虚像に捧ぐ 2放課後のリーグ部。部室にて俺は仲間達にカキツバタが暫く不在になるらしいと伝えた。
「えーっ!?先輩お休みするの!?」
「家の事情であるならば仕方ありませんが」
「アイツ単位大丈夫なのかしら?」
いつもの面々含めた部員達はなんだかんだ皆寂しがってて、ハルトがまあまあと宥めていた。
単位については俺も気になったけど、先生も多分補講付けてくれる……かもしれないのでそう言っておく。
「それにしても、親戚の方が何人も迎えに来るなんて……なにがあったんでしょうか?」
「ツバっさんの家ってなんか色々複雑そうだしねえ。不幸とかじゃなければいいけど」
不幸、という言葉に引き留めようとした罪悪感が湧く。咄嗟のこととはいえその可能性までは考えてなかった。
そうだとしてもそうでなくても彼らは相当急いでたわけだし、そりゃあ睨まれても仕方なかったな……今後は気を付けねえと。
「あ!今日が期限の書類渡されてない!」
「もーっ、カキツバタ先輩……」
「急用とはいえもっと余裕持って出さないアイツもアイツよね。帰って来たら今回こそはシメてやりましょ!!」
「シメるはやり過ぎじゃないかなあ………」
ハルト達が不穏な盛り上がり方をしてる中、ふと静かにスマホロトムを操作するネリネ先輩を見やる。
彼女はなんだか首を傾げ、眼鏡を押し上げていた。
「どうかした?」
「いえ……思い返せば、数時間前にカキツバタへメッセージを送信していた為、確認したのですが。既読が付いていないのです」
「メッセージ?なんでそんなの送って……あ、もしかして授業に出てなかったから?」
「はい」
ふーん。よく分かんねっけど連絡スルーしてんのか。
「…………まあアイツがズボラなのはいつものことだべ。忙しいのかもしれないし、放っとけ」
「……そうですね。学外に出ている以上もう不要な確認。ネリネは諦めましょう」
俺達もすっかりカキツバタの話題はどっかへ行き盛り上がってる仲間の輪に混ぜてもらい、それきり深く考えるのは止めた。
何処かで、『どうせカキツバタなのだからフラッと戻って来る』と思い込んでいたんだ。
だから誰も異変に気付けなかった。いつもいつも、気付いた時には手遅れなんだ。
解錠音が聞こえる。
一気に意識が浮上したオイラはハッとして、直様飛び起きた。
誰かが来た。誘拐犯のどいつかが。
それはどう考えても明らかで、警戒を強めて身構える。なんとか隙を突いて脱出もしたいが下手なことは出来ない。
だから無鉄砲に逃げるよりもどう懐柔するかを頭に浮かべて、シーツを握り締めながら出入り口を睨み続けた。
間も無く扉が開く。
「ああ、お目覚めになられましたか。おはようございます、カキツバタ様」
「…………………………」
やって来たのは見覚えのない若い男。シンプルなスーツの上に紫のマントを羽織る、あまり特徴の無い人間だった。
「ご気分はいかがですか?」
「…………最悪だよ。アンタ達のお陰でな」
「それは大変申し訳ありません。しかしこれも貴方様の為ですので」
仰々しく謝りながら丁寧に頭を下げてくるソイツは、よく見れば仲間を連れていた。
図体のデカいヤツに、反対に痩身なヤツ。男から女から、ポケモンまで。大所帯でゾロゾロ来られて妙な視線まで向けられて、冷や汗が流れる。
(この人数、やっぱ簡単には逃げられねえよな……そもそもここが何処かも分かんねえし、自力で部屋から出ても建物まで抜け出せるかどうか……)
外に助けを求められればいいんだが、多分自分が誘拐されたこと自体暫くは誰も気付かない。そう仕向けたようなものなので仕方ない、が、そもそも知りながら助けに来てくれるヤツが居るかも分かんねえよな……
とにかく情報収集をして、望み薄だけど誰かを味方につけたい。その為にも利口な振りをしなければ。……なるべく自然な範囲内で、従い過ぎない程度に……
「アンタ、誰なんだよ……ここは何処なんだ?」
「些事でございます。貴方様が知る必要はありません」
「……どうせ一族の人間だろ?その様子を見るに、アンタがリーダーか」
「いいえ?なにを仰いますか」
「は、」
「我が一族の長は、いつの時代も当主とその血を持つ御方だけ……そう、我々の"王"は、これより次期当主である貴方様一人のみです」
なんだそりゃ。分かっちゃいたが話の通じねえヤツだ。
「じゃあ当主命令だ。今直ぐここから出せ」
「大変心苦しいのですが、そのご命令ばかりは聞き入れられません。貴方様にはまだ当主として相応しい品格と力が足りない。ですから、わたくし共がその器となれるようお手伝いさせていただきます」
「ふざけんなよ。そんなメチャクチャあってたまるか。そもそもこんなことジジイが許さねえんじゃねえの?」
「そうですね……シャガ様が知れば厳罰では済まされぬでしょう。しかしこれも我らが主の為。どんな報いも受けましょう」
気持ち悪い。オイラの為とかなんとか言って、結局ただの自己中野郎じゃねえか。
「それと」
「なん、っ!!」
頭痛を感じ始めていたら、傍らに居た誰かのオノノクスが一気に距離を詰め牙をオイラの首に向けた。
ギリギリ掠ってもいなかったが、もしその気だったら……
「『ジジイ』ではありません。『お祖父様』、もしくは『当主様』です」
「…………………………」
「返事は?」
「…………分かったよ……気を付ける」
ゾッとしながら頷くと、ヤツは微笑んだ。
狂ってる。飛んだイカれ野郎に捕まってしまったようだ。
まあ学生を人質にして拐うヤツがマトモなわけも無いが、当分は従順にした方がオイラの為でもありそうだな。
「さあ、こちらに」
男はオノノクスを下がらせ、オイラにそう声を掛けた。
意図を知らないまま聞く気にはなれず、首を捻って見せる。
「お食事の時間です。ついでにその見窄らしい服も着替えなくては。……お早くこちらに」
見窄らしいとは言ってくれるな。普通の私服だってのに。
文句は口にせず、大人しく立ち上がって連中の傍に立った。
知ってるヤツ、知らないヤツ。様々な顔触れに囲まれながら歩き出す。
きっと全員と自分は血の繋がりがあるのだと思うと……吐き気がした。
早くブルーベリー学園に帰りたい。遠くを見つめながら、それでも諦めはせず頭を回し続けた。