反抗期だし!そのうち元のスグに戻るでしょ」
「戻らねえから今こうなんだけどねぃ」
教師達も役に立たず、チャンピオンでも四天王でも解決まで届かない。深刻さはもうゼイユだって分かってるんじゃないか。
なにはともあれ、バトルは無事終わり審判もギャラリーも居なくなってしまった。オイラ達もこれ以上ここに留まる理由が無いので、一先ず部室へ戻ってお菓子でも食べようと話は纏まった。
ゼイユは「ブライア先生に呼ばれてるから」と別れ、いつもの四人で引き揚げる。
そして翌日。それから更に翌日も、その後も。
スグリは毎日のようにチャンピオン戦へ挑んでくることになり、オイラも切り札を使う時が迫っていた。